コムデザイン 寺尾憲二|自己破産を乗り越え、クラウド型CTIサービスの国内トップ企業に成長できた理由とは
代表を解任されても諦めなかったのは、電話とネットを融合したサービスを世に出したいという強い想い
起業家の真価が問われるのは、危機に直面した時でしょう。起業には資金繰りや仲間割れなど、さまざまなトラブルがつきものです。
株式会社コムデザインの代表取締役社長である寺尾憲二氏も、深刻な危機を乗り越えた起業家のひとりです。NTTでエンジニアとして活躍後に起業されたものの、自ら立ち上げた会社を一度は追い出され、自己破産も経験されたそうです。
しかし今やコムデザイン社はコールセンター向けCTI(※)システムで国内トップの採用実績を誇る企業へと成長。
「人に託しても責任は負う」「自分を信じてやりきる想いを持つ」という寺尾社長のお話は、すべての起業家にとって大きな学びとなるはずです。そこで今回は、寺尾氏に危機をどう乗り越えたのか、どう事業を立て直し成長させたのかについて、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。
※CTI(Computer Telephony Integration)とは、コンピューターと電話・FAXを統合する技術のこと。
1961年生まれ。日本電信電話公社(現在のNTT)に入社後、ソフトウェア開発エンジニアとして従事。その後ベンチャー企業を経て、2000年にコムデザイン社を設立。紆余曲折の末、2008年にクラウド型CTIサービス「CT-e1/SaaS」の提供を開始、この分野で国内トップクラスの採用実績を誇る企業へと成長させる。現在も代表を務めながら、現役として開発現場に立つ。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
起業のきっかけは、自分の作ったプロダクトで世の中の評価を得てみたいと思ったこと
大久保:NTTでは、どんなお仕事をされていたのですか?
寺尾:当時はまだNTTが電電公社という社名で、民営化に向かって進み始めたときでした。私は新たなプロジェクトとして立ち上がったコンピューターのOS(オペレーティングシステム)の開発に携わっていました。今のWindowsの原型になるもので、いろいろと勉強させていただきました。
大久保:新しいOSの開発というと、当時は世界的に見ても最先端の分野だったのでは?
寺尾:今思えば、すごく先進的なことをやらせていただいていたと思います。今ではもう当たり前ですが、マウスを使って誰でも簡単にコンピューターを操作できる環境を目指して開発していました。
大久保:エンジニアとしては、やはり面白かったですか?
寺尾:面白かったですし、気づきもありました。60人くらいのチームでやっていたのですが、プログラミングの生産性って人によってすごく差がつくんですよ。10倍、20倍も差がつくことが衝撃的でした。
例えばNTTがやっていた電話工事だと、1人でできる作業量はだいたい誰でも同じです。でもコンピューターの世界では、人によって20倍も差がついてしまう。面白いと思った反面、この生産性の差を何とかしないといけないと感じましたね。
大久保:私自身もIT企業をいくつか経験してきまして、その都度ITが引き起こす変化みたいなものを実感していました。寺尾さんもご自身が開発に関わったOSが世の中を変えるんじゃないか、みたいな期待はありましたか?
寺尾:可能性は感じていましたが、まだ課題が多くて。まずそこを何とかしたいという気持ちが強かったですね。私としては、生産性を上げるにはOSだけではなくてミドルウェア(※)の必要性を感じていたんです。
※ミドルウェアとは、OSとアプリケーションの間に入り、両者の機能を補完するソフトウェアのこと。
寺尾:でもNTTはミドルウェアを作って売る会社ではなかったので、壁にぶつかった感じでした。だんだんと、「自分でミドルウェアを作って、しっかり売って、世の中の評価を得てみたい」と思うようになって。結局NTTを辞めて、3人だけの小さなソフトウェア会社に転職しました。
大久保:転職先では、目指していたミドルウェアの開発ができましたか?
寺尾:自分たちの手で、これまでにないソフトウェアを作って世の中に出したい、という想いに共感してその会社に入りました。最初はそういう高い志だったんですが、実際には他の事業が伸びてしまって、志がどこかに行ってしまったんです。
大久保:なるほど。目指していたことが、なかなかできなかったわけですね。
寺尾:そんなときにインターネットが登場しまして、私としては電話とインターネットを融合させたら、面白いことができるんじゃないかなと思ったんです。でもその小さなソフトウェア会社は先ほどお話したように他の儲かるサービスに向いていて、チャンスがない。私としては、今でいうCTIのようなプラットフォームを作れば、何か新しいことができるかなと思い、独立しました。
当時はマンションを買ったばかりのころで、息子もまだ小学生というタイミングでしたが、思いきって独立してしまいました。
大久保:起業にあたって、時間をかけて準備はされましたか?
