無料の大学、未来都市を作る日本人・猪塚武の驚きのプロジェクト:創業手帳が現地レポート

創業手帳
※このインタビュー内容は2018年10月に行われた取材時点のものです。

(2018/10/15更新)

アジアの中でも経済発展が始まり、注目を集めている国、カンボジア。今までは、長く続いた内戦の影響で知識層がいなくなってしまい、教育が停滞している国でした。
そんなカンボジアに学費・生活費無料の大学を含めた未来都市を作り、最先端の英語とIT教育を行っている日本人がいることをご存知でしたか?キリロム工科大学 学長の猪塚 武氏です。

自身の会社を大手企業に売却後、カンボジアの未来都市に賭ける猪塚氏には驚きの構想がありました。
今回は、その猪塚氏の構想を、現地であるカンボジアから独占取材した様子をお届けします。

カンボジアの赤土のぬかるみの先に現れた高原リゾート地

カンボジアの首都プノンペンから車で3時間。キリロム高原に猪塚氏の手掛ける未来都市、vキリロムがあります。
途中まで高速道路が走っていますが、取材時は雨期だったため、次第に舗装されない赤いぬかるみの道に。まさに建設中という感じを受けました。

しばらく走っていると、熱帯だと思っていたカンボジアの風景が一変。急に日本でいう軽井沢のような高地の雰囲気に変わりました。キリロム高原に入ったのです。

もともとキリロム高原は、カンボジア王族の別荘もある避暑地。そんなキリロム高原にある、山手線の内側の面積と比べて1.5倍もある土地で、猪塚氏は未来都市を展開しています。

敷地内にはきれいな林があり、レストランやコテージ、アウトドアスポーツの施設がズラッと並ぶ。「雰囲気は軽井沢にそっくり!」と、同行した日本人は口を揃えていました。

筆者が宿泊したテント。お湯が出るシャワーやwifi完備など、設備が充実していた。

筆者が宿泊したのは、敷地内にある「ラグジュアリーテント」という豪華なテント。テント内には、ベッドやお湯の出るシャワー、wifiなどが完備されており、思った以上な快適空間。もちろん、テントなので空調設備はありませんが、さすがはカンボジアの避暑地。過ごしやすい気温でした。

驚いたのは、テントの中だけではありません。vキリロムの施設内には、扇風機以外の空調がほとんどありませんでした。猪塚氏によると、ちょうど気温が適温であるということと、エコのためだそうです。

ハイテク教育を無料で実現する驚きの仕組み

教師と学生のミーティングの様子

前述しましたが、キリロム工科大学は学費・生活費が無料の大学。「英語」で「IT」を教えるという特長があります。いきなり海外市場に目を向けているのがキリロム工科大学の考え方です。

ITスキルがあっても、話せる言葉がクメール語(カンボジアの母国語)だけでは高い賃金は見込めない。一方で、英語ができてもスキルが無ければ、ただの低賃金の出稼ぎ労働になってしまう。
さらに、英語でITを学ぶとなると、アメリカに留学してMITやカリフォルニア工科大学など一流大学を卒業するという選択肢が出るかもしれませんが、それだと数千万円の費用がかかります。カンボジア人の中でトップクラスの富裕層しか、その費用を負担できません。

そこで猪塚氏が打ち出したのは、カンボジアで「英語」で「IT」を教えることで、カンボジアにいながら英語を話せるIT人材を育てよう、という構想です。

ITであれば、国境を越えたアウトソーシングが可能になる。
かつ、給与はカンボジアの現地に落ちて消費に回るため、カンボジアがこれから経済的に発展していくための原動力、経済的なプラスは計り知れません。

そして、その学費は学生が卒業後に就職予定のIT企業が、「奨学金」という形で学校に支払うため、学生の負担はゼロになるという仕組みです。

4年間の学費はだれが払うのか?

ここで疑問に思ったのは、「企業に就職しお金が入るのは入学してから3年後。その間の費用はどうするのだろう?」ということ。

答えは簡単でした。その費用はキリロム工科大学が負担していたのです。
つまり、3年間費用を払い続けるというリスクを背負って、優秀な人材を育てる、というのがキリロム工科大学の姿勢なのです。

さらにキリロム工科大学では、ITと語学だけでなく、人間的な適性や成長も重視しているという。「IT、語学、人間性がそろって初めて社会で活躍できる」という猪塚氏の考え方が伺えます。

