弁護士 鮫島 正洋|『下町ロケット』の弁護士に聞く起業家が知っておくべき商標・特許のキホン
内田・鮫島法律事務所 鮫島正洋 弁護士インタビュー
優秀な技術を持った中小・ベンチャー企業が数多く存在するが、多くは特許・商標を有効に生かせず大手に対して不利な状況を強いられるケースがある。そこで、池井戸潤のベストセラー小説『下町ロケット』に登場する神谷弁護士のモデルになった特許に詳しい内田・鮫島法律事務所 鮫島正洋弁護士に、「起業家が知っておくべき商標・特許のキホン」について話を伺った。
東京工業大学金属工学科卒業後、藤倉電線株式会社(現・株式会社フジクラ)入社。在籍中に弁理士試験に合格し、その後日本アイ・ビー・エム株式会社入社。1996年に司法試験に合格し、翌年同社を退職。弁護士として新たなスタートを切る。2004年に内田・鮫島法律事務所を開設。地域中小企業知的財産戦略プロジェクト(特許庁)統括委員長。池井戸潤のベストセラー小説『下町ロケット』のモデルになった、国内でも数少ない技術系弁護士である。
ブランディングの第一歩。起業時はすぐに商標の調査を。
鮫島:商標の調査をきちんと行うことです。まったく違う業態であれば構いませんが、近い業態で似たような名前が出てきたら問題となり得ます。他社の商標とバッティングしていると後々交渉が発生し、もし交渉が決裂したら社名変更までしなければならなくなるおそれがあります。
特許庁にIPDLという無料のデータベースがあるので、商標に関しては事前にそちらで調査するべきです。また、商標だけでなく、製品名やサービス名に関しても同じことが言えます。知財と言うと、発明や特許に関することが取り上げられがちですが、それはもう少し後の段階で考えるべきことで、まずは商標なのです。
鮫島:業種によります。ただ、自分が持っている技術を活かして独立する場合は、早い段階から気を付ける必要があります。早期定年で辞める方の多くはそれまで会社でやってきたことを題材として創業することが多いのですが、それに関する知的財産権は会社に帰属している場合が多い。
例えば、長年研究開発をやってきて会社名義で特許をたくさん出願された方が独立する場合、その技術を題材として独立しても、会社の特許に引っかかる可能性が高いと思います。つまり、独立して特許を実施するという了解を会社から得ないと、志は良くても法的には無理だという話になりかねません。このような場合は、投資家や支援者がつきにくくなるので、成功の確率が大きく下がってしまいます。
また、機器の販売をやっていた方が独立して、顧客を新規開拓するのではなく、自分がそれまで使ってきた顧客名簿を片手に営業したような場合でも不正競争防止法違反になってしまうのです。このように、前職との権利関係というのは、事前にしっかり準備しておくべきポイントです。
鮫島:会社との話し合いがうまくいかなかったら行政が調停をしてくれるスピンアウト調停制度のようなものを作るべきですが、残念ながらまだそういった制度はありません。となると、法的にも手当てされた状態でのスピンアウトは事実上難しいことが多い。先日、あるスタートアップ団体の集まりに呼ばれて講演を行いましたが、会場に来ている方のほとんどがそこをケアしていなかったことには驚きました。
鮫島:スタートアップ時にご相談いただければ、「このケースは会社の技術を使わなければいけないように思うのですが、会社から特許のライセンスを受けられているのですか?」といった指摘ができると思うのですが、我々の内田・鮫島法律事務所にも相談に来る人はほとんどいないですね。でも、会社を辞めてからそれに気付いたのでは遅いんです。特に自分が在職時にいい特許を出していれば出しているほど、前職での特許が問題になるという逆説的なジレンマがあります。
自分たちの成果をきちんと特許にすること
鮫島:開発型の事業を始める場合、自分たちの開発成果をきちんと特許権にすることです。たとえ特許権にしなかったとしても、ノウハウをきちんと管理する。そこを疎かにすると、「投資しても、その投資の成果物である開発成果(技術)をきちんと管理しない、ザルみたいな会社だ」と投資家に思われてしまいます。それは会社にとって良くないことです。
大企業にいる時は知財部任せで開発成果の管理などは意識しないのかもしれませんが、独立とは一からすべて自分でやるということ。そのためにどこまでコストを割くかということまで考えなければいけない。それが知財戦略の第一歩です。
