ベストセラーのAI・脳科学者が教える「男女の脳の違い」から「売れるネーミング」を作るコツ
株式会社 感性リサーチ 代表取締役 黒川伊保子インタビュー(前編)
(2018/11/27更新)
1983年からAI(人工知能)の研究に携わってきた、人工知能研究者の黒川伊保子さん。脳機能論の知見とAI分析の手法を用いて、大型機実務レベルで世界初の「日本語対話型コンピュータ」を作った、AI・脳科学・感性分析のエキスパートです。2003年に株式会社 感性リサーチを設立し、AI視点の脳科学をマーケティングや人材開発に活かす道を世界に先駆けて拓き、現在に至っています。
感性リサーチの豊富なソリューション・シーズは、男女脳差理解によるダイバーシティ・インクルージョン《感性コミュニケーション》、脳の周期性による市場の近未来予測《感性トレンド》、ことばの潜在脳効果を数値化する技術《感性ネーミング》など、すべてオリジナルの研究に基づく世界に類を見ない手法として、多くの企業に採用されています。
今回は、研究者から経営者となった経緯と、ネーミングが生み出す効果について、お話を伺いました。
1959年長野県生まれ、栃木県育ち。1983年奈良女子大学理学部物理学科卒。
「男女脳の気分」を読み解く男女脳論の専門家、「ことばが脳にもたらす気分」を読み解く語感分析の専門家でもある。
人工知能(AI)エンジニアを経て、2003年、ことばの潜在脳効果の数値化に成功、大塚製薬「SoyJoy」のネーミングなど、多くの商品名の感性分析に貢献している。「男女脳差理解によるコミュニケーション力アップ」セミナーは、ダイバーシティ・インクルージョン教育の決定版として、13年前からの人気商品。昨今では、「AIとの付き合い方」を説く経営者向けセミナー、ブランド開発の感性コンサルティングも人気に。
脳化学の観点から見た男女の可笑しくも哀しいすれ違いを描いた随筆や恋愛論、脳機能から見た子育て指南本、語感の秘密を紐解く著作も人気を博し、TVやラジオ、雑誌にもたびたび登場。アカデミックからビジネス、エンタメまで、広く活躍している。
近著に「英雄の書」(ポプラ新書)、「女の機嫌の直し方」(インターナショナル新書)、「妻のトリセツ」(講談社+α新書)、「ヒトは7年で脱皮する ~近未来を予測する脳科学」(朝日新書、2018年12月13日発売決定)
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社の母子手帳、創業手帳を考案。2014年にビズシード社(現:創業手帳)創業。ユニークなビジネスモデルを成功させ、累計100万部を超える。内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学、官公庁などでの講義も600回以上行っている。
起業するつもりは無かった
黒川:実は私、今の会社を起業する気は全然なかったんです。
私は人工知能の研究者として14年間働き、脳と言葉の研究をしていました。その後、同じチームの人たちと一緒に「人工知能の汎用エンジンを作ろう」ということで、最初の会社を起業しました。当時、私達が手にしていたコア・コンピタンス(他社には真似できない、自社の中核となる強み)は、男女脳差の発見、コンピュータの日本語対話を可能にする技術、そして、語感を数値化してグラフにすることでした。
起業すると、投資企業や証券会社が毎日訪ねてきました。これからは人工知能が21世紀の主流になる事はわかっていたので、人とお金が集まりました。
しかし、私はビジネスの専門家ではなく研究者。自分達がお給料を稼げる程度の資金で運用しようと思っていました。「儲けたい」と思わなかったので、次第に仲間と意見が合わなくなっていきました。しばらく考えた結果、その会社を去ることにしました。
その後は人工知能の研究で得た知見を活用し、フリーランスとしてコンサルタントや会社の顧問業、本の執筆、講演などをしていました。
先ほどもお話しした通り、起業することは考えていなかったのですが、私の活動を見てくれていた方から「事業化したい」と声をかけていただき、起業するに至ったんです。
ちなみに、社名は「男女脳の違いを明らかにしたり、語感を数値化する技術のイメージをうまく伝えられるネーミングはないだろうか?」と考えて、「感性リサーチ」と名付けました。
当初はビジネスパートナーと一緒に経営していたのですが、その方が2年も経たないうちに病気で亡くなってしまいました。そのような経緯があって、現在は私が代表として経営しています。
命を与える「ネーミング」の不思議
黒川:先ほどもお話しした通り、私たちは語感を数値化してグラフにする技術を持っていたので、言葉のイメージを数値化することができました。それらのデータは、例えば広告会社の人がネーミングの提案をする時に使うことができます。
