中西哲生氏に聞く「仕事の幅と人間の幅が生まれるきっかけ作り」【後編】

創業手帳
※このインタビュー内容は2021年04月に行われた取材時点のものです。

自分の軸足がしっかりしているときに、違う自分を発動させてほしい。

1992年から2000年までプロサッカー選手として活動をした中西哲生さん。現在はスポーツジャーナリスト、パーソナルコーチとしてデュアルに活動しています。

中西さんは、学生時代からコンフォートゾーン(居心地の良い場所)を抜け出す意識を持っていたと語ります。この考えは起業家にも必要なものです。

そんな中西哲生さんに、仕事の幅と人間の幅が生まれるきっかけ作りの方法や、起業家へのメッセージを創業手帳株式会社創業者の大久保が聞きました。

中西哲生(なかにし てつお)
1969年9月8日生まれ。愛知県名古屋市出身。元プロサッカー選手として活躍。現役引退後はスポーツジャーナリストとしてテレビやラジオでも活躍。現在はサッカー選手に限らず、多くのスポーツ選手などのパーソナルコーチとしても活動中。自身の経験をもとにした著書も多数出版。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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金を残すは三流、名を残すは二流、人を残すは一流

大久保:起業家もそうですが、新しいことに取り組むうえで大事なことはなんでしょうか?

中西自分の殻を破ることです。「自分がやっていることは間違っていない」、そう思うといろいろな理由をつけて、新しいことに踏み出せなくなります。自己肯定の強さが、自分に対する甘さを排除しなければならないという意識を上回って、自分を正当化してしまうんです。以前にもそのことに気がついた時期があったんですが、気がついたらまた同じことをやってしまっていました。

自分に起こる問題というのは、何度も自分の前に現れます。自分の本心が強く発動すればするほど、自分で自分を覆い隠そうとするパワーが強くなる。これは本当に厄介だなと、改めて気がつきました。

大久保:増殖してしまうということですね。

中西:僕の場合、いまの状態を維持すれば新しいことをする必要はないし、ある程度は生きていける可能性が高い。体力の問題もあるので、サッカー選手はいつか終わるとわかっていたんですが、スポーツジャーナリストに体力は関係ないので、続けようと思えばいつまでも続けられます。

正直言うと、スポーツジャーナリストで人生逃げ切ろうとしていました。でも、それを正当化していた自分が嫌になったんです。何やっているんだろう?って。

大久保:スポーツジャーナリストの次の道があるということですね。

中西:そうです。並行していろいろなことをやってきたことを、世の中やサッカー界に残していきたい。今51歳なので、もう人生を折り返しています。あと10年くらいしか自分の身体が、自分の思うがままに動かないはずです。

幸い、今はまだ身体が動きます。教えている選手たちも「哲生さん、すごくいいボール蹴っている」と言ってくれています。だからこそ動けるうちに、自分のメソッドを映像として残しておきたいのです。

大久保:まさに自分の殻を自分で破るわけですね。

中西:以前、野村克也さんが「金を残すは三流、名を残すは二流、人を残すは一流」とおっしゃっていました。僕がベンゲル、ストイコビッチ、中村俊輔選手から教わったこと。長友佑都選手、永里優季選手、久保建英選手、中井卓大選手を教えながら気がついたこと。そこには日本サッカーにとって重要な部分が凝縮されています。

以前に出版した『ベンゲル・ノート』を読んでくれている現役の監督さんもたくさんいて、彼らはこの本が日本サッカーの進化を早めてくれたと話してくれています。となるとやはり今、自分がやっていることを後世にしっかりと残すべきなのではないか、と感じています。

名を残すのではなく、ひととして残せれば良いわけです。中西哲生というよりは、自分が関わってきたひと達が本当に素晴らしかったからこそ、その叡智を日本サッカー界に残すべきです。なので、名前は別に中西メソッドでなくても良い。もうこれからは、そのために生きるべきだと思っています。

大久保:そうしたことを映像化だけではなく、言語化しているのはなぜでしょうか?

中西言語化しないと再現性が生まれないからです。自分で書いていると、これって本当に自分が考えていること?と思うこともあるんですが、やはり自分で考えている。例えば、前と同じことを話していても、何年か経つと一階層上の論理になっている。今は新型コロナの期間を経て、以前より二階層くらい上に行っている感覚すらあります。

ドイツの哲学者ヘーゲルの言葉にありますが「世の中は螺旋階段を登るように発展していく」わけです。

万物の摂理は調べるようにしています。普遍的な論理は世の中にあるんです。たとえば、太陽が沈むのを、もう少し早くしようなんて無理なわけです。普遍的な論理には逆らわないで、自分でできることをやる生き方を考えています。

他人は変わらない。職場でいうと上司は変わらないし、部下も変わらないわけです。これを知っておくと、自分が変わったほうが早いと考えられるわけです。

大久保:哲学的な話になってきましたね。

中西:僕は中西「哲生」なので、哲学に興味があるんです。名前に引っ張られています。”哲”学に”生”きるですからね。なぜか昔から京都の銀閣寺が好きなのですが、銀閣寺に至るまでの道って「哲学の道」と呼ばれている。しかし、それをまったく気づかないまま、学生時代から何となく好きで、ずっと銀閣寺に足を運んでいました。万物の摂理ではないですが、知らないうちに哲学に引っ張られていたのかもしれません(笑)。

