駐日ウクライナ大使 セルギー・コルスンスキー/伊藤羊一|IT大国ウクライナの歴史と教育【後編】
世界で活躍するITエンジニアを多数輩出するウクライナの「教育方針」とその「歴史的背景」に迫る!
世界から注目されるウクライナ発のIT企業はヨーロッパ各国やアメリカにオフィスを移転させ、ロシア侵攻最中の今でもウクライナ人ITエンジニアは世界中で活躍し続けています。この背景には「教育」と「歴史」に注目すべきポイントがありました。
そこで今回は在日ウクライナ大使館の特命全権大使であるゼルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ大使に「ウクライナの教育方針」というテーマで、Yahoo!アカデミア学長であり、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部の学部長でもある伊藤羊一氏と創業手帳代表の大久保が独占取材しました。
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在日ウクライナ大使館 特命全権大使
ウクライナの首都キーフ生まれ。ウクライナ国立科学アカデミーの研究者、科学技術行政、ユネスコ国内委員会、ウクライナ大使館イスラエル国家経済科学技術カウンセラーなどを歴任後、1998年から2000年までウクライナ外務省経済協力局副局長。2000年から2006年まで駐米ウクライナ大使館(ワシントンDC)で勤務し、2005年には駐米ウクライナ臨時代理大使を務めた。2006年から2008年まで、ウクライナ外務省経済協力局長2008年7月から2016年6月18日まで駐トルコ共和国ウクライナ特命全権大使。2017年10月から2020年4月までウクライナHennadii Udovenko外交アカデミーにて勤務。2020年4月14日より、駐日ウクライナ特命全権大使。
ヤフー株式会社 Yahoo!アカデミア学長/武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)学部長/Voicyパーソナリティ/株式会社フィラメントCIF(チーフ・イシュー・ファインダー)/株式会社ウェイウェイ 代表取締役/グロービス経営大学院 客員教授
日本興業銀行、プラスを経て2015年4月よりヤフー。現在Yahoo!アカデミア学長として次世代リーダー開発を行うほか社外でもリーダー開発を行う。2021年4月武蔵野大学アントレプレナーシップ学部を開設、学部長就任。代表著作「1分で話せ」。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計100万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。
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この記事の目次
ハイレベルなITエンジニアを育てるウクライナの教育方針
伊藤:ウクライナでは「教育」にも力を入れているとお聞きしましたが、具体的にどのような方針で「教育」を進めていますか?
コルスンスキー:様々な教育についての取り組みがありますが、ここではいくつか事例を挙げてお話しします。
まずウクライナでは小学校1年生から必須科目として「英語教育」が始まります。
英語教育を早い段階から始める理由は、もちろん世界中で使われている言語だからという理由もあります。
しかし他の理由として、英語は数学的に見ても規則性が強く、数学に力を入れているウクライナ人には第二言語として学びやすい言語なのです。ここにもウクライナが数学を重要視している理由が垣間見えます。
もう1つの事例として、ウクライナでは大学設立に関する法律が柔軟で、次々と新しい大学が設立されました。
新しく設立される大学の多くは民間主導の私立大学ということもあり、大学での教育方針もかなり柔軟に決められており、1つの学部で学べる範囲も広いことがウクライナの大学の特徴でした。
しかし、大学が増えすぎていることが問題視され始め、大学を統合し、1つの大学の規模を拡大する動きが強まっています。
自ら情報を探せるスキルが重要
コルスンスキー:そして今、ウクライナの教育方針として重要視されていることは、学校側から学生に情報を一方的に与えるのではなく、学生が自ら情報を探せるスキルを身につけられる教育を施すことです。
近年は時代の変化のスピードも加速しているため、小学校1年生で学んだ知識が4年生になる頃には古い情報になっていることも考えられます。
このような事態にも対応できる学生を育てるためにも、自分で必要な情報を探せる能力を育む教育が重要視されています。
これは若い世代への教育だけでなく、大人でも学びたいことがある人は、適切な教育が受けられるシステムも構築されています。
侵攻反対に強い意思を示すウクライナ人の歴史的背景
伊藤:ゼレンスキー大統領やコルスンスキー大使を筆頭に、今回の侵攻に対して「反対」だと明確に意見を表明できる国民がウクライナには多い印象を受けています。
このようなウクライナ国民の「強い意思」は元々の国民性なのか、教育によって育まれたものなのか、どちらでしょうか?
コルスンスキー:そのことに関してはウクライナ人の国民性が強いと思います。
ウクライナにはとても複雑な歴史があります。
この複雑な歴史背景があるウクライナ人の国民性として、今回の侵攻に対して「我々がやらなければ誰がやる」という思いを持っている国民が非常に多いです。
ロシアからの圧力は360年前からずっと続いているため、ロシアに対抗する意思を強く持っていることも歴史的背景がある国民性だと言えるでしょう。
日本は島国であり、外国から侵略された歴史もほとんどないため、隣国との関係性についてウクライナ人との国民性に大きな違いがあるのかもしれません。
隣国から統合されても守り続けたウクライナとしての存在
コルスンスキー:ウクライナは13世紀頃に国家としての独立状態を失ってから独立するまでの間に、様々な隣国からの圧力に耐えながらも、ウクライナという国家を残そうと戦い続けてきたのです。
過去にはポーランド、リトアニア、ロシア、ソ連など様々な国々に統合されましたが、その間もウクライナ人としての存在は守り続けました。
1991年に晴れてウクライナは独立を実現しましたが、またこうしてロシアからの侵略を受けているため、今回こそはウクライナの独立を守り切ろうという強い意思を持っている国民が多いのです。
ロシア側からは様々なプロパガンダが発信されていますが、ウクライナとしては独立状態を保ちたいという強い意思をロシアや世界各国に明確に示しています。
日本がモンゴル帝国に2度攻撃された際には、その2度とも神風が吹き、モンゴル帝国を追い払ったという歴史があると思いますが、ウクライナは神風が吹く地域ではないため、自分たちで戦わなければならないのです。
外国人が感じる日本ならではの良さ
伊藤:ウクライナの方々は日本に対してどのような印象を持っていますか?
