エスワイフード 山本久美|手羽先で世界を変える!「世界の山ちゃん」を過去最高益に導いた元教師・元専業主婦の独自手法

飲食開業手帳
※このインタビュー内容は2022年10月に行われた取材時点のものです。

創業者である夫の急逝後、「会社と従業員を守りたい」と決意した女性経営者の挑戦


グルメ激戦区のひとつである愛知県名古屋市の名物料理を指した「名古屋めし」。なかでも味噌カツやひつまぶしと並んで知名度が高い手羽先は、名古屋定番の居酒屋メニューとして愛されるだけでなく、今では全国的な人気を集める料理です。

その手羽先を看板メニューに据え、長年業界を牽引してきた「世界の山ちゃん」を運営するエスワイフードは、名古屋を中心に関東・関西・中国エリアや海外など、関連業態も含めて幅広く展開しながら成長を続けています。

代表取締役を務める山本さんは、創業者の夫・山本重雄さんが病に倒れ急逝したため、「夫の会社と従業員を守りたい」という一心で同社を率いることを決意しました。

山本さんが代表取締役に就任するまでの経緯や、ボトムアップの組織へと構造改革し過去最高益に導いた「元小学校教諭・元専業主婦の山本久美流の手法」について、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

山本 久美(やまもと くみ)
株式会社エスワイフード 代表取締役
1967年6月6日 静岡市生まれ。1980年 名古屋市立守山中学校入学。バスケットボール部に所属し、3年間全国大会優勝を果たす。1986年 愛知教育大学入学。1990年 名古屋市内小学校教諭となる。小学校男子クラブチーム(ミニバスケットボール)の監督として全国で3度優勝。2000年 結婚を機に退職。株式会社エスワイフード入社、役員となる。2016年8月に夫である前会長山本重雄の急逝により、株式会社エスワイフード代表取締役となり、現在に至る。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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夫との突然の別れのなか、会社と従業員への熱い想いから引き継ぎを決心

大久保:山本さんは起業ではなく、エスワイフード創業者で会長を務めていたご主人の山本重雄さんが急逝されたため、事業を引き継ぐ形で代表取締役に就任されたと伺っています。まずは参画するまでの経緯についてお聞かせ願えますか。

山本:夫が解離性大動脈瘤で亡くなったのは、2016年8月21日のことです。

私はそのときまで、エスワイフードの経営や店舗運営などに一切関わっていませんでした。唯一、お店に足を運んでくださったお客様に楽しんでいただく店内掲示用かわら版通信「てばさ記」の制作を担当していただけだったんですね。

突然病に倒れて旅立った夫は、当時まだ59歳。後継者はこれから考える段階でした。子どもは未成年でしたし、当然継ぐこともできません。加えて、家庭に仕事を持ち込まないタイプで、私自身も口出ししない方針だったため、従業員の皆さんの仕事内容や組織のことなど、とにかくなにもわかりませんでした。

そんな状態で後継者を決めることはできないし、なによりこのまま誰かに経営を任せてしまうのは無責任だと思ったんです。

大久保:業界内ではM&Aや、経営者の外部招聘の噂も流れていたそうですね。

山本:はい。「後継ぎが決まっていないし、企業買収や外から招く形になるのではないか?」と言われていました。

そこで「それは嫌だな」という感情が私に芽生えまして。夫が築き上げた大切な会社を他人の手に渡してしまうのは妻として辛かったですし、弊社のような企業がM&Aや外部招聘により経営が変わると、社風や組織風土を失い、多くの従業員が辞めてしまう可能性が高いという心配もありました。

これでは誰も幸せにならないなと。それで「誰かに任せることが決まるまで、私が代表としてがんばってみよう」と決意しました。

大久保:若くしてご主人が亡くなり、ただでさえお辛いなか、よく決心されましたね。

山本:実は私が担当していた「てばさ記」が、自分自身の熱意に気づかせてくれました。

毎月発行していた「てばさ記」は20日頃から10日間ほどかけて作成していたのですが、夫が亡くなった月の翌月号をどうするか迷ったんですね。なにしろ急逝したのが21日で、体力的にも精神的にも酷く弱っていたタイミングでしたから。

でも、従業員に「来月はやめましょう」と勧められたとき、なぜだか「それはお客様、もしくは私、どちらへの配慮でしょうか?私に対するものであれば必要ありません」と返答していたんです。葬儀が終わった後、締め切りまで6日ほどしかなかったのですが一気に書き上げました。

