Sinumy 足立安比古|世界初のハンズフリー認証技術で、鍵も財布もいらない新しい世界を作りたい

創業手帳
※このインタビュー内容は2024年07月に行われた取材時点のものです。

大手企業を動かし、多額資金が必要となる難易度の高い事業で着実に成果を積み上げられているのは、我々にしかできない技術だから


Bluetoothを使ったハンズフリー認証システムを独自に開発し、注目を浴びているスタートアップがSinumy株式会社です。「いわばヒト版のETCで、改札もレジもハンズフリーで通れますし、家や車の鍵の代わりにもなります。この技術を活用して新しい世界を作っていきたい」と語るのは、2018年に同社を創業し現在も代表取締役CEOを務める足立安比古さんです。

今回は足立さんがどのような思いで起業し、新しい技術でどのような未来を描いているのか、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

足立 安比古(あだち やすひこ)
Sinumy 株式会社 代表取締役CEO兼CTO
京都大学在学中にベンチャー2社を設立し、3回生でペンシルベニア州立大学の客員研究員として超音波を研究。4回生の時にQNDE国際学会で発表。学部時代は素粒子物理学を、大学院ではテラヘルツ波などのレーザー光学の研究を行った後、大手電機メーカーの本社直轄研究所にてレンズレスデジタル顕微鏡や光トランジスタなどの研究を行い、5年間で50件の特許を出願。レンズレスデジタル顕微鏡についてSPIE Photonics West 2016国際学会で発表。2018年Sinumy 株式会社設立、代表取締役に就任。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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大手電機メーカーで50件の特許技術を開発。その後起業したきっかけは「煩雑な電車の乗り換え」


大久保:実は数年前に一度お会いしているんですよね。当時はまだプロダクトにはなっていない時期だったかと思いますが、画期的な技術に驚いた記憶があります。まずはあらためて足立さんが起業するまでの経緯を教えていただけますか?

足立実は中学や高校の頃から起業したいという思いはあって、ビジネスアイデアを考えていたんですよ。ただテクノロジーは趣味として好きという程度で、起業と直接結びつけて考えていませんでした。京都大学に入学してIT関連や出版業でベンチャーを始めましたが、目新しいテクノロジー分野での起業ではありませんでした。

その後留学を経て、学生の時に立ち上げた会社は手放し、大手電機メーカーへ入社しました。入社後1週間で、レンズレスのデジタル小型顕微鏡というものを思いつきました。一般的な顕微鏡は何十ものレンズがつながっていて倍率を変える仕組みですが、レンズがなくてもデジタルで処理できるようなものを考えたんです。

すると社内で特許を取得する話になり、半年後に実証実験をして1年後には正式なプロジェクトになりました。事業化に向けて150名くらいのメンバーで進めていたんです。

大久保:かなり大きなプロジェクトですね。その後事業化したのでしょうか?

足立:プロジェクトは5年くらい続きましたが、残念ながら事業にはなりませんでした。いろいろな事情があり、お客様へ提供すべき価値を優先できなかったことが大きな原因だったと思います。

やはりお客様の目線でプロダクトを作らないと、価値のあるものは生まれないですよね。これは大企業でもスタートアップでも同じです。

大久保:大手電機メーカーでの研究開発が、ハンズフリー技術を活用した起業につながったのでしょうか?

足立:いろいろな経験ができましたが、在職中からハンズフリー認証技術があったわけではありません。日々の生活の中で「ハンズフリーを実現したい」という思いが強くなっていったことが大きいですね。

特に電車の乗り換えが煩雑だなと感じていたんです。私は関西に住んでいて、毎日3社の私鉄を乗り継いで通勤していました。

関西では私鉄の駅が非常に近いのですが鉄道どうしが改札機で分断されているので、乗り換える度にスマホやICカードを出し入れすることになります。そういう時に考えごとをしていると、毎回「どこにしまったっけ?」となり、いちいち探すことになるわけです。当時は研究開発のことで頭がいっぱいでしたから。

そこで、改札をハンズフリーで通過できたらいいなと思うようになりました。そこからBluetoothで実現できるかなと考え始め、いけそうだなというタイミングで会社を辞めて本格的に取り組み始めました。

困難な状況を乗り越えられたのは、強い信念と確信があったから

大久保:実際に起業してみて、いかがでしたか?

足立:まず、阪急電鉄さんが運営する大阪梅田のスタートアップ専用シェアオフィスに入居しました。誰でも入れるところではないので、幸運だったと思います。月数万円で梅田の一等地にいさせてもらえましたし、周りに仲間もいる環境でした。

ただ最初に苦労したのは、資金調達などスタートアップにまつわる情報がなかなか得られなかったことでした。当時はやはり東京に比べると、大阪は情報が少なかったですね。

今は、もっと早く東京のスタートアップグループに参加すればよかったと感じています。もし起業して資金調達を目指すなら、できるだけ早くそういう情報の真ん中に入ったほうがいいと思います。

大久保:鉄道の乗り換えがハンズフリー技術開発のきっかけとのことでしたが、やはり鉄道会社さんへアプローチしたのでしょうか?

