マジックシールズ 下村 明司|医療費・介護費を大幅に削減できる可能性 転んだときだけ柔らかくなる置き床「ころやわ」は世紀の発明だ!
「ころやわ」で「歩かせない介護」からの脱却を目指す! マジックシールズ下村明司代表にインタビュー
日本で転倒により骨折する高齢者が、年間100万人もいることをご存知でしょうか。65歳以上の3人に1人が1年以内に転倒を経験しており、転倒して骨折した人の4人に1人は、生活の自由度を大きく下げる要因のひとつである大腿骨を骨折しています。
マジックシールズが開発、製造、販売を行う「ころやわ」は、転んだときだけ柔らかくなる置き床。骨折リスクを低減し、大腿骨骨折によるリハビリや介護の苦しみから高齢者や家族を解放するだけでなく、増え続ける日本の医療費・介護費を大幅に削減する可能性を秘めています。
「ころやわ」の事業は始まったばかりですが、近い将来、医療・介護の現場でスタンダードになっている可能性を感じさせるほど、製品には大きな魅力があります。高齢化市場のトップランナーである日本で普及した後は、海外にも展開しやすい有望事業と言えるでしょう。創業手帳の大久保は、上場したり、ユニコーンとなった会社の草創期に多く立ち会っていますが、そんな中でも特にインパクトがあり、将来性を感じる技術・会社です。「ころやわ」を開発された狙いを、マジックシールズの下村明司代表に伺いました。
株式会社Magic Shields Founder & CEO
ヤマハ発動機で14年にわたりバイクの機械設計、デザイン部の新規事業開発、発明活動などを行う。並行してグロービス経営大学院を卒業し、グロービスの仲間とともにアフターファイブや週末を使って「ころやわ」の製品開発と事業開発を行ってきた。2019年11月にMagic Shieldsを法人化。ロボット工学修士。MBA。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
高齢者の転倒、骨折は非常に大きな社会課題
大久保:本日はよろしくお願いします。マジックシールズさんが開発された「ころやわ」という製品ですが、需要が多く、マーケットも大きくて、個人的に広まったらいいなと感じています。まずは創業手帳の読者に向けて、簡単に製品の紹介をお願いできますか。
下村:「ころやわ」を簡単に説明すると、人が転んだときだけ柔らかくなる置き床です。病院や介護施設では、患者さまやご利用者さまに常に転倒というリスクがあります。転倒事故による裁判例も多く、そうなると、骨折を恐れて本人が歩かなくなるだけではなく、周囲の人も極力歩かせないようになってしまい、心身が衰弱する負のスパイラルに陥ってしまうことも少なくありません。
マジックシールズでは、世界中で「大腿骨骨折が原因で『寝たきり』になる人をゼロにする」ことを目指しています。高齢者の転倒を防ぐ工夫はもちろん大切ですが、転倒してしまったときに、大腿骨の骨折など大怪我を防ぐようにできたら一番いいですよね。そのために、歩いているときの硬さと、転んだときの衝撃吸収性を両立した置き床を開発したのです。
ヤマハから独立してマジックシールズを起業
大久保:そもそも、こうした置き床を開発されたきっかけを教えていただけますか。
下村:私は独立する前、14年ほどヤマハ発動機でバイクの開発を行いました。その中で自動車工学の衝突技術も研究していました。オフロードバイクレースなどでは当然、転倒も多いので、車体を上手に潰すような開発が大切になります。この衝突に関する技術を用いて、現在の主力商品である「ころやわ」を開発しました。
プライベートでも、ライダーに雨が当たらないように雨を吹き飛ばすバイクを作ってみたり、テロが多かったころには、女性や子どもが自分で自分の身を守りながら、GPSで救難信号を送ることができる携帯可能な盾を作ったり、ヤマハ発動機でも最後の2年はデザイン部の新規事業開発に移って、モーターショーで展示するスマートヘルメットの開発などを行っていました。
大久保:人を守るための開発をされてきたのですね。
下村:ええ。学生時代も大学院で災害救助用のロボット開発などをしていていました。悩みは常に費用で、開発に必要な材料費だけでも大変な金額になります。これはビジネスとして回るようにしないと、いろんな方に届けられないと感じ、グロービス経営大学院でMBAを学びました。このときに出会ったのが、現在、マジックシールズのCOOである杉浦で、彼はMBAを学びながら理学療法士として病院で働いていたんです。
彼と話をする中で、高齢者の転倒、骨折が非常に大きな社会課題であることを知りました。私の祖母もそうだったのですが、日本国内の高齢者の転倒・骨折事故はなんと年間100万人に達します。2000年と2020年を比較するとその数は約2倍で、大腿骨の骨折だけでも医療費と介護費を合わせて年間2兆円もの金額が必要になっている。なんとかこの数字を減らしたいと、「ころやわ」の開発に取り組みました。
