Seaside Consulting 平野彩|耕作放棄地でのエビ養殖を環境や社会課題の解決に繋げる
「畑でエビ」が環境汚染解決や地域創生へのアンサーに!夫婦二人三脚で社会課題に挑む
「畑でエビ」!?
思わず聞き返してしまうインパクトのある事業を行っているのが、Seaside Consulting(シーサイドコンサルティング)。代表取締役である平野彩さんは、夫の平野雄晟さんとともに、千葉県安房郡鋸南町(きょなんまち)の農業用ビニールハウスの中に生け簀を作り、エビの養殖を行っています。
耕作放棄地で収益性の高いエビの養殖を実現したい、そして主にアジアで行われている環境破壊的なエビ養殖に歯止めをかけたい――。そこには社会や環境の課題を解決しようと取り組む夫婦の強い想いがありました。創業手帳代表の大久保がお話を伺いました。
Seaside Consulting 代表取締役
2004年慶應義塾大学法学部卒、大手通信会社勤務後、2017年パートナーである平野雄晟とともに株式会社Seaside Consultingを起業。
環境問題に長年かかわったため、環境改善商材に精通しており、厳しい視点で商材の選定を行っている。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
陸上でのエビ養殖を実現するまでの長い道のり
大久保:「陸上でのエビ養殖」とはとてもユニークですが、その背景にはエビや日本の水産に対する危機感があったのだそうですね。
平野:ええ、そうなんです。前提として私たち夫婦には「環境問題をはじめとした社会課題を解決したい」という共通した想いがあります。今の会社の前に立ち上げた会社では、ファインバブル発生装置という日本の技術を取り扱っていました。これは、細かい気泡を発生させる装置で、水中の溶存酸素濃度の維持や汚れの除去などに使える技術です。最近では水だけで汚れが落ちやすくなる点から、シャワーヘッドにも技術が応用されてよく知られていますよね。すると、中国科学院海洋研究所(青島)から、エビの養殖にこの技術を使いたいという引き合いが来たんです。それがエビ養殖との出会いでした。
調べてみると、現在アジアで主に行われている海洋でのエビ養殖は、非常に環境負荷が高いことが分かったのです。共食いを防ぐためエビにたくさんエサを撒き与え、食べ残しや排泄物で海水が汚染されます。汚染された水でエビの質を悪くしないために、今度は大量の薬剤を使用するのです。また、マングローブ林のある汽水域がエビの養殖に最適なことから、マングローブ林はどんどん切り拓かれ、エビの養殖場に姿を変えています。マングローブ林破壊の38%はエビ養殖の影響だと言われているのです。
そうやって養殖したエビはどこへ行くのかというと、他でもない日本です。お祝い事から普段の食事まで、日本の食卓にエビは欠かせませんが、その国内自給率は重量ベースでわずか4%です。引き合いをもってきた中国の研究者の話を聞くと、中国はエビ養殖で世界の水産の覇権をにぎっていくという意気込みが感じられました。
翻って日本はと考えたときに、エビの消費大国であるにも関わらず96%を輸入に頼っています。これは遠因的に日本がマングローブ林の破壊に加担しているという風にも考えられますし、なにより食料自給率、水産業を含む第一次産業の低迷など総合的に考えると、国防や安全保障上の問題まで関わってくるだろうと強い危機感を覚えたのです。最初に申し上げたとおり、私たちは社会や環境の課題を解決したいという強い想いをもっていましたから、この問題は看過できないと思いました。
大久保:そういった想いから「畑でエビ」に踏み切ったのですね。しかしこれまでに第一次産業のご経験はなかったんですよね。
平野:ええ、まったく。私は通信会社、夫は外資系の保険会社出身と、文字通り「畑違い」もいいところで、まったく知見がない状態でした。ですから2017年に弊社Seaside Consultingを立ち上げてからも、「耕作放棄地を利用して畑でエビを養殖しよう」と決めるまでは、大学の先生に相談に伺ったり、エビ養殖の本場である中国やタイを訪問したりして、どうやって日本でビジネスにしていくか、時間をかけてプランを練りました。
どんな水産物でも養殖をするとなると、ある程度の用地面積が必要です。耕作放棄地が広がっているというニュースはさかんに報じられていましたから、使われていない土地なら、同じ第一次産業の陸上養殖で活用できればと思ったのは自然な流れでした。
しかし、実際に耕作放棄地で養殖を始めるためには、とても多くのハードルが立ちはだかっていました。そもそも私たちは農家ではないので、農地を持っていません。数十の自治体に「農地を活用してエビの陸上養殖事業をしたいのですが、協力していただけませんか?」と電話して、作付けしていない農地を紹介してもらうところからなのですが、先祖代々受け継いできた農地を、よそ者でしかもエビ養殖をしたいという人物に貸してくれる人はなかなかいません。そのうえ、日本には農地法があり、農地は基本的に農業以外に使えないんですね。農地で陸上養殖を行う許可をとるには非常に煩雑な手続きがあり、それにも苦戦しました。
最も色よい返事をいただけた鋸南町と2018年9月に交渉を開始し、農業委員会を通じて農家さんに説明をするなどの手続きを経て、地主さんから農地を借りられたのが2019年の6月のこと。実に9か月もかかりました。
耕作放棄地でエビ養殖の社会的意義
大久保:今御社で養殖されているエビは、世界中で広く養殖されているバナメイエビですね。なぜバナメイエビを選んだのでしょうか。また輸入のバナメイエビと比較してどのような点で差別化されているのでしょうか。
