エスマット 林 英俊|製造業DXを牽引するアマゾン出身の起業家。「SmartMat Cloud」をヒットさせるまで
在庫管理DXで製造業の成長を加速させる
アマゾンでプロダクトマネージャーを経験した後、「ショッピングの未来を作りたい」と2014年にスマートショッピング(現・エスマット)を共同創業した林英俊さん。
現在はtoB向けの「SmartMat Cloud」の運営を中心に、製造業DXに尽力するSaaSベンチャーのパイオニアです。
今回は同社のヒット商品「SmartMat Cloud」の開発秘話や製造業におけるDX推進のコツ、目指しているビジョンについて創業手帳の大久保がインタビューしました。

株式会社エスマット(旧:スマートショッピング)
代表取締役 共同創業者
コンピューターサイエンス修士、製造業中心の戦略コンサル(ローランドベルガー)、ECのプロダクトマネジメント(アマゾン)を経て、2014年にスマートショッピング創業。代表取締役として経営全般を舵取りしつつ、IoT x SaaSビジネス、Webメディア・D2Cビジネスの事業立ち上げなどグロース中心に実務も担う。製造とデジタルの交差点に立ち、製造DXを業界レベルで進めるための外部協業、日本全国のコミュニティ活動も積極展開。DX・IoT・在庫関連の講演・執筆・メディア発信も多数。ICCカタパルト優勝。重さの男。製造DX協会代表理事、三重大学リカレント教育の講師。

創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
コンサルで製造業の現場を知り、アマゾンでバリュードリブン戦略を学ぶ
大久保:起業家というと学生の頃から精力的に活動されている方が多い印象ですが、林さんの学生時代はいかがでしたか?
林:大学院では、コンピューターサイエンスを研究していました。当時、私も含めてアルバイトでサイト制作を請け負って収入を得る学生が多く、その流れで起業する友人もいましたが、私はそんな周囲を横目に就職の道に進みました。
大久保:外資系のコンサルで働かれていたんですよね。
林:はい。コンサルとしてさまざまな製造会社に常駐し、日本だけでなく海外勤務も経験しました。経営者の思考や所作のほかに、日本と海外のモノ作りの違いについても学べ、製造業の現場を知る良い機会だったと思います。そのときの経験が、まさに今の事業に繋がっています。
大久保:世界屈指の企業を間近で見られたのは、貴重な経験だと思います。その後、アマゾンに就職されてからは、どのような仕事を担当されていたのですか?
林:アマゾンではプロダクトマネージャーとして、定期おトク便の立ち上げなどさまざまなプロダクトを担当しました。しかし当時は本社があるシアトルにしかエンジニアがいなくて、何を進めるにもなかなか骨を折りましたね。
例えばモバイル化を進めたいと言っても本社からOKが出なかったので、わざわざシアトルから責任者を連れてきて、山手線の電車に乗車させたこともありました。車内にいるほとんどの日本人がスマホを片手にしている様子を見て、驚愕していましたよ(笑)。その結果、日本がモバイル化を一番乗りで進めることができました。
大久保:アマゾンでの考え方や哲学は現在の事業に影響を与えていますか?
林:そうですね。アマゾンには非常に高度なバリュードリブン戦略が存在していて、少なからず弊社のバリューにも影響している部分はあると思います。
アマゾンでは「全員がリーダー」という認識の下、リーダーシップ・プリンシプルという行動指針が定められています。これは採用や評価の基準にもなっているほど社内に浸透していて、バリューの重要性を実感させられました。
大久保:ほかにもアマゾン勤務時代に印象的だったことはありますか?
