エキサイト 西條晋一|エキサイト復活を実現した西條流の企業再生と新規事業立ち上げのノウハウ

創業手帳
※このインタビュー内容は2022年08月に行われた取材時点のものです。

TOB成立から短期間で黒字化に成功!エキサイトとXTechグループの飛躍の舞台裏に迫る

2018年9月、業界内外で驚きとともに大きな話題となった、老舗インターネット企業であるエキサイトの買収。TOB(株式公開買付け)を実施したXTech(クロステック)は当時創業したばかりのスタートアップで、「既存産業×テクノロジーで新規事業を創出」をコンセプトに新たな価値を生み出しています。

同社を率いる西條さんは、大胆かつ鮮やかな手法が注目される敏腕経営者のひとりとしても知られていますが、エキサイトが復活を遂げたその舞台裏には「全メンバーとの1on1」など、昔から人を重視する組織運営を続けてきた西條流のノウハウが存在しました。

今回は西條さんがエキサイトのTOBを実施した背景と、経営改革を成功させた根本理念「両利きの経営」について、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

西條 晋一(さいじょう しんいち)
1996年早稲田大学法学部卒業後、伊藤忠商事に入社し財務部・為替部を経験。2000年サイバーエージェントに入社。サイバーエージェントFX、ジークレストなど多くの新規事業、子会社の立ち上げに携わり、複数社の代表取締役を歴任。2004年取締役就任。2006年にはサイバーエージェント・ベンチャーズ(現サイバーエージェント・キャピタル)の初代社長として、日本およびアジア各国のベンチャー投資業務と組織を構築。2008年には本社の専務取締役COOに就任。2010年から約2年間は米国法人の社長を兼務しシリコンバレーに駐在。2013-2017年WiL共同創業者ジェネラルパートナー。2018年XTechおよびXTech Venturesを創業。同年12月にエキサイトホールディングス代表取締役社長CEOに就任。2022年日本ベンチャーキャピタル協会理事に就任。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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経営改善の成功を確信して業績不振だったエキサイトの買収を決断

大久保:西條さんには前回、サイバーエージェントへの転職からXTechおよびXTech Venturesの設立までをお伺いしました。今回はXTechがエキサイトのTOBを実施した背景からお聞かせください。

西條:XTechグループは「新規事業を多発的・非連続的に創出する」をコンセプトとし、スタートアップスタジオを運営しています。

近年日本でも運営する企業が増えているスタートアップスタジオとは、スタートアップを創出および支援するアメリカ発祥の新たな事業形態です。新規事業を同時多発的に生み出していくこの仕組みを取り入れ、設立当初からグループ経営を視野に入れていきたいという想いがありました。

弊社の公式HPなどでは「既存産業×テクノロジーで新規事業を創出」をビジョンとして公開していますが、その理由は既存産業におけるDXや新規事業の立ち上げのほうが、むしろまったく新しい領域で新規事業を創るよりも社会的インパクトがあるという考えを持っていたからです。テクノロジーと掛け合わせることで劇的に変わる既存産業の変化をビジネス機会と捉え、新規事業により非連続的に新しい価値を生み出していこうと。

そこでちょうど話があがったのがエキサイトのTOBです。

エキサイトは1997年の創業後からメディア事業やブロードバンド事業、コンテンツ事業など、比較的古いビジネスモデルを運営していましたが、成長が止まり、数年間の赤字経営が続いていました。

しかし事業を丁寧に紐解いていくと、まだまだ伸ばせそうだなと。さらに既存事業や経営リソースを活用すれば、新規事業も十分にやっていける。なにより実行できる人材がいる。

「これならいける」と判断しました。

証券会社・法律事務所にも即答で対応し、短期間でのTOB成立を実現

大久保:エキサイトのTOBにおいて、「デジタルツールを極めた西條さんがフル活用したのは電話だった」というこぼれ話を耳にしたことがあります。この舞台裏の真相をお教えいただけますか。

西條「証券会社の担当者や弁護士との議論、契約上の重要な決断に電話を使った」が答えです。

TOBは準備から成立までの間に行わなければならない作業量が膨大なんですね。たとえば日中、証券会社や法律事務所からひっきりなしに論点や確認事項が上がってきて、大量のメールやメッセンジャーを受信していました。

こうしたTOB関連の連絡への対処を日中に都度行っていると、かなり非効率だと気づいたんですね。当時は会社を設立したばかりで他のメンバーは新規事業などで忙しく、XTech側は私一人でTOBの手続きに対応する必要がありました。

「このままではパンクしてしまうな」と。そこで「その日に送った重要な論点や確認事項は、夜にまとめて電話で確認してください。その場ですぐに私が意思決定します」とお願いしました。

