こせがれネットワーク 宮治 勇輔|農業のイノベーターに聞く、これからの農家が進むべき道
NPO法人農家のこせがれネットワーク代表 宮治勇輔氏インタビュー
大学卒業後、大手人材派遣会社に就職するも、起業を目指しながら勉強を続け、最終的には家業の養豚業を継いだ株式会社みやじ豚代表の宮治勇輔氏。独自の手法で売り上げを伸ばし、新たなビジネスモデルを確立した宮治氏だが、その後選んだのは事業の拡大ではなく、自分と同じような境遇の農家の息子たちを応援するNPO法人の立ち上げだった。2009年からNPO法人「農家のこせがれネットワーク」の代表を務め、農業プロデューサーとして活躍する宮治氏に、これからの農家が進むべき道について話を伺った。
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、株式会社パソナに入社。営業・企画・新規プロジェクトの立ち上げなどを経て2005年に退職。実家の養豚業を継ぎ、2006年に株式会社みやじ豚を設立。生産は弟、自身はプロデュースを担当し、独自のバーベキューマーケティングにより2年で神奈川県のトップブランドに押し上げる。2009年にNPO法人農家のこせがれネットワークを立ち上げ、「一次産業を、かっこよくて・感動があって・稼げる3K産業に」を目標に日々奮闘している。
農業の問題点は2つだった
宮治:最初は親父の跡を継ぐ気なんてまったくなくて、30歳までに起業したいと思っていました。出社前にそのための勉強をして、勉強と言ってもビジネス書や新聞を読む程度ですが、そうするうちに自然と農業の本ばかり手に取るようになっていたんです。そのうち農家のステイタスの低さを感じるようになって、解決するためには2つの問題点をクリアしなければいけないということに気が付きました。
宮治:1つは農家に価格の決定権がないということ。農家は大量の農作物を市場に全量出荷して買い取ってもらいますが、その代わり価格の決定権がありません。そのため、相場がいいときは良くても悪い時は赤字になる、ということを繰り返しています。
もう1つの問題点は、流通する際に生産者の名前が消されてしまうということ。例えば、豚は地域ごとにまとまってブランド化を図って流通させるのが一般的ですが、えさや血統を揃えても生産者の技術や育て方で味は大きく変わってきます。有名な銘柄豚は数十から数百軒の生産者によって作られていますが、生産者によって味に優劣があることが分かってしまうとブランドとしての体をなさなくなるので、パッケージには銘柄名しか入っていません。でも作る側としては、美味しくもない豚を作っている農家と自分たちのところが同じ評価というのは納得がいかないですよね。
宮治:農業はここ30年ぐらい後継者不足だと言われていますが、僕は後継者がやりたがらないような農業の仕組みが悪いんじゃないかと思って。その時学生の頃にやったバーベキューを思い出したんです。バーベキューを取り入れれば2つの問題点が解決できるなと。
宮治:豚は生きたまま出荷するので、自分のところの豚だと認識してスーパーで買うことはできません。どう流通して誰が食べているのか分からないんですね。でも年に1回行われる共進会という肉質のコンテストの時だけは、生きたまま出荷した豚が肉になって戻ってきます。その時に大学の友人を呼んでバーベキューをやったら、食べたメンバーが皆感動してくれたんですよ。そこで初めて「うちの豚はうまいんだ」ということに気付いたんです。
でも「この豚肉はどこに行けば買えるんだ」と聞かれてもまったく答えられなかった。親父に聞いても分からないと。その時疑問を抱いたのが僕の原体験です。その時と同じようにお客さんにもバーベキューをやってもらえば、その肉がどこのものでどんな味かということがきちんと分かってもらえるじゃないですか。
宮治:養豚農家は通常自分たちの豚を屠畜場に持ち込んで終わりですが、僕らは屠畜場に出入りしている問屋に肉をストックしてもらって、注文を受けたらその都度問屋から各取引先に送ってもらうというシステムを構築しました。一度全量出荷して売れた分だけ問屋から買い戻す仕組みなので、ノーリスクでできるんですね。このビジネスモデルがみやじ豚の一番の肝になっています。
日本の農業を変革するのは農家のこせがれたち
宮治:日本の農業を良くしていくために何が必要かと考えた時、自分のような農家のこせがれが一度社会に出て農業とは別の職に就き、親が持っていない知見やノウハウ、ネットワークを持って帰って農業を継ぐと実は結構いいんじゃないかと思ったわけです。机上の空論ではなく自分自身の経験から、日本の農業を変革するのは農家のこせがれたちじゃないかと思い、その支援を行うNPOとして農家のこせがれネットワークを立ち上げました。