書いているうちに「自分で思っていた以上に、私は会社やお店、従業員、そしてお客様のことが大切なんだな」と実感しまして。「これだけの熱い想いがあるんだから、私もエスワイフードの一員としてみんなと一緒にやっていけるのではないか」という気持ちを持つことができました。

「世界の山ちゃん」は栄店の看板・辛いものブーム・愛知万博で一躍ブレイク

大久保:ご結婚当時は10店舗展開だった「世界の山ちゃん」は、現在67店舗、関連業態を含めグループ全体で78店舗と伺っています。事業が伸びたターニングポイントについてお聞かせください。

山本:転機のキーワードは「栄店の看板」「辛いものブーム」「愛知万博」です。

最初にブレイクしだしたのは、亡くなった夫をモデルにしたイメージキャラクター「鳥男」が描かれた看板を初めて打ち出した栄店のオープンがきっかけでした。今では「山ちゃんといえば幻の手羽先と鳥男」と浸透したほど、この看板のおかげで知名度が上がりましたね。

続いて辛いものブームのときは、「激辛手羽先」を中心にメディアで取り上げてもらう機会が増えたんです。おかげさまで全国的に知っていただくことができました。

その後、2005年に開催された愛知万博では、名古屋めしがトレンドになったんですね。世界中から観光客が訪れるなか、弊社の幻の手羽先も多くの方々に召し上がっていただき、さらに認知度向上に成功しました。

大久保:反対にこれまでの道のりで大変だった時期と、どうやって乗り越えたのかについてもお教えください。

山本:弊社にとって困難な時期は主に2つで、1つ目は2004年の鳥インフルエンザ、2つ目は2020年の新型コロナウイルスの流行です。

鳥インフルエンザの際は、弊社の生命線でもある鶏の仕入れが難しくなりました。関東エリアへの進出を始めた時期と重なったこともあり、「このまま一生、鶏が手に入らなくなったらどうしよう」という不安を抱えるほどだったんですね。

結果として、お取引先様の尽力で従来のルートとは異なる仕入先から入手が可能になり、乗り越えることができました。弊社では体が大きくなりきる前の鶏を厳選し使用していますので、本当にありがたかったです。

大久保:幻の手羽先が主力商品だからこそ、鶏の入手は重要ですよね。新型コロナウイルスのときはいかがでしたか?

山本:コロナ禍では大きな打撃を受けまして、海外店舗を合わせると22店舗の閉店を余儀なくされました。

特にコロナ1年目の2020年は、個人店への新型コロナウイルス感染症拡大防止協力金が手厚かった一方で、チェーン店には何の足しにもならない程度。「このままでは会社が潰れてしまう」と毎日悩んでいました。

翌2021年から制度が変わり、チェーン店にも1年間は生き残れるくらいの協力金を交付してもらえたため、なんとかしのぐことができたんですね。本当にギリギリの状況でした。

大久保:ご主人から引き継がれて4年目でコロナの直撃は苦しかったですよね。

山本:はい。その前年の2019年8月期決算で過去最高益を達成し、2020年はオリンピックイヤーでしたので「どこまで利益が上がるか楽しみだね!」とみんなでワクワクしていたところにコロナでしたからね。なおさらきつかったです。

トップダウンからボトムアップへの構造改革が成功し、過去最高益を達成

大久保:先ほど過去最高益を達成とのお話を伺いましたが、実際に代表取締役になってから従業員とどんなふうに接したのかお聞かせください。

山本:専業主婦の期間が長かったですし、私の場合は民間企業の経験がなく、新卒で小学校教諭を務めていました。そのため組織や業務に関する知見はもちろん、経営のノウハウなども一切ありません。代表就任に関する手続きは「ひたすら書類にハンコを押し、必死で理解する」の連続でしたね(笑)。

そこで初めて従業員を集めて話をするときに、包み隠さず正直に「私は経営のことも、お店のことも、なにもわかりません。年を重ねた新入社員が入ってきたと捉えて、ぜひイチから教えてください!」と頭を下げました。

それから「今こそ皆さんの力が必要です。みんなで一緒に会社を成長させていきましょう!」とお願いしたんですね。

大久保:むしろその正直さが胸を打ちますね。ご主人が担っていた仕事の配分はどうされましたか?