平野:バナメイエビは世界のエビ市場の6~7割を占めると言われています。いずれ日本のマーケットはシュリンクしていきますから、世界を見据えるのであれば、最初から世界中で流通している種のほうが有利だと考えました。
差別化に関しては、弊社のバナメイエビ「Bianca(ビアンカ)」は、まず味が違います。うま味成分である遊離アミノ酸の総量は、インド産のバナメイエビとは桁違いです。ファインバブルを使って生け簀の海水を循環濾過することで、薬剤を一切使わず清潔な水質を保ち、高品質なエサを与えているからです。また、もちろん日本で養殖しているので、日本のお客様の食卓までの距離が近く、鮮度がいいことも喜んでいただけるポイントです。近場であればエビを生きたままお届けすることも可能なんですよ。
これはSDGsの観点から言うと、輸送で化石燃料を使わないことからフードマイレージの値が低く、また乱開発や薬剤の心配のない安心安全な食を提供しているということになります。また地域創生の観点からは、耕作放棄地の活用と新しい雇用の創出にも繋がります。
海外のバナメイエビ産地の人権費や土地はとても安いので、価格優位性の点では負けてしまいます。そのぶん圧倒的な品質と社会的意義のあるストーリーに価値を感じてもらいたいと思っています。
大久保:色々な良い要素がある中で、特に耕作放棄地について聞かせてください。
平野:日本の農地の約10%、42万ヘクタールが耕作放棄地と言われています。これはなにもしなければ広がっていく一方なんですね。どの自治体も利活用の道を探っているのですが、地域人口はどんどん減っていくばかりで、第一次産業従事者は言わずもがなです。しかし、耕作放棄地で農作物と比べて単価の高いエビを育てることで、地域に報酬のいい雇用を生み出すことができるんですね。
「海に近い場所でやったら?」と言われることもあるのですが、まずは耕作放棄地の課題を解決できるメリットは大きいと考えています。また、海の近くは広い土地が少ないですし、海水を汲み入れる場合、漁業権が関わってくる可能性も考えられます。水質が変わる赤潮や青潮、津波なども心配です。その点、内陸で隔絶されていると、漁業権の心配はありませんし、自然災害の可能性も少なくなります。海での作業は足元も悪く危険が伴いますが、陸上養殖の場合は足元が地面ですから、女性でも高齢でも障がいのある方でも作業しやすいことも利点です。
大久保:なるほど。「畑でエビ」は、伺うほどに面白い取り組みですね。
平野:何度かテレビで紹介していただいたこともあり、北は北海道、南は九州まで、耕作放棄地に悩む自治体から問い合わせをいただいています。議員さんの視察も、何度も受け入れています。自治体の方は農地を陸上養殖のために使う事が難しいことはご存知ですから、実際に私どもがそこをクリアしたノウハウはコンサルティングサービスとして、惜しみなくお伝えしています。
夫婦二人三脚で社会課題に挑む
大久保:農地転用の他に、これは大変だったという苦労話はありますか。
平野:最初に畑に海水を入れた時は、夫婦で海から畑まで90往復して200トンの海水を運びました。体力的にはこれが本当に修羅場でした(笑)。でも、それ以上に本当の意味で大変だったことは、先にお話したように、私たちが土地も知見も、本当になにもかもを持っていなかったことです。もちろん潤沢な資金もありません。過去にエビ養殖には有名な詐欺事件もあったことから、投資家に納得して投資してもらうのは大変でした。しかし、今となれば、まったくのゼロでベテランとは違った視点から物事を見られたからこそ、耕作放棄地でエビを養殖しようなどと考えつけたのかもしれないと思いますね。
大久保:ご夫婦の絆も素晴らしいですね。会社の設立から二人三脚でされてきて、喧嘩などはないのですか。
平野:喧嘩はしょっちゅうです(笑)。でも社会課題を解決したいという共通の目的を見ているので、おかしなことにはならないのかなと思います。私たちはNPOやNGOの支援をする場で知り合いました。日本の森林資源を適正に使用して合成接着剤不使用で家を建てる団体を支援するなど、草の根的な活動をしていたんです。私は自分が所属している世の中に対して、なにか貢献したいし、課題があるなら解決したい。寝食をともにするなら、そういった想いを同じ温度感で持っている人がよかったんですね。
大久保:これからはどのような展開を考えられていますか。エビ以外の養殖といったプランはあるのでしょうか。
平野:エビ以外の水産物に展開していってもいいのですが、まずは輸入水産物のトップで需要の高いエビに注力したいと考えています。1年に何度も出荷できて収益性がいいことは大きな魅力です。反面、24時間循環ポンプを回し続けなくてはいけないのでその電気代や、停電時に備えたバックアップ電源など、初期投資やランニングコストは大きいので、太陽光発電を利用するなど、常に改善策を考えていきたいです。
大久保:非常に強い想いをお持ちの平野さんですが、起業において大切なことはなんだと思われますか。
平野:「いかに本当にやると決めてやり続けるか」ということに尽きると思います。私たちに限らずですが、事業が計画通りにいくことなんてまずないです。壁にぶつかるごとに、どうやったらできるのか、なにがダメなのか、誰なら力を貸してくれるだろうか…、考え続けて実直に乗り越えていくこと、それだけだと思います。
大久保の感想
(取材協力:
Seaside Consulting 代表取締役 平野彩)
(編集: 創業手帳編集部)
しかし話を聞いていくうちに、本当にそういう情熱を昔から持ったご夫妻なのだと実感しました。同じ志に向かう同志のような関係だそうですが、その関係は素晴らしく素敵だなと思いました。
誰も挑戦していないからこそチャンスでもあるこのモデルが今後広がっていくといいですね。