Zypsy 玉井 和佐|シリコンバレー発、デザインと投資を融合した「デザインキャピタル」という革新

創業手帳
※このインタビュー内容は2025年03月に行われた取材時点のものです。

支援企業はのべ2,800億円の成長を実現、シリコンバレーで独自のポジションを確立したZypsy

玉井 和佐

シリコンバレーのスタートアップシーンで、独自のポジションを確立する日本人起業家がいます。サンフランシスコを拠点に活動するデザイン会社Zypsy(ジプシー)の共同創業者・CEOの玉井和佐さんです。

玉井さんの独自性は、従来のデザイン会社とは一線を画すビジネスモデルにあります。デザインチームとして支援した40社のスタートアップの評価価格は協業開始から約2800億円近く成長。この企業価値の成長に着目し、2年前、クライアントとなるスタートアップの株式と引き換えにサービスを提供する「デザインキャピタル」という新しい形態を確立

食品商社の営業、米国公認会計士資格の取得、メルカリUSの立ち上げメンバーと、異色の経歴を経て、デザインの力でスタートアップの成功を支援する現在の事業にたどり着いた玉井さん。シリコンバレーの最前線で、独自の立ち位置を築くまでの軌跡を、創業手帳編集長の大久保が聞きました。

玉井 和佐(たまい かずさ)
Zypsy, Inc 共同創業者およびCEO
1990年生まれ。Mercari米国オフィスの立上げに参画の後、2018年サンフランシスコを拠点に創業初期のスタートアップに支援に特化をしたデザインスタジオ、Zypsy, Inc.を創業。デザインチームとしてSequoia Capital, Andreessen Horrowitz, Felicisをはじめ、シリコンバレーを代表するVCの投資先40社以上のブランディング及びプロダクトデザインを手掛ける。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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アメリカへの親しみと憧れから始まった起業への道

大久保:生まれはシアトルとお聞きしました。どのようにアメリカと関わりつつ成長されたのでしょうか。

玉井:父が仕事でシアトルに駐在していた時期に生まれて、まもなく日本に帰国し、兵庫県の神戸で育ちました。父は英語教育の研究者、母は高校の英語教師という境遇から、自然と海外、特にアメリカへの憧れを持ちながら育ちました。

関西学院大学に進学し、マサチューセッツ大学への交換留学にも行きました。せっかくならアメリカで働いてみようと思い、就職活動をして日系の食品商社である西本貿易に入社し、カリフォルニア州サンフランシスコ湾岸の「ベイエリア」に配属されることになりました。

配属先で食品の営業をしていた中、シリコンバレーで開催されていたハッカソン(エンジニアやデザイナーがアプリやシステムなどの開発を集中的に行うイベント)に参加する機会がありました。そこで、当時ベイエリアで有名な起業家の方々のピッチ(投資家などの審査員に対して行う短い事業計画プレゼンテーション)を見たんです。テクノロジー界隈の文化に触れる機会があまりなかった私にとって、そこで見た「起業」というキャリア観は、大きな衝撃でした。

大久保:そこから一気にスタートアップの世界へと…?

玉井:いえ、それがすぐには進路が定まらなかったんです。英語が話せて元気なだけの社会人1年生で、「何者かにならなくては」という焦りばかりがありました。西本貿易を退職後、一度は会計の道も考えて米国公認会計士(USCPA)の資格も取得したんです。しかし、自分がやっていきたい仕事なのか、いまひとつ確信が持てませんでした。

そんな中の2014年、日本で急成長していたメルカリがUSブランチをオープンするというタイミングで、当時のCEOの石塚亮さんと山田進太郎さんにお会いする機会があり、そこからトントン拍子で入社が決まりました。

大久保:メルカリUSでの経験は、その後の起業にどう影響を与えましたか?

