作っただけじゃ終われない!「就業規則」作成と届出や周知の手続き
起業して初めて作る「就業規則」作成のポイントと、作成後に必要な届出や従業員周知などの手続きをまとめました
(2014/11/21 更新)
起業直後の創業期のスタートアップベンチャーでは、社長一人か創業メンバーを含めても数名で事業を始めるのが一般的だろう。幸いにも事業が順調に成長してくると、社員を雇うようになる。
ある一定数以上に社員が増えてくると、ベンチャー企業といえども就業規則を定める必要が出てくる。複数の社員を雇用する企業で、それぞれの社員の労働条件の定めが無く、バラバラの状態であれば、労務管理もできないし、職場の規律も維持できない。
したがって、社員間で不公平の生じないような統一的ルールを定めることが必要になってくる。これを明文化したものが就業規則だ。
「複数の社員を雇用しなければ」という状況は、事業が伸びていることなのでハッピーなことである反面、就業規則づくりについては、本音では「面倒。。。」と思っている起業家も多いのではないだろうか?しかし、面倒だからといって就業規則を作っていくことは避けては通れない。
今回は、そんな起業家のために、就業規則の基本的な知識、作成の流れと注意点、届出や社員周知の手順など、就業規則を作成して運用していくための注意点やポイントをまとめた。
この記事の目次
就業規則は会社が各自で作成して定めるもの
「就業規則」については、労働基準法やほかの労働法令で特に定義はされていない。
「就業規則」とは、簡単に言うと、労働基準法その他労働諸法令に基づき、基本的に会社が各自定めるものだ。法的には「社員が就業上守るべき規律及び労働条件についての具体的細目を定めた規則類の総称」と定められる。
同じく労働条件を定めるものとして、労働組合という集団との労使合意である「労働協約」と、労働者と個別に定める「労働契約」がある。実にややこしい。
そこで、就業規則とこれらの優先順位、つまり効力の強さを整理すると、
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法令 > 労働協約 > 就業規則 > 労働契約
となる。
「法令」とは「労働基準法」のことで、労働基準法は、「就業規則」の内容を合理的なものとするために必要な監督的な規制である。つまり、就業規則は労働基準法の定めに基づいたものでなくてはならない。違法な労働条件は、法令によって規制され、労働基準法に反する就業規則については、行政より「就業規則をちゃんと作り直しなさい」という変更命令がなされる。
なお、「労働協約」は、使用者と労働組合という集団との労使合意を前提としているもので、「就業規則」より優先される。使用者(雇う側)と労働者(雇われる側)の一対一の交渉で決まる「労働契約」は、立場上使用者が有利になってしまうので、「労働契約」より「就業規則」が優先される。
就業規則さえ作成しておけばOK!ではない
「就業規則さえ作っておけば、自動的にそれが社員の労働条件になる」という認識を持っている社長を時々見かける。また、「就業規則を見せて下さい」とお願いすると、就業規則が人事課のロッカーの中や責任者の机の引き出し奥にしまわれていたりするケースが多く見受けられる。
事業場の重要なルールである就業規則は、ただ作成しただけではダメで、労働者に周知させていなければ、効力が発生しない(就業規則の効力発生要件)。
もちろん、新たに従業員を雇い入れる場合でも同様だ。労働契約を結ぶ前に、法令遵守に基づいた合理的内容の要件を満たす就業規則を作成し、それを雇い入れる従業員に周知しておく必要がある。最近の就業規則関連裁判の判例では多くは、この「周知」をポイントとしていることが多い。
就業規則の作成 -何を就業規則に定めるのか?
