LX DESIGN 金谷智|外部人材と学校をつなぐマッチングサービス「複業先生」を展開
多様な民間の力を活用して学校のDX推進をデザイン、「社会に開かれた教育課程」を実現する
複業で先生をしたい人と学校をつなぐ教育特化型の人材活用プラットフォームサービス「複業先生」。IT、金融、グローバル教育など、幅広い分野で活躍する民間人が登録し、その経験や専門性を活かした新しい学びを学校に届けています。仕組みを考えたのは、教員経験のある起業家で、学校現場の働き方改革をはじめ教育業界の再構築など数々の試みが注目されています。LX DESIGN代表取締役の金谷智氏に、起業までの経緯や教育現場の現状と課題、今後の展開などについて、創業手帳代表の大久保が聞きました。
株式会社LX DESIGN代表取締役
1990年、富山県生まれ。高岡高校、東京学芸大学 教育学部を卒業後、公立小学校学級担任などを経て、教育系スタートアップ、(株)LXDESIGNを設立。教育特化型複業プラットフォーム”複業先生”など、テクノロジー×教育領域のサービスを全国展開。創業時につくった教育系大学生のためのLXゼミは年間参加者300名を超えるコミュニティに。都内私立大学での客員教員、地元富山大学での授業など、国、行政、企業、多様なプレイヤーを巻き込んだ、学校の新たな関係人口創出エコシステムに注力。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
小学校の教員からスタートアップへ
大久保:起業までの流れについてお聞かせください。
金谷:私は富山の出身で、両親とも教師の家庭に育ち、小さい頃から学校の先生の仕事に興味がありました。小学校高学年ぐらいになると、同級生が「あの先生、うざい」と言い始めるじゃないですか。発達段階としては健全な自我の芽生えですが、「先生が悪く言われている」とモヤモヤした気持ちで見ていました。自分は学校の先生になりたかったし、先生の仕事を守りたいと思いました。
両親の仕事ぶりが大変そうで、高校時代、教育委員会に電話して「なぜこんなに忙しいのですか?」と聞いたこともあります。「親御さんは選ばれた人でそれが使命なので、わかってやってください」と言われたのが疑問でした。あの時、誰も悪意があってこうなっているわけではないことだけはわかりました。東京学芸大学に進学し、教員の道を進みました。起業家に会う、海外に行く、IT系の仕事を目指すなど、模索しながら大学時代を過ごし、卒業後紆余曲折があり、小学校教員をしばらくやって起業し、5年目になります。
教員時代、今のままの状態ではずっと学校は変革が起きないと危機感を持ちました。周りの先生に言っても、当然ながら「お前ぺーぺーなのに何を言っているのか」といった空気でした。一方で、長年教員をしている先生方の能力・専門性は高いんです。段々と構造上の課題が浮かび上がってきたので、それをテクノロジーで解決しようと考えました。
大久保:先生って、教員業務以外、部活から何からめちゃくちゃ忙しいですものね。
金谷:皆一生懸命やっているのに、必ずしもすべての業務が最適化されていない状態です。誰かに渡すか渡さないかの選別も、なかなか自分たちでは難しい。先生が本来の才能を還元すべき生徒たちとの対話や保護者との関係づくりに時間を使ってもらえる世界になってほしいと願い、チャレンジしています。
外部の知見を借りて「複業先生」をスタート
大久保:現在の事業やサービスの形態について教えてもらえますか?
金谷:学校の先生方が自分たちだけではカバーしづらい領域、たとえばITやグローバルな話題などの領域について、外部の知見を借りる出前授業「複業先生」というサービスを提供しています。進路指導や教科学習指導を実践するさまざまな場面で使えるように、事例集などもつくっています。どの授業を選ぶか、どの先生に頼むかは、先生にお任せです。今の子どもに必要なものを一番知っているはずですから。自治体にチケットを百枚単位で買っていただいています。
大久保:何の名目の予算になるのですか?
