Smolt 上野 賢|宮崎大学発ベンチャー企業の技術力を活かしたサクラマス養殖で「水産業に革命」を
天然では希少になったサクラマスをSmolt式養殖技術で世界中に広める
近年の地球温暖化や環境の変化により、魚の個体数の減少や生態系の変化が顕著になっています。この影響で水産業に関わる生産者の方々にも、多大なる影響が出ています。
そのような中で、宮崎大学の研究技術を生かした大学発ベンチャーとして、天然では希少な存在となってしまったサクラマス(桜鱒)の養殖に取り組むのがSmoltの上野さんです。
そこで今回は、Smoltが取り組むサクラマスによる水産業の課題解決に向けたアプローチ内容や、宮崎大学発のベンチャー企業としての特徴や課題について、創業手帳の大久保が聞きました。
株式会社Smolt 代表取締役CEO
岩手県釜石市出身。宮崎大学大学院 博士後期課程(在学中)。専門は「魚類生理学」。大学在学中の研究でサクラマス養殖に出会う。研究で生産現場を訪れ、生産者の熱意や現場の課題を感じたことをきっかけにサクラマス養殖の事業化を志す。研究に取り組む傍ら、事業化の可能性を探り大学院在学時にSmoltを設立。宮崎大学としては初の大学生発ベンチャー1号。大学のシーズを活用し、地域の水産業を豊かに、そして日本の魚食文化をいつまでも残していくためにサステナブルな水産資源の活用を目指す。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
宮崎大学発ベンチャー企業として「Smolt」を創業
大久保:起業までの背景を教えてください。
上野:私は小さい頃から生き物が好きで、家で虫や魚を飼っていました。その中でも、釣りが好きで、魚に触れる機会が多かったんです。
高校の進路選択時に、出身の岩手県釜石市から東京に出る人が多い中、「思いつき」と「なんとなく」で暖かそうな宮崎大学に行ってみようと決めました。
大学の研究室でサクラマスに出会い、サンプルで実験をするだけでなく、生産現場に行って養殖の手伝いをしていました。
当初は研究者の道に進みたいと考えていましたが、様々な生産者さんにお会いし、お話しをする中で、「研究だけではなくもっと自分でできることを考えたい!」と思いました。
そして、大学のゼミで代々先輩方が続けてきたサクラマスの研究成果が習熟したので、誰かが代表して事業化するということになり、自分が名乗りを上げて大学発ベンチャーベンチャー企業としてやっていくこととなりました。
大学発ベンチャーが抱える「課題」と「長所」
大久保:大学発ベンチャーの課題と良い点を教えていただけますか?
上野:まず大学発ベンチャーの課題についてですが、学生視点だとマーケットを見きれていない点が挙げられます。
本来は、プロダクトがお客様に合っているかという点まで、考えて動く必要があります。
しかし研究室では、生産性についての研究が楽しくて、そこだけを深掘りして研究していましたが、ビジネスとして流通はどうなるのか?お客様の手に渡った時はどうか?など、考えられていないところが多々ありました。
我々が育てたサクラマスにおいては、美味しさの追求が欠けており、お店の人から「美味しくない」と言われたこともあります。
続いて、良い点についてですが、研究室ではオタク気質になって、深掘りして研究していくため、しっかりとしたエビデンスを取ることができます。
そのため、投資家や養殖業者さんに提案した際の信用は間違いなく得ることができるというのは、大学発ベンチャーとしての特徴だと思います。
サクラマスの「味を数値化」して美味しさを全国に広める
大久保:料理人視点、お客様視点が足りなかったということですが、サクラマスが美味しい基準は何ですか?
上野:正直なところ、料理人さんと地域の文化によって好みが分かれています。
料理人においては、発色の良さを求める人、そうでないものを求める人。さらに西日本は、食感が良いから美味しいと思う文化もあれば、東日本は、マグロのようなしっとりとした食感を好む文化もあります。
つまり、地域と料理人によって全く変わってくるため、我々としてもある程度マーケットは意識しつつも、サクラマスの本来の味を把握し、それを数値で証明できる状態にすること。さらに、誰が評価していただけたかという点でも、まとめるようにしています。
自分たちで美味しい基準を作り、それがマーケットに認めてもらえるようになってきたのが、今になります。
大久保:数値化するという点では、大学の研究室は得意そうですね。
上野:おっしゃる通りです。
美味しさを追求する上で、漠然としていた部分を細かく数値化できるように、大学と連携して今後も研究開発を進める予定です。
大久保:しっかりと方向が定まれば、研究室はすごい力を発揮してくれそうですね。
上野:それもまさにおっしゃる通りで、研究室の中では、お客様と接したことのない人もいますし、その中で考えてもらうのではなく、ベンチャー企業としてサクラマスの欲しいデータを指定することが重要だと思いました。
宮崎大学が実施している大学発ベンチャー企業への支援とは
大久保:起業に関しては、宮崎大学内で支援などはありましたか?