山本:先代の山本は、俗に言う「カリスマ経営者」と称された人間でした。夫を慕っていたり憧れている従業員が多かったので、経営者が変わったからといって風土までガラリと変えて異なる進め方をするのは良くないと思っていたんですね。

だからまずは、夫が大事にしていたものはすべて残そうと決めていました。ただ、彼は亡くなってしまったので、夫の業務を分けて「会長を頼っていた部分は各自で分担してやっていこう。それぞれが責任を持ってがんばってほしい」と伝え、進めていきましたね。

カリスマ経営者ゆえに典型的なトップダウン型で、従業員の考え方が「会長の指示を遂行しよう」という方向で偏っていた側面がありました。そこからボトムアップへと組織を構造改革しましたので、当初はみんな大変だったと思います。ただ、「自分たちがやる気にならなくてはいけない!」と思って行動してくれたのは間違いありません。

大久保:任されて「がんばるぞ!」という気持ちになってくれたんですね。従業員のモチベーションアップや自主性を育んだ秘訣をお聞かせください。

山本:以前は「会長が言うことは絶対」というところがありました。先代が「これはやらない」と決めたことに対しても従順だったんです。

「本当に駄目なことなのか?」「お客様から求められているのではないだろうか?」などを考えず、「会長が言うのだから」で凝り固まってしまっていた部分もあったんですね。

そこで私は、事あるごとに「どんどん自由にやっていいよ!」と伝えました。

たとえばチーズメニューやキッチンカーが禁止だったのですが、「良いじゃない!やろうよ!」と。「え!やっていいんですか!?」といった感じで誰もが驚きながらもうれしそうでしたね(笑)。

「ルールや決められたことに対して、もっと疑問を持っていいのでは?」ということをひたすら訴えてきましたので、日を追うごとに変わってきたと感じています。

大久保:素晴らしいですね。そういうふうに言ってもらえると、従業員は「こんなことをやってみたいです!」と提案もしやすくなります。

山本:はい、その姿勢は大きく変わったと思います。

時代も変化しますし、常連客だけでなく新たな世代にも足を運んでもらえるように試行錯誤していく必要がありますからね。

だからいつまでも変わらずに止まっているのではなく、「もし先代が生きていたら、今でも禁止事項だと思っているかどうかもわからないよ?もっと自分たちの考えを表に出しましょう」と繰り返してきました。

今では本格的なハロウィンコスプレでの接客や、クリスマスコンサートの開催、ランチ需要があるエリアでの昼営業など、現場の提案で実現した店舗ごとの企画が目白押しです。全店舗が「究極の個人店」を目指して運営しています。

大久保:トップダウンからボトムアップへの変革が成功した理由がよくわかりました。その結果として、就任から数年で過去最高益を達成されたんですね。

山本:一人ひとりがそれぞれの持ち場で「自分もがんばろう!」と奮闘してくれました。私が1人でがんばっても到底無理でしたし、本当に従業員のおかげです。

経営者として大切にしている理念「威張らない・驕らない・欲張らない」

大久保:経営者として大切にされている理念をお聞かせください。

山本「威張らない・驕らない・欲張らない」です。

私は未経験で代表取締役に就任したのでなおさらなのですが、取引先やお客様はもちろん、従業員にも感謝の気持ちを持ち、きちんと言葉や態度に表しながら接することをなにより大切にしています。

経営者が上から目線で無茶振りをしても、従業員は聞かざるを得ません。でもそれをやってしまった瞬間、徐々に心が離れていき、いずれ付いてきてくれなくなりますよね。

そうではなくて、お願いをしたり、やってくれたことに感謝をする。「やれ!」という命令ではなく「お願いします!」のスタンスで、1人の人間同士の部分を大事にすれば、相手も同じような想いを抱いてくれるんじゃないかなと思っています。

大久保:常に自分を律してらっしゃる姿勢も素晴らしいですね。やはり経営の才能があるのではないでしょうか?

山本:いえいえ、そんなことはないと思います。ただ、教師の経験があるのと、当時コーチを務めていたバスケットボールチームを全国大会で優勝させていますので、昔から人をまとめたりやる気にさせるのは得意でした。

大久保:なるほど、教師やコーチの経験と実績が従業員と接する際にも活きているんですね。

山本:はい。教師やコーチは「人を見る」職業ですので、人を見る目はあると思っています。

それから弊社は各店舗の従業員ががんばってくれた結果として利益を生み出している会社ですので、現場の一般社員やアルバイトスタッフによく声をかけたり、母のような気持ちで一人ひとりと丁寧に接するようにしていますね。

大久保:そのあたりもご主人が率いていた時代と大きく変わったところですね。ご自分から進んで従業員のところに降りていったと。「ヤマリンピック」や「手作り表彰状」など、工夫を凝らしたレクリエーションも良いですね。