現在、キリロム工科大学には入学志願者が絶えず、競争倍率20倍という驚異的な数字を叩き出しています。カンボジアでも屈指の人気大学になっているということです。

ちなみに、取材当日に小学校の開講式がありました。
インターナショナルスクールとして、小さいうちから英語を教える仕組みを構成しているとのことですが、驚くことにまだ小さな日本の子供たちが流ちょうな英語でスピーチしていたのです。大学だけなく、そこに住んでいる住民全体の教育も提供しよう、という姿勢が見えました。

実験都市でリアルな問題解決でスキルを磨く

未来都市vキリロムは、前述の通り山手線の内側と比べて1.5倍という広大な土地。ここで革新的な試みができるのには理由があります。この土地が「私有地」だからです。

敷地内でドローンを飛ばす学生

公道や国有地であれば、自動運転やドローン、決済などに免許や法的な制限がかかります。
ですがキャンパスおよび施設内は「私有地」であるため、極端な話、家の中と同じ。ドローンは飛ばしたい放題、決済も可能だということです。

敷地内に入るためにはチェックと同意が必要ですが、最先端のテクノロジーを広大な場所と経済が動いている環境で実験したい放題なのが、この都市の特長。
実際に、この都市で起こる様々な問題を、生徒たちが様々なテクノロジーを駆使して、解決しています。

取材時に大学生の作ったビジネスプランコンテストを見学しましたが、「実際にサービスをつくってなんぼ」という水準で、実地の問題解決をしていることが伺えました。

プレゼンを行う学生

面白かったのは、プログラミングのレベルが高いことはもちろん、プロダクトやプレゼンのデザインもシリコンバレー風の垢ぬけたデザインだったこと。

そして、感動的だったのが、筆者が、キリロム工科大学の学生に話を聞いてみた時でした。

「将来は、海外で働きたいのかな?」

「この国に留まって、この国を豊かにすることに貢献したい」
「将来海外に行ったとしても、この国を豊かにするために戻ってきたい」

「高い給料を稼ぐために海外に行きたいのだろうか」という筆者の考えとは違い、驚くほど純粋な学生達。
「世の中に貢献したい」という言葉が、10代の若者の口からすらすらと出てくる志の高さに感動しました。

この未来都市で発想と腕を磨いたエンジニア達は、先進国相手の問題解決、システム開発、新規事業でこの途上国に富をもたらすでしょう。

無料の教育を実現するための戦略と地道な工夫

これだけの仕組みを実現するためには、やはりお金が必要です。
猪塚氏は、上場目前のITの会社を大手企業に売却し、そのお金でこの事業を始めましたが、無論これだけの規模の開発、無料の教育を提供するにはそれだけでは足りません。資金を得るために、民間の営利企業で永続的なビジネスにしていくための工夫がありました。

5年後にキリロムに高速道路が通ります。筆者が取材に行った時には3時間かかった道のりが、高速道路ができたことで1時間半に短縮されます。
そして現在、校舎・寮として建築した場所は、学生・住人が増えてきたら新たに建物をつくり、学校を敷地内の開発中のところに移転させる。今ある施設は、住宅やショッピングモールにしていくとのこと。

そのために、今の学生寮は住宅にも転用できるように設計されており、外部の支援者が、大学への支援として寮を購入し、一方で今後の値上がりも期待するという仕組みになっている。そうやって資金を稼ぎながら、開発を進めていくそうです。

建設中の住宅

猪塚氏は、現在の大学とリゾート運営の他、今後は卒業生がメインで行うIT事業、10万人規模の都市建設による住宅や小売りの収益、そして広大な土地の資産価値の増加によりシンガポール証券取引所の上場を目指すとのことです。

教育と利益は相反するか?

そのままでは教育を受けられないカンボジア人にとって、最先端の教育を施し、ITと英語で世界から仕事を持ってきて、お金がカンボジアに落ちるようにする仕組みは、現地に取って計り知れない貢献であり福音と言えるでしょう。また学生たちの純粋さ志の高さは感動的でした。

一方で、上手く組み立てられたビジネスモデルであり、上場を目指す「ハイテク×人材×都市」の営利企業としての面がある。

教育や国際貢献というと、「お金儲けはいけない」という発想にもなりがちですが、こうした収益を生むことで持続できるビジネスモデルは、単発の援助や寄付よりも効果が大きいと言えるでしょう。

ですが、中国系企業との競争や、4年分の資金を学校が負担する仕組みなど、課題もあるように見えます。こうした状況を猪塚氏はどのように考えているのでしょうか?
この点も含めて、猪塚氏本人にお話を伺ってみました。

