Chordia Therapeutics 森下大輔|今までにない新しい抗がん薬で患者を助けたい。大手製薬会社から独立しての挑戦
がんのアキレス腱を狙う世界初の新薬の研究開発進める
日本人が亡くなる原因として最も多いがん。Chordia Therapeutics株式会社は、がんの新薬の研究開発に特化したバイオベンチャー企業です。
最近の研究で明らかになってきた、がんの弱点とも言える「RNA制御ストレス」を標的とした治療薬の研究開発に力を入れていて、臨床試験を進めています。今年6月に東京証券取引所グロース市場への上場も達成しました。
今回は、CSO(Chief Scientific Officer:最高科学責任者)の森下さんに起業の経緯や今後の展望について、創業手帳代表の大久保がお聞きしました。
Chordia Therapeutics株式会社 CSO
Chordia Therapeutics株式会社の共同創業者であり、2019年10月にCSOに就任、現在に至る。Chordia入社以前は、武田薬品工業で約10年に渡り癌領域における研究に従事し、特に癌に関係するRNA Networkの研究領域に深い専門性を有する。CTX-177の創生を総責任者として完遂し、またこの間の産官学連携を牽引し高い成果を上げたことによって、京都大学准教授、熊本大学客員教授、及び名古屋市立大学客員教授に招聘されている。東京大学大学院にて博士課程修了。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
武田薬品の方針転換が起業のきっかけ
大久保:大手企業から起業する人は増えてきてはいますが、まだまだ少ない傾向にあります。前職の影響も含めて起業の経緯をお聞きできますか。
森下:はい、まず私は東京大学の大学院で博士号を取得した後に武田薬品に入社しました。日本では最大手の製薬会社です。研究者のキャリアとして大学を含めた幾つかの選択肢がある中でも、新薬を創って病気の人を助けたいという志を全うすべく武田薬品を選択しました。
入社後に社内の新規事業のコンペティションに応募する機会があり、1年目さらに2年目と継続して研究所長賞のような賞をいただいています。これらの受賞やその後の取り組みを評価していただき、入社後早い段階でアメリカのボストンに留学する機会をいただいたのです。
留学での様々な出会いや経験から、「日本においてもアメリカに臆することなく、研ぎ澄まされた新薬を創る」という思いで2014年に帰国しました。
帰国して、米国で構想し練ってきた医薬品創出を実現するためにチャレンジしていたのですが、2015年から16年にかけて武田薬品において事業戦略の大きな見直しがありました。当時取り組んでいたタイプのがんの薬が会社の戦略方針から外れ開発中止を余儀なくされ、会社を辞めるかどうかの岐路に直面することになったのです。
武田薬品に所属していた多くの研究者も、会社の戦略に合わせて研究者キャリアを変更したり、別の製薬会社に移ったり、研究そのものをやめたりした方も相当数いらっしゃったように記憶しています。
そうした道をほぼ全ての研究者が選ぶ中、私たちChordia創業者を含む非常に限られた研究者が起業という道を選び、これまで手掛けていた研究の続行を選択したのです。新しい会社を作るにあたっては幸いなことに、武田薬品からのサポートも受けられました。武田薬品の変革期においても歩みを止めることなく、研究開発を続けるために独立する形で新しい会社を作ったというのが大きな流れです。
大久保:武田薬品からは投資なども受けられたのでしょうか。
森下:はい。お金以外にも研究施設や会社経営のサポートなど、普通のスタートアップでは得られないような多角的な支援をしていただきました。
これらの支援を基に共同創業者が力を合わせることで、創業後もブーストをかけることができたと考えています。取り組んでいた研究を持ち出し、いわゆる「カーブアウト」の形で会社を設立したわけですね。
武田薬品からのサポートもあり、資金的にも非常に恵まれた環境で、研究開発は順調に進めることができたと思います。
大久保:6人のメンバーで始められたそうですが、複数人で立ち上げたこともバネになりましたか。
森下:はい、創業者が6人いたこと、かつ6人が異なる専門性を有していたことが大きな力となっています。薬創りには均一なバックグラウンドだけではない、多様な専門性が必要です。専門性の異なる6人が設立時期に揃ったことは、事業を安定させ加速させる上で優位に働きました。
患者の期待に応える「First in class」目指す
大久保:スタートアップと大企業の中で仕事をするのとは違った部分もあると思います。会社を作ったことで大変だと感じた部分はありますか。