就業規則には社長の想いを描く
前述した通り、就業規則の制定と作成は、会社が各自行うものだ。労働基準法に定めのある以外は、社長が自由にルールを定めることができる(ただし、一度定めた内容を従業員の不利益に変更する場合は慎重な対応が必要になる)。
漫然と適当につくっていては、あまりにもったいない。
したがって、しっかり考え抜いて就業規則はつくり込みたい。優れた就業規則は社員を縛るものではなく、社員に活力を与え、それが会社組織の力の源泉になるからだ。
就業規則を作成するにあたり、条文トップには社是、経営理念などを忘れずに載せよう。また、ベンチャー企業であれば、会社の今後目指すべき姿を念頭に、起業時あるいは創業期から抱いてきた熱い想いをテキストにして各条文をまとめよう。
経営理念を就業規則に盛り込んで社員のモラルとやる気向上へ
スタートアップベンチャーでは、起業直後の創業期にはわざわざ明示しなくても以心伝心で伝わっていた「どういう会社にしたいのか?」「社風」「社是」「経営理念」といったものが、社員数が増えてくると伝わらなくなってくるものだ。
これらを全社員に向けて就業規則として明示することによって、全社員の進むべきベクトルを同じ方向にそろえることができる。その結果、会社の進むべき方向、目指すべき姿が、明らかになり、社員に周知され、社員のモラルとやる気の向上に繋がるはずだ。
例え話だが、国には憲法がある。憲法によって国の国体が定まる。就業規則は、会社の憲法のようなものだ。憲法のない前近代的な専制君主の独裁国家のように、会社も「社長の俺がルールだ!」のワンマン経営では先が知れている。やがて、優秀な従業員から辞めていくだろう。
就業規則の雛形は危険がいっぱい!?
最近は、厚生労働省のWebサイトやインターネットで、無料の就業規則ひな形が楽に手に入るようになった。
そのせいもあってか、無料の就業規則をそのままコピペ(コピー&ペースト)して使っていたり、自社風にちょっとアレンジして使っている会社が多いのが実情だ。特に専門の担当者が居なかったり人手の足りない中小企業やベンチャー企業では、むしろそうでない企業の方が稀かもしれない。
しかし、一般的にこれらの就業規則のひな形は、大企業向けであったり、労働者を保護するために労働者に有利で、会社には不利な内容のものが多く見受けらる。
例えば、退職金についての例を挙げよう。無料の就業規則では、以下のようになっている場合がある。
第○条 退職金は勤続年数に応じて所定の金額を支払う。
この場合、正社員・パート・契約社員にかかわらず退職金を支払う義務が出てくる。しかも、1年で退職したとしても支払い義務が出てしまう。
また、こんな例もある。時間外労働の割増賃金についての例だ。
第○条
1 割増賃金は、次の算式により計算して支給する。(月給制の場合)
イ 時間外労働割増賃金(所定労働時間を超えて労働させた場合)
1時間あたりの単価×1.25×時間外労働時間数
割増賃金の支払い義務は、法定労働時間(1日8時間又は週40時間)を超えて労働した場合だ。この規則の場合、例えば、1日の所定労働時間が7時間30分の会社がこの規則をそのまま適用してしまうと、所定労働時間の7時間30分を超えた労働は全て1.25倍になってしまう。法律で定められた40時間を超えていないのに、残業代を多く払わなければならないという事態が発生する。
これ以外にも、一見使えそうな無料の就業規則のひな形サンプルには数々の落とし穴が多い。これらの落とし穴に気付かずそのまま放置しておくと、後に労働問題が発生した場合に、裁判で会社側が負けるケースが最近増えてきているのだ。
雛形をたたき台にして社労士や弁護士を交えて内容を検討しよう
したがって、就業規則の作成にあたっては、その会社の業種、風土、業務内容、仕事の内容、実情を十分に考慮し、弁護士や社会保険労務士といった専門家を交え、検討していくことが大切だ。
とはいえ、イチから就業規則を作成することは、労力も時間も要するので現実的ではない。厚生労働省のWebサイトなどから取得できる雛形サンプルには、定めなくてはならない基本的な事項は網羅されている。したがって、雛形サンプルをたたき台として、一つ一つの条文の内容の合理性を精査し、就業規則を作り上げていく方法が、現実的かつ最も賢明なやり方だと考えられるのでオススメしたい。
モデル就業規則について|厚生労働省
就業規則の作成例|厚生労働省東京労働局
就業規則作成後に必要な届出・周知の手続き
前述した通り、就業規則は作成したら終わりではない。就業規則を作成したら、次の手続きをしなくてはならない。
①労働者の過半数代表者の意見聴取
