カーブジェン 中島正和|AIなどのDXの力で薬剤耐性問題を解決する
G7サミットでも議題に上がった「サイレントパンデミック」を知っていますか?
「薬剤耐性(AMR)」という言葉をご存知でしょうか? ここ数年、新型コロナウイルス(COVID-19)が世間を震撼させましたが、14世紀のペストから始まり、人類の歴史は感染症との戦いの歴史でもありました。
そんな中で薬の不適正使用により、抗菌薬(抗生物質)に対する耐性菌が生まれてしまったのです。薬剤耐性菌が増えると、それまでは抗菌薬を投与すれば治っていた感染症が治りにくくなり、他の病気の治療にも影響が出るといわれています。そして今、この耐性菌が増え続けていることが世界中で大きな問題となっています。
その薬剤耐性問題をなんとかしようと起業したのが、それまでにも医療×ITで起業経験がある中島さんです。
事業内容や今までのキャリア、今後の展望について、創業手帳代表の大久保がうかがいました。
創業手帳の冊子版(無料)では、様々な業界で活躍する起業のプロフェッショナルへのインタビューを掲載しています。こちらも参考にしてみてください。
カーブジェン株式会社 代表取締役CEO
京都大学工学部卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。アジアにおけるプロジェクト開発、事業投資等を担当。2000年より株式会社サイバーエージェントにて新規事業、経営戦略担当。その後、Schroder Ventures KK(MKSパートナーズ)にて、ベンチャー投資/育成、プライベートエクイティー投資を担当。2006年より、Macquarie Capitalのシニアバイスプレジデントとして、世界のインフラストラクチャー、ヘルスケア投資。これまで、医療・ヘルスケア分野を含むベンチャー起業、新規事業開発、VC投資等の幅広い経験を有する。
カーブジェン株式会社以外の役職として、以下のものがある。ネクスジェン株式会社(代表取締役・共同創業)、株式会社Welby(監査等委員・非常勤取締役・共同創業)、株式会社総医研ホールディングス(社外取締役)
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計100万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。
※この記事を書いている「創業手帳」ではさらに充実した情報を分厚い「創業手帳・印刷版」でも解説しています。無料でもらえるので取り寄せしてみてください
この記事の目次
人間味ある経営者たちを見ていつかはこうなりたいと思った
大久保:大学時代はどんな学生だったのですか。
中島:当時の京都大学はアメリカンフットボールが強かったんですが、初心者でも始められて日本チャンピオンになれるような部活はないかなと考えてヨットを始めたんです。
当時は全国レベルの大会に出場するようなレベルではなく、インカレに出場するレベルだったんですが、そんなビハインドのスタートから全国6位まで到達することができました。
ゼロイチじゃないけれど、何もないところからみんなでチームを作って自分たちの活動を見直して、強豪校に勝つにはどうしたらいいかをひたすら考える4年間でしたね。
「チャレンジは面白い」という体験ができたことや、学外のさまざまな大学の学生たちと触れ合えたことがよかったと思っています。理系なので大学院に進むという道もありましたが、「もっと広い世界、東京や海外を見てみたい」と世界を股に掛けることができる商社である伊藤忠商事を選びました。
大久保:理系から商社に進まれたのですね。仕事はいかがでしたか。
中島:仕事は本当に楽しくて、進んで残業していましたし大きなプロジェクトもまかせてもらい、海外出張もたくさん行かせてもらいました。ただ、大きな組織の中での年功序列システムを感じる場面も多く「もっと冒険してみたいな」と思うこともありました。
そんな中で、同期や先輩が転職するのを見ていて「これからはITがくるだろう」と感じ、IT業界に転職することを決めました。当時27才で、同じぐらいの年齢の人がトップなら思い切り仕事できるだろうという考えもありましたね。
転職を決めたサイバーエージェントは当時上場直前、藤田社長がひとつ上で、社員は50人ほど。「自分とひとつ違うだけでこんなにすごい人がいるんだ」と感じました。
新規事業などを担当し、2年ほど働いている間に社員も急増し、事業投資をしたいという思いから再び転職しました。転職後はプライベートエクイティ投資やベンチャー投資、育成を10年間経験しました。ビジネスモデルを練り、一緒になって事業を作ったり、不調な企業の再生に取り組む中で、若い起業家からベテランの創業者まで、さまざまな人を見てきました。
規模の大小に関係なく「経営者って人間味があるな」と感じ、尊敬の念を抱いていました。30代前半ぐらいのときに、普通はそのぐらいの年齢ではあまり触れ合えないような人たちと接していて、いつかこうなりたいなという気持ちを抱きました。
大久保:その気持ちが起業につながったのでしょうか。
中島:そうですね。2008年にリーマンショックが起こり、世の中の混乱の中で、これからどうしようと考えるチャンスをもらいました。そうしている中2010年に36才になり、「あと干支がひとまわりしたら48才か。そろそろ何か自分で行動を起こそう」と感じて起業しました。
理系出身で理系の友人と親しくしていたこともあり、医療ヘルスケア業界はこれからも伸びる業界であり、他の分野のテクノロジーを融合することでよりイノベーションがおこるだろうと考えました。日本の大学や研究室は、いい技術があるのになかなか事業化まで結びつかない印象があったので、逆にチャンスかなと思い、そういうところに眠っているものを事業化できないかと思ったんですね。