鮫島:研究所出身の方などはある程度身に付いているので自分でできるのかもしれませんが、それ以外の方は早めに専門家を入れてアドバイスをもらった方がいいと思います。ただ、特許の専門家にフィーを払うぐらいだったら機械や材料を買うという方が多いことも事実です。特許はお金がかかるのでスタートアップには勧めにくい部分があるのです。
同じようにいい技術でも、大企業であれば20件ぐらい特許を出すところ、スタートアップだと1件しか出せない。どこまで磨き上げてその1件にするかということも大事になってくるのです。自分で特許を磨き上げられるようなセンスを持っている人は1000人中1人ぐらいしかいらっしゃらないので、本来は専門家に頼むべきなのです。
鮫島:最初から知財戦略にこだわっても、資金的な問題があったりして結局できないことが多いんです。ですから、自分たちの技術をカバーすることが最初だと思います。大企業の場合は自分たちの技術というよりも、コンペティターが引っかかるようなものを出していくというのが基本です。
だけど個人の起業家はそんなことはできないじゃないですか。だからまずは自分の技術を守る。模倣品が出ないようにとか、そういう観点になりますよね。
日本の競争力の向上に貢献したい
鮫島:あの小説に書いてある雰囲気はうちの事務所そのものです。実際、弊所は小さな物作り企業のお客さまが多くて、非常にやりがいのある仕事が多いですね。小説の中で帝国重工と佃製作所が技術的に競合するシーンがありますが、交渉の際に帝国重工が大勢で来るのに対して佃製作所は社長がたった1人で来る。それってアンフェアじゃないですか。だから、そういうケースでは我々は佃サイドに立つ事務所でありたいと思っています。
それから、中小企業の経営者の中には我々を片腕として頼ってくださる方もいらっしゃいます。経営者は経営戦略とビジネスゴールの話をされる。それを知財と法務でサポートするのが我々に与えられているミッションです。我々の答え1つで企業の利益が変わることもあるので当然責任も重いですが、そういうことができるというのは本当にやりがいがあります。
鮫島:私はもともとフジクラという会社でエンジニアをやっていましたが、技術1本で食べていくほど才能も情熱もないなと。そう思った時に、もう1つぐらい専門性があればひょっとしたら勝負できるんじゃないかと、まずは知財の資格、弁理士を取ったんです。その時に初めて法律学を学んだら非常に面白くて、その流れで司法試験を受けました。
今の事務所、内田・鮫島法律事務所は2004年に立ち上げましたが、弊所は技術系の弁護士がほとんどです。立ち上げ当初、技術系の法律事務所という概念は世の中にありませんでした。ただ私自身が技術屋だったので、ずっと技術を扱う仕事をやっていきたいという考えが原点にあって、他とも徹底的に差別化を図りたかったんですよね。
鮫島:15年前は、技術系の弁護士がどんな仕事をやるのかということすら世の中に認知されていなくて、仕事と言えばせいぜい特許の侵害訴訟だけでした。だけど訴訟は会社にとって決して良いことではない。訴訟なんか起こす前にビジネス的なアライアンスをしてどんどんビジネスを進めていった方が効率がいいに決まっています。ですから、訴訟の前段階の戦略的な法律業務について考え、それを10年間突き詰めてきました。その集大成が7月に出した著書『技術法務のススメ―事業戦略から考える知財・契約プラクティス』(日本加除出版)です。
鮫島:もちろんです。これ1冊を完璧に理解すればかなりのレベルまでいくと思いますよ。それだけノウハウを全部書籍に表現したつもりです。なるべく読みやすくもしました。例えば文章を会話調にして、何が論点なのかという入り口を分かりやすく提示しています。知財業界は、専門家で牙城を作って、「俺たち偉いんだぞ」という見せ方をしてきたので、そのアンチテーゼを行いました。コンサルティングをする以上、お客さまに分かっていただかないとコンサルティングになりませんからね。
鮫島:日本の中小企業の技術は世界的な競争力を持っています。我々は企業戦略をベースに、どうすれば知財と法務の面からさらなる競争力を育てることができるかということをずっとやってきたので、ぜひそれを一緒に考えていければ嬉しいですね。内田・鮫島法律事務所は、日本の競争力の向上に貢献できる法律事務所でありたいと思っています。
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(取材協力:内田・鮫島法律事務所)
(創業手帳編集部)