プライムセンス 高木 淳|早期退職し62歳で起業。プール溺水事故防止に挑む
「CHIBAビジコン2025」ちば起業家大賞・創業手帳賞をダブル受賞!溺水を瞬時に検知する「Meel」とは

プールでの溺水事故から子どもの命を守る――。その社会課題に挑むのが、株式会社プライムセンスの安全監視システム「Meel」です。
58歳で早期退職し、62歳で起業した代表取締役の高木淳さんは技術者経験を活かし、5年の歳月をかけて開発を実現。その革新性と社会的意義の大きさが評価され、「CHIBAビジコン2025」では大賞・創業手帳賞をダブル受賞しました。今回は、起業の経緯や「Meel」開発の裏側、そしてシニア起業家としての今後の展望などをお伺いしました。
株式会社プライムセンス 代表取締役社長/CEO
青山学院大学 卒後、富士ゼロックス株式会社 1985年入社
米国MITとの産学共同開発に参画後、シリコンバレー、中国法人(上海)駐在を歴任。1995年、2015年の日本グッドデザイン賞受賞。出願特許数30件以上。2018年早期退職し、仲間と人材派遣会社を設立しCEOに就任。並行してコンサルタントや副業を経て、2024年に(株)プライムセンスを設立。その後、首都圏行政主催ピッチで連続3冠達成。新聞、TVを始め多くのメディア掲載により、起業後2年で資金調達、MVPリリースを達成した元トライアスロン選手。
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この記事の目次
「子どもの命を守りたい」技術者としての集大成を社会貢献に

高木:私たちはプールでの水難事故を防ぐ安全監視システム「Meel」を開発・提供しています。
プールでの溺水事故がニュースで報道されるのは年に数回程度ですが、現場のコーチや保護者の方にお話を聞くと「実はうちの子も危うかった」という声が非常に多く、表面化していない危険な状況がかなりの数で潜在的に存在していることが分かりました。
溺水事故では、水に沈んでからわずか3〜5分で脳への酸素供給が途絶え、命に関わる深刻な状態に陥ります。そのため、異常が発生した「その瞬間」に発見できるかどうかが、救命の分かれ目になるのです。
私たちのシステムでは、RFIDセンサー(※)を内臓したヘッドセットを子どもたちのスイミングキャップに装着してもらい、プール内での位置や水没状態を常時監視します。沈んだまま動かないなどの異常を検知すると、監視員が身につけているバイブレーターが即座に振動して知らせる仕組みです。
※RFID:電波を使って非接触でICタグの情報を読み取る技術

高木:従来の監視カメラは、事故が起きた後の検証には有効ですが、リアルタイムで異常を検知して事故を未然に防ぐには限界があります。
一方で、最近の自動車には衝突防止などの安全装置が標準搭載されるようになりました。サッカーではVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が導入され、人間の目だけでは判断しきれない場面を技術で補完しています。プールの安全監視も同様に、人間の注意力だけに頼るのではなく、テクノロジーで補完すべき時代に入りました。
早期退職制度を追い風に「人生の後半戦」をスタート

高木:年齢を重ねるにつれて、社会課題を直接的に解決したいという思いが強くなってきました。若い頃は目の前の仕事をこなすことに精一杯で、社会全体のことまで考える余裕がなかったんです。でも50代後半になり、自分がこれまで培ってきた経験や知識を使って「残りの人生で何を成し遂げるのか」を真剣に考えるようになりました。単純に利益を追求するというより、人生の後半戦に入ったからこそ「世の中に貢献できることをしたい」という気持ちが大きくなったんです。
私はかつてトライアスロンをやっていて、水中で危険な状況に遭遇した経験もあります。また、会社員時代にはRFID技術に関わる業務を担当していたほか、マーケティングや製品開発など幅広い領域を経験してきました。特定の専門分野を極めるというより、さまざまな領域を横断的に経験してきた知見の集大成を、社会貢献に活かしたいと考えました。
高木:勤務先で早期退職制度を募集していた時期があったんです。これは通常の退職金に加えて割増金が上乗せされる「特別転進制度」という仕組みで、キャリア転換やライフプランの実現を支援する内容です。まさに「起業やキャリアブレイク」を目的とした制度でしたので、その言葉どおり起業に挑戦しようと決意しました。
周囲で起業する人はほとんどいませんでしたが、私は30代の頃から起業に関する勉強会やセミナーに参加しており、「いつか自分でも事業を立ち上げたい」という思いを漠然と抱いていたんです。
「100円ショップ」の材料で試作を始めた創業前夜