証券会社や法律事務所も非常にやりやすかったそうですよ。通常の企業の場合、まず担当者とやりとりして、そのたびに決裁権者である上長や社長の確認を取る必要があるので、相当な待ち時間が発生します。一方、弊社の場合は夜にまとめて私がすべて即答しますから、スピード感を持って進めることができたんですね。

こうした背景もあり、時間がない中で短期間でのTOB成立が実現できたんじゃないかなと考えています。

大久保:証券会社や法律事務所を信頼し、任せられる関係性だったともいえますね。

西條:はい。みずほ証券にお願いしたのですが、以前よりみずほグループと懇意にさせていただいており信頼していました。

西村あさひ法律事務所とは起業して初めての取引でしたが、最初の顔合わせからディスカッションを重ねるうちに「むちゃくちゃ優秀な方々だな」と。こちらも方針と譲れない点をお伝えした後、全面的にお任せしました。

大久保:西條さんのお話を伺っていると、常に淡々とされていて動じない姿勢が印象的です。業界内外の大きな注目を集めた買収劇でしたし、とてつもないストレスを抱えていたと思うんですね。集中的に膨大なタスクをクリアしながら成立を目指す必要がある中で、なぜその冷静さを保てたのでしょうか?

西條:基本的に寝れば大丈夫なんですよ。若い頃のように睡眠不足で根を詰めても良くないなと。私はストレスのサインがメンタルではなく体の不調という形で出るので、兆候があった際にはきちんと休むようにしています。

私の経歴上、サイバーエージェント時代の大変さに比べれば、大抵のことは問題ありません。ネットバブル崩壊やリーマンショックなどストレスフルな事業環境を超えてきたので、慣れでしょうか。今ではあまり大きな声では言えませんが、特に20代後半の頃は周囲に驚かれるような無茶な働き方でしたしね。

大久保:土台が鍛えられていたわけですね。

西條:ほら、お年寄りは「暑い」とか「寒い」とか簡単に言わないでしょう?冷房や暖房も安易に入れないし、それと一緒じゃないかな(笑)。

現在のエキサイトが経営戦略として掲げる「両利きの経営」の真髄

大久保:現在のエキサイトにおける経営戦略をお教えください。

西條「両利きの経営」を経営戦略のひとつとして掲げています。スタンフォード大学経営大学院教授のチャールズ・A・オライリーと、ハーバード・ビジネス・スクール教授のマイケル・L・タッシュマンによる同名の共著で提言された理論です。

同著では「深化と探索の活動を自在に、バランスよく高い次元で行うこと」「両利きの経営」として推奨しているのですが、エキサイトではこの定義を実践しています。

弊社における深化は、既存事業で進めました。既存事業を深堀りして、可能性のある領域をブラッシュアップしながらさらなる拡大を目指し、効率化できる部分は生産性が向上するよう策を施しています。この改善が功を奏し、既存事業は再び成長するようになりました。

一方の探索は、主に新規事業の推進です。SaaS・DX事業は、およそ3年かけて立ち上がりつつあります。複数の種を蒔き、芽が出る段階まで進んだ事業については、これからぐんぐん伸ばしていくステージに移るところです。

やはり新規事業は、ある程度の時間をかける必要があります。「肥沃な土がありそうだ」「獲物がいっぱいいるだろう」という予測はできていますが、具体的な推進となると慎重にならざるを得ませんからね。

こうして経営改革を進めて土台を固めると同時に、組織編成の大幅なテコ入れも実施しています。具体的には、縦の階層をシンプルにし、横の壁を取っ払ってスムーズな情報共有やディスカッションを実現する仕組みづくりや文化醸成を行いました。

大久保:会社設立から年数が経過すると、いつのまにかセクショナリズムが生まれてしまいますよね。習慣づいてしまった意識を変えるための工夫をお教えください。

西條:エキサイトでは、従業員全員参加の月イチ朝会「オールハンズ」を開催しています。社内表彰式や連絡事項の伝達の前に、会の冒頭で必ず私が話をするのですが、毎回課題点やビジョンを繰り返し伝えてきました。おかげで少しずつ社内全体に浸透し、改善されましたね。

大久保:大胆でスピーディー、かつ実直に社内改革を行ったという印象ですが、経営者の外部招聘について当初の社内の反応はいかがでしたか?