猪塚 武(いづか たけし)
キリロム(vKirirom Pte. Ltd.)創業者 兼 CEO /キリロム工科大学学長
1967年、香川県出身。早稲田大学理工学部物理学科、東京工業大学大学院理工学研究科修了。アクセンチュアを経て1998年に株式会社デジタルフォレストを設立。会社を売却後、2010年に日本を離れ、4年間のシンガポール生活を経て、2014年よりプノンペンに移住。
同年、キリロム工科大学を中心とした約1万haの広さの「vキリロムネイチャーシティ」を設立。世界的な起業家組織EO(Entrepreneurs’Organization)の日本支部会長・カンボジア支部会長・アジア理事を務める。2018年4月1日より日本人起業家のグローバルネットワークである一般社団法人WAOJE 代表理事。東京ニュービジネス協議会から 2016年国際アントレプレナー賞 最優秀賞 受賞。
VKIRIROM PTE. LTD.は「デロイト 2017年 アジア太平洋地域テクノロジー Fast 500」で28位を獲得(日本・アセアン地域内1位)。
—今後の目標を教えてください。

猪塚:現在の学生数は130名強ですが、まずは2021年までに1,000名の学生数を目指そうとしています。

—教育で重視している点はありますか?

猪塚:第四次産業革命の後で市場価値の高い人材になれるようにすることです。卒業生の全員が成功するにはどうすれば良いかということも考えています。

—学校なのにビジネス色が強いという批判はありませんか?

猪塚;批判はあります。特に日本からが強いです。我々は貧しい家庭に生まれた学生が経済的な自由度を手に入れられればいいと割り切っているので我々のやり方に共感する人だけが来てくれればいいと思っています。世界には貧しい家庭の子供たちが同世代に数億人いるわけですから。

—学費を大学が持つモデルはリスキーだと思うのですが、その点はどのように考えていますか?

猪塚現在のような弊社にとって高いリスクの状態が今後も継続するわけではありません。リスクは急激に下がっていきます。現在のようなものすごい競争の時代には立ち上げ時のリスクよりも事業を長期間維持するリスクの方が高いと思っていますが、我々はこちらのリスクは他の事業よりもとても低いと考えています。

—中国や現地企業との競争はありますか?

猪塚:中国企業はカンボジア人を雇用しません。教育という視点で競争になることはありません。我々の土地を譲ってくれという話はちょくちょくありますがお断りしています。

—高速道路が通ると、状況はどのように変化するのでしょうか?

猪塚:首都プノンペンから100kmしかない場所なので高速ができて1.5時間で来られるようになると日帰りも可能になります。場所としての価値は劇的に向上すると考えています。

—事業で大変だったこと、嬉しかったことを教えてください。

猪塚カンボジアというブランドを背負って資金調達をすることはとても大変でしたし、今でも大変です。個人のエンジェル投資家の中には即決してくださる方もいるのですが法人投資家はそうではありません。毎年毎年カンボジア人社員が自分の会社に誇りを持っている度合いが高くなっていること、入試倍率が高騰していることは成功を実感できてとても嬉しいです。

—カンボジア特有の大変さを教えてください。

猪塚:カンボジアは貧しい国なので、カンボジア市場(人)からお金をもらうのはとても難しいと思います。輸出型の産業が望ましいと思います。また人件費は安いですが管理職がいない国なので、どうやって組織を大きくするかは大変です。

—スタンフォード大学と似ている、とのことですが、その理由を教えてください。

猪塚:スタンフォード大学は日本の大学とは違って、不動産からの家賃収入もありますし、ベンチャー企業に投資をしています。日本のように学費と補助金の2つを収益源とせず稼ぐ大学を目指すということです。

—日本からの投資は入っていますか?

猪塚:現在のエンジェル投資家約38人のうち、2人のシンガポール人を除くと全員日本人です。VCではなくエンジェル投資家からの投資額でいえば、日本ではすごい金額だそうです。

—日本の現状や、将来について思うことはありますか?

猪塚日本にはまだ力があります。これから順調に成長するとは言えませんが、一旦落ち込んでもその後にリバウンドする力はまだあります。リバウンド力を高めるためには世界で勝ち抜くための教育がとても大切でキリロム工科大学が日本の大学のモデルになれればと思っています。小学校もできたのでご家族でのキリロムへの移住もご検討ください。

—最後に、日本の読者へのメッセージをお願いします。

猪塚:産業革命は努力をしない人にはピンチですが、努力する方には大きなチャンスです。世界を見渡して自分が信じた方向に全力で努力することをお勧めします。

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IT業界で成功後、カンボジアで学費無料の大学を設立!猪塚武の国境を超える発想法(インタビュー前編)

(取材協力:キリロム工科大学学長/猪塚 武
(編集:創業手帳編集部)



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