山本:みんな盛り上がりながら楽しんでいますね。全員が弊社の原動力ですので、前向きに働くための息抜きやコミュニケーションを目的としたクラブ活動なども積極的に応援しています。

大久保:先ほど「人を見る目」のお話をしていただきましたが、どういう人材が信頼できたり伸びそうなのか、ポイントがあればお聞かせください。

山本:私は「素直なこと」が一番大事だと思っています。

大人になると、だんだん人の意見を聞けなくなってきますよね。だからこそ、やはり「まずは人の意見に耳を傾けてみる」が大切だなと。

なにも「その意見に必ず従おう」ということではないんです。自分の考えを優先させて押し付けるのではなく、相手の意見を咀嚼するように飲み込み、実際にトライしてみる。その過程で間違っていることがわかったら、方向転換したり、相手とディスカッションしながら調整すればいいだけです。

反対に、言われた瞬間にシャットアウトしてしまう人間は難しいなと。自分の意思ややり方以外をすぐに拒否する人に、じゃあ次から教えるか?頼むか?引き受けるか?というと、誰も教えないし頼まないし引き受けなくなりますよね。必然的に自身の成長機会を失うだけです。

だから全員に「たとえ自分が正しいとしても、まずは相手の話を聞いてみよう。それから、その自分の考えは本当に正しいのか?ということをきちんとシミュレーションしないと駄目だよ」と繰り返し伝えています。

「まずは相手の意見を自分の中に吸収してみよう」という気持ちは、もちろん従業員だけではなく、経営者にとっても管理職にとっても重要ですね。

起業家へ願う「寄り道や回り道など、多彩な経験とともに邁進してほしい」

大久保:女性経営者の立場から社会へのリクエストがあればお聞かせください。

山本:女性の活躍が推進されていますが、同時に家事や育児をサポートする社会にならないと難しいのではないかなと考えています。なぜなら、日本の女性は結婚や出産を諦めて仕事を選んだり、反対に結婚や出産のためにキャリアアップを断念している方が多いからです。

この課題を解決するためには、能力があってがんばりたい女性が活躍しやすいように生活面を支える必要があるんですね。社会全体が意識すべき問題ではないかなと思います。

大久保:最後に、起業家に向けてのメッセージをいただけますか。

山本:起業家は自分が目指す目標があって、その達成のために研鑽を続けるなどエネルギッシュな方が多いと思うのですが、一直線ではなく多彩な経験を積んでほしいと願っています。

「こんな寄り道や回り道をする必要ってあるのかな?」というようなことが、いつか必ず役に立つ。むしろ一直線だとうまくいきません。

もちろん一本筋が通っていることは大事なのですが、それだけではなく、ぜひあらゆる経験を積み重ねながら邁進していただきたいですね。

大久保写真創業手帳・代表 大久保のコメント

創業手帳の代表の大久保です。

ネーミングも看板も料理も一度みたら忘れられない「世界の山ちゃん」。もはやインパクトの塊ですよね。
こういった、他にないユニークなサービスを生み出すのは圧倒的に特徴のある尖った起業家だと思います。
「普通の人」だとこういった振り切り方はできないものです。

しかし会社が成功して軌道に乗ってくると、求められるのは組織の力を引き出す能力になります。

穏やかに話す久美社長に取材させていただいて、こういう社長だと部下は話しやすい、働きやすいだろうなと思いました。

起業初期は面白い発想で突っ走る型破りなタイプの人が多いですが、次第に、人の話を聞いて部下を自発的に動かして組織を上手く動かしていくタイプが求められるようになります。

一人で、最初の起業家タイプから、組織の力を引き出すタイプにシフトチェンジ・キャラを変えるパターンもありますが、起業家から経営者タイプへのバトンタッチはよく起こります。

「世界の山ちゃん」の場合、旦那さんから奥さんへ予想外のやむえない形で事業が引き継がれましたが、久美社長の奮闘で会社はむしろ成長することになりました。
もしかしたら期せずして違うタイプの経営者にバトンタッチされたということもプラスに働いたのかもしれません。

自分もそうですが創業タイプの起業家は、一つの事業を成功させたら、次の自分と異なるタイプへのバトンタッチをすることも考えたほうが良いかもしれません。

言うは易く、行うは難しいことですが創業期と成熟期でタイプの違う経営者で成長という実例を世界の山ちゃんが見せてくれているのかもしれません。

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(取材協力: 株式会社エスワイフード 代表取締役 山本久美
(編集: 創業手帳編集部)



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