林:アマゾンで学んだ考え方の中で「Think big.(シンクビッグ:大きく考える)」という言葉があり、これには特に共感しています。
例えば会議の中で「これはもっとこうしたら利益が出るのではないか」と改善案を提案しても、スケールの小さいものは「それはシンクビッグじゃないね」と言われてしまうことが多かったです。
個々のスキルはバラバラで多様性が認められていても、こうした哲学が統一されている組織は強いことを学びました。
「ショッピングの未来を作りたい」と起業を決意
大久保:そしてアマゾンを退職後、2014年に起業されたのですね。
林:はい。当時はネットショッピングが一気に普及したタイミングで、今後さらに便利なショッピングサービスの需要が高まるだろうと考え、「ショッピングの未来を作りたい」と起業しました。
構想していたのは、「ショッピングコンシェルジュがユーザーの代わりに商品カタログの中から最も安い商品を探し出し、代理購入までしてくれるサービス」です。
有名な価格比較サイト「価格.com」の対象を食品や飲料水といった消費財に絞ったサイトをイメージしてもらえると、わかりやすいと思います。
なおかつ当初の構想では、商品と送料の総額の値段を比較して、最安値を提示したいと考えていました。最終的にコンシェルジュが購入時期を予想して自動で購入手配まで行えれば、ヒットするだろうと思っていたのですが…。
残念ながら、サイト作りは「購入」の段階で頓挫してしまいました。
当初は“購買履歴をAIにかければ次の購買のタイミングを計れる”と思っていたのですが、実際に購入する側の立場になって考えると、気まぐれで店舗で直接購入してしまうこともあるだろうし、そもそものデータ量が少ないことも相まって、上手くいかなかったんです。
toCからtoBへ。発想の転換から生まれたIoT重量計「SmartMat Cloud」
大久保:その後はどのように事業展開を進められたのですか?
林:それなら「在庫を計測できるハードウェアを開発すればよいのでは」と考えました。さらに在庫管理だけではなく、在庫が一定量少なくなったら自動的にアマゾンに発注できる仕組みを構築して、全国展開させていくつもりでした。
大久保:実際に開発して、市場の反応はどうでしたか?
林:イノベーターの方には興味を持っていただき購入してもらえたのですが、あるとき「そもそも個人宅では毎日在庫を確認することもないし、toCよりtoBの方が需要があるのでは?」と助言いただき、思い切って工場向けに方向転換することに決めました。
これが功を奏し、現在の主力商品である置くだけ在庫管理DX「SmartMat Cloud」の開発に至ります。今から約5年前の話です。
大久保:SmartMat Cloudについて、概要を教えてください。
林:SmartMat Cloudは、スマートマットの上にモノを置いておくだけで、重さの変化でモノの推移を見える化するIoTサービスです。日々の在庫確認や棚卸・発注まで自動化できるため、現場の作業を効率化します。
大久保:SmartMat Cloudはどのように活用されているのでしょうか?
林:主に製造業で在庫管理を目的として導入していただいてます。
製造業以外の業界でも多くの導入例があり、例えば自動車アフターマーケットや病院のほか、ホテルや飲食業界では、ビュッフェ料理の残量を視覚化することでフードロスの削減に貢献しています。
またゴミの回収シーンでもSmartMat Cloudが便利です。ゴミ箱に入っているゴミの量は1つずつ蓋を開けて確認しなければなりませんが、内容量が遠隔で確認できれば「この溜まっている5個のゴミ箱だけ回収する」という効率的なサプライチェーンが組めるようになります。
SmartMat Cloudの特徴は、部品や資材といったモノから液体や粉状の原材料まで、あらゆる在庫に対応している点です。在庫の種類に合わせて、グラム表示とパーセンテージ表示を使い分けることができます。
大久保:バーのボトルキープにも使えそうですね。
林:まさに「バーでボトルの量が一定期間減っていない顧客に来店催促の連絡を入れる」という戦略的な活用方法もあります。
SmartMat Cloudは在庫管理だけではなく、予兆察知にも役立つのが魅力です。例えば本来は在庫が動いていない時間帯に動きがあったとしたら、何かしらリスクが発生しているかもしれません。盗難防止を目的にカメラと組み合わせて導入する例もあるんですよ。
シンプルなUIと機能に辿り着いた理由
大久保:SmartMat Cloudは非常にシンプルなUIが特徴的ですが、これにはどのような理由があるのでしょうか?