コルスンスキー:ウクライナでは日本と日本の文化が大変親しまれています。
日本文化に興味を持ち、学んでいる学生も多くいますし、もちろん日本の製品もウクライナでは大人気です。
日本のビジネス文化である「カイゼン」もウクライナで大変注目されており、ビジネススクールでも教えられています。
それぞれの国々にはそれぞれのビジネス文化や社会構造がありますが、ウクライナとしては日本のビジネス文化である「社会貢献性」と「高品質な製造技術」を重点的に取り入れたいと考えています。
私は外交官としてアメリカやイスラエルなどの国々を経験した後に日本に来たのですが、他の国々と日本の大きな違いは全てにおいて理想的な高い水準を確立することだと思います。
ユーザー体験やホスピタリティの分野に関しては、私のような外国人の方が日本の良さを強く実感していると思います。
例えば購入した商品の所有権が消費者に移ったら、その後の保証をしないのが当たり前という国もある中で、日本では道徳的な観点からアフターサービスを手厚く行いますよね。
日本では製造元の責任として、製品の品質にしっかりと責任を取ることが、他の国々との大きな違いだと感じています。
このように、他の国々には真似できない高い水準の品質管理という点もウクライナに取り入れたいと考えています。
グローバル市場で活躍するには「英語」が必須
大久保:日本の製品を褒めていただけてすごく嬉しいです。一方で日本のIT分野はまだまだ遅れを取っており、ITエンジニアの不足も深刻な問題です。
今後、日本のITベンチャー企業がウクライナに拠点を構えたり、ウクライナのITエンジニアの方々に仕事を依頼することは、ウクライナ側からは歓迎されているのでしょうか?
コルスンスキー:個別にITエンジニアを探すことは難しいかもしれませんが、特定のスキルや経験を持ったITエンジニアが所属している組織を探していただくとより良い結果が得られるかもしれません。
しかし、ウクライナでビジネスパートナーを探すためには、英語でコミュニケーションを取れることが必須条件となるでしょう。
英語でのコミュニケーションが取れない日本のスタートアップ企業がウクライナでビジネスパートナーを探すことはかなり困難だと思われます。
英語を共通言語にして、グローバル市場を狙うのであれば、日本企業とウクライナのITエンジニアが協力できる可能性が大いにあると思いますが、日本市場のみを狙う日本企業がウクライナのITエンジニアを確保することはハードルが高いと思います。
日本の「デジタル化」の推進の鍵は「英語教育」
コルスンスキー:例えば、META社が世界規模の大プロジェクトに取り組むと言われており、多くのウクライナ企業も手を挙げています。しかし、ここでも共通言語は英語になります。
つまり、日本政府としてデジタル化の課題を解決するためには、英語教育の課題にも同時に取り組む必要があると思われます。
多くの日本企業が英語に対応できるようになれば、戦う市場を日本市場からグローバル市場に展開することも可能です。
また、現在グローバル市場で戦っている企業が新しい人材や技術を探す際には、シリコンバレーで開催されているマッチングイベントに参加することが多いです。
東京もシリコンバレーに負けないITインフラがあると思いますが、言語の壁でこのチャンスを逃しているのはもったいないと思います。
先ほど話題に出たウクライナの大手IT企業の「ELEKS社」が日本に法人を出すことになったきっかけはアメリカ企業の紹介でした。
東京という世界的に見ても素晴らしい環境を生かして、日本のデジタル化を進めるためにも、英語学習の強化が必要だということを日本の方々には理解していただきたいと思います。
侵攻が続く今でもウクライナ企業は事業を継続している
大久保:最後にこの記事を読んでいる日本の起業家に伝えたいことはありますか?
コルスンスキー:今の技術では採掘できていない宝石の原石がウクライナ国内にはたくさん埋まっています。
日本企業がこの原石を掘り出し、宝石へと加工することができれば、日本とウクライナの両者に取って大きなビジネスチャンスとなります。
ウクライナとしては、このビジネスに全力で協力したいと考えています。
また、戦争から逃れるために、多くのウクライナ企業が他のヨーロッパの国々にオフィスを移しました。オフィスの移転先であるポーランドやドイツ、フランス、イギリス、アメリカなどの様々な企業と共同プロジェクトを立ち上げて、今でもウクライナのIT企業は事業を継続しています。
ウクライナ企業とパートナーシップを結びたい日本企業がある場合は、必ずしも戦争の終結を待つ必要はありません。
ウクライナ国外にオフィスを移転させたウクライナ企業にコンタクトを取ることができれば、今すぐにでも協業を始められる可能性があるのです。