足立:そうですね。研究開発を支援してくれた鉄道会社もありましたが、鉄道への導入はハードルがたくさんあることがわかりました。ハードウェアも必要ですし、既存の機器や運行システムとの連動も求められます。

そうなると相当な投資が必要です。とはいえどれくらいの売り上げが立つか不透明な中、数十億円規模の投資を募るのは難しいという状況でした。

大久保:確かにスタートアップの中でも、かなり難易度が高いように感じます。

足立:例えば50名以下の会社という明確なターゲットがあれば、そこにフォーカスしてまずその市場を取って、それから広げていくことができます。一方我々のハンズフリー認証は、どこから攻めるべきか決めづらいという課題がありました。

鉄道の改札機に導入できればインパクトもすごいけれど、難易度がものすごく高いのです。例えば、紙のポイントカードからハンズフリーでポイントを付与する仕組みに移行するという案もありますが、それでは売り上げにつながりにくい。色々な山の登り方があるが、どう登ったら良いのか、という壁にぶつかりました。

とはいえ売り上げを小さく立てるような受託開発はせず、自社の技術開発に完全に振り切っていました。ですからあっという間に「キャッシュがあと1ヶ月で尽きる」くらい資金不足になることもありました。

大久保:そういった状況をどう乗り越えたのでしょうか?

足立「今後10年で見れば、この技術は我々にしかできない」という強い思いがあったからこそ、続けられたと思います。

自動車にはETCがあるのに、人のETCはありません。すでに大企業がやっていてもおかしくないのに、実現していない。もちろん特殊な機械を使えばできますが、誰もが持っているスマホになると誰もまだできていません。

新たなスマホが出てきたら実現するかもしれませんが、それが普及するにはあと7、8年はかかるでしょう。つまり我々がBluetoothで実現した技術に値するものは、少なくともこの先10年近くは出てこないということです。ですから諦めずにやるべきだと思いました。

ETCもICカードも今では当たり前になって、現金で払うのが面倒なくらいですよね。ですからハンズフリー認証が普及すれば、もうその前には絶対戻らないという確信がありました。そういう気持ちで資金がぎりぎりになってもひたすら頑張った結果が、今につながっています。

大久保:「儲かりそうだな」という気持ちだとやめてしまうかもしれませんが、足立さんには強い信念と確信があったわけですね。

誰でもスマホアプリ1つあれば利用できる技術を独自開発

大久保:御社のハンズフリー認証技術はどういったところが優れているのか、教えていただけますか?

足立:当社ホームページでも紹介していますが、主に4つの特長があります。

1つ目は、2013年以降に発売されたスマホなら基本的に使える点です。つまりみんなが使えるということです。しかもBluetoothですから超低燃費です。

2つ目は位置測定技術で、これは高速で前後の人を区別して測定できるというものです。通過する前後の人のデータでは決済されないので、間違いがないということですね。これは世界中のメーカーや大学が実現できなかった技術です。

3つ目は、なりすましを防止する安全性です。Bluetooth自体はもともと10万通りアタックされたらハッキングできてしまうのですが、我々はそこをクリアして決済に使えるレベルの安全性を持たせています。

そして4つ目は、スマホがスリープ状態でも認証できる点です。いずれもシンプルなものですが、これが全てできるところは他にないんですよ。

大久保:Bluetoothというとペアリングの必要があると思いがちですが、そういった手間もないわけですね。

御社のハンズフリー認証は顔認証と競合する気もするのですが、顔認証では事前に顔写真の登録が必要ですし、ハンズフリー認証とは特性が異なるのでしょうか?

足立:私としては、ハンズフリー認証と顔認証はフィールドが違うと思っています。まず顔認証には問題もあって、海外では使われないケースも出てきています。最も大きな問題は、1回でもなりすましが起こってしまったら対処できないことです。顔は変えられませんから。

また万が一システム障害などが起こると、個人情報の漏洩につながるリスクがあります。2015年にGoogleが顔認証決済の実験を街中でやったところ、そういう問題が起こってしまいました。その後アメリカやヨーロッパでは、顔認証技術の利用に関する非常に厳しい規制が設けられ、実際に多額の制裁金が企業に課される事例も出ており、容易に普及する状況とは言えません。日本では顔認証は普及を待つのみという雰囲気がありますが、グローバルで見ると必ずしもそうではないんです。

ただ本人確認という目的では、空港や警察のシステムなどで顔認証が使われています。そういう意味では、やはりハンズフリー認証と顔認証は棲み分けや協力が必要だと考えています。