2011年に起業した最初の会社はWelbyといい、大学時代のヨット部の親友と共同創業しました。患者個人が自分のヘルスデータをレコーディングし、医療関係者とシェアすることで個人の行動変容をしましょうというプラットフォームを作りました。
薬剤耐性問題をDXの力で解決したい
大久保:大学時代の友人と創業されたというのもご縁を感じますね。カーブジェン株式会社とネクスジェン株式会社の2社は、関係としてはどのようなものなのでしょうか。
中島:ネクスジェンは2016年に創業しました。社内で研究活動をしていて、AIを活用することでより効率化や改善ができる部分があることに気づき、これで医療現場での課題を解決できるのではと感じたのです。
そうしている中で2019年に感染症専門の先生方から相談を受け、我々が持っているAIの技術を使って解決しようと取り組んだところうまくいき、やっていることが違うので2021年に子会社化したという流れです。
アメリカでは「CARB」というのは比較的よくでてくるバズワードで、薬の不適正使用により殺してはいけない菌も殺してしまう、その菌が学習することにより変異して、薬が効かなくなってしまうことを指します。
薬剤耐性問題といって、抗菌薬(抗生物質)の不適正使用により従来の抗菌薬が効かない「薬剤耐性(AMR)」をもつ細菌が世界中で増えてきており、抗菌薬に耐性をもつさまざまな細菌が既に確認されています。
世界中で問題となっていますが有効な成果は出ていないんです。このまま何もしなければ、2050年には世界の予想死亡者数が年間1000万人以上と言われています。新型コロナウィルスによる死者は3年間で800万人程度ですから、それを超える数です。
大久保:新型コロナばかりが注目されていますが、それは大問題ですね。
中島:そうなんです。論文によると2019年には世界で100万人以上がこの問題により亡くなっています。
イメージとしてはある日いきなりということではなく、慢性疾患みたいなものなんでしょうね。薬が効かないということは、何かの病気や手術などに対処できないということです。抗生物質がこの世に誕生したのはほんの70〜80年前なのですが、そこから薬を使い過ぎてしまい、耐性を持つ菌が生まれてきてしまっているということです。
その対策として大事なのがDX(デジタルトランスフォーメーション)です。細菌検査において慢性的な人手不足と教育不足があり、高難度の病理画像はいまだに目視判断に依存しています。
もちろん徐々に自動化されてきてはいますが、医療機関や臨床検査センターにおいては細菌検査、とくに病理画像の判断でのプロセスの自動化によるDXをより進め、抗生物質の適正使用を進めることが急務といえます。
具体的なプロセスとしては検体の採取から染色をして顕微鏡で観察し、菌種を確定して抗菌薬を処方するわけですが、次にご紹介する製品で自動化を推進しています。
まずひとつは自動で染色をしてくれる「PoCGS(ポッグス)」。肺炎や尿路感染症の診断・菌名推定に有用なグラム染色という方法で検体を染色します。救急外来や集中治療室、クリニックなどに設置しやすい小型で低価格なことが特徴です。
また、「BiTTE(ビッテ)」はAIが細菌感染症の菌種を推定・適正な抗菌薬の選定支援をしてくれるシステムです。通常は医者や技師が検体を染めて顕微鏡で見るのですが、菌種を特定するのが難しいケースもあります。そんなときにAIがこの菌ではないかということをサジェストしてくれ、その地域ではどういう抗生物質が推奨されているかのリストも出してくれます。
また感染症領域で活躍する専門家のためのニュースサイトとして「CarbGeM+(カーブジェンプラス)」というメディアも始めました。薬剤耐性問題はまだまだ世の中で知られていないと感じていますので、この問題をより広く知って欲しいという気持ちがありましたし、我々の勉強にもなっています。
ITやAIは課題解決のためのツール
大久保:今後の展望について教えてください。
中島:薬剤耐性は世界的な問題なので、国立国際医療研究センターや感染症センター、神戸大学との共同研究開発だけでなく、ベトナムの公立病院であるバクマイ病院、NYのNorthwell Healthなど、アジアやアメリカでも共同研究や開発を進めようとしています。
検体にも唾液、尿、便、血液などいろいろありますが、尿路感染症や敗血症など、患者が多い尿と血液からスタートしています。敗血症は世界中で患者が多く、何かの拍子で血液に菌が入ってしまうと発症してしまう、致死率が高い非常に怖い病気なんです。
検体が違っても、ひたすら学習してアルゴリズムを獲得するというプロセスは同じです。血液は画像がきれいでノイズが少ないので精度が高く、かなり進んでいますね。他の検体に関しても、これから少しずつ解析を進めていきます。
大久保:事業の醍醐味を感じるときはどんなときでしょうか。
中島:現場の方たちと話し合いながら、ああでもないこうでもないと作り上げている最中ですが、物が完成に近づいてきて、いろいろな方に「こういう物があるといいね」と言ってもらえたり、展示会や学会で評判がよかったりするとやはり嬉しいです。
やはり少しずつでも前に進んでいる実感があるのは素晴らしいことだと思っています。会社のスタッフにも、転んでもいいから前に転べ、そしたら半歩前進だと言っています。
大久保:ITが社会に与えるインパクトは大きいですよね。
中島:そうですね。ただ、ITやAIはツールであって、いかに課題を見つけて解決のためにどう使うのかを考えるのは人間なんですよね。今自分が取り組んでいるのは薬剤耐性問題であり、現場の課題を深く理解して適切にITを使い、現場を楽にしていきたいですね。
(取材協力:
カーブジェン株式会社 代表取締役社長 中島 正和)
(編集: 創業手帳編集部)