寺尾:誰もが事業プランをしっかり立ててから起業すると思いますが、私はほとんど立てていなかったんです。「こういうものを作りたい、こういうものを作ったら売れるはずだ」という想いだけでした。
大久保:実際に起業してみて、いかがでしたか?
寺尾:運よく応援してくれる会社さんがいまして。そちらの開発を手伝うのが最初の仕事でしたね。実はその会社さんは大手総合ITベンダーと取引がありまして、そちらに「こんな面白いエンジニアがいるよ」って私を紹介してくれたんです。
これがきっかけで、大手総合ITベンダーの次世代コールセンターのミドルウェアプラットホームに採用されたんです。起業して1年経ったくらいの頃ですね。おかげで当時4、5人の小さな会社でしたが、売上は1億を超えるくらいになりました。
会社を成長させたい想いが強すぎて、突然代表を解任される
大久保:寺尾さんが当時を振り返って「こうすればよかった」とか「これはやめておけばよかった」ということがあれば、教えていただけますか?
寺尾:私の失敗談をお伝えするのが、一番わかりやすいと思います。起業してしばらく順調でしたが、次のフェーズに行くにはもっと新しいことをしないといけないと感じたんです。そこで私のミドルウェアを使ってソリューションビジネスを手掛ける人と組むことにして、別の会社と合併しました。
合併した会社の社長が私より年上だったので、その人が代表権のある会長、私が代表権のある社長という形になりました。会長が新しく立ち上げるソリューションビジネスを見て、私は引き続きミドルウェアの事業を見ることになったんですが、ここが問題でした。
私の事業は順調に伸びていたんですけど、新しいソリューションビジネスはスタートしたばかりで、なかなか結果が出なかったんです。
でもミドルウェアとソリューション、両方の事業を伸ばす必要があったんです。当時ベンチャーキャピタルから資金を受けていて、IPO(株式公開)を目指していましたから。それで私も焦りまして、会長にうまくいかない理由を理詰めで追及してしまったんです。
相手は相当追い詰められたと思います。そうなると、最後は会長自身が辞めるか、私を追い出すかどちらかしかない。結局、私が取締役会で社長を解任されてしまいました。
大久保:その後はどうなったのでしょうか?
寺尾:2週間後、なんと私を追い出した人が代表の席を投げ出してしまったんです。財務諸表を見て、想定以上に会社が厳しい状況ということに気づいたらしくて。
大久保:あっという間ですね。やはり熱量の違うパートナーと組むのは難しいということでしょうか。
寺尾:2人体制でやるのはいいし、人を信じることも別にいいと思うんです。ただ本当に大事なことを託すなら、その人が失敗しても自分が責任を取るべき。身をもって学びました。
起業して代表になるからには、人に託してもいいけど、自分が全責任を負う覚悟がないと、みんな不幸になってしまいます。これは、これから起業する皆さんにもお伝えしたいことです。
自己破産しても諦めずに続けられたのは、強い想いと家族の存在
大久保:特にスタートアップはやってみないとわからないことも多いですし、代表の責任は大きいと感じます。
寺尾:そうなんです。大企業なら、赤字になっても代表の財産は没収されないですから。実は私、自己破産まで追い込まれたこともあるんです。
大久保:差し支えなければ、いつ頃のことか教えていただけますか?
寺尾:先ほどお話した私が社長を解任された頃、すでに会社の経営はかなり厳しかったんです。最終的には自己破産せざるを得ない状況になってしまいました。
大久保:お話しづらいこともおっしゃっていただき、ありがとうございます。ただその後寺尾さんの会社はしっかり続いて、現在も成長されています。どのように対応されたのでしょうか?
寺尾:自身が生み出したプロダクトでのビジネスがどうしてもやりたかったので、会社は何としても残したかったんです。このプロダクトが基となって、現在のビジネスへと展開していきます。ただ当時はそんな状況でしたから、知人にしばらく社長になってもらい、いろいろ整理が終わってから私が代表に戻りました。
大久保:自己破産というのは、相当大変だったと思います。それでも諦めずにやってこられたのは、なぜでしょうか?
寺尾:自分のプロダクトを、まだ世の中に広めることができていないと思ったんです。どんなに厳しい状況になっても、評価を受けるまで続けたいという気持ちが強くありました。
あとは家族の存在も大きかったと思います。当時の厳しい状況は家族で情報をシェアしていて、自己破産についても、妻や子どもにも説明していました。ただ家族には「最悪な状況になっても、俺ほどの人物なんだからなんとかなる」って言っていました。根拠はなかったんですけど。家族もお金がない中でなんとかやりくりしてくれて、ありがたかったです。
大久保:家族の存在は、起業家にとって大きいですよね。
寺尾:辛くなった時にすごく大きいですね。だから家族だけは裏切らない方がいいと思います。
自社の強みを生かした事業戦略が企業を成長させる
大久保:寺尾さんのように、苦しい状況でも「自分なら何とかなる」という発想は大切ですよね。寺尾さんがそう思えたのは、やはり技術力に自信があったからでしょうか?