実現したいのは、楽しむことだけに集中できるシームレスな世界

大久保:御社の技術は鉄道の改札だけではなく、さまざまなところでの活用が考えられますね。

足立:おっしゃる通りです。改札やレジなどで手間が減ることも大きなメリットですが、シームレスにどこへでも行けるようになることがハンズフリー認証技術の大きなポイントだと思っています。ライブチケットやバスの乗車券、社員証、鍵や財布、ICカード、こういったものを全て持たずにスマートフォンを持っていればどこでも行ける。これが我々の考えるハンズフリーの世界です。

例えばテーマパークへ行くとき、現在はまずPCでログインしてチケットを買い、当日になったら家の鍵をかけ、電車に乗ります。その後テーマパークを楽しんで、タクシーで移動してホテルに泊まるというのが一般的な流れです。

これがハンズフリーの世界になると、まずPCに近づくと勝手にログインして、カードや名前の情報を入れる必要もなくテーマパークのチケットが買える。家の鍵も勝手にかかるし、電車もタクシーも乗るだけ。ホテルに着いたらチェックインの必要はなく、部屋番号の通知がスマホに来て、部屋に入ればハンズフリーで鍵がかかる。

つまり「楽しむことだけに集中できる」という世界なんです。「鍵はどこだっけ」「財布はどこだっけ」ということが生活から消えたら、すごく開放感があると思うんですよ。

大久保:ハンズフリー認証は利便性向上だけではなく、多くの行動データを蓄積できると思うのですが、いかがでしょうか?

足立:そこは慎重に考えています。ハンズフリー認証が普及すれば、我々は世界中の行動データを得ることができます。でもそれはユーザーから見ると、不安も大きいですよね。そういうことができてしまうからこそ、我々がデータを使ってマネタイズすべきではないと考えています。

ただ、得られたデータをユーザーの方にプラスとなるよう活用することはできると思います。例えばショッピングモールで買い物をする時にハンズフリー認証になれば、買い物や駐車のデータを組み合わせて全部自動化できるので、ユーザーにとっても、レジを操作する人にとっても利便性が大きく上がると思います。

大久保:すでに検討されているかもしれませんが、障がいを持つ方に向けたサービスにも利用できそうですね。

足立:そうですね。例えば「サポートが必要な方が来店した」という情報がすぐ事業者に連携できれば、サポート対応者が駆けつけることができます。ユーザーにとっても事業者にとっても効率がいいですし、コストを抑えられる可能性もあります。こうした分野での活用も、できるだけ早く実現したいですね。

技術だけではなく文化を作る会社として、もっと成長していきたい


大久保:今後の展望について伺えますか?

足立:2024年4月に展示会では「ハンズフリーゲート」という製品のデモンストレーションを行いました。そこでは多くの方にセキュリティと利便性を両立できる新しい技術として認知していただき、受け止めきれないぐらいの反響をいただきました。

最初に鉄道会社への導入はハードルが高いとお話ししましたが、実は風向きが変わってきました。これまでは「最初から全駅に導入」という話だったのですが、「まずは数駅で試してみる」という話も出てきています。大企業でも課題の解決に向けて、新しいものをスモールスタートで試す動きが進んでいると感じます。

これは鉄道以外の業種でも同じで、トライアルを前向きに考えてくださるケースが増えています。やはり我々の技術を普及させていくには、さまざまな業種・業界の方々と組んで進める必要があると感じています。特に大きな企業と組むことで社会に与えるインパクトはより大きくなりますから、こうしたチャンスをうまく活かしたいですね。

皆様に利用していただくようになるのはもう少し先ですが、具体的な話も進んでいて今後いくつかのプレスリリースを出せる予定です。そのあたりもぜひ注目していただければと思います。

我々は技術を開発していますが、それだけではなく文化を作る会社だと思っているんですよ。例えばガラケーは今の若い方は知らないですよね。同じように10年後にはハンズフリー認証が世界で当たり前になって、「鍵って何?」「切符って何?」という文化になる。我々はそういうことができる日本の企業だと確信しています。

ハンズフリーが当たり前という新しい世界を目指して研究開発を続けながら、事業開発や営業を加速させたいと考えています。昨年(2023年6月)には累計4億円超となる資金調達を行い、さらに開発スピードを進めることができました。今後も一緒に取り組んでいただける事業者の方や投資家の方を増やして、新たなハンズフリーの世界に向けて、頑張っていきたいですね。

また、会社を成長させるために仲間を増やしていくことにも取り組んでいきたいと思っています。ぜひこの新しい世界を作ることに共感していただき、我々と一緒にチャレンジしてくれる方にジョインしていただければいいなと思っています。

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(取材協力: Sinumy 株式会社 代表取締役CEO兼CTO 足立安比古
(編集: 創業手帳編集部)



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