高木:正直なところ、最初は直感的な発想からでした。RFIDタグは電池を内蔵しておらず、電波を受信すると内部で発電し、その電力で情報を送り返す仕組みになっています。交通系ICカードのSuicaやPASMOと同じ原理ですね。電池が不要なこの特性を活かせば、水中でも安全に使用できるのではないかと考えました。
また、RFIDは空間内で大量のタグの位置や存在を非接触で瞬時に検知することが可能です。会社員時代にこの技術を扱った経験があったので、「子どもたちのスイミングキャップセンサーを内蔵すれば、リアルタイムで監視できるのではないか」という発想が浮かびました。
高木:最初は、現在取締役CTOを務める後藤と二人で、自宅で試作品を作ることから始めました。創業初期で資金に余裕がなかったため、センサー本体以外の材料は100円ショップなどで調達していたんですよ。たとえば、センサーをカバーするプラスチックケースやスポンジなどを組み合わせて試作品を作ったり、人間の頭部に近い状態を再現するために子ども用のビニールボールに食塩水を入れて実験を繰り返したりしていました。今、思えば「よく得体のしれない材料で試作が完成したな!」とビックリしています。
高木:そうなんです。初期の実験では比較的順調に動作したのですが、その後、突然センサーが反応しなくなることもよくありました。不具合の原因がキャップへの取付位置によるものなのか、素材の問題なのか、アンテナの向きなのか……。要因が複数考えられるため切り分けが難しく、自分たちだけでは解決できない壁にぶつかりました。そこで、専門家の力を借りることを決断したんです。
千葉大学と産学連携。試行錯誤した開発の日々
高木:自分たちだけでは技術的な課題を解決できなかったため、RFIDの応用に関する学術論文を検索して専門家を探していました。すると、千葉大学の先生がこの分野について研究されていることを知ったんです。さらに直接お話しすると、その先生が私と同じ高校の出身だということが分かりました。
高木:先生も親近感を持ってくださり、「ぜひ協力しましょう」と快諾いただきました。それ以降、材質や構造など技術的な課題について多方面からアドバイスをいただき、一つずつ問題を解明していくことができました。
高木:開発で最も苦労したのは、センサーの動作検証が実際のプール環境でしかできないという点でした。自宅で試作したキャップやセンサーを持ち込んでも、実際のプールでは想定どおりに動作しないことが多かったのです。
そこで、知り合いのスポーツクラブの店長にお願いして、営業時間終了後の夜間にプールを使わせていただきました。店長がインストラクターの方々にも声をかけてくださり、多くの方が無償で実験に協力してくれたのです。「子どもたちの安全を守りたい」という目標に共感していただけたからこそ実現できたのです。
割増退職金、クラファン、助成金、そして深夜アルバイト。起業のお金のリアル

高木:2021年に自宅で試作を始めて、2026年3月にお客様への初納品が決まりましたので、足掛け5年になります。振り返ればあっという間でしたが、資金面では相当な負担がかかりました。通信機器や受信機などの機材費を中心に、総額で約1,500万円の開発費を投じています。
高木:特別転進制度で受け取った割増金をすべて開発費に充てました。しかし、それだけでは生活費が足りず、夜勤のアルバイトも並行して行いました。食品工場や缶工場、物流倉庫での運搬作業など、開発に集中できる時間を確保するためにシフトの融通が利くアルバイトを選び、仕事の合間を縫って実証実験を進めていたんです。
高木:子どもはすでに独立していたので、扶養の心配がなかった点では身軽でした。妻は起業に反対こそしませんでしたが、「お金はどうするの?」という現実的な心配はしていましたね。私は「なんとかアルバイトで稼ぐよ」と答えて、実際にそうやって乗り越えてきました。
高木:はい。会社を設立し、実証実験の成果を発表できるようになってから、助成金を活用できるようになりました。千葉銀行の「研究開発助成制度」は大学や高専と共同研究を行う中小企業を支援する仕組みで、千葉大との産学連携が評価されて採択されました。また、千葉県の「ちば中小企業元気づくり基金」からも支援をいただいています。
2025年にはクラウドファンディングで3,000万円を調達することもできました。今後は量産体制の構築と販売拡大のために、運転資金としてさらに2,000〜3,000万円が必要になります。加えて、AIを活用した判定アルゴリズムの精度向上にも投資し、より正確かつ迅速に異常を検知できるシステムへ進化させていきたいと考えています。
ピッチ出場10回以上。PR戦略としてのコンテスト活用術