金谷:新しく予算をつくってもらうというより、教材費や外部謝礼などとして使われていた費用になります。
大久保:学校はカリキュラムがかっちり決まっていて、自由度がない気がしますが。
金谷:内容と達成すべき目標はがちがちに決まっていますが、ノウハウは、子どもたちと教師の様相によってフルカスタマイズ状態です。それが良くも悪くも教員の負担になっています。
民間からすると手伝いたいのだけれど、いろいろなルールがあって適切に参入・貢献することができない。教員からすれば、フレキシブルにやっていいと言われても、常に最新の社会につながった学びにするには時間が取れない。ミスマッチは両者に起こっています。
大久保:教員の教えるスキルにバラツキはありませんか?
金谷:教員の役割が変わりつつあると感じています。いまや先生が絶対的権力を持っていないと思われるケースが多いのですが、年配の先生はそれに気づいていない方もいる。民間の組織のあり方も多様化し、変わりつつあるなかで、先生は役割の転換が必要になってきていると思います。「複業先生」のようなサービスが入ってきたとき、新しい学びの関係をどう構築していくか、それが現場の課題であり、私たちに求められていることであると考えています。
事例ができれば前に進む
大久保:起業した初期の頃、苦労したこと、そしてこんな風に乗り越えたことなどがあれば、参考になるので伺いたいです。
金谷:現在のメインサービスである「複業先生」をリリースするまでに3年ほどかかっています。その間、先生と一緒に現場に入って課題解決にコミットしながら授業をつくる作業をやりました。現場の教員として働いていたときと授業をつくる作業にはギャップがあって、現場の力学を理解するのに時間がかかりました。「ラクスル」を創業した富山出身の松本社長は高岡高校のOBです。そういう先輩方の背中を追って、重い産業のなかでも突破口を探しました。結局とっかかりは出前授業の実施でした。
大久保:スタートアップですと、よかったら明日から、遅くても数か月後にやるという話になりますが、学校は来年の話すらなくて2年後とかが当たり前。スタートアップの人間とはスピード感が違いますね。
金谷:おっしゃる通りです。私の場合、一教員として働いているときから現場でもめて苦労したタイプでしたから、起業した時には、こんなものだろうと感じていました。長い時間軸に耐えられる事業モデルとチームをつくることには難しさがありました。
大久保:学校にもやる気のある先生がいますよね。そういう先生に出会って使ってもらうと、もう少し早くいくのでしょうかね。
金谷:それもおっしゃる通りで、そういう先生と出会うまでが一番の問題です。出会いさえすれば事例ができて、前例主義ということもあり、右にならえで早く進むはずです。
金融や農業、学びはさまざま
大久保:ウェブのコメントや事例を拝見すると、いろいろなタイプの方がいますね。
金谷:一番多いのは、わかりやすい進路指導やキャリア教育です。徐々に教科教育でも、グローバルな学びや農業、今年度から家庭科で扱っている金融など、テーマが広がっています。新しい内容が入るので、常にアップグレードして使いやすくしています。金融系の企業人や海外在住の日本人、またその地域出身の方が登壇するなどいろいろです。学びとキャリアが分断されがちだったジレンマを乗り越えようとしている点が、先生たちに喜ばれているポイントだと思います。
大久保:先生は学校外の世界には若干弱い。やはり時代のアップデートが必要です。外部の血を入れることは有効ですね。
金谷:「複業先生」の価値はひとつの尺度では測りづらい。年齢や出身地の近さ、興味などいろいろ変数があります。いま、まさにパラダイムシフトが起きるべき時代なのかなと思います。
