BusiNest「アクセラレーターコース」で創業手帳賞を受賞!動物園の赤字体質脱却を目指す大学生起業家の毛笠龍之介氏にインタビュー
経営理念は「動物たちに質の良い暮らしを」。動物福祉のために必要な日本の動物園改革とは
徳島大学理工学部の学生である毛笠龍之介氏は、2019年11月に指導教官の油井助教、同大学のメンバーとともに株式会社KAIを設立。「動物に質の良い暮らしを」という経営理念を掲げ、精力的に活動を行っています。
社会的評価を得るため、ビジネスコンテストにも積極的に挑戦し、2019年11月には全国規模のビジコン「Matching HUB Business Idea & Plan competition」において「給餌装置」を提案。最優秀賞・NEDO賞・JBMC賞の3賞を受賞し、その後も数々のビジコンで高い評価を受けています。
今年のBusiNest「アクセラレーターコース」では創業手帳賞など4つのスポンサー賞を獲得しました。徳島大学発の学生ベンチャー企業が誕生した経緯、日本の動物園の課題、動物福祉の実現になにが必要なのか、学生起業家の毛笠氏にお話を伺いました。
1999年10月生まれ。徳島大学理工学部在学。2018年4月に産学連携による課外活動「イノベーションチャレンジクラブ」の第1期生となり、ジェイテクトチームのリーダーを務める。試行錯誤を重ねて、サルの給餌装置である「kuru・kuru」を開発し、数々のビジコンで高評価を獲得した。2019年11月に株式会社KAIを設立し代表取締役に就任。現在は動物園のコンテンツ配信を行う「KAI主(飼い主)」の実現を目指して活動中。
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この記事の目次
偶然気づいた動物園の課題にデザイン思考で挑む
毛笠:ありがとうございます。
毛笠:いえ、まったくありませんでした。「イノベーションチャレンジクラブ」という課外活動が徳島大学にありまして、その担当教官である油井先生から「社会貢献につながるし、事業の計画表を立て、実際に起業してみる流れを経験してみないか」とご提案いただいたことが起業のきっかけです。
面白そうだなと思って二つ返事で引き受けましたが、あくまで学生時代の経験としての起業であって、正直なところ、軽い気持ちで引き受けた部分が大きかったですね。
毛笠:イノベーションチャレンジクラブは産学連携による課外活動で、企業からいただく課題に対して、デザイン思考で課題解決を目指すものです。ユーザーとなる人の考え方を尊重するのがデザイン思考でして、まずは問題を見つけるところからスタートします。このデザイン思考があったからこそ、動物園という当初は考えもしなかった取り組みを行うことができたのだと思います。
毛笠:イノベーションチャレンジクラブに参加を決めた理由は2つあります。
まずは実際に企業と連携して仕事ができる点に魅力を感じたこと。当時はジェイテクト・ヤンマー・YKK・パナソニックといった大きな企業と連携できると知り、学生にとってはとても魅力的な授業でした。
もう1点は課外活動の1期生であること。なにもないところから、自分たちで活動をスタートできることが面白そうだなと感じました。
毛笠:はい。ジェイテクトさんのテーマは、「ベアリングを活用した一般消費者向け製品とビジネスモデル」で、一番なんでもできそうだと思って希望しました。他の企業では、「これを、こんな感じで使ってください」「こういった場面で使ってください」といったように、制限がかかったテーマが多いのです。企業自体はもちろんですが、よりテーマに魅力を感じてジェイテクトチームを選択しました。
動物たちを元気にしたいという思いが形に
毛笠:いえ、最初は予想以上に難しかったですね。そこで、まずは身のまわりにある回転しているものを書き出していこうということになって、フラフープ・風車・ターンテーブルなど、たくさんあがりました。
いろいろと探しているうちに、YouTubeでハトのオスが、メスのまわりをグルグル回って求愛するという映像を見つけまして、これも回転じゃないかと(笑)。このハトの回転にはどんな意味があるんだろう。鳥のくちばしの形が新幹線のスタイルのモチーフになったように、鳥の回転がなにかのモチーフにならないかと淡い期待を抱いていました。
毛笠:ハトの求愛の回転については、ある博物館に出かけて専門家に質問をしたこともあるんです。ところが、「ハトのそんな行動は知らない」と取り合ってもらえず、「映像もあるのになぁ」とみんなで悔しい思いを味わいました。
諦め切れず、今度はある動物園に行って専門家の話を聞くことにしたのですが、動物園に行ってみると、質問する以前に、動物園の活気のなさに驚いてしまって。
夏の暑い日に行ったんですが、動物が全然動いていないし、動物の姿がないオリもたくさんあって。「動物園って、こんなに面白くなかったっけ?」と、思わず一緒に行ったチームのメンバーに聞いてしまったくらいです。大学に戻ってチームにその話をすると、回転を用いた道具で動物を動かすことができるんじゃないかと。それがサルの給餌装置である「kuru・kuru」のアイデアにつながりました。
