SMDO 佐野みなみ|異色の経歴をもつ注目のアートディレクター。徹底した「分析と整理」から生みだされる精度の高いクリエイティブの裏側に迫る

創業手帳
※このインタビュー内容は2024年07月に行われた取材時点のものです。

大型案件を数多く手掛け続けるフリーランス集団「SMDO」独自の働き方と組織マネジメントとは


「Sano Minami Design Office(SMDO)」主宰であり、フリーランスデザイナーをまとめあげ、有名ブランドを中心に数多くの大型プロジェクトを手がけるアートディレクター佐野みなみ氏。

デザインのみならずヴィジュアルアイデンティティの策定まで行うことで、クライアントのニーズに合わせたトータルなクリエイティブを提供し、質の高いアウトプットを生み出す佐野氏のアートディレクションは、業界内外から大きな注目を集めています。

デザイン業界の年鑑「MdNデザイナーズファイル」でも、2023年と2024年版に注目のクリエイターとして取り上げられ、今や飛ぶ鳥を落とす勢いです。

今回は佐野氏のヒストリーをはじめ、パワー系とも言える仕事の哲学、起業家・フリーランスの心構えについて、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

佐野 みなみ(さの みなみ)
Sano Minami Design Office アートディレクター
1983年生まれ。
東京理科大学理学部化学科卒業。同大学院 中退
2010年4月より独立しSano Minami Design Officeを設立。
2023、2024年発売『MdNデザイナーズファイル』にて最前線で活躍しているトップクリエイターの1人として掲載されている。VIの策定をはじめ、アートディレクション、グラフィックデザイン、フォト、WEBデザイン、イラスト、パッケージデザイン等幅広く扱っている。チョコレートブランドGODIVAのパッケージデザインも多数手がける。最近では企業のデザイン部門に対してのコンサルティングも積極的に展開している。>Instagram

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

※この記事を書いている「創業手帳」ではさらに充実した情報を分厚い「創業手帳・印刷版」でも解説しています。無料でもらえるので取り寄せしてみてください

異色の経歴が生んだ論理的デザイン

大久保:佐野さんは、もともと大学院で無機化学を専攻されていたそうですが、クリエイティブ業界に転身されたきっかけを教えていただけますか?

佐野:高校は静岡雙葉学園といういわゆる当時のお嬢様学校で、美術部の部長を務めていました。鉛筆画などが評価されてさまざまな賞をいただいたこともあり、周りからは美術系の学校に進学するものだと思われていました。

ただ、教育に力を入れている家庭で、理系の勉強も嫌いではなかったので、東京理科大学に進学しました。大学院まで進んだのですが、絵画や独学で学んだフォトグラファーとしての活動の方が高く評価されることが多くなり、自分の適性はクリエイティブにあると気づかされたんです。大学院を中退して、特待生として学費免除で専門学校に入り直しました。

大久保:大学院を中退してクリエイティブ業界に進まれるというのは、かなり大きな決断だったと思います。周りの反応はいかがでしたか?

佐野:東京理科大学の同級生の多くは大学院を出て大手企業に就職していきました。そんな中で、私が大学院まで進みながら中退して美術系の専門学校に行くと決めたことは、周りからは「何を考えているんだ」と思われたようです。

特に両親はかなりショックだったようで、デザイン会社に就職が決まるまでは勘当もされていました。しかし、周囲の反応が厳しくなるほど、私の中で「絶対にこの道で成功してみせる」という思いは強くなっていきました。

大久保:ご苦労されたのではないでしょうか。

佐野:数年の修業の後、独立しました。当初は、資金繰りの計画もなく、若さと勢いだけで独立したので、かなり苦労しました。安い仕事を大量に受注し、魔法瓶に入れたコーヒー片手に寝る時間を惜しんで、命を削るように働き続けた時期もあります。

そうやって作った実績が、のちのち大きな案件につながっていきました。実績が実績を呼ぶというサイクルができあがり、今では有名ブランドの案件を多く手がけられるようになりました。やはり独立したての頃は、安い仕事でも実績作りのために頑張るフェーズが必要だと思います。

リモートワークと実力主義で、多様性を活かす組織マネジメント

大久保:早くからリモートワークを取り入れていたそうですが、その理由と効果について教えていただけますか?

佐野:私たちがリモートワークを始めたのは、コロナ禍が始まるずっと前からです。チーム化した当初から、私が画面収録した動画でディレクションをするスタイルをとっているので、わざわざ出社する必要がないと考えたのがきっかけでした。動画だとディレクションを何度も見返せますし、言った言わないのトラブルもなくなります。

また、出勤しないことで、メンバーが人間関係のストレスから解放されるというメリットもあります。そして何より、リモートワークによって実力主義の環境が整ったことが大きいですね。オフィスに出勤すると、どうしてもそこに年齢や性別といった属性が見えてしまいます。でも、リモートワークなら関係ありません。実力があるかないか。それだけが評価の基準になるんです。