林:SmartMat Cloudは、24時間重さを量り続けることが仕事です。長時間稼働させるにはできるだけ消費電力を抑える必要があるため、ボタンとランプが1つずつ付いただけのシンプルなUIに辿りつきました。
SmartMat Cloudは常に電源がオンの状態、正確に言うと深いスリープ状態で、重量に変化があるときだけ発動する仕組みです。省電力の工夫をいろいろと試行錯誤して、最終的に乾電池で約5年稼働できるようにしました。
またUIや機能をシンプルにすることで現場の人も扱いやすいため、少しでも製造業界のDXに貢献できればと期待しています。
世の中には数多くの優れたソフトウェアがありますが、日本の製造現場にはまったくと言ってよいほど導入されておらず、それが度々“遅れている”と表現されることがあります。しかし私は、現場力のある日本の製造業がフィット・トゥ・スタンダードである必要はないと考えています。
普段から国内製造業の経営者の方たちと話していても「何でも標準化してしまうと、日本人の良さがなくなってしまう」という共通認識が存在しているので、今後も日本に合ったデジタルを開発・提供していきたいです。
今が過渡期──現場から製造業DXを加速させていくために
大久保:林さんは製造DX協会の代表を務めていらっしゃいますが、昨今の製造業DXについてはどうお考えですか?
林:製造業界はDXが遅いと言われていますが、そもそも製造業界ではデータに対する理解に誤解があると感じています。例えば商談で「データはお持ちですか?」と聞くと、「紙データがあります」という回答が返ってきます。しかしよく見るとただ記録を残しただけのもので、誰もこれを分析しようとはしていない。果たしてこれはデータと言えるのだろうか、と。
そこで私は、昨今“現場サイエンティスト”という人材を育てています。DXの知識と現場の知識を持ち合わせた人材を探して、現場の中でDXを進めていきたいと考えています。
大久保:高齢化が進み外国人労働者が増えている中で、製造業界のDXもスマートに進めていく必然性が高まっていますよね。
林:おっしゃる通り、製造業界は今まさに過渡期にあります。5年ほど前までは「デジタルなんて…」という人が多かったものの、人手不足が顕在化して、現場もようやく危機感を覚え始めました。
特に設備の保全やエンジニアリング関連の担当者が不足し、海外から請け負うことも少なくありません。そこで初めて、デジタル活用が現実化してきています。
大久保:製造業の未来について、どのようなことを予想あるいは期待していますか?
林:現在の製造業ではIoTで在庫管理ができる領域に達していますが、今後はさらに生成AIが導入されてAIoTが進んでいくと予想しています。蓄積されたデータを見せてくれるだけでなく、そこから自動で課題を見つけ出しリスクを知らせてくれる、そのような環境が理想です。
個人的には、音声UIが活用できればいいなと思います。例えば作業の指示をして好きな女優さんの声で返事が返ってきたら、工場長も仕事が楽しくなると思いませんか?(笑)DXが現場の仕事を便利に、なおかつ楽しくしてくれる存在になることを期待しています。
大久保:最後に読者の方にメッセージをお願いします。
林:私が起業した頃と比べて昨今は社会のスタートアップへの関心が高く、とても起業しやすい時代だと思います。ただし何でも挑戦すればよいという訳ではなく、世の中に対して前向きなビジョンを掲げる姿勢が求められているため、自分の提供するサービスが世の中にどう影響を与えるかを考えてみてください。
また私は、起業してから何度も資金ショート寸前というピンチを経験しています。しかし普段から周囲にギブする姿勢を貫いていたことから、本当に大変なときに手を差し伸べてくれる存在があり、ここまでやってこれました。
不義理なことさえしなければ、困ったときには誰かが助けてくれるはずです。起業を検討している方は、気負わず挑戦してみてください。