放送作家 金森 匠|迷子の広報担当はどこで罠にかかるの?売れっ子放送作家に学ぶ「視点を上げるPR戦略」

広報手帳

放送作家 金森 匠 インタビュー

(2019/02/07更新)

前回、広報担当者が持っておくべきスキルや、テレビに露出するために押さえておきたいポイントなどについて解説いただいた、放送作家の金森 匠さん。
現在は、テレビ以外にも、行政から大手・中小の企業案件まで様々なフィールドで活躍しており、以前よりも多くの広報担当者と関わりを持つようになったといいます。
その際、よく感じるのは「迷子になっている広報・PR担当者が多いな」ということだそうです。

今回は、広報担当者が陥りやすい罠と、それを回避するためのポイントについて、解説していただきました。

前回のインタビューはこちら→「プレスリリースは○○○です」売れっ子放送作家 金森匠の「相手に伝えるために必要な広報スキル」

金森 匠(かなもり たくみ)
放送作家(日本脚本家連盟所属)
神奈川県横浜市出身。
上智大学卒業後、総合商社の営業部でコーヒー原料の輸入・販売を担当。
20代後半でフリーランスの放送作家に転身。
以後、民放キー局のバラエティ、スポーツ、報道、情報カルチャーを中心に携わった番組は1000本。企業の広報PR担当へは「コストをかけずにメディアで成果を出す」をテーマに、アイデア出しのフレームワークのアドバイスをおくっている。大手広告代理店、行政、一般企業の案件にも携わっている。

「メディアに取り上げられる」は、通過点

金森:広報・PR担当者が陥りやすい罠は、2つあります。

一つ目は、「メディアに取り上げられること」をゴールとしている広報・PR担当者が多いということ。

広報・PR担当者にとって、メディアに取り上げられることは成果としてわかりやすいと思いますが、手段の一つでしかありません。
取り上げられるだけでは、ターゲットの顧客に商品・サービスが伝わったとは言い難いからです。

二つ目は、ストーリーの作り方。

広報・PRの世界では、ここ数年「”モノ”を売るのではなく、”ストーリー”を売れ!」と言われています。実は、この「ストーリー」を、「社史、代表の人物
紹介、商品・サービスの誕生秘話」と混同している広報・PR担当者が意外と多い
と感じています。

PRの要素の一つとして気にすべきだと思いますが、それだけでは「プロフィール」つまり「取説」の域を超えません。
実際に顧客を動かすためには、「ストーリー」で相手を感動させる必要があります。

効果的なPRに欠かせない3つのステップ

—罠を回避するためには、どうしたら良いのでしょうか?

金森:まず、広報・PRの「3つの段階」を押さえておきたいです。

前回お話ししたのは、「メディアが取り上げるにはどうしたらいいか?」という内容ですが、これは3つの段階のうちの第1段階ですね。
テレビの情報番組のデスクには、毎日大量のプレスリリースが届きます。日常業務に忙殺されているスタッフはチェックする余裕がありません。
自社のサービス情報を送ったにもかかわらず関係者の目に届かない、という不幸が起こります。

また、PR会社の担当者がプレスリリースを持ってくるケースがあるのですが、商品・サービスを一生懸命説明しても、説明を聞くスタッフが内容をあまり憶えていないことがあります。「伝えたつもりなのに、伝わっていない」ということですね。中には、受け売りのプレゼンもありますから、どれだけ愛が込められて
いるかわかりません。メディア担当者に説明することで終わってしまっている不幸も散見します。

これを乗り越えるためには、メディア側やその先の視聴者が幸せになるポイントを絞っておくことが大切です。そのためには、自社の商品・サービスを様々な角度から見直して、顧客にとって親和性が高く「今、これを見ておかないと」と思ってもらえるトピックを探しておきましょう。
ここまでは、前回お話しした内容でもありますね。

第2段階は、「共感してもらう」こと。
先ほど「ストーリー」の件で触れた通り、実際に顧客を動かすためには「自社の創業物語や代表の人物紹介」の「紹介」だけでは足りません。それぞれの生きざまから、誰でも共感できるポイントをあぶり出して表現することです。

そして、第3段階は「顧客に参加してもらうこと」です。「巻き込み型」と呼ばれている方法ですね。訴求したい相手にいかに「自分事」にしてもらえるか。
「自分事」として捉えてもらえた時、初めてPR(パブリック・リレーション)が成立します。どうつながるか? コミュニティを作るという考え方です。

例えば、島根県に邑南町(おおなんちょう)という町があります。過疎の町でしたが、役所の職員である寺本英仁さんが”グルメ戦略”の地域おこしを実践して、今では年間で90万人以上の観光客が押し寄せる”グルメの町”に変貌を遂げています。

町の中に人口400人くらいの集落があるのですが、そこで唯一のパン屋さんを立ち上げたのは、域外からやってきた若い方です。はじめは、地域に溶け込もうと、集落のお年寄りたちのために、送り迎えや家の掃除などを率先してやっていたそうです。ある時、「集落を出てパン屋を開店したい」と言い出した時、お年寄りたちはどうしたかというと「彼がこの集落からいなくなると困るから、ここで開店してほしい」と、開業資金として1人1万円ずつ出資してくれたそうです。

開店当日、早朝から列ができたのですが、並んでいたのは、地元のお年寄りたち。
そう、出資した方々です。「自分が出資しているから、店が心配」ということで、開店したあとも自発的に手伝ったり、親戚や友人に宣伝したりしているといいます。

「出資する」「手伝う」「購入する」「口コミする」と、完全に巻き込まれていますよね。やがて口コミは他の地域にまで及び、たくさんのお客さんが来るようになりました。期せずして「巻き込み型PR」が体現されていたいい例だと思います。