対面コミュニケーションの価値を見直す
大久保:もし仮に、富山出身の「ラクスル」の松本社長が富山の小中学生の前で登壇すれば、生徒たちは自分にもできるかもと思います。それが東京の起業家が登壇して話をすると、東京の話かなとなってしまいます。それをウェブ上で絶妙にマッチングしていますね。
金谷:おっしゃる通りです。会社でひとつの仕事だけをやり続けている人や伝統工芸の話、生き方の多様性の例として、家庭でどんな仕事をして役割を果たしているか、地域でどんな活動をしているかなど。自分がどう生きるか、好きなこととどう向き合っていくかを「生きた素材」で学び、その先にキャリアがあるわけです。今価値があるけれど、10年後は需要がなくなるコンテンツもあるだろうし、逆に将来価値が出てくるものもある。ロングテールを押さえることを考えます。
大久保:なるほど。動画は知識の詰め込みにはよくできたコンテンツですが、人が学び成長するには、人との関係が大事ですね。対面やリアルで人と人がしゃべることは、教科書で教わることとは違う衝撃がある。先生の役割がそこにあるのではと思いました。
金谷:別の側面でお話すると、私たちが授業を発注いただいている企業から、社員を登壇させたいというリクエストが増えています。また、登壇した社員がキャリアを振り返る機会や、社内のコミュニケーション力の価値が見直されつつあって、人に伝えて共感を呼び、人間関係を築くことの大切さが認知されつつあるようです。私たちの授業はそういう能力を鍛える場でもあると思っています。
教えることは学ぶこと
大久保:スタートアップの起業家は、成功すると最後は教育に向かう傾向がある。潜在的に教えたい欲求がありますね。スポットで教えたい需要があるのではないでしょうか。
金谷:ありがたいです。社会貢献の究極のカタチとして教育に携わりたいとの考えは、一時代前からあります。加えて、教育に貢献するカタチとして学校の先生になるのが今ベストかと言われると、働き方や専門性など改善点がいろいろあります。それをつくり直すのが私たちの役割だと思っています。少しでも教育に関わりたいというとても忙しい人も、教員としてフルコミットしたい人も、両者に貢献できるといいです。
大久保:教えることは学びなんですよね。
金谷:はい。私は小学校の教員だったので、小学6年生にわかりやすく話をしないと伝わらないと意識して生きてきました。それを皆は意外と難しく感じているようです。
予算に応じて授業を提案
大久保:教える対象は小中学校の義務教育課程が多いのですか?
金谷:小学4年生から高校3年生くらいまでさまざまです。中学2年生の時だけ依頼をする学校もあれば、毎月数十人の複業先生を依頼する学校もあって、多様です。学校側の投資力や取り組みの姿勢によります。私たちからすると、できるだけ早く入り、業務改善しながら長く伴走していきたいと考えています。
大久保:「複業先生」への謝礼はどうなっていますか? 基本、講師に分配する謝礼と事務局運営の手数料をいただくビジネスモデルなのでしょうか?
金谷:おっしゃる通りです。「複業先生」は予算に応じた授業内容を提案させていただいています。教育予算は自治体によって割合は違うものの、かなりの金額が用意されています。外部とつながる学びについて、そのアロケーション自体をコンサルティングしないと、教育業界の再構築は難しい。したがって、「教育業界の改革から始めませんか?」という会話から始めます。
大久保:やり取りはオンラインだとしても、ハードな営業の世界ですね。営業の調整は大変ではないですか?
