2020年に民法が改正!スタートアップが知っておくべき改正事項とは

創業手帳

(2018/08/09更新)

民法の契約を中心とする債権関係の規定は、同法の制定以来約120年の間、ほとんど改正されていませんでしたが、その見直しを目的とした同法の改正法案が昨年5月に成立し、2020年4月1日に施行されることになっています。

この改正は、世紀の大改正といわれ、改正の項目は200程度に及びますが、今回はスタートアップの事業にとって影響の大きい項目を中心に解説します。

後藤 慎吾(ごとう しんご)
弁護士(第二東京弁護士会所属)・米国ニューヨーク州弁護士
早稲田大学法学部・カリフォルニア大学バークレー校ロースクール(LL.M.)各卒業
あさひ・狛法律事務所(現西村あさひ法律事務所)・外国法共同事業ジョーンズ・デイ法律事務所を経て平成28年3月に荒巻・後藤法律事務所を開設
スタートアップ・ベンチャーキャピタルの法律顧問業務を主要取扱業務とし、ベンチャー法務を得意とする

民法とは

民法は、私人間の権利・義務の一般的なルールを規定する法律であり、具体的には表1に記載する事項を定めています。

大きく、人の財産や取引関係について定める財産法(民法第1編~第3編)と、家族間の法律関係について定める家族法(民法第4編及び第5編)とに分類されます。

表1 民法の構成と規定内容

表題 内容 規定例
第1編 総則 民法全体に関する通則的な規定を定める 権利の主体(人・法人)、権利の客体(物)、権利変動の原因(法律行為・時効)等
第2編 物権 人が有する物に対する権利(物権)について定める 所有権、占有権、用益物権(地上権・地役権等)、担保物権(質権・抵当権等)等
第3編 債権 人の他の人に対する請求権(債権)について定める 多数当事者の債権・債務(保証債務等)、契約、事務管理、不当利得、不法行為等
第4編 親族 親族に関する法律関係について定める 婚姻、親子、親権、後見、保佐・補助、扶養等
第5編 相続 死者の財産の承継(相続)のルールについて定める 相続人の範囲、相続の効力、相続の承認・放棄、遺言、遺留分等

改正範囲と改正の理由

改正範囲

昨年5月に成立した民法の改正法は、債権(人の他の人に対する請求権をいいます。)関係の規定について、契約に関する規定を中心に見直しを行ったものです。

従いまして、今回の改正の対象は、必ずしも民法第3編(債権)の規定に限られるわけではなく、債権関係に適用のある第1編(総則)の規定(例えば、法律行為や消滅時効に関する規定)についても改正が行われています。

他方で、民法第3編(債権)のうちでも事務管理、不当利得及び不法行為に関する規定は基本的には改正の対象とされていません。家族法(民法第4編及び第5編)も同様です。

改正の理由

民法の債権関係の規定は、明治29年(1896年)の同法制定以来、ほとんど改正されていませんでした。ではなぜ、今回この分野について全般的な見直しが行われたのでしょうか。民法を所管する法務省は以下の2つの理由を挙げています。

1.民法を国民一般に分かりやすいものとする観点からの見直し

上記の通り、民法は、私人間の権利・義務に関する一般的なルールを定めることを目的として明治時代に制定されましたが、規定の内容が抽象的であったり、そもそも特定の権利・義務関係に関する規定がなかったりするなどの問題がありました。このような問題に対しては、裁判所が判決の中で民法の抽象的な規定を解釈し、具体的なルールを定立するなどの方法によって対処してきました。

しかし、民法制定から約120年も経つと、そのような判例の積み重ねなどによって確立したルール(このルールは民法の条文に書き込まれているわけではありません。)が多く蓄積し、法律の専門家でない国民一般が民法の原文を見ても、どのようなルールが適用されるのかがわからないという事態が生じていました。

例えば、不動産を借りた場合には、賃借人は賃貸人に対して敷金を支払うのが通常ですが、現在の民法には敷金に関する規定はありませんでした。そこで、改正民法では、従来の判例の考え方や一般的な理解を前提として新たに敷金の規定を設けています。

このように、民法を国民一般に分かりやすいものとする観点からの見直しは、これまでのルールを変更するものではなく、すでに存在するルールを民法に書き込むことで「見える化」するものといえます。

