事業承継(親族内承継)を成功させるためのポイントとは。
お互いの想いを理解するための心のマネジメントが重要
事業承継には、親族内承継(親から子、叔父から甥姪、兄から弟など)、第三者承継(事業承継M&A)などさまざまな方法がありますが、ファミリービジネスを経営されてきた方としては、「できることなら親族が継いでくれたらうれしい」と考えている方が多いと思います。
ただ、親子の関係や親族での承継の場合、お互い気持ちを出しやすくなる分、衝突も多く発生していると、株式会社ソーシャルキャピタルマネジメント 代表取締役社長の小林氏は言います。
今回は、親族内承継におけるそれぞれの想いの受け止め方などを、同氏に解説して頂きます。
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株式会社ソーシャルキャピタルマネジメント 代表取締役社長
一般社団法人日本ファミリービジネスアドバイザー協会 理事・プレジデント
一般社団法人日本跡取り娘共育協会 代表理事
日本興業銀行、みずほ証券にて、経営企画、コーポレートコミュニケーション、ウェルスマネジメント営業統括等に従事したのち、2017年に株式会社ソーシャルキャピタルマネジメント設立、現在に至る。
ファミリービジネスに関連し、中小企業の経営コンサルティング、後継者育成等に従事。
日本ファミリービジネスアドバイザー協会(FBAA)では、280名を超える会員、フェローとともに、アドバイザー資格認定プログラムやセミナー、企業視察ツアーなどを通じ、さまざまなアドバイザー(税理士、金融機関、弁護士、組織開発、セラピストなど)が共に学び、協働する仕組みを運営。2022年より理事に就任、プレジデントを務める。
2019年には日本跡取り娘共育協会を設立、女性の事業承継にかかる経営者、後継者のコミュニティを運営することで女性が自信をもって経営承継していけるようサポートしている。
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この記事の目次
事業承継(親族内承継)がうまく進まない理由
ファミリービジネスの場合、経営者(先代)は「今まで大事にしてきた考え方、経営の要諦を後継者に伝えていく」、後継者は「これからの未来を見据えて、受け取ったバトンを大切にしながら、次の時代を乗り切っていけるようにビジネスを進化させながら経営を行っていく」というのが理想形です。
しかしながら、現実にはなかなかそうはうまくいきません。
親子で経営に関する考え方が異なると、その衝突が感情的なものになり、あげくの果てには親子で全くコミュニケーションが取れない状態になってしまうことが多々あります。
社員の人たちは、その様子を見ながら、先代と後継者とどちらに相談したらよいのかわからず委縮してしまう。
コンサルタントとして事業展開の話に接していても、「なぜこの案件がうまく進まないんですか?」と聞くと、「いやー、これは息子さん案件なので先代がなかなかうんと言ってくれないんですよ・・・」という返事が返ってくることも。
社会がこれだけ急速に変化して、テクノロジーも日進月歩となっている中、足踏みをしていること自体が、致命的な経営の失敗につながりかねません。
事業承継(親族内承継)をうまく進めるコツ
事業承継(親族内承継)を進めるということは、社長が交代すること、あるいは自社株が先代から後継者に譲渡(贈与、相続)されること、と考えてはいないでしょうか?
事業承継(親族内承継)は、今まで10年、20年と先代社長が長年培ってきたものをすべて受け取る、ということですので、社長交代というOne Timeで終わるものではありません。
事業承継には、先代と後継者が長年かけて並走しつつ、バトンを渡したあともバトンを持って全力疾走する後継者を先代があたたかく見守る、ということが必要です。私たちは事業承継は10~15年かけてしっかり取り組むことで成功するものと考えています。
また、経営とは合理的な、定量的に判断すればよいもの、と考えていませんか?