金谷:初めの2-3年、チーム一同、苦労しました。構造から見直して課題をフルオープンにし、今の教育界の最先端の事例を社内にフィードバック。一部は対外的にもオープンにして、興味を持っていただくわけです。
文科省は「開かれた学校を」とコミュニティスクールなどを提案していますが、自治体側も学校経営側も追いつけていない。ニーズとしてはあるので、失敗しないように上手くやってというのが本音でしょうか。
変革意欲のある先生とワンチームで働く
大久保:社会課題を解決したい人は、政治家の道に進むのか、それとも起業家を目指すのかという疑問があります。政治家になっても力を持つまでに数十年かかるし、そのポジションに就くとしがらみで何もできないこともある。ガバメントが絡むスタートアップは、動かすのは大変ですが、動かせればダイレクトに自分がやりたいことができる強みがありますね。世の中を変えたいならば、スタートアップにいく方が賢明だと思うのですが。
金谷:私たちのパートナーは、自治体トップもいれば省庁出身の方もいる。そういう方々とタッグを組んでいかないと変わらないことは実感していますし、少しずつできているとも思います。強みや社会との関わり方、スピード感は違っても、同じゴールを目指しているのです。今後は私たちの社会での認知度アップにも力を入れようと思います。
大久保:世の中を変えるのに、スモールスタートからできるスタートアップは非常に効率的。スタートアップが世の中を変える起点をつくれるのであれば面白いです。
金谷:社会実装するのが目的で始めているので、そうなれるように頑張りたいです。
起業に絞って話すと、先生として子どもに関わるよりも「複業先生」のような仕掛けをつくる側にまわる方が、手触り感のある仕事ができそうだというのが一個人としての発想でした。少なくとも今、変革意欲のある先生たちと一緒に現場でワンチームになって働けるのはすごくうれしい。対話がもっと広がっていくといいなと思います。
情報共有をスムーズに
大久保:学校間のネットワークは意外にないんですよね。誰それの先生がいいといった情報は、ネットワークで共有するのが早いと思いますが、学校内ではできても、学校をまたいで伝えるのは難しいのではないですか。重要な情報をスタートアップでスムーズに共有できる世界になればいいですね。
金谷:「複業先生」を導入している学校のコミュニティをつくったり、校長先生に向けてのコーチングなどもやっています。学校内の心理的安全性の担保が伝播のスピードを変えてくれると思うので、学校の組織改革にどこまで入れるかが課題です。
上からおりて来る情報を待たずに、現場の力を高めて皆が情報を分かち合い、「それ、この前やったよ」と当たり前に言える空気をつくることに注力しています。そうすれば、先生同士の人間関係もよくなるはずです。教員になったモチベーションとは違うところで気を遣わなければならないことが多過ぎて、それが教員の離職率や有病率を上げて、ネガティブな影響が出ているように思うのです。
大久保:校長先生を押さえればうまくいくのですか? それとも教育委員会?文科省? どのあたりが大事ですか?
金谷:私たちの現段階の仕事の範囲では、教育委員会が上部の階層ですかね。サービスを使うのは学校の先生で、価値の享受者は生徒であり保護者です。そのラインが整っているかどうかが、教育委員会向けの営業には効いてきます。教育業界のねじれ構造がそこに表れているわけで、私たちは、包括的に川上から川下まで全部やることにしています。
「教育で貢献したい人」を歓迎
大久保:「私、教育で貢献したいです」といったやる気のある人が「複業先生」の側にいたとします。でも、素人では手を出せないので、調整が必要になりますね。
金谷:そういう志を持つ人が関わりたいと考えた時には、できるだけ後ろ盾になりたいと思います。よくあるのは、「母校のために何かしたい」と電話をかけたところ、「何しに来たのですか」と相手にされなかったという話。互いの意思が正しく伝わっていないがゆえに、分断が起きています。まずは対話のきっかけに、出前授業のインフラを使っていただきたい。それが、私たちが言っている「社会の翻訳機能」です。授業づくりは、人と人とのつながりから、です。
教育を通して、自分らしく未来を描ける社会に
大久保:本来国がやるべき課題解決にスタートアップとして取り組まれているのですが、同じ志を持つ起業家に対してメッセージがあれば、いただきたい。
金谷:初めに誰かが矢面に立ってチャレンジすると、後を行く人が走りやすくなって、プレーヤーが入れ替わり立ち替わりしながら進んでいく。うまくいっても失敗しても走り続けて、きちんときっかけを作ることが重要だと思っています。
私の周りでも、教育のために尽くしたいという高校生や大学生が増えています。彼・彼女らがこの領域で起業できる社会をどうつくるか、いかなるサポートができるかを考えます。教育業界の仕組みを改善していくのはもちろんですが、私たちのミッションは、教育に関わりつつ、自分らしく生きる意味を分かち合える社会を実現すること。一緒に道をつくれればと思います。
大久保:学校の先生に向けても一言お願いします。
金谷:まだ立ち上がったばかりのサービスですが、先生方と対話して一緒に何かを成し遂げるのがすべてだと思っています。ぜひ関わっていただけたらうれしいです。
(取材協力:
株式会社LX DESIGN代表取締役 金谷智)
(編集: 創業手帳編集部)