高木:これまでに10回以上出場しています。ピッチへの参加は戦略的に取り組んできました。ピッチに登壇すれば、投資家や事業会社の方々に直接プレゼンテーションができます。スタートアップにとっては、それ自体が貴重な宣伝の機会になるのです。
最初は書類選考で落選することもありましたが、繰り返し応募するうちに評価をいただけるようになり、別のコンテストから出場依頼をいただくという好循環が生まれました。
高木:おっしゃるとおり、スタートアップは広告に十分な予算を割けないことが多いため、ピッチを通じたPR戦略は非常に重要です。ピッチに出場すると、その様子がメディアに取り上げられることがあるからです。
たとえば、あるピッチで発表した内容がきっかけで神奈川県での実証実験が実現し、その取り組みを地元の神奈川新聞に取材していただきました。その記事がYahoo!ニュースのトップページに掲載されると、さらにラジオ出演の依頼もいただくなど、メディア露出が連鎖的に広がっていくのです。
また、ピッチの場では事業に対するフィードバックもいただけます。「プールだけではなく海でも使えない?」という声が多く寄せられたことをきっかけに、2026年はライフセービング委員会と協力して、ビーチへの応用可能性を検証していきます。
シニア起業家へ「まだまだ自分の力を信じていい」

高木:「Meel」を社会インフラとして定着させたいと考えています。道路に信号機があることで交通事故が防がれているように、プールには「Meel」があって当たり前。そんな状態を目指しています。
最近、学校現場では「教員の負担が大きいから水泳の授業をやめよう」という議論も出ていますが、私はその考えには賛成できません。「危険だからやめる」のではなく、「技術の力で安全にする」という方向に進むべきだと思うのです。将来的には、日本国内だけでなく、東南アジアなど海外への展開も視野に入れています。
高木:「まだまだ自分の力を信じていい」ということを伝えたいですね。30年以上働いてきた方であれば、お仕事や趣味を含め必ず多くの蓄積や学びがあるはずです。それを存分に発揮すればいい。年齢を重ねると、社会貢献や後輩の育成に関心が向くようになりますが、そうした思いを実現する手段として、起業には大きなやりがいがあると思います。
もちろん、年齢を理由に厳しい言葉をかけられることもあります。あるベンチャーキャピタルからは「60歳を過ぎて起業するんですか?サッカーで言えば後半ロスタイム残り5分ですよ。そこから逆転できる自信はあるんですか?」と言われました。
高木:そのとき私は「自分は後半ロスタイム残り5分で投入される『スーパーサブ』です」と答えました。「ギリギリの場面で登場し、決定的な1点を取る選手です」と。体力では若い人に勝てないかもしれませんが、経験で培った「技」で勝負できる部分が必ずあると信じています。
ええ。ただ、経験があるからといって、すべてが計画どおりに進むわけではありません。オフィスを開設する前に顧客との契約が決まったり、製品が完成する前に提携の話が舞い込んだりと、想定外の展開の連続です。しかし、それを心配する必要はありません。動き続けていれば、必ず誰かが手を差し伸べてくれます。
サッカーでも、自ら動いてパスをもらえるポジションにいる選手にしかボールは回ってきませんよね。厳しい状況でも前を向いて行動し続けていれば、協力してくれる人が必ず現れます。これが私の実感であり、ほとんどの起業家が語る事実でもあります。これこそ起業を志す方に最もお伝えしたいことです。
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(取材協力:
株式会社プライムセンス 代表取締役社長/CEO 高木 淳)
(編集: 創業手帳編集部)