就業規則の作成や変更のプロセスでは、管理監督者ではない従業員代表の意見を聞く義務があると法律に定められている。
労働基準法では、就業規則の作成・変更について、その会社に勤める従業員の過半数で組織する労働組合、過半数組合がない場合は、従業員の過半数を代表する者(労働基準法第41条2号に規定する「監督又は管理の地位にある者でない」こと)の意見を聞く義務があると定めている。
そして、就業規則を労働基準監督署に届出る際に、その意見を記した書面(労働者の過半数代表者の意見書)も添付して届出する。
意見書というと、大げさに考えて構えてしまう経営者も居るかもしれないが、その必要はない。もし過半数代表者の意見書に、就業規則の反対意見が記載された場合、就業規則の効力に影響が出るのだろうか?厚労省の通達では、
就業規則に添付した意見書の内容が当該規則に全面的に反対するものであると、特定部分に関して反対するものであるとを問わず、また、その反対事由の如何を問わず、その効力の発生についての他の要件を具備する限り、就業規則の効力には影響がない
厚労省通達 昭24.3.28 基発373号より引用
となっている。つまり、もし意見書に「反対意見」が記載された場合も、就業規則には影響がないと考えてよいだろう。
②労働基準監督署への届出
常時10人以上の労働者を雇う場合は、就業規則を作成したり変更したりすると、労働基準監督署に届出なければならない。前述のとおり、届出には過半数代表者の意見書を添付しなければならない。
常時10人以上の労働者とは、一時的に10人未満になる場合でも、常態として10人以上の労働者を使用する場合の事をいう。この10人の中には、パートタイマーやアルバイト等も含まれる。ただし、派遣労働者は含まれず、派遣元の会社で労働者としてカウントされる。
③就業規則の従業員への周知
労働基準監督署への届出自体は、行政官庁と企業とで法的に定められた届出義務を履行しただけだ。届出が終わった瞬間に「行政官庁から就業規則のお墨付きをもらった!ただちに就業規則の効力がある!」と誤解してはいけない。
就業規則の周知は、就業規則が効力をもつための重要な要件である。すなわち、就業規則は従業員に周知されてはじめて有効になる。従業員の目に触れない就業規則は元々なかったものと同様に扱われ、労働契約として意味を持たないので注意が必要だ。
就業規則の周知方法については、労働契約法で次のように定められている。
1.常時各作業場の見やすい場所に掲示し、または備え付けること
2.書面(印刷物及び複写した書面も含まれます)を従業員に交付すること
3.磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること労働契約法より引用
つまり、従業員が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておく必要がある。
なお、1.の「各作業場」としている点は特に注意だ。「事業場」や「会社」ではなく、より細かく「作業場」と定められている。最近ではIT技術の発達によって、遠隔地同士のスタッフが集まって起業するといったベンチャー企業も見うけられる。創業期から「作業場」が複数拠点化・多様化している時代なので、特に注意を払いたいところだ。
就業規則作成を通じて創業・起業の理念をもう一度思い起こそう
労使紛争は、会社の説明不足や労使間の意思疎通の欠如に起因することが発端になっていることが多い。よい就業規則をつくることによって、労使紛争を未然に防ぐことができるはずだ。
また、助成金の中には、就業規則が作成され、正しく運用されていることが申請の要件になっているものもある。
一方で、これから就業規則をつくる必要に迫られるベンチャー企業にとっては、就業規則を作成して運用していくための一連の手続きは面倒だと感じるのが本音ではないだろうか?だが、就業規則を作成するプロセスを、「創業の理念」「起業時の熱い想い」といった事業の根幹にある考え方を再度整理したり、思い返したり、あるいは再考したりするよいチャンスと捉えれてみるのはどうだろうか?
起業直後の創業期には、社員数が極めて少ないため、わざわざ明示しなくても周知されていた「創業の理念」「起業時の熱い想い」。これらは、社員数増加に伴う組織の肥大化によって、なかなか社員に伝わらなくなってくるものだ。就業規則によって、これらの社員への浸透を図ることもできるだろう。
基本を押さえ、会社を守り、従業員のやる気やモラル向上を成し遂げらる就業規則を作成し、うまく運用していけば、さらに会社を大きく繁栄させていくことができるだろう。
(監修:社会保険労務士事務所ALLROUND東京北 北條利男 社労士)
(編集:創業手帳編集部)