西條:昔から私は人を重視した組織づくりを大事にしているので、相当神経を使いました。ただ、エキサイトは素直で大人な人材が集まった会社だったことに加え、社長は代々、以前の親会社である伊藤忠商事出身だったため、外部から経営者が来ることにそれほどアレルギーはなかったんですね。

それでもやはり、信頼関係の構築は一朝一夕にできるものではありません。地道に1年くらいかけて盤石な体制を作り上げました。

大久保:TOB後に大幅な離職を招くケースもありますが、御社の場合はほとんどなかったそうですね。

西條:買収後、役員やマネージャーを大量に送り込み、「同じやり方でやってください」と合理性を優先させた改革手法を取る買い手企業もあります。でも、私はエキサイトの良いところはきちんと残したかったので、話をしながら進めていきました。

まず最初に行ったのが、全メンバーとの1on1です。サイバーエージェント時代に財務経理部門の責任者として従事し、現在エキサイトホールディングスの取締役CFO兼執行役員を務める石井と手分けしながら実施したのですが、大変だった分だけ収穫も大きかったですね。

それと同時に、ほぼすべての重要な会議にも出席して、お互いに議論をぶつけながら理解を深めあう日々を送りました。

拡大を続けるXTechグループを率いる西條流の新規事業を成功させるコツ

大久保:XTechグループ全体のお話も伺いたいのですが、現在17社のうち、特に注力している事業はありますか?

西條:企業規模の大きさでいうと、売上数十億円のエキサイト、ファンド運用総額約180億円のXTech Venturesの2社がグループ全体を牽引していますので、必然的に注力しています。

伸び盛りという観点だと、外部資金調達を実施した会社はやはり伸びていますね。なかでも株式投資型クラウドファンディング事業のイークラウド、外食産業の課題解決に取り組むクロスマート、音声配信アプリを提供するRadiotalkは、いずれも複数の資金調達を行い、IPOを目指す前提で運営しておりグロースしています。

大久保:数多くの事業を興してきたご経験を振り返っていただき、西條さん流の事業領域の見極め方についてお聞かせください。

西條「好き」という想いをもとに、情熱を持ちながらコミットしてやり遂げられる領域であることが重要ではないでしょうか。

弊社のバリューのキーワードのひとつが「好奇心」なのですが、やはり人間ですから好きな事業のほうがアイデアが出ますし、困難を乗り越えることもできます。そして達成感もあるんですね。

だからこそ、情熱を持って、コミットしてやり遂げられるかどうか?を基準に事業領域を見極めたほうがいいと思います。

大久保:新規事業の立ち上げ時のコツはありますか?

西條持続的なマーケットが存在している領域を選ぶこと、かつ今その領域に参入するタイミングとして正解かどうかを判断することです。

たとえば「今からメルカリを超える!」なんて真っ向から戦いを挑むと言っても、やっぱり疑問符がつくでしょう?自然の脅威に立ち向かうような無謀でしかない判断ミスを起こしたら、どんなに優秀な人でも成果は出づらいですよ。

これは真剣に注視すべきポイントで、きちんと持続的な事業展開を行うことができる領域の選択、そして適切なタイミングでの参入が、新規事業を成功させるためにも大切です。

それさえ間違えなければ、先ほどの「情熱を持ちながらコミットしてやり遂げられる」人材をアサインすることで、まず失敗を回避できるというのが私の経営経験上からお伝えできることですね。

それから、具体的な事業案なしで会社を設立するのもひとつの手だと思いますよ。実は私もXTechは登記してから3〜4ヶ月経過後、サイバーエージェントとサイバーエージェント・ベンチャーズ(現サイバーエージェント・キャピタル)で共闘した波多江が参画してから、ようやく「何をやろうか?」と2人で考えていきました。

事業案が浮かばないからといって先延ばしにしていると、いつまで経っても起業できません。起業家の中には、週末副業から週末起業に移行しながら軌道に乗せた人もいます。

必ずしも「アイデアがないと駄目」ということはありません。まずは起業する。自分の得意を活かして行動しているうちに、事業が決まっていくというやり方もあるのです。

自分自身の意思を実現するための方法として起業は素晴らしい選択肢

大久保:最後に、起業家に向けてのメッセージをいただけますか。

西條:「自分の意思で行動して自由に生きる」「思い描いた人生を送る」といった想いを抱いている方も多いのではないかと思います。その実現を目指す方法のひとつとして、起業は素晴らしい選択肢だということをお伝えしたいです。

たとえば「より良い世の中にしたい」とか「こんなプロダクトを作りたい」とか、もちろん最初は「お金持ちになりたい」でもいいんですよ。自分の中になんらかの意思があり、現在の環境では実現が難しいと悩んでいるのなら、ぜひ起業という選択肢を考えてみてください。

会社を設立しなくても起業はできます。「YouTuberとして収益を上げる」「メルカリの売買で利益を得る」なども立派な起業の第一歩です。形式にとらわれることなく、行動者となって挑戦してほしいですね。

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(取材協力: エキサイトホールディングス 代表取締役社長CEO 西條 晋一
(編集: 創業手帳編集部)



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