「AIが社会をどう変える?チャンスはどこ?」IBMワトソンの責任者に聞いてみた
「ワトソン事業部長」日本IBM吉崎執行役員×創業手帳代表・大久保 起業とAIの未来を考えた
(2017/12/26更新)
Google、amazonなど各社がしのぎを削るAI業界。「社会を変える」とも言われているこの分野の中で、IBMはテクノロジー・プラットフォーム「IBM Watson(ワトソン)」で注目を集めています。多様化する働き方の中で、AIはどのような立ち位置になるのでしょうか?今回はAIが与える社会の変化や、その中にある起業家のチャンスについて、日本IBMの執行役員であり、ワトソン事業部長でもある吉崎 敏文氏にお話を伺いました。
日本アイ・ビー・エム株式会社 執行役員 ワトソン事業部長
1985年、日本アイ・ビー・エム株式会社入社。1999年、経営企画・人事、企画担当部長を経て、アジアパシフィックのBT/CIO CRM担当部長を務める。2004年から理事として、ibm.comセンター事業部長、インフラ・ソリューション事業部長を歴任し、2007年にインテグレート・テクノロジー・サービス事業担当 執行役員に就任。2015年より現職。
社会がここ数年で一気に変わる。日本はAI向きな国!?
吉崎:ワトソンも早い段階から各業界を代表する企業に導入頂き、現在では導入企業の裾野が広がっています。
つい先日、政府の新しい経済政策パッケージについての報道で、賃上げや設備投資に積極的な企業がAIなどの革新的な技術を使って生産性向上に取り組む場合、法人税を引き下げる方針であるという記事を目にしました。この政策をきっかけに企業のAI活用が一気に広がるのではと思っています。
吉崎:少子高齢化が進む日本では、労働人口が今後ますます減少していきます。そのような環境で経済を発展させるためには、生産性の向上が欠かせません。ですから、仕事を自動化させるAIのニーズはもともと高いと考えています。
もう一つ日本でAIが根付くと考えられる理由は、AIというのは専門知識を覚えさせることで威力を発揮しますが、その学習の対象となる知見を持った専門家が日本には数多く存在するからです。だから仕事のAI化がしやすいんです。
AIの神髄は「専門家の知見」
吉崎:これまで多くのお客様のワトソンの本番稼働のプロジェクトをご支援してきて分かったのが、AIの神髄は「専門家の知見」だということです。それと適切な質問力。専門知識をワトソンに学習させていくわけですが、学習させていくデータと方法が大事なのです。
吉崎:はい、専門的な知識や長年培ってきたノウハウを組織に承継するのに非常に向いています。
AIというのは2大特性として「忘れない」「疲れない」ということがあります。つまり世の中から消えてしまうかもしれない属人的なノウハウを、「忘れずに」活かしてくれます。
吉崎:確かに(笑)。文句を言わないということは、今まであった気苦労がなくなるということでもあります。
ストレスが無くなるというのは、非常に良いことですね。同じようなことを何回も聞くと、聞く方も気を遣うし、教えるほうも疲れます。お互いにストレスなんですが、AIだと気を遣わずに聞けるというのが良い点ですね。
AIの市場はどうなる?
吉崎:ワトソンは一般の消費者向けではなく主に企業向けに作られている、という点が特徴ですね。ポジショニングが違う、ということです。
ただGoogleやamazonとは、人々と社会に貢献するAIの普及を目的とした研究団体である「Partnership on AI」を共同で設立し、AIの研究開発に取り組む他の企業や大学など、幅広い関係者とともに議論を重ねています。
AIでも同じように土台が出来てきたので、それを使った色々なスタートアップが出てくるだろうと思いますが、その点はいかがですか?
吉崎:そうですね、市場の変化で言うと、まさにこれからが本番でしょう。
お客様のAI導入をお手伝いして気が付いたのですが、知見は会社の大小に関わりません。
AIは専門性が勝負ですから、AIを早く使うことにより大きな会社に小さな会社が勝てるというチャンスが生まれるでしょう。やり方次第ですね。
大企業には、圧倒的な資金と人的資源がありますが、スタートアップはそうとは限りません。ですが、今の時代では、現在の規模の論理だけが有利とは思いません。つまり、動きが速いということと、専門性が高いということが武器になるのです。
AIによって、農業も工業も当然変わると思いますが、サービス業や専門産業に大きな影響を与えるのではないかと思っています。その過程で必ず起こるのが、「一通りAIに置き換わることができるが、ゆくゆくは人の仕事を奪ってしまうのでは?」と言う議論ですが、それについてはどう思いますか?