上野:宮崎大学では、起業を後押ししてくれる制度や文化があります。
大学内でビジネスプランコンテストが開催され、先輩起業家とお話しする機会も作っていただけました。
また、宮崎大学の先生に、過去に起業して事業売却まで経験した起業家がいて、ベンチャーファイナンスについて詳しく聞くこともでき、起業時に起業を実体験していた方が、近くに居たというところが、大きな利点でした。
さらに、大学発ベンチャーが活動するためのオフィスを用意していただき、格安で使わせていただいています。
水槽は置く場所がないため、地域の生産者さんに協力していただいておりますが、大学で使っていない場所などは、商品の出荷ステーションとして使用していたりなど、大変協力的です。
このような支援制度は、これまでなかったのですが、今回の起業に合わせて動いていただきました。
大学発ベンチャーとして起業してすぐに運転資金の問題に直面
大久保:起業のスタートから、発展していくところのお話を伺わせてください。
上野:研究成果が成熟した2019年に創業しましたが、資金が足りないことに気がつきました。その後、VCさんや個人の投資家さんに沢山プレゼンをしました。
2019年12月、第1回の資金調達を受け、研究資金を確保することができ、魚を育てテストマーケティングを始めました。
実際に飲食店さんに提案したところ、美味しくないと言われ、味を改良しなければいけないことに気がつきました。そこで良いプロダクトが作れるように企業さんと連携し、試行錯誤することで、2020年にプロダクトが完成しました。
当時、コロナ禍だったということもあり、ECとの結びつきが強くなり、かなり売りやすくなりました。
創業時はBtoB向け(飲食店等)事業を想定していましたが、思い切ってBtoC向けに方向転換したところ、注目度も上がり、良い転換期となりました。
大久保:コロナなどの影響もありますよね。
上野:コロナ以外にも外部からの良い影響もありました。昨今のSDGsの流れに関して、私なりに自己分析をして、事業の何がSDGsに繋がるかを考えました。
結果、企業と連携し既存のビジネスを活かすことで、生け簀を持たなくても魚を育てるファブレス(自社工場を持たない生産)体制を取ることが可能でした。大学の研究だけでは見えていなかったことに、多く気がつくことができました。
これらは、資金調達にも繋がっている部分があり、儲けるためだけではなく、社会性も重視する大切さも身に染みて学ぶことができました。
古くからある水産業の仕組みを変えて、いかに業界を元気にしていくかという点では、このサクラマス事業は可能性があると考えており、投資家さんにも共感いただきながら、これまで進んできました。
「研究」ではなく「ビジネス」として生産者と一緒に水産業を守りたい
大久保:生産者の現場を見て、感じられた課題について、もう少し詳しく教えてください。
上野:我々が現場を見る以前に、生産者側としても、課題を感じて何かしら取り組むことを試み「3〜4年試してみたけどダメだった」「気候変動で海水温度が下がらず上手くいかなかった」といったお話しを沢山聞いていました。
そこでお話しを聞いた僕としては、研究だけしてて良いのか?と自分の中で疑問を感じたことが始まりでした。
そのため、研究結果だけを生産者様に提出し、自分たちはリスクを負わないのではなく、一緒に商品開発できるのが、起業した大きなモチベーションとなりました。
大久保:牛や豚よりも、魚の方が生産効率が良いという話を聞いたことがあるのですが、その点はいかがでしょうか?
上野:魚を育てるために必要な餌は、畜産より圧倒的に少ないです。
サクラマスだと、1kg育てるために必要な飼料は1.3〜1.5kgほどですので、SDGsの潮流にも合っています。
創業時、養殖業を始めることについて「なぜ今?」と囁かれるほどでしたが、今となっては「陸上養殖」が話題に上がるなど、時代が追いついて来たというように思えます。
大久保:やりたいことの根底は何になりますか?
上野:私の根底としてあるものは、魚が好きで食べることも好きなため、食文化として残していきたいという思いを持っています。
代替肉の技術が発展していくとは思いますが、日本人として寿司などの料理を守っていきたいと思っています。
そのためには、自分たちだけでなく、いろんな人が美味しい魚を作れる環境を実現する必要があり、自分として大切にしている価値観です。
さらに、我々の使命としては、いかに美味しく作るか、いかに効率よく作るか、それらが一番やるべきことだと考えています。
Smoltの社名の由来は「サクラマスの生き様」にある
大久保:Smoltという社名には、今お話ししていただいた考え方などが、意味合いとして入れられているのでしょうか?