寺尾:確かに、自信はありました。ただそれだけではなくて、やはり自分が生み出したプロダクトを用いたビジネスにこだわっていました。
大久保:御社のCTIサービスは「カスタマイズ無料」という点がすごく画期的だと思います。カスタマイズで手っ取り早く収益を上げようとする企業も多いと思いますが、ここも寺尾さんのこだわった戦略でしょうか?
寺尾:電話って安定性が最も重要なこともあって、すごく保守的な世界なんです。「AT&TやNTTが作ったシステム」と言えば売れやすいんですが、ベンチャーが作ったシステムになると、価格が安くて機能が優れていてもダメ。そういう合理性だけでは売れないんです。
そこで合理性をより強く打ち出すため、「CT-e1/SaaS」というクラウド型のCTI サービスでカスタマイズを無料にしました。それでも最初は受け入れてもらえませんでしたね。カスタマイズ無料ということを信じてもらえなくて。
大久保:そうでしたか。しかし現在では、御社はクラウド型CTIサービスでは国内トップクラスの導入数とお聞きしました。
寺尾:転機になったのが、東日本大震災でした。震災直後はオフィスに行けず何週間も仕事ができない方たちがたくさんいましたよね。弊社の旅行代理店のお客様でも、震災で仙台のコールセンターが止まってしまったんです。ただ弊社はクラウド型でありカスタマイズできる強みがあったので、一晩で東京に同じ環境を準備できました。
これをきっかけに、そのお客様が全国の拠点に導入してくださいました。この事例が少しずつ広まって、いろいろな会社さんに採用してもらえるようになったんです。
大久保:着実に実績を積み重ねていったことで、受け入れてもらえたわけですね。
寺尾:もともとカスタマイズが簡単にできるCTIにしたい、という想いはあったんですよ。そういう前提で開発していたから、カスタマイズを無料にしてもやってこられた。カスタマイズ無料にせざるを得ない理由があって、それを実現する技術力もあったという感じです。
大久保:クラウド型CTIの可能性を感じるお話ですね。ただCTIはまだ馴染みがあまりない方が多いかもしれません。簡単にCTIの素晴らしさを教えていただけますか?
寺尾: CTIは「電話業務をコンピューターで効率化しましょう」というのが大きな目標。電話業務は基本的にお客様と担当者の1対1なので、そこには会話しかなく、すごくアナログな世界なんです。
ただ「なんとなく忙しい」という定性的な情報だけでは、業務の効率化が難しい。そこで「どの時間や曜日に忙しいのか」とか「どういう属性のお客様がより時間をかけて話しているのか」というように定量的な情報にすることで、改善につなげます。
例えば週明けの月曜は受電が多いから人を増やそうとか、他の曜日は少ないからむしろ減らそうとか。あとはこの問合せなら人ではなく自動応答システムで対応できるかな、みたいな感じです。
どんな仕事でも、定量データを積み上げて、そこに問題を見つけて、解決していくプロセスが基本だと思います。電話業務でそれを可能にするためのものがCTIです。
大久保:電話は単に会話するものと思いがちですが、コンピューターと繋がることでもっと広がるということですね。
寺尾:電話業務は通販会社さんのコールセンターが多いのですが、電話対応の評判がいいところは売り上げもいいんですよ。会社の顔とも言えるコールセンターの品質が上がれば、会社自体の評価も高くなる。そういう流れがあるので、実は電話ってすごく大事なんです。
失敗しても「自分を信じてやりきる」という想いがあればやり直せる
大久保:なるほど。それでは最後に、これから起業を目指す方に向けて、メッセージをいただけますか?
寺尾:起業って成功率が決して高いものではないですよね。そんな中でチャレンジしようとする志は、本当に素晴らしい。ですから、まず踏み出したご自分の勇気を褒めていただきたいし、その後も諦めないご自分を絶えず褒め続けていただきたいと思います。
もちろん、うまくいかないこともあります。私も大きな失敗を経験しました。でもそれまでの過程をしっかり振り返れる経営をしていれば、お金持ちにならなくてもいい人生だったなと思える。私はそう思っています。そのために「やりきった」という感覚を、いつも求めてほしいですね。
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(取材協力:
株式会社コムデザイン 代表取締役社長 寺尾憲二)
(編集: 創業手帳編集部)