世界を守る魔法の盾を作りたいという想い
下村:私自身、以前から人を守るような発明を行ってきましたが、いつか世界を守っていけるような魔法の盾を作りたいという想いを常に持っているんです。
大久保:床の開発にはとどまらず、人の役に立つ開発をされるということですか。
下村:その通りです。解決したい事故や暴力などの課題は世界中にあふれていて、その助けになるものであれば、開発に取り組みたいと思っています。例えばAmazonの場合は、最初に本から事業が始まりましたが、マジックシールズの場合はまず、喫緊の社会課題である高齢者の転倒・骨折防止から事業を始めたということですね。
大久保:なるほど。今やあらゆる物が売っているAmazonのように、マジックシールズさんもここからさまざまな領域に商品のバリエーションを広げていく可能性があるということですね。楽しみです。
さまざまな分野で応用が利く知能化新素材
大久保:「ころやわ」の構造について、もう少し詳しく解説していただけますか。
下村:「ころやわ」の内部には、メカニカルメタマテリアルの概念を応用して設計・製造された「可変剛性構造体」があります。これによって、素材で出せない荷重特性を、構造で実現しているわけです。簡単にいうと、大きな力が加わると、内部構造に大きな変化が出て、硬さにも違いが出てくるのですが、この仕組みを使って製品化したのが「ころやわ」です。普段は硬い床が、強い衝撃が加わったときだけ柔らかく変形するようになっています。
実は強い衝撃だけではなく、音や振動でも変化をもたらすことが可能でして、この特性を活用すればマンションや会議室の消音であるとか、自動車の内外装など、さまざまなところに応用が利きます。マジックシールズには新素材メーカーといった側面もあるわけです。さらに、ハードだけではなく、「ころやわ」にセンサを埋め込んで、スマートフォンにデータを送ることも可能です。
大久保:高齢者の歩行データを自動で集計することが可能になるのですね。
下村:そうなんです。スポンジマットとセンサマットの共用は難しいのですが、「ころやわ」なら共用可能です。センサマット単体だと、高齢者がまたごうとして転倒する危険性がありますが、「ころやわセンサ」ならセンサの存在自体に気がつきません。
「ころやわ」上の歩行と転倒の区別もできますし、転倒データを自動で集められ、転倒事故が減ることでスタッフの業務負担軽減にもつながります。カメラを用いなくてもいいので、高齢者のプライバシーを確保できる点も魅力的だと思います。新素材メーカーといいましたが、私たちは「ころやわ」を知能化新素材と呼んでいるんです。
大腿骨骨折でかかる費用は1人約400万円
大久保:高齢者にとっても素晴らしい発明ですが、医療費・介護費というのは税金ですから、それが減る可能性を考えると、若い世代にとっても、大きな意義のある発明だと思いますね。ちなみに、製品としての耐用年数はどのくらいあるのでしょうか。
下村:10年ほどです。転倒の危険がある状態の高齢者の年齢を考えると、十分に実用の範囲になります。
大久保:国からの購入補助はありますか。
下村:介護保険の住宅改修費用は利用できると思います。いま広島県の医療機関200床ほどで実証実験を行っていまして、骨折予防効果と節税効果についてデータを取っています。大腿骨の骨折では、医療費に150万円、介護費に240万円ほど費用がかかるといわれています。「ころやわ」を使うことで事故が減れば、個人の費用負担も減りますし、実証実験で明確な数字が出れば、行政からの補助が期待できるようになる可能性がありますね。
ヤマハとはいい関係性を保ったまま独立
大久保:ヤマハからの独立については、カーブアウトのような感じだったのですか?
下村:いえ、普通に退職して独立しました。僕が解決したい課題と、ヤマハが解決したい課題に違いがあったので、独立することになりましたが、関係性は悪くありません。まあ、もともと、ヤマハの本業とは別にプライベートで発明を続けてきましたし、会社にはいつかは独立するんだろうなと思われていたと思います(笑)。
ヤマハでは本業のプロジェクトとは別に電動バイクを仲間と作ったり、パリダカールラリーが好きでアルゼンチンまで有給を目一杯使って自費でサポートに行ったりと、好きなことをやらせてもらっていました。独特な活動を続けていたので、ずっとサラリーマンをやるタイプとは思われていなかったでしょうね(笑)。
大久保:MBAも取っていますしね(笑)。
下村:そうですね。あいつ開発なのに、なんでマーケティングのタスクやってんの? みたいな疑問はあったかもしれないですね。
仲間とのつながりがマジックシールズの強み
大久保:起業にあたっての強みは、圧倒的に技術力でしたか?