吉崎:確かに、その議論は出てくると思います。
ですが、我々は「AI」を「Artificial Intelligence(人工知能)」ではなく、「Augmented Intelligence (拡張知能)」という風に考えています。人の能力を奪うのではなく、人が持つ能力を増大するものでありたいなと思っています。
吉崎:そうですね。
AIにはまだ自我はありません。AIが囲碁のチャンピオンを倒したと話題になっていますが、AIを作ったのは人間ですよね。囲碁のチャンピオンと戦わせたのも人間で、勝手に囲碁のチャンピオンに勝とうとしたわけではありません。つまり、AIは使いこなせるかどうかが重要です。
ひたすら伝票を打つ、といった作業は税理士さんもやりたいわけではなく、本当は経営の指導などをやりたい人が多いと思うんです。そういう意味では本来は人がやるべき仕事に時間を使えるようになったのかな、という印象です。
吉崎:そうですね。日本の会計と同じように、アメリカでAIが進んでいる領域は弁護士業界なんです。
英米は判例法ですから、「この法令だったらこの判例」という関連付けは、AIが非常に得意とするところです。ですが、弁護士は何もしない、というわけではありません。AIで出てきた情報を踏まえて、「これは厳しすぎるなぁ」といった落としどころを考えるんです。
弁護士にとっても、ベースになる基本的な作業、判断をAIに覚えこませて、最終判断を人間がする、という使い方ができるわけです。そうなると、作業時間がぐっと短縮されて、本来人がやるべき仕事に集中できますよね。
このような使い方ができるので、先ほどお話にあった「AIの登場で人間の仕事が全部無くなる」ということは無いと思います。
AIで匠の技を見える化する効果
吉崎:また、AI、ワトソンが社員の教育の役割を担うこともあります。
例えば、保険会社の保険金支払い査定など業務は、新人でも判断ができるものと、複雑な案件で相当なベテランでないと判断できないものがあります。しかし膨大で深い専門知識をワトソンに学習させることにより、比較的経験の浅い社員でもベテランと同じレベルの査定が可能になります。
これまで企業は、業務のスペシャリストを育てようとすると多くの年月を必要としていました。それが、ワトソンを使えば一気に社員の成長が早まるわけです。
吉崎:匠の世界でも、トップレベルの専門家は、もちろんいますよね。でも、その方の技術を再現できないのはリスクです。その人が辞めてしまうと終わりですから。なので、そういうものをAIで再現性を持たせるというのは、透明性やリスクヘッジで役立つと思うのです。単に効率化ではなくてですね。
吉崎:AIの活用においては、適材適所を考えることが非常に重要です。AIは万能ではないので、どの業務にどう使うかを考えなくてはいけません。私たちは、これまでの経験からワトソンが最も向いている用途として3つの分野を定義しています。それは「照会応答」、「意思決定支援」、「探索・発見」の3つの分野です。
「照会応答」は、顧客や社員からの問い合わせに対して確度の高い答えを短時間で返す能力で、コールセンターでも導入が先行し、最近ではチャットボットと呼ばれる自動応答に活用が広がってきました。
「意思決定支援」は、先ほどの保険会社の事例のように、業務の専門知識をワトソンに学習させ人間の判断を助けるものです。なぜこの判断になったのかの根拠をAIが示せることが重要です。
「探求・発見」は、人間では処理できないような膨大なデータをワトソンに学習・分析させることで、これまで見つけられなかった新しい発見を助けることです。
「探求・発見」領域では医療分野での活用が先行しています。医療の業務を全てAIがカバーするのは無理ですが、アシストするような形でしたら大きく貢献できると思います。海外では医療分野は最もAI導入が進んでいる業界の一つです。
AIを進化させるのは「学習」
吉崎:AIの極意は学習です。専門家の知見をAIに学習させて人間が活用するのです。最近だと、会社の社長が「うちもAIやるぞ!」なんていうケースもありますが、どの部分をAIに手伝ってもらうか、ということを定めることがまず先ですね。
某猫型ロボットとは違って、AIはなんでもやってくれる存在ではありません。
より人が楽になり、煩わしいと思っていたものが、簡単になる感じですね。
ビジネスで言えば、AIを使う・使わない、という違いは、竹槍と鉄砲くらいの差が出てきてしまうのではないでしょうか?
だからこそ、スタートアップにとってはチャンスです。
事業を進めていく上での成功や失敗は、知見をためていくためには非常に重要です。AIも同じ。ハンデを埋めるための手段としても、知見はためておきたいですね。
新しい業種・産業にとって、AIはとても相性が良いと思います。
それから起業家の方には、「新しい産業を作る!」という気概を持ってもらいたいですね。
今の時代、企業の大きさは有利に働きません。過去の蓄積は、良く言えば財産、悪く言えばしがらみです。それを考えなくてよいところがスタートアップの、AIのメリットです。そして、守ることを考えずに挑戦できるのは、起業家の特権と言えると思います。
(取材協力:日本アイ・ビー・エム株式会社 執行役員 ワトソン事業部長/吉崎敏文)
(編集:創業手帳編集部)