会社は、機械設備や工場などの有形資産があればできるものではありません。人の力、人的資本が重要で、こうした有機的な集合体を回していくために大事なのが「人を理解し、人を動かす力」です。
世代交代のマネジメントもまさにその通り。
親子の感情を理解し、背景にある「なぜ先代はこういうのか?」「なぜ先代はこんなに頑固なのか?」という状況を、後継者の皆さんとしてもしっかり理解しておくことで、この局面を乗り切ることができます。親子で対立する当事者ということではなく、親子の状況を俯瞰してみていくことをおすすめします。
世代間ギャップを理解しよう
「親父と自分は考え方が違う」「親父の考え方は古いからそんな考えではやっていけない」後継者の立場からすると、こんな声がよく聞かれます。
「自分が正しい、相手が間違っている」この考え方をどちらのサイドでも持ってしまう原因となるのは、世代間で生きてきた時代が異なり、その結果として社会に対しての関わり方の問題意識が異なる、ということで生じる、「世代間ギャップ」なのです。
この世代間ギャップは、日本だけに限った話ではありません。
米国でもアジアでも、ファミリービジネスに関わっている人たちからは、親子の世代間ギャップの話が出ますし、ここを十分理解したうえでアドバイスする、ということは、ファミリービジネスアドバイザーの世界では共通の認識となっています。
スイスのビジネススクールINSEADのR.カーロック教授のリサーチを引用しながらご説明しましょう。
世代というのは大きく下記のように分けられます。
カテゴリー | 生年 | |
---|---|---|
ベビーブーマー | 1944-64 | |
バブル世代 | 1965-79 | Generation X |
ミレニアル世代 | 1980-94 | Generation Y |
Z世代 | 1994-2015 | Generation Z |
Α世代 | 2016- | Generation α |
この中で、特にミレニアル世代以前と以後で、見方、考え方が大きく異なっている、ということが指摘されます。
世界的にいえば冷戦前後の社会の変化、最近では貧富の格差の拡大、サステナビリティ、気候変動などへの意識の高まり、といった時代背景があります。
日本では、バブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災などを経て、どのように生きるか、仕事で何を大事にしていくか、といったことへの見方、考え方が大きく変わりました。
上世代と下世代の比較をおおまかに行った内容が下の表にまとめられています。
ミレニアル以降の世代が大切にする考え方 | |
---|---|
価値観 | ・自分のやりたいこと・幸せの追求 ・目的志向 ・収益性だけでなく、インパクトも重視 ・ワークライフバランス ・進取の気性、起業家精神 |
「成功」の定義 | ・自分の人生の幸せとポジティブな経験 ・良好な精神的健康 ・経済的自由 ・意義のある仕事/ソーシャルインパクト ・個人的な目標の達成 ・自分の力で何かを創ること |
将来に向けてのビジョン | ・子どもたちの判断に任せる ・自分の事業を維持、発展 ・ビジネスの変革への期待 ・最高の教育とキャリア選択 ・自由を重視 ・キャリアの新しい見方 |
まずはこのような違いがあるということを理解しておくことで、相手の言っていることを理解することができるようになります。
当事者同士でそこを理解し合うのが難しい場合には、ファミリービジネスアドバイザーに相談するとよいでしょう。「両方の意見の裏側にある考え方、大事にしていることがこういう違いによるものだ」という整理をして、冷静に両者に話をしてあげることで、事業承継に向けての両者の対話がスムーズに行く土台作りにもなります。
老齢学を学ぶことで見えるもの
「親父が頑固で言い出したら聞かない」
「特に怒りっぽくなって私のことを叱り飛ばしてばかりいる」
事業承継で親子で話し合う上で、こうした話は本当に多く聞かれます。
後継者の皆さん、これを先代の個人としての問題としてとらえてはいないでしょうか?
老齢学(ジェロントロジー)という学問があります。人間が老いるとどのような変化が生じるのか、また当人だけでなく周りの人たちはどう対処すればよいのか、科学的に分析したうえでソリューションを考えていく、という学問です。
日本ファミリービジネスアドバイザー協会の会員でもあり日本産業ジェロントロジー協会の﨑山みゆき代表理事は、会社を牽引してきた経営者といえども、年を重ねれば高齢者になる、という視点が欠落していることによるものであり、ジェロントロジーによる理解が求められる、と言及しています。
たとえば、理解してもらえないからと先代を説得しようとして早口で資料を説明していく方がいますが、まず早口だとそのスピードに耳がついていきません。資料の字が細かいとそもそも何が書いてあるかよく見えません。そんなストレスが積み重なっていくと、感情的なイライラをさらに助長することになってしまうのです。
事業承継(親族内承継)は親子の円滑な対話促進が重要
事業承継において、先代も後継者も、会社のこと、従業員のこと、お客さまのことを大事に考えています。
会社の永続的な発展、社会に対する貢献、働く社員の幸せを実現する、というのを目指す姿を、山頂だとすると、その山頂に向けての進み方が異なるのではないでしょうか。右に行くか左に行くか、登るために使う道具は何を使うか。実は同じことを目指しているのにその表れ方が異なるだけなのです。
先代は過去を十分知ったうえで未来を考えます。でもそこで見る未来は近未来かもしれません。後継者が過去のことは十分知らないけれど未来は30年、50年という長期を見ているかもしれません。
だからこそお互いの対話、コミュニケーションが何よりも必要ですし、過去を知る意味で社史や社是、社訓、家訓などを共有する、過去におけるさまざまな局面で会社、経営者がどんな判断をして進んできたのかを理解することが、円滑な事業承継に向けて何よりも大事なことと思います。
ファミリービジネスアドバイザーの役割
このような世代交代のマネジメントにおいて、重要な役割を果たすのが伴走者としてのファミリービジネスアドバイザーです。中小企業診断士、税理士などビジネス面から支援してくれるアドバイザーは多数いらっしゃいますが、ファミリーのこと、感情面・心理面も十分理解しながらアドバイスできる人が必要になります。ぜひそのような角度で、適切なアドバイザーを見つけていただければと思います。
(執筆:
株式会社ソーシャルキャピタルマネジメント 代表取締役社長 小林 博之)
(編集: 創業手帳編集部)