下村:いえ、仲間だと思います。私はヤマハの内外で多くのチームと活動したり、グロービスMBAでも多くの方たちと交流がありましたが、その中で仲間づくりにじっくり時間をかけました。杉浦との出会いでは、高齢者の転倒・骨折という課題を知ることができました。現在もたくさんのグロービスの同窓生に助けてもらっています。技術力以前に、こうした仲間とのつながりがあったからこそ、いまのマジックシールズがあるのだと思っています。
大久保:マジックシールズの下村さんはエンジニアですか?それとも経営者なのか企画者なのか、ご自身の定義はどうなっているのですか。
下村:もともとは発明家気質でゼロイチが好きで、埋もれていた課題を定義づけて解決のためのコンセプトを作り、プロトタイピングが得意です。ただ、仲間を集めて会社になると、ビジョンを示して資金を集めてという社長業もこなさなくてはいけない。さまざまな立場をこなしているので、正直自分でもちょっと分からなくなっているんですよね。
多くの企業が関心 資金調達も順調に
大久保:ここまでお話を伺って感じるのは、「ころやわ」は、明らかに資金を入れて事業を拡げていいタイプのビジネスですよね。
下村:いま2回目の資金調達に入っているところなんですが、多くの企業から関心を持ってもらっています。
大久保:そうですよね。企業じゃなくて、それこそ国が資金を投入しなければいけない事業だと思いますよ。
下村:私もそう思っています。「ころやわ」を導入すれば、結果的に国が使う税金を安く節約することができます。手すりやシートベルトって、ここ数十年で当たり前のように設置され、利用されるようになりましたが、「ころやわ」もきっと同じようになると思っています。ただ、10年、20年後にスタンダードになるのは遅すぎる。10年経てば、1千万人もの高齢者の転倒・骨折事故が起きてしまう。これを、どれだけ早めることができるか、それが鍵だと思っています。
大久保:将来的には海外でも展開できそうですね。
下村:もちろんです。大きな問題になっている日本でまず結果を出し、そこから世界へですね。この問題は世界中、どこでも喫緊の課題です。
大久保:マーケットも大きいし、本当に将来性の高い事業ですね。創業手帳としても、商品の情報発信や啓蒙、さらに資金提供まで、いろいろな形でサポートさせてもらえたら夢が広がります。
医療・介護にとどまらない市場規模
下村:それは嬉しいです。下が「ころやわ」の市場規模ですが、実は医療現場以外にもさまざまな可能性を感じています。たとえば、絶対に壊すことのできない美術品の輸送であるとか、落としたら廃棄になってしまう工業品の床であるとか、サーカスやプロレスのリングなんかでも使えそうだと思っているんです。サーカスなどは命綱なしで曲芸ができるようになるかもしれないし、プロレスでは、これまで考えられなかった派手な技を使えるようになるかもしれない。
大久保:なるほど、それは面白いですね。
下村:マンションの消音効果や、乗り物の振動を抑える効果も期待できるので、そうした用途を考えると、市場規模はさらに広がるはずです。
大久保:これまで、「ころやわ」を設置した施設は、どのくらいになるのですか。
下村:無料体験も含めると、すでに100件以上の利用がありますが、これまで怪我や骨折事故は1件も起きていません。
わずか3つの部品で構成される「ころやわ」
大久保:需要が急激に増えたとき、増産は可能なのですか。
下村:前職のバイク作りなどでは、1万点、2万点というパーツが必要でしたが、「ころやわ」はビニール床、クッション構造体、スポンジスロープという3つの部品だけで構成されています。その気になれば、増産にも十分に対応できます。
大久保:なるほど。これは、どう考えても売れますね(笑)。医療系や介護系の代理店が入れば、啓蒙は必要でしょうけど、間違いなく相当に売れますね。
下村:代理店さんも何社かお話しをしていて、どういう形がいいのか検証中なんです。
高齢者も介護をする人もハッピーに
大久保:補助金を使った見た目だけのリノベーションではなくて、本質的に意味のある事業だと感じます。「ころやわ」は個人的にも、本当に広まって欲しい製品ですね。
下村:ありがとうございます。従来、転倒での怪我を防ぐために、転ばせないというのが基本的な考えでした。転ばせないために、歩ける人を車椅子に乗せたり、ひどい場合はベッドから動けないようにしたりするケースまでありました。ようやく「それって幸せなの?動くって本当はどういうことだっけ?」という考えが出てきています。
本当はみんな歩きたいと思っているはずです。歩けば元気が出る可能性も高いんです。万が一、転倒しても怪我が防げるのなら、きっと高齢者も、介護をする人もハッピーになれる。それを可能にするのが「ころやわ」だと思っています。
大久保:本当に少しでも早く、医療機関、介護施設に「ころやわ」が広がることを期待しています。本日はありがとうございました。
(取材協力:
株式会社Magic Shields Founder & CEO 下村明司)
(編集: 創業手帳編集部)