森下:スタートアップという形で創業する過程で最も苦しかったことは、その決断をするに至るまででした。それは、大企業の安定を捨てて不安定なスタートアップに飛び出してでもやり遂げたいことなのか否かを判断する過程です。自分自身がありたい姿を問い続けるプロセス、向かうべき道を選択し動機付けするための自問自答と言うべきでしょうか、府に落ちた迷いなき決断をするまで、深い葛藤の日々の中で自分で自分をコンヴィンスできるか(納得させられるか)、その1点が最も苦しかったと思います。
他にも苦労したところは、創業者が6人と限られた人数でしたので、私たちが持っていない力は外部から借りる必要がありました。例えば薬を創るプロセスが100個あったとしたら、大手では十分な人数でそれらに対応するのに対して、Chordiaでは6人でカバーしなければなりません。
外部の力を借りながら自分の専門外の部分にもチャレンジしなければならなかったので苦労もあったかなと思います。その一方で私の性分にはなりますが、自分で全体を掌握して進めることにこだわりがあるので、創薬研究における全貌を把握するにはスタートアップでの取り組みがその良い機会となったとも振り返っています。
大久保:上場されて何か変わったことはありますか。
森下:まだ上場して3カ月ほどですが、株式を発行したことで新しい投資家の方の期待に応えるべく取り組むという、上場前にはなかった使命感が生まれてきました。
大久保:がんというテーマについてはどのような思いがありますか。
森下:人間の根源的な部分で、生きるか死ぬかというところには非常に深い恐れがあって、やっぱりそれを克服したいという願いや希望があると思うんです。いろいろ病気がある中で、死と直結している病気は何かと言えば、がんに他ならないわけですね。
今もがんは死の一番の要因になっていて、人類が克服できていない課題として残っています。我々は人類が恐れる死に最も直結するがんに対して、スタートアップだからこそできる抗がん薬へのチャレンジや患者への貢献、医療体系を変える取り組みに意義を感じています。
大久保:Chordiaの取り組みで革新的な部分とは何ですか。
森下:私たちは今までにない革新的な薬のことを「First in class」と言っています。既に作り出されている薬の改良版を作る手法は対比で「Best in class」と言われています。
私たちは「RNA制御ストレス」への対策を研究戦略として掲げ、First in classの薬を創っています。このRNA制御ストレスとは、まだ誰も十分に医薬品を創ることができていない、がんが持っているアキレス腱(弱点)として新たに見出されたものです。
このがんのアキレス腱であるRNA制御ストレスを狙うことを通じて、まだ誰も成し得ていない薬の開発に繋げていくことにチャレンジしています。
SSHで授業、志を次世代につなげたい
大久保:スーパーサイエンスハイスクール(SSH)での講師など社会的な取り組みもされていますが、どのような思いからですか。
森下:根源的には今私と同じ時間に生きている方々、あるいは将来的に病にかかられる方、がんにかかられる方を救うためです。私の中では全部そこしかないんですよ。
Chordiaとしてベストを尽くしたい思いもあります。ただ、自分だけががん克服という課題解決に取り組んでいればいいのかというと、そうじゃないなと思っていて。
がんといってもざっくり約25種類ぐらい、いろいろな臓器から発生します。その一つ一つに適切な治療薬をとなると、1個のがんに1つの薬だけでいいわけではなく、1つのがんに5剤は必要とすると単純計算でも100剤強は必要になります。
1つのバイオベンチャーやファーマが10年、20年のスパンで世の中に送り出せる薬はせいぜい3個、多くて5個でしょう。10個を10年で送り出せるような、そんな驚愕なハイパフォーマンスの会社はほぼないと思います。また1人の研究者が魂込めて1つ生み出すにも10-15年の長い年月がかかるわけです。
そうすると、やっぱりいろいろな会社でいろいろな方々がそれぞれの考えをもとに努力しないと十分な薬が作り出されず、がんという病気を克服することなんてもはやできないというのが私の中であります。私自身も勿論最善を尽くしますが、同じ時代に生きる他の研究者の方々と相互にベストを尽くしてそれぞれがおのおのの考えで違った薬を作り出すことを追求し続ける、単純なライバルということでは決してなくて、長い長いマラソンを励ましあって走り続けるようなそんな感覚です。
私の同世代あるいは次の世代から思いを持ってチャレンジしてくれる方が出てこないと、がんに苦しむ方々の現状を大きく変えるには至らないと思うのです。
次なる世代をエンカレッジ(励ます、勇気づける)するという意味で、まずは何か生きる上での志を自分で見つけてほしいと授業では話しています。その志がもし薬を創るということであれば、いつか私と一緒に研究をする機会はあるでしょうし、仮にそのとき私が現役じゃなかったとしても想いを継いで、次なる方たちが医薬品を創ってくれるのだと考えています。