上野:川にいるサクラマスの稚魚であるヤマメが海に下る前に体が銀色になり、この現象を学術用語で銀化=Smolt(スモルト)と言います。
川で競争に負け、餌を食べることができなかったヤマメが、状況を打破するために、リスクを負って海に出て、大きくなると言われています。
一度海に出たヤマメが、川に返ってくるのは1%以下と言われており、チャレンジして地域に還元できるような生き様ができる会社にしたいと思い、社名として名付けました。
大久保:大きい海に出る感じも、起業家っぽくて、ぴったりですね。
大久保:そもそも、なぜサクラマスなのでしょうか?
上野:個体差があるという点がとても面白いと思っています。
個体差があると生産者としては困るのですが、知れば知るほど面白いと思っているところがあります。
また、手をかけて育てれば、ちゃんと良い魚に育ってくれるため、数値としても表すことができます。
例えば、脂の乗りに関してですが、牛肉でも、脂が乗っているものが人気だったものから、赤身を好む文化にも広がり、最終的にはそれぞれの好みに分かれていってます。
サクラマスも同様に、脂が乗れば良いというものではなく、脂の質、全体のバランスを狙って作っています。ボディービルダーのように、トータルで仕上がったものを作っていくイメージで、やればやるほど面白いです。
美味しいサクラマスが出来上がった時は「キレてる」という表現をしたりもします。
味に関しても、臭みがなく、魚を食べている実感があるのが、サクラマスだと思います。
Smolt独自の養殖手法でサクラマスの「天然の育ち方」を再現
大久保:個体差があるというところも、起業家に似ていますね。
上野:大きくなるもの、小さく育つもの、海に適応できるもの、できないものと、個体によって全く違います。
大久保:今後はサクラマス以外にも展開を考えているのでしょうか?
上野:将来的には、別の魚種にも広げていきたいと考えています。
ですが、まずはサクラマスでのビジネスモデルとして、販路や生産体制をしっかり確立させることで、別魚種の展開もしやすいと思っています。
大久保:サクラマスの養殖業をやられている方は他にもいると思いますが、貴社の特徴はどこにありますか?
上野:淡水で孵化させたサクラマスを、海で育てて、大きく育てたものを出荷する工程になっていますが、我々はここで再度淡水に戻すことで、天然の育ち方を再現しています。
さらに、競馬のサラブレッドを作っていくように、強くなったサクラマスを選抜して、良い種を残していくことも行っています。
通常だと、良い環境で大事に育てるのですが、我々としてはあえて輸送などでストレスを与え、厳しい海を経験させた上で親を絞る、かなり実地的な選抜方法にしています。
大学発ベンチャーと言いながらも、泥臭いやり方をしています。
大久保:そうすることで何が変わるのでしょうか?
上野:種が強くなるため、生産性がアップデートされていきます。
そのため、競合となる会社に対しても、ライバルという見方ではなく、我々の良い種を使ってほしいと考えています。
実際に稚魚を販売して、育てていただいている企業さんもいます。
大久保:養殖業という枠だけではなく、種を育てるバイオ事業をやっている企業ということですね。
上野:今はブランディング、収益の関係上、エンドユーザー様にサクラマスを売っていますが、一番やりたいこととしては、良い種を作っていくことです。
大久保:品種改良は大学が得意に強そうなイメージです。
上野:種を作るところから、育てて出荷するまでの工程を全てこなしていたら、それこそ大手企業とバッティングしてしまいます。
大久保:つまりは、水産事業者に向けた支援業ということですね。
将来的にはSmoltのサクラマスを世界中で食べられるようにしたい
大久保:今後の展開があれば、伺わせてください。
上野:小売領域として、まずは商品の認知拡大をしていき、国内でお客さんとリピーターを作っていきたいです。
そしてその先では、海外への展開も考えていて、今並行して進めています。
そうすることで、まずは国内で、回転寿司やお寿司屋さんで食べる魚が、Smoltだったというようなところを目指していきたいと考えています。
大久保:最後に読者に向けて、メッセージをお願いします。
上野:起業した当初は学生だったため、わからないことすら、わからないという状況でした。
そこから、最近はわからないことが、ちゃんとわかってきたというフェーズに来ました。
事前に調べておくことも大事ですが、走り出さないとわからないことも結構あると思っているので、これから起業される方でも、わからなくても恥ずかしいことではありません。
それ以上に、わかってくる感覚を大事にして、前に進んでほしいと思っています。
そして、美味しいサクラマスはオンラインで売ってますので、ぜひお試しください。
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(取材協力:
株式会社Smolt 代表取締役CEO 上野 賢)
(編集: 創業手帳編集部)