玉井:メルカリUSでは、まず自分たちのオフィス探しから始まり、従業員のビザや保険の手配からユーザーインタビューまで、本当に幅広い業務を担当しました。スタートアップの急成長期を経験して、「プロダクトがあってこそ大きな成長が作れる」ということを実感したんです。

そこで、プロダクトデザインの専門家を養成するブートキャンプ「Tradecraft」に参加しました。午前中にデザインの座学を受け、午後には様々なベイエリアのスタートアップの実践的なプロジェクトに取り組みます。

中でも特に印象に残ったのは、マーケティングと比較した時の、デザインのもつ力です。マーケティングは予算がないと成功しにくいものですが、デザインの力を借りれば、まだ事業の種まき段階にある小規模なスタートアップ企業でも、大きな価値を生み出せる。そこに可能性を感じたことが、後の起業につながっていきました。

労働集約からの脱却、転換が導いた成功


大久保:Zypsyは、起業当時から今のような事業モデルだったんですか?

玉井:最初は全く違う形でした。2018年当時はSlackなどの普及でリモートワークが可能になってきたので、それを活かして世界中の優秀なデザイナーをマッチングするタレントマーケットプレイスを作ろうと考えたのです。

この事業は売上こそ立っていたものの、思いのほか労働集約的なビジネスになってしまいました。「24時間以内にデザインが欲しい」といった依頼がたくさんきてしまい、デザイナーは傍らで常にタイマーが回っているような、すごくストレスフルな1年目で。ピッチもしましたが、「あなたの事業はスケールしない」と、5~6回は断られましたね。

大久保:そこで方向転換を考えたのですね。

玉井:一度立ち止まって、そもそも何がやりたかったのかを考え直しました。

自分は人の役に立つことが好きだ。それでは、得意なデザインを通じて誰の役に立ちたいのか。答えは「起業家」でした。

しかし、成長段階のスタートアップは9割が失敗しますし、お金もありません。それでも起業家のためにデザインをしたいとなれば、どうすれば事業として成り立つのか考える必要があります。

そこで思いついたのが、ベンチャーキャピタルの投資先を支援するモデルでした。

幸運なことに、採用支援に強みがあるSequoia Capitalが成長段階のスタートアップの投資に力を入れ始めたタイミングと重なりました。成長段階の企業は、フルタイムのデザイナーまでは必要ないものの、ブランディング、プロダクトデザイン、マーケティングや営業資料に至るまで、様々なデザインニーズがあります。そこで、私たちがデザインチームとして支援させていただくことになりました。

Sequoiaで13社ほど支援した後、Andreessen Horowitzなど他のベンチャーキャピタルにも同じモデルを展開していきました。過去4年間で支援した40社のスタートアップの評価価格は協業開始から約2800億円成長し、累計調達額も560億円を超えます。これは2023年の資金調達環境が良かったという背景もありますが、やはりデザインの重要性が認められた結果だと思っています。

デザインと投資の融合「デザインキャピタル」の誕生


大久保:支援実績を重ねていく中で、新しいビジネスモデルを考案されたそうですね。

玉井:ベンチャーキャピタルの投資先を支援する中で気づいたのは、ベンチャーキャピタルは分散投資ができるということです。

例えば1ミリオンドルのお金を、会社A、B、C、Dに分散投資して、複数もしくはどれか一つでも大きな成長を作り出せればリターンが返ってくる。しかし、私たちのようなデザイナーやエンジニアは、1社に何年も時間を費やして、ようやくストックオプション(あらかじめ決められた価格で株式を取得できる権利)を得られる。この仕組みを変えられないかと考えました。

そこで、クライアントの株式と引き換えにサービスを提供する「デザインキャピタル」を作りました。株式資本、つまりエクイティを通じて一緒に成長し、企業価値の変化量に対してリターンを得られる。ただ、これは簡単なことではありません。

大久保:どんな難しさがありますか?