「主語は顧客」で、本当のPRになる

金森:第2段階の「共感してもらう」ことと、第3段階の「顧客に参加してもらうこと」には、大きな違いがあります。それは、「主語」の違いです。

自社の商品・サービスから顧客に刺さるポイントを探したとしても、主語を「自社の商品・サービス」にしていると、実際は刺さりにくいです。まだ、「プロフィール紹介」の域にいるためです。

ではどうするか?主語を「顧客」にする必要があります。
「顧客」を主語にすることにより、「顧客」の感情移入を促しやすくなるからです。

例えば、創業手帳さんのストーリーで考えてみましょう。
お客様は、主に起業家です。起業家が主語(主役)だとしたら反目する「敵」や、難攻不落の「壁」はなんでしょうか? 環境をはじめ、起業に反対する人・不足する資金…様々ありますが、総合すると「不安や心配の種」と括れるのではないでしょうか。
それら敵をやっつけるために、創業手帳さんは、起業家の良きメンターとなり、様々な情報をガイドブックで提供していく過程がストーリーです。

本当のPRとは、物語の立ち上げ時、主役となる顧客に「ストーリーのハッピーエンドをイメージさせ、不安要素を取り除いてあげること」です。
ビジネスの世界では、よく「成功は2度作られる」といいます。1度目の成功は、はじめに頭に浮かぶ「自分の成功している姿」です。創業手帳を手にとった起業家が、パラパラとめくるだけで「成功している自分」がイメージできればPRのファーストステップはクリアです。

例えば、年間20万件の起業があり、10年後には9割が廃業に追い込まれるという現実があるなら「創業手帳を携えておけば成功する1割に入る確率が高まります」と、伝えることで、起業家は不安のひとつが取り除かれ、より成功している自分がイメージしやすくなるでしょう。

「不安や心配を取り除きたい」という感情は、人間の欲求の中でも強いものです。そこに刺さるPRをするためには、顧客を主語にしたストーリーを作る。それが、第3段階の「巻き込み型PR」です。

「顧客のハッピーが実現」でストーリーになる

—効果的なストーリーを作るためには、どうすればいいのでしょうか?

金森ペルソナ(企業にとっての理想的な顧客像)を細かく設定することが第一歩です。

ドラマ・映画でストーリーを作る場合、テーマを決めてから、登場人物を考えますが、この時、登場人物のペルソナをじっくり練ります。年齢、性別、職業といった基本的なことから、好きなテレビ番組、コンビニでつい買ってしまうもの、気になっている女の子のタイプなど、一見ストーリーの本筋とは関係ないような要素まで作りこんでおくと、脚本を書く時点で登場人物が勝手に喋ってくれるんです。

商品・サービスをPRするときも同じです。アンケートや市場調査といったマーケティングで、顧客の性別や年齢などのペルソナ像を詳細に練っていき、その人を主人公とします。そして、自社の商品・サービスと照らし合わせながら「この人にこう使ってもらったら、こんなハッピーなことが待っている」というストーリーを考えてあげる必要があると思います。

ストーリーを考える際のポイントは、2つあります。

一つ目は、一歩引いた視点で考えるということ。
抽象度を上げて俯瞰で見ることです。自社の商品・サービスというものは、どうしても思い入れが強くなってしまいます。勇気がいることですが、自社の外側から「うちの商品・サービスはどのように見えているのか?」を身近な人に聞いてみるのも良いかもしれませんね。

マーケティングは身近な人から始まります。「周りの方がハッピーになるためには、どうしたら良いか」を考えながらストーリーを作ってみましょう。

二つ目は、主人公の設定です。
ストーリーを作るということは、新たな顧客を取り込みたいということ。新たな顧客には、「未来の自分がどのようにハッピーになるか」を想像してもらわないといけません。
なので、顧客が想像力を働かせやすいよう「商品・サービスを使ったことでハッピーになった人」を主人公にしたほうがいいですね。

創業手帳で例えるなら、「創業手帳を読んだことで、経営が長続きしている人」などはこれに当たると思います。

—「自分事」だと思ってもらうこと、「ハッピーな未来を想像させること」が、広報担当者にとって必要なことなんですね。

金森:そうですね。
前回お話ししたプレスリリースもそうですが、ストーリー作りでは、「顧客のハッピーエンドをどう伝えるか」が広報・PR担当者にとって必要な考え方の一つだと思います。

放送作家とPRの関係は、一見わかりにくいかもしれません。しかし、普段、長短さまざまな話の構成・筋を考えるのが仕事ですので商品・サービスのストーリーを作ることも構造は同じだと思っています。

登場人物がいて、主役がいて、わき役がいて、どんな配役で組み立てるか。ドラマや映画の脚本家というと、エンタメコンテンツを作る専門職と思われがちですが、今後はPRのシーンでも活躍できるのではと思っています。

かつて、モノがない時代はプロダクトさえあれば売れたのですが、現代のようにモノが余っていると、製造する工程よりもその前後、つまり、販売に向けた広報・PRのプロセスをどう企画していくかが重要になっています。そこに気づかず、「自分たちはいいものを作っていれば売れる」と頑なになっていると、取り残されてしまうでしょう。
その点から、最近は組織でも広報・PRが社長室直轄になっている企業が増えています。経営者が意識して積極的に関わらないといけないフェーズになっている証拠でしょう。

大切なお客さんを無事ハッピーエンドに案内できるよう、広報担当者のみなさんには、迷子にならないように抽象度を上げ、俯瞰で眺める。
さらに、顧客を主役にしたストーリー作りを意識することで、お客さんとの心地いいリレーションを作れると思います。

(取材協力:放送作家/金森 匠)
(編集:創業手帳編集部)

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