SMDOには、20代から50代まで幅広い年齢層のメンバーが在籍しています。住んでいる場所も都内から石垣島、海外までさまざまです。リモートワークではそうした属性は関係ありません。実力さえあれば、誰でも活躍できるんです。

それに、リモートワークは多様な働き方を可能にします。子育てや介護などの事情を抱えていても、リモートなら柔軟に対応できる。実際、出産を経て復帰したメンバーも何人もいます。才能を持った人材に、もっと活躍の場を提供したい。リモートワークには、そんな私の想いも込められているんです。

大久保:適材適所の人員配置についても、工夫されているそうですね。

佐野:デザイナーには、それぞれ得意分野があります。アイデア出しが得意な人もいれば、細かい作業が丁寧な人もいる。だから、プロジェクトごとに適した人材をアサインするようにしています。

例えばスピードが要求される案件なら、テキパキと作業できる人を起用します。逆に時間をかけて丁寧に仕上げる必要があるなら、ミスが少ない人を選抜します。もちろん、プロジェクトの途中で起用メンバーを入れ替えることもあります。スピード勝負の場面が終われば、今度はクオリティ重視の人材にバトンタッチする、といった具合です。

つまり、プロジェクトの特性に合わせて、メンバーのアサインを柔軟に変えているんです。これができるのは、一人ひとりの特性を私がきちんと把握しているからこそです。だから、誰にどの仕事を振るのかなどのディレクションは全て私が行っています。フリーランス集団だからこそできる、私なりの組織マネジメントです。

分析と整理から生まれる100案以上のプレゼンテーション

大久保:佐野さんはデザインを作る際、徹底的な「分析と整理」を行うそうですね。それについて、もう少し詳しく教えていただけますか?

佐野:デザインは、単なる思いつきや感覚だけで作るべきではありません。それではクライアントのニーズに応えることはできないからです。だから私は、デザインをロジカルに考えること、つまり論理的な思考プロセスを重視しています。

まず大切なのは、クライアントの要望を正確に理解することです。ヒアリングの際は細部まで掘り下げて質問します。特に大切なのは「コンセプトは何か」「ターゲットは誰か」「どんな効果を期待しているのか」。ここが曖昧なままでは、良いデザインはできません。

次に、市場調査とデザインリサーチを徹底的に行います。世界中の事例を分析し、そこから得られるインサイトを独自の視点で解釈し、考えを整理して言語化し、ビジュアル化するコンセプトメイキングに入ります。

この工程は、デザインの論理を組み立てる上で非常に重要です。なぜそのデザインが良いのか、根拠を示せることが大切です。この部分はこう訴求したい、だからこういう表現が適している、と論理的に説明できるようにするんですね。

こうしたロジカルなアプローチを重ねた上で、初めてクリエイティブの出番となります。論理的な骨格があれば、そこに肉付けをしていくのは、むしろスムーズに進みます。もちろん、クリエイティビティも大切です。でもそれ以上に、論理的思考の積み重ねが説得力のある提案を生むんです。

大久保:提案も、膨大な数を出されるのだとか。

佐野:私の提案では、検証の多さもクリエイティブの精度を上げるためにも重要な要素だと考えています。1案だけでなく、10案、20案、とにかく現実的かつ可能性のあるアプローチに対して可能な限りの検証を行うんです。クライアント様がご希望すれば初回の提案で100案以上出すことも珍しくありません。この工程は化学の研究と同様で、膨大な検証を重ねることで最適解を導き出すことが可能であるという考え方、可能性があればとりあえず実践し、わずかな可能性も見逃さないという考え方です。

もちろん、ただ数を出せばいいというわけではありません。出す案は全て綿密な分析と検証を経た自信作で、論理的な裏付けを一つひとつプレゼンテーションします。

こういったロジカルな裏付けがある案は、多くの役職者の裁可が必要な大手企業でも、社内プレゼンや比較検討をする際に話が進みやすいとのことで、非常に好評です。

私は、アートディレクター視点でのオススメは提示しながらも、大きなプロジェクトではアートディレクション以外の様々な観点での検証も必要となりますので、クライアントに選択肢を提供することも重要だと考えています。たくさんの案を比較検討してもらうことで、方向性がより明確になります。そのフィードバックとコミュニケーションを重ねながら、最適解を導き出していきます。

大切なのはクライアントに安心感を与え、この人になら任せられる、この人との協働なら間違いないと思ってもらうことです。だからこそ私は、手間を惜しまず可能性を追求し続けます。妥協のない姿勢が、信頼を生むと信じているからです。

デザインの力で社会を明るく。見上げる桜のデザインに込めたメッセージ

大久保:手がけたプロジェクトの中で、特に印象に残っているものを教えていただけますか?