玉井:まず信頼関係が重要です。私たちも失敗はできないし、長期的な支援を約束する以上、投資家としての視点と責任も必要になります。ただ面白いことに、ベンチャーキャピタルは限られた資金調達の枠を争いますが、私たちの場合、デザインというサービスを求めて、年間120件以上の紹介が各ベンチャーキャピタルから来るんです。

これは新しい展開にもつながり、エクイティベースで支援する中で実際に出資するケースも出てきました。今年は、クライアントに出資するための小規模なファンドも作り、デザイン会社と投資機能を両立させる形で成長を続けています。

大久保:デザイン会社でありながら投資機能も持つ。シリコンバレーならではの革新的なモデルですね。

玉井:おっしゃる通りです。デザインという専門性を持ちながら、スタートアップの成長に深く関わることができる。これは私たちにしかできない形だと思っています。

シリコンバレーで生きる日本人起業家としての視点

大久保:日本の企業が海外展開する際、よく「言語の壁」が課題として挙がります。

玉井:非常に重要な点です。例えば、日本のアイドルグループはこちらではほとんど知られていないのに、BTSは皆が知っている。これは目指している市場が違うからです。

日本人であることは、実は資本へのアクセスやタレント獲得においてチャンスにもなり得る。ただ、言語の壁によって可能性が小さくなってしまいがちなのは本当にもったいないですね。

時差と言語さえ克服できれば、シリコンバレーには無限の機会やチャンスがあります。最先端のスタートアップで活躍できるスキルレベルの人が日本にはたくさんいるのに、現地にアクセスできていないんですね。

もっと多くの日本人がシリコンバレーのスタートアップに就職したり、起業したりする流れができれば、回り回って日本人のエコシステムを強くしていくと思うんです。

大久保:インド系や中華系のコミュニティは、その点うまく機能していると聞きますね。

玉井:中華系のコミュニティは助け合いがすごく活発です。中華系のファンドがあり、有名なベンチャーキャピタルにも中華系のパートナーがいるんですね。

一方で日本人は、これまではどちらかというと孤軍奮闘している感じでした。ただ最近は、KDDIに事業を売却され、現在サンフランシスコでスタートアップに取り組む連続起業家の小林清さんやAnyplace創業者の内藤聡さんをはじめ、さまざまな方がシリコンバレーで成功の再現性を作り出すためのコミュニティを作りに取り組んでいます。

私自身、創業初期から小林清さんには多くのアドバイスをいただき、資金調達から採用、失敗しがちなポイントに至るまで、多くの学びをいただきました。

大久保:日本で作ってから海外に、というアプローチについてはどう思われますか?

玉井:正直、それがうまくいったケースを私はあまり見たことがありません。チームを作る時に使う「筋肉が違うとでも言うのでしょうか。日本で起業してカルチャーを作り、いざ海外で採用していこうとなった場合でも、最初のチームの影響度は非常に大きいんですね。

また、カスタマーベースが日本にあると、そこで最適化されてしまいます。むしろシリコンバレーで0から1を作り、ネイティブにプロダクトを育てていった方が、成功確率は高いと思います。

1ビリオンの変化量を目指して


大久保:今後、Zypsyとしてどんな未来を描いていますか?

玉井:デザインを通じて、成功の再現性を作っていくことが目標です。「Zypsyが支援した会社」という実績が一つの信用となって、投資家から資金が集まりやすくなったり、実際に売上が作れるようになったりする好循環を作っていきたいですね。

具体的には「1ビリオンの変化量を作る」というミッションを掲げています。自分がいることによってその変化量を作り、その成功がまたデザイナーやエンジニア、投資家に還元される世界を実現したい。そうなれば、デザイナーとして起業して本当に良かったと言えると思います。

大久保:シリコンバレーで6年以上ビジネスを展開されてきた経験から、日本の起業家の方々へメッセージをいただけますか?

玉井:世界で戦える企業がどんどん増えてほしいですね。グローバルで勢いにのって牽引力を作る事例は確実に増えています。野茂英雄さんがメジャーリーグに挑戦してから、後を追って活躍する日本人選手が増えたように、成功事例は次の挑戦を生み出します

特に最近は、時差と言語の壁さえ克服できれば、世界中のチャンスにアクセスできる時代です。日本発のプロダクトが、もっともっと世界で使われるようになっていってほしいと思います。

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(取材協力: Zypsy, Inc 共同創業者 CEO 玉井 和佐
(編集: 創業手帳編集部)



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