2.社会・経済の変化への対応を図るための見直し

また、民法制定後の長い間に、我が国の社会・経済は、取引量の増大、取引内容の複雑化・高度化、高齢化、情報伝達手段の発展など、様々な面で大きく変化してきました。そこで、民法の債権関係の規定について、このような社会・経済の変化に対応して、これまでのルールを改め、又は、新たにルールを定めることの是非が検討されました。

この観点からの見直しは、現在の実務で通用しているルールを実質的に変更するものであるため、経済活動により大きな影響を与えるものです。次の章で、そのうちのいくつかについて改正内容を見てみましょう。

重要ポイント

以下では、実務に大きな影響を与えるといわれている「1.消滅時効」、「2.法定利率」、「3.保証」及び「4.定型約款」を取り上げます。

なお、以下の説明は、それぞれの項目の改正事項の一部について説明したに過ぎないものであり、また、全体像を理解していただく観点から細かな要件や例外事項について一部捨象したものであることはご留意ください。

1.消滅時効に関する見直し

消滅時効とは、権利を有する人がその権利を行使せずに一定期間(時効期間)が経過した場合に、その権利を消滅させる制度をいいます。

現行民法では、表2のように、消滅時効の時効期間について債権の内容などによって異なる規律がとられています。

表2 債権の消滅時効の時効期間

具体例 時効期間
原則 個人間の貸金債権等 10年
短期消滅時効 ・運送賃に係る債権
・旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に係る債権等
1年
・生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権等 2年
・工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権等 3年
商事 商行為によって生じた債権 5年

このような規律については、ある債権にどの時効期間が適用されるのかが分かりづらい、という指摘がありました。

そこで、今回の改正では、「債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき」又は「権利を行使することができる時から10年間行使しないとき」のいずれかの場合に、債権は、時効によって消滅すると定め、時効期間の統一化が図られました。

2.法定利率に関する見直し

現在の法定利率は年5%と定められており、商行為によって生じた債務に関しては年6%(商事法定利率)とされています。利息や遅延損害金の利率は、当事者間で約定があればそれに従いますので、法定利率は、例えば約定利率の定めがない金銭債権の遅延損害金の算定の際に適用されます。

この法定利率については、昨今の市中金利との乖離が激しく、法定利率を適用した場合には利息や遅延損害金の額が著しく多額になるとの指摘がありました。

そこで、今般の民法改正により、改正法の施行時に、法定利率は年3%に引き下げられ、その後は法定利率について3年ごとに見直しを行う変動制が導入されることになりました。また、商事法定利率は廃止され、一本化されました。

3.保証に関する見直し

主債務者が債務を履行しない場合に保証人がこれに代わって履行する義務を負う保証制度については、いくつかの重要な改正が行われました。そのうちの一つとして、事業用融資における第三者保証の制限があります。

事業用融資については、経営者の親族や友人などが個人的な情義などから保証人となり、その後、多額の保証債務の履行を求められ、生活の破綻に追い込まれる事例が後を絶たないという問題がありました。

そこで、この問題に対処するため、今回の改正では、個人が締結する事業用融資の保証契約は、公証人があらかじめ保証人本人から直接その保証意思を確認しなければ、効力を生じないものとされました。なお、主債務者が株式会社である場合の取締役などの一定の者が行う保証については有用な場合があるとして、かかる規制の対象外とされています。

4.定型約款に関する規定の新設

約款とは、大量の同種取引に適用されることを想定して作成された定型的な内容の契約条項をいいます。業者が消費者にサービスを提供する場合に適用される利用規約はその典型です。

現行民法では約款に関する規定がなかったのですが、例えば、消費者は利用規約をいちいち読むことなくサービスを利用することが多く、どのような場合に約款の条項が契約内容となるのかが明確ではないといった問題がありました。

そこで、今回の改正では、「定型約款」という概念を設け、「定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき」又は「定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき」には、定型約款の条項の内容を相手方が認識していなくても合意したものとみなし、契約内容となることを明確化しました。

他方で、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、取引態様及びその実情や取引上の社会通念に照らして信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、契約内容とならないものとされています。

このほか、改正民法において、定型約款の変更を行うための要件などについても規定されており、約款を利用するスタートアップは定型約款に関するルールによく習熟したうえで運用することが求められます。

(監修:荒巻・後藤法律事務所/弁護士・米国ニューヨーク州弁護士 後藤 慎吾)
(編集:創業手帳編集部)

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