(この大久保さんとのインタビューの後で、ニデックの永守重信さんがご自身の理念で大学を作られたり、元サッカー日本代表の岡田武史さんが今治にサッカーチームを作られているお考えと近しいものがあると感じています。創薬の業界では同じような取り組みは今のところ無いように見受けており、Chordiaとは直接関係のない形にはなりますが私自身は今の取り組みを通じて創薬を専門とする大学か何らかの組織体を作るつもりでいます。)
大久保:産官学連携で苦戦しているところも多い中、どのようにすればうまくいくなどお考えはありますか。
森下:うまくいくために必要な要素はシンプルなことだと考えています。
まず対等な立場で研究に向き合うことです。アカデミアであれ企業であれ官庁であれ研究者同士が違うバックグラウンドを持っていても、同じ土俵に立って1つの研究を立てるマインドセットがないとうまくいかないです。
また大前提として、サイエンティストとしての力量が低いと対等には立てないので、そこは自己研鑽が必要です。
自分のサイエンスのレベルを上げ相手と対等に話し合い、お互いが持っている強みを出し合って相互保管することで単独では成し得ない研究に取り組んでいく。うまくいくためにはこれが必要です。無用な忖度をせずリスペクトを必ず持って向き合う、学会等での私の立ち振る舞いを見てくださっている方々はこの点を理解してくださるのではないでしょうか。
大久保:設立の経緯にカーブアウトの話もありましたが、もっとカーブアウトが広まればなどご意見はありますか。
森下:はい、広がることを強く願っています。カーブアウトにより、企業内に眠っている薬の候補が世に出る可能性が高められるためです。
武田薬品を含めた日本の製薬企業の研究者は高い研究レベルを持っています。しかし、会社の方針転換や社内政治等の外的環境に右往左往し、突き詰めたい研究の歩みを止めてしまうと、その人が本来持っているパフォーマンスを出しきれず、そして何より生み出される可能性あった成果も埋もれてしまい、結果として新薬を創るエンジンが失われてしまうのです。
私自身も起業という選択がなかったら、埋もれてしまった可能性はあったと振り返っています。
カーブアウトは、医薬品を世に送り出すのを加速させる良い方法であり、元々所属していた会社にとっても、新しく会社を設立してチャレンジした方々にとっても、そして薬を求める患者さんの誰にとっても、望ましい今後も追及されるべき形と考えています。
自分をコンヴィンスさせられたら起業にチャレンジを
大久保:研究者に向けて、壁に当たっている方などに向けてのメッセージをお願いできますか。
森下:大手企業にいると環境に思わぬ形で左右されることもあります。本来自分が志していた道とかけ離れた道を歩かざるを得ない状況になっている方も、実際現状を見れば相当数いらっしゃると思います。
ただ結局は自分をコンヴィンスできるまで自分に問い続けた上で見出した志を持てるかどうか、そしてそれに基づいて行動できるかに尽きると思っています。今現在取り組んでいるそのものがが自分の生涯を賭けるに足るのだと、自分を確信させられる限りは起業という可能性を考えていただけたらと思います。その起業の際には我々のようにカーブアウトするという道もぜひ考えてみてください。
また、カーブアウトに限定されることなく起業家を支える環境は、Chordiaが設立された7年前と比べるとかなり成熟してきました。国内ベンチャーキャピタルも、当初主たるVCは10社くらいしかなかったのが今は30社弱くらいになり、それぞれの投資額も増えました。おのおののキャピタリストの経験値も増加し、加えて官民ファンドやスタートアップサポートプログラムの多角化も進んでいるので、新しい会社を作って勝負してほしいですね。繰り返しになりますが自分で勝負できると自分自身をコンヴィンスさせることができれば、起業家の志を守ろうとする、共に伴走しようとする方々が助けてくれると思います。
最後になりますが、自分自身がこうありたいと胸の内で願っていること(思っていること)、言葉にして発していること(言っていること)、そして実際に行っていること(やっていること)の3つを一致させるのは、生きていく上で極めて難しく、ままならない局面が往々にして起こりえます。この3つを自分自身のど真ん中かを一直線に貫くには、ここまで繰り返しにお伝えしてきた、自分で自分自身をコンヴィンスさせられるか確信させられるかどうかに尽きると考えています、あとはそれに基づいて思い切り行動するだけです。
今回、創業手帳代表取締役の大久保さんにこの得難い機会を頂きました。私は大久保さんとのご縁に深く感謝申し上げたいと思いますし、また大久保さんの想いも繋ぐ形で本稿をご覧になって頂いた方々の一助となればと願っていますので何かございましたら一緒に向き合いますので是非ご連絡いただければ幸いです。
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(取材協力:
Chordia Therapeutics株式会社 CSO 森下大輔)
(編集: 創業手帳編集部)