コンフォートゾーンを抜け出す

中西:僕はコンフォートゾーンに居たいタイプの人間なんです。中学校3年生の時に愛知県中学選抜のキャプテンをしていたんですが、そのときのコーチの方に「お前は楽な道と辛い道があったら、必ず楽な道を選ぶ。だから成長しないんだ」と言われたんです。まさにコンフォートゾーンですよね。

そう言われてから、意識してコンフォートゾーンを抜け出すようにしています。結果、それに気付いたときにはコンフォートゾーンから抜け出せるようになりました。

大久保:そうした節目があるんですね。

中西:大学生のときにもあったし、プロになったときにもありました。気がつくたびに自分の意識を一度壊して、リビルドを繰り返しています。

大久保:誰もがそういうことはありそうですね。

中西:みんなあると思います。今やっていることを積み重ねていくことは良いことなんですけど、もうこれ以上積み重ねても仕方がないのでは?ということを積み重ねてしまっていることもあります

大久保:それを定期的にリビルドするということですね。会社のイノベーションにも似ています。新事業を育てていくような感じですね。

中西:同じだと思います。そのときに先ほど話した、「人を育てる」ことが重要です。自分がいなくても機能するように育てる。育てた人たちが右か左かを選ぶわけです。その間に自分は違うことをやればいいんです。

大久保:社長がいつまでも、自分ですべて決めているようではダメだということですね。

中西:実際、そうなっている経営者も多いですよね。やはり人を残すことが重要なんです。先ほど野村克也さんの言葉を紹介しましたが、野村さんが亡くなっても古田敦也さん、高津臣吾さん、宮本慎也さんなどに野村さんの考えや論理は、しっかり受け継がれています。

そのために言語化するんです。言語化しないと論理にはならないので。論理になれば、そこに再現性が生まれます。

「教えない」ことで「教える」

大久保:私は明治大学のMBAで授業を受け持っています。「教えない授業」というものなのですが、これまでの話と非常に近いものを感じました。

中西:僕も専修大学や桐蔭横浜大学で授業を受け持っていたことがあります。そのときは自分のことを「先生と呼ばないで」と学生に伝えていました。「先生じゃなくて中西さんでいいよ」と。

教えることなんてないです。実際、授業ではテレビやラジオのプロデューサーやディレクター、新聞社や出版社の編集者など、一緒に仕事をしているひとを呼んで、どうやって仕事をしているか話していただけなんです。授業の様子をスマホで撮影して、インスタにアップすることもOKにもしていました。感じたことをインスタに画像と文章でアップすれば、僕がイイネやリプライするから、と伝えていました。

それが就職活動のときに、ものを言うこともあります。今は採用担当者が、学生のインスタをチェックすることもあるからです。その時にその話題になれば盛り上がる。実際そうなって採用された学生も何人もいました。

それが僕にとって「教える」ということです。みんな興味が向く方向にはとてつもない力を発揮します。不真面目ではなく非真面目な方が、クリエイティビティが出やすい。非真面目になるように、どう仕向けられるか。非真面目な人がたくさん出てくると、日本は変わるかもしれません。

ベンゲルの練習は、まさにそういう印象なんです。本人たちが楽しみながら、自分たちで決められる。これから僕が開校するサッカースクールや子供運動教室も、そういった指導していきます。

大久保:いまって大人も子どもも「こうあらねばいけない」という枠の中で生きている感じがしますね。

中西:そうなんです。右にも左にもいけるようにしてあげて、選択は自分でする。そうすれば自分で考えるじゃないですか。自分が決めたことなら納得するし、それが良い経験にもなります。

小学生の頃から久保建英選手とトレーニングをしているので、周りからどうやったら久保選手のようにサッカーが上手くなるのか、と聞かれるのですが「これをやったら絶対にうまくなる」というものはありません。やり続けるから、うまくなるんです。だから、サッカーに限らず、やり続けられることを見つけることが重要です。

大久保:好きじゃないと続かないですよね。

中西「好きなことをすればいいよ」だけだと子どもが迷ってしまいます。こちらが色々な選択肢をまず提示する。それであれば、子どもたちも選びやすいかもしれません。

起業家に向けたメッセージ

大久保:最後に起業家に向けてメッセージをお願いします。

中西:自分がある程度安定していて、例えば自分の仕事を持っているときに、もう一人の自分を作ることでヒントを得られるかなと。

僕もサッカー選手しているときから違う自分を作り、また、スポーツジャーナリストになったときにも違う自分を作っていました。そうすると軸足はしっかりしているので、逆足では思い切ったことができます。

自分の軸足がしっかりしているときに、違う自分を発動させてほしい。たとえば仕事終わりや休日に、友達の仕事を手伝ったりしてみる。それだけでもいいと思うんです。ただそれだけで、全然違うことが見えてくるはずです。それが自分がやっている仕事にも必ずプラスになります。今は副業が認められてきて、そういう活動がしやすくなってきました。

僕はずっとそうしてきていますが、それによって新しい自分に気づいたり、今の仕事に対する気づきがたくさんありました。

仕事の幅や、人間としての幅が生まれるきっかけになる思考だと思うので、オススメです。

大久保:ありがとうございました。

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(取材協力: 中西哲生)
(編集: 創業手帳編集部)



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