佐野:某スイーツブランドの桜フレーバーの焼き菓子パッケージデザインは、私にとって特別な思い出があります。コロナ禍の最中に、桜をモチーフにした焼き菓子のパッケージデザインを依頼いただいたんです。当時は世の中のムードが落ち込んでいたので、それを少しでも明るくしたいと考えました。

私は、桜を下から見上げるデザインを提案しました。花びらや葉の美しさを強調するのではなく、あえて人々が桜を見上げる時のアングルを採用したんです。上を向いて、希望を持って生きていこう。そんなメッセージを込めました。

提案したデザインは、クライアントに喜んでいただけました。その上、思いがけず嬉しい反応をいただいたんです。コロナ禍でお花見ができない中、このパッケージデザインのおかげで、生まれたばかりの息子に初めて桜を見せることができましたという一般の方からのメッセージでした。

デザイナーの仕事は、クライアントの要望に応えることが第一です。でも、それが結果的に、誰かの心に響いている。このプロジェクトでは、デザインの力を改めて実感しました。

大久保:他にも、大手企業とのコラボレーション事例が多数あるそうですね。

佐野:ええ、有名な企業やブランドの案件もたくさん担当させていただいており、こういった仕事では、スケールの大きさを実感します。広告1つにしても、駅をジャックするような大々的かつ影響力のある展開になるケースも多く、そのクリエイティブに携われることは、デザイナーとして本当にやりがいのあることです。

可能性を広げる「パワー系フリーランス」でありたい

大久保:今後力を入れたい領域はどのようなところですか?

佐野:今後力を入れていきたいのが、デザインのコンサルティングサービスです。これまではクライアントから依頼を受けて、デザインを制作するスタイルが中心でした。でもクライアント企業からは、自社にデザイン部門を持ちながらも、なかなか思うような成果が出せないという声もちらほら聞きます。

そこで私は、クライアント企業のデザイン部門に対して、アドバイザーとしてというような、デザインのコンサルティングとしてのご依頼も積極的に受けていこうと考えています。社内の人材をどう活かすか、デザインの品質をどう担保するかといった組織全体のマネジメントについて、私の知見を提供することが可能です。アートディレクション以外のデザイン実務は自社で賄えるため、スケジュール管理の自由度や予算調整がしやすくなります。

デザインの現場だけでなく、経営の視点からもアドバイスできることが、私の強みだと思っています。これからもデザインという枠に留まらず、ビジネス全体を俯瞰した提案ができる存在でありたい。クライアントの課題解決に、より深く関わっていけるクリエイティブ専門コンサルタントとしての道を極めていきたいと考えています。

「フリーランスは経営者でもある」という意識を持つことが大切

大久保:最後に、これから起業やフリーランスを目指す方々に向けて、メッセージをお願いします。

佐野:まず伝えたいのは、フリーランスとして成功するためには高いクオリティとパワーが不可欠だということです。どんなに小さな仕事でも、常に最高の結果を出すことを心がける。それが信頼を生み、大きな仕事につながっていきます。

また、フリーランスは経営者でもある、という意識を持つことも大切です。デザインの技術だけでなく、契約や経理、交渉術など、ビジネスに関する知識も身につける必要があります。専門家に相談しながら少しずつでも学んでいく。そうした地道な努力が、きっと自分を助けてくれるはずです。

独立して間もない頃、香港の案件で、初めて契約書を作成して前金をいただくという仕事のスタイルに触れました。海外ではそれが当たり前のビジネスルールです。

そこで私は、自分が納得できる内容の契約書のテンプレートを作ろうと決意したんです。行政書士の方にアドバイスをいただきながら、一からオリジナルを作成しました。おかげで、クライアントとのトラブルはほとんどなくなりましたし、前金をいただくことで資金繰りも安定しました。

交渉スキルを磨くことも忘れてはいけません。私たちフリーランスは、自分の価値を自分で守らなければならない。自分の価値を正当に評価してもらい、時にはNOと言える勇気をもつことは、フリーランスの権利だと思っています。

もちろん自分勝手な交渉はNGですし、取引には信頼関係が不可欠です。だからこそ、日頃からコミュニケーションを大切にしています。クライアントの要望に真摯に耳を傾け、誠実に対応することで少しずつ信頼を積み重ねていく。そうした下地があってこそ、対等な立場で交渉ができると思っています。

今の時代、フリーランスでもいろんな働き方があります。フリーランスだから安い金額で受けなくてはいけないなんていうことは全くありません。いい環境の高単価で、クライアントを納得させられるクオリティの高いものをクリエイトする「パワーのあるフリーランスでありたいですね。

関連記事
完売画家 中島健太|仕事に対する哲学が話題!「絵描きは食えない」を変えたい
漫画家 あんじゅ先生|コネなし実績なしからSNSを駆使して漫画家デビュー!著書は40万部を突破
創業手帳別冊版「創業手帳 人気インタビュー」は、注目の若手起業家から著名実業家たちの「価値あるエピソード」が無料で読めます。リアルな成功体験談が今後のビジネスのヒントになるはず。ご活用ください。

(取材協力: Sano Minami Design Office アートディレクター 佐野みなみ
(編集: 創業手帳編集部)



創業手帳
この記事に関連するタグ
創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
創業時に役立つサービス特集
このカテゴリーでみんなが読んでいる記事
カテゴリーから記事を探す
今すぐ
申し込む
【無料】