ミッションは、都心で働いている農家のこせがれたちに農業の魅力と可能性を伝え、実家に帰って農業を始めてもらうこと。「一次産業を、かっこよくて・感動があって・稼げる3K産業に」というのが僕の想いです。
宮治:メンバーというか、あくまでも緩やかなネットワークなんですね。農業者の集まりは全国にたくさんありますが、農業者だけが集まってもたいしたことができない。現場を持って農作業をやっているので、その中でやりたいことがあったとしても農業者だけでは実現することができません。農業者以外の人が入ることによってより物事が進んでいきますし、農業者だけのネットワークなら僕が作る必要はないと思いました。
宮治:全然変えられませんでしたね(笑)。ただこの5年で、農家のこせがれが実家に戻ることが実は一番農業の活性化につながるんじゃないか、という気運が作れたのではないかと思っています。
日本には年間5、6万人の新規就農者がいます。農林水産省はこれまで青年就農給付金を新規就農希望者だけに出していましたが、昨年から方針を変え、こせがれであっても5年間の給料補助が受けられるようになりました。この流れは感動的でしたね。国は未だに一生懸命新規就農者を増やそうと頑張っていますが、それ以上に大事なのはこせがれの就農なんですよ。
宮治:農家のこせがれは自分が生まれた頃からその地域で暮らしていたわけですから、当然周りの人もみんな知っている。既存の経営基盤もあって、この違いは天と地の差です。ゼロからやるって大変じゃないですか。新規就農は起業と同じなんですよ。さらに農家の最初の1、2年なんて無収入ですからね。でも農家のこせがれであれば、実家に住んで農業に取り組めば、家賃タダ、食費タダですからとりあえずは生きていけます。
宮治:星野リゾートの星野社長が監修した『星野佳路と考える ファミリービジネスマネジメント』という書籍が日経BP社から出ていますが、その中で星野さんは「大企業が5%成長するのは大変だが、家族経営の会社は少しテコ入れすればいい」と述べています。日本は97%の会社が同族経営らしいですが、「ファミリービジネスは伸びしろがたくさんあるからもっと研究していかなければいけない」と。みやじ豚も僕と弟が帰って3年で売り上げが5倍ぐらいになったんですよ。
宮治:大事なのは複数の販路を持つことです。農業に限らず販路が1つしかないということは、商売上とても危険なことですよね。農産物の価格が下がっていった要因として、需要と供給のバランスが崩れたということももちろんあると思いますが、僕はその一方で農家が販路を1つしか持っていなかったことも原因だと思っていて。1箇所にしか出していないと、どうしても買う側が強くなる。いわゆる買い手市場ですよね。そうなった結果、じわりじわりと価格が下がっていった。
ですから本当は、市場を活用しながらも、地元のスーパーにもマルシェにも出荷して、インターネットでも販売する、というのがベストだと思います。口座に入金されるまで価格が分からないというのは農業ぐらいですからね。
宮治:逆に言うと、カッチリ仕組みが出来上がっているんですよ。農業はよく遅れている業界だと言われていますが、僕はまったく逆だと思っていて、農業の流通ほど進んでいる業界はありません。市場に持って行けば全量買い上げてもらえて、日本全国のスーパーでいつ行っても同じものが買える。完璧なシステムですよね。ただ、それに甘えすぎていると徐々に首を締められていくので、今の仕組みをうまく活用しながらどうやって新しいビジネスモデルを作れるか、というところが今後の課題ですね。
それから、農業の理想はできた農産物をそのままの状態で出荷することです。今、国は盛んに農産物に付加価値を付けろと言っています。でも農業はさまざまな加工はせず、農産物を全部市場に出して適正価格で買ってもらうことが一番楽ですよ。農家は作るのはプロでも、必ずしも売るのはプロじゃないですからね。
宮治:僕が会社を辞めて実家に帰った時、ビジネス小説を書いているある作家さんに「成功の秘訣はフォーカスだ」と言われたんですね。これって結構大事なことだと思っていて、起業していろいろなことをやりたくなっても、初志貫徹で自分の想いを絞り込んでやり続けることでしか成功は見えないなと。自分の道を信じて、ブレずに頑張ることが大事だと思います。
若いうちは何でもできると思って夢と希望に溢れて起業しますが、できることは限られていて、いかに自分の作品を徹底的に磨き上げていくかということが大事。ビジネスの原石が転がっている中で1つ拾って起業すると思いますが、その原石を徹底的に磨き上げていくことでしか成功はないんだろうなと思います。自戒を込めてですけどね。
(創業手帳編集部)
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