毛笠:そうなんです。デザイン思考では課題が見つかると、まずはプロトタイプを作って検証することが多いのです。簡単なプロトタイプを制作して再び動物園を訪れたところ、「安全面はどうなのか」「そんな費用をかける余裕がない」と一蹴され、張り切っていた分、意気消沈して大学に戻ったことを覚えています。
ただ、油井先生から簡単に諦めてはもったいない。別の動物園にも行ってみようと励ましていただき、香川県東かがわ市にある「しろとり動物園」を訪問することになったんです。
園内に入って驚いたのですが、最初の動物園とは違って、とにかく楽しいんです。私立の動物園なのですが、面白いと思ったアイデアをどんどん実現していて、動物園の活気が違いました。プロトタイプを見せながら、給餌装置について説明すると、「面白い!ちょうどサル舎の新設工事をしているから、そこで使ってみよう!」と、話が一気に動き出しました。
いまの事業が実現できたことも、この「しろとり動物園」との出会いが本当に大きかったと思います。
動物園で味わった感動。自分が本当にやりたいことに気づく
毛笠:プロトタイプを持って、まずは100人以上の小学生とその保護者にヒアリング調査を行いました。
「このような装置を考えているんですが、あったら使ってみたいですか?」
「なぜ、使ってみたいと思いましたか?」
と、たくさんの来園者に質問しながら、かなり深堀りして需要を確認させてもらいました。
調査の結果、80パーセントを超えるお客様から「使用してみたい」という回答をいただいて、開発に向けてかなりの手ごたえを感じることができましたね。
毛笠:ジェイテクトさんからも高い評価をいただき、装置を開発してみようということになりました。
ジェイテクトさんの支援を受け、2019年4月に「しろとり動物園」でサルの反応を見るための実証実験を行っています。最初はサルたちも警戒していたのですが、装置に慣れてくると興味を示して、しっかりエサを取ってくれました。不安もあったのですが、実験は想像していた以上に順調で、最初にサルがエサを取ってくれたときは嬉しかったですね。
毛笠:そうですね。ただ、僕にとってはそれ以上の感動を味わった場面がありました。
「kuru・kuru」は、柵の外から小豆や大豆のエサを装置の中に入れることができるようになっているのですが、僕が「しろとり動物園」を訪れたとき、兄弟が楽しそうに「kuru・kuru」でエサやりをしていたんです。
二人の後ろ姿を見て、自分でもびっくりするくらい感動がこみ上げてきたんですよ。僕たちの作った装置で喜んでくれる人たちがいる。誰かのために、誰かが頑張っているような、優しさの垣間見える瞬間が僕自身はとても好きで、そういった場面を作りたいとぼんやり想っていただけに、その兄弟の様子を見て、「僕のやりたいことは、これだったんだ!」と気づかされました。
数多くのビジコンで得た経験と出会いは貴重な財産
毛笠:ジェイテクトチームが初めての取り組みで、その後はクラウドファンディングを活用したチームはありません。
開発への活動費や制作費等で80万円の目標を設定させていただきましたが、学生の活動に多くの方々が協力してくれて、とても心強かったですね。クラウドファンディングに関しては完全に手探り状態で、本当にお金が集まるんだろうかという不安も大きかった。こんなに応援してくれる人がいることを知って、本当に嬉しかったです。
社会評価を得たいから多くのビジコンにチャレンジ
毛笠:装置の開発よりも、ビジコンに応募をし続けた期間が自分としてはとてもハードでした。2019年8月から、11月に株式会社KAIを創立するまでの数ヵ月間、油井先生の支援を受けながら次々とビジコンにチャレンジしました。大変でしたが、その分、やりがいも大きかったですね。
積極的にビジコンを活用したのは、社会評価を得たかったから。クラウドファンディングの成功はありましたが、僕たちのアイデアがコンテストでどのように評価されるのか知りたかったのです。11月には金沢で開催された「Matching HUB Business Idea & Plan competition」で最優秀賞、NEDO賞、JBMC賞の3賞を受賞。全国規模だっただけに、大きな自信を得ることができました。
ビジネスについてなにも知らなかった大学生ですが、ビジコンを経験していくうちに、自分がやっていることはなんなのか、誰のために活動しているのか、それが自分の中で整理できていくんです。法人の代表といっても、最初は雇われ社長のような感覚があったのですが、真剣にビジコンに参加する社会人の方々と触れ合うことで、気持ちがどんどん変わっていきました。想いを形にできる立場に自分がいるんだと気づいたときから、会社を経営する面白さに目覚めた気がします。
数多くのビジコンに参加した経験は、自分にとって本当に貴重な財産です。
テクノロジーの導入で、アナログな日本の動物園運営を変化させたい!