ですが、データのままでは専門の方でなければうまく扱えません。そこで私たちは、データを大量に販売するのではなく、そのグラフを活用したネーミングのコンサルティングをビジネスにしていこうと決めました。
黒川:ネーミングとは、とてもとてもデリケートなものです。名前をつけるということは、商品やブランド、会社に「命を与える」作業。ネーミングをする時はきちんと議論して、それがどういうものであるのかを考えます。
また、「その商品を10年後どう展開していたいのか」、「50年後にも残るような歴史的なものにしたいのか」など、数十年後までを想像してネーミングをしていきます。その想像のための物語をつくる作業は、ひとつひとつ魂を込めていかないといけない。そうやってコンサルティングしています。
このノウハウを分析エンジンによりAI化する事ができれば、やがて自動化してボリュームで稼ぐビジネス展開をしていく事もできるでしょう。ただ、それは次世代に任せる事になりそうです。
黒川:一般の方が「感性」と言う時は、数値化できないものや感覚的なものに対して使うと思います。ですが、私達にとって「感性」は、すべて脳の演算なんです。勘も運もすべて計算されていて、偶発性はまったく無いんです。
私は人工知能の研究者として、ずっと脳の無意識の領域は何が起こっているのかを研究しているので、人が心地よく感じるネーミングも計算して考え出しています。
例えば、人はハミングをするときに舌の上の空洞に息をやわらかく乗せる(=「m音」)のですが、舌の上にやわらかいものを乗せると脳は甘さを感じます。つまり、「まったり」「もっちり」「あまい」など、ハミングと同じ「m音」を発する言葉に、人は甘さを感じるんです。
黒川:そうですね。返事の言い方でも、「はい」がどれだけ速くて前向きに感じられるか、「ええ」がどれだけ謙虚に包み込む感じなのかといったことは、すでにハッキリ数値化されています。
そうすると、例えば新車の販売にあたりネーミングを決める時に候補が20あったとして、20の内どれに一番スピード感があり、どれに一番居住性があり、どれが一番面白いかを、「なんとなく」ではなく「完全に数値化」して見ることができます。
この「数値化」をビジネスにした結果、多くの企業からネーミングの依頼がいただけるようになりました。
人が心地よく感じるネーミングは計算して出せる
「営業はしない」と決意
黒川: 私たちの感性分析は、今までにないカテゴリを拓きました。したがって、「それがなくてもやってこれてきた」プロたちに買ってもらわなければいけないわけです。プライドも高く、できれば、自分たち以外のものにバトンを渡したくない方たちに。
広告代理店や、商社やメーカーのマーケティング部門にアプローチしてみましたが、「下請け」として営業に行く私たちの話を聞いてもらえることはほとんどありませんでした。営業をすればするほど仇になる。そこで、「うちは営業をしない会社にする」と決めました。
私たちの感性分析を認めてもらうには、向こうから「先生、ぜひ来て下さい」と言われる会社にならないといけません。幸い私には、執筆という武器があった。本で感性理論を広めて、経営者やプロたちの心をつかもう、それでだめだったら、私には「事業」の目はないのだ、と覚悟を決めました。起業して4か月後、2003年年末のことです。
そこで、語感論の本の原稿を2004年の正月三が日で書き上げて、1月4日にいきなりある編集室に「こんな原稿を書きました。これを新書で出版していただけませんか」とメールを出しました。「2~3日中に返事をいただきたい。社運がかかっていて急ぐので、ダメなら他の出版社に持っていきます」と添えて。失礼な話ですよね(笑)
けれど、半日かからずに返事をいただけたと記憶しています。「うちで出します」と。
その結果、『怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか』は2004年7月に出版されました。そこから、週刊誌やテレビが取り上げてくれたり、新聞にカラー広告が出てくれたり…という感じで仕事が広がり、売上げも上がっていきました。
さらに、本を読んだ方の中に経営者の方がいたことで、この本の噂が経営者の間でも広まっていきました。
黒川:確かに、理論はしっかりしていますし、数値化もできましたから、誰かを説得するのに苦労した事はないんです。
数値化というデータが無いと最後の決め手に欠けるので、例えば社長が「これ良いね」と言った意見に影響されたり、検討されるたびに案が変わったりして、コストがかかります。ですが、データを使えばそれが無くなります。
ユーザーにとって心地よいネーミングが欲しい場合、想定しているユーザーに合うものがどれになるかが最後の判断材料になる、ということですね。
理論がしっかりしていれば
説得するのに苦労しない
(取材協力:株式会社 感性リサーチ 代表取締役社長 黒川 伊保子)
(編集:創業手帳編集部)