毛笠:株式会社KAIは「動物に質の良い暮らしを」という経営理念のもとに創設された企業です。
「kuru・kuru」によって動物園のことを深く知るにつれて、動物たちに質の良い暮らしを提供するには、動物園の赤字経営の解消が必要ではないかと考えるようになりました。たとえば戦前の上野動物園は、収入が経費を大きく上回る健全経営で、公園行政の財源になっていたんです。ところが、現在の日本の動物園は、運営財源の多くを行政の補助に頼っている状況で、これでは動物の福祉に充てるお金がありません。
そこで、僕たちが提案しているのが「KAI主(飼い主)」です。日本の動物園はアナログで、動物園に来園した人しかお金を使うことができません。一部の動物園ではサポーター制度を導入していますが、一口の金額が大きいため、企業のサポーターが多く、寄付の結果もホームページに名前が掲載される、年間パスポートを進呈するなどにとどまっています。
これが海外だと、個人が気軽に寄付金でサポートする制度が整っているんです。行政補助にばかり頼らずに運営ができれば、遊具などの動物福祉にお金をしっかりと使うことができます。
毛笠:動物園には動物というコンテンツ配信向きの財産があるのですから、これを活用しない手はありません。「動物エンターテインメントを世界中に届ける」というビジョンのもと、動物園での限定動画やリアルタイム配信・コンテンツ配信・360°動画・夜の動物園の配信・投げ銭システムの導入などを提案しています。
ただ寄付金を求めるのではなく、KAI主(飼い主)として、動画コンテンツなどで動物たちの姿を楽しめるような仕組みを作りたいと考えています。まずは、「しろとり動物園」で、しっかりと成功例を作りたいですね。まだまだ課題はありますので、関係者の意見を取り入れつつ、この夢を実現したいです。
アナログな農業がテクノロジーを導入することでアグリテックとして注目されています。同じようにアナログな動物園も、テクノロジーの導入でこれから大きく変化する可能性が十分にあると思っているんですよ。
毛笠:「しろとり動物園」の副園長さんから、「毛笠くんはタイミングの人」と言われたことがあります。
たまたま僕が徳島大学に入学した年に「イノベーションチャレンジクラブ」が始まり、たまたまプロトタイプを持って訪問した「しろとり動物園」のサル舎の新設工事をしていたり、たまたま起業した年に、「徳島イノベーションベース」という起業家が新たな起業家を育てる県の大きな取り組みがスタートするなど、副園長さんがおっしゃる通り、僕は本当にタイミングに恵まれているんです。
ただ、行動していたからこそ、得られたタイミングだとも思っているんですよ。
僕なんかが偉そうなことは言えませんが、チャンスが多くある環境に身を置くことをお勧めしたいですね。学生のうちは、勢いで挑戦したっていいと思うんです。分からないことがあっても、大人の方たちは学生には優しく教えてくれますし、協力してくれます。そのような学生の特権を活用しないともったいない。学生起業についても、きっと大きな財産になると思いますので、積極的にチャレンジしてみてはいかがでしょう。
今後は大学院に進む予定の毛笠氏ですが、卒業後は株式会社KAIの成長に、代表として注力していくとのこと。
すっかり企業経営者としての覚悟も定まり、これからの活躍が楽しみです。株式会社KAIにとって貴重な連携先である東かがわ市の「しろとり動物園」では、「動物のとの心の距離を0(ゼロ)にするしろとり動物園の挑戦」を行っており、クラウドファンディングによる協力者の募集も行っています。
(取材協力:
株式会社KAI 代表取締役 毛笠龍之介)
(編集: 創業手帳編集部)