うるる 星知也|裁判の傍聴や空き家探しなど、さまざまな切り口が新事業につながる

創業手帳
※このインタビュー内容は2023年02月に行われた取材時点のものです。

実現しなかった事業アイデアは数百個。日常のふとした瞬間から事業アイデアを創造するためのポイントとは?

新規事業を創造して成功させるのは、並大抵のことではありません。歴戦の起業家であっても、新規事業創造は苦手とされている方も多くいます。

一方、数々の新規事業を創造して成功させてきたのが、株式会社うるる代表取締役社長の星知也氏です。同氏が他の会社に勤めていた際に、ふとしたきっかけからアイデアを思いついて社内起業。その後、その事業をMBO(※)して独立し、その後も数々の事業を創造され、同社の上場まで導いてこられました。

そんな新規事業創造のプロとも言える星氏に、新サービスを思いつくためのポイントなどについて、創業手帳の大久保が聞きました。

(※)MBO…マネジメントバイアウト。経営陣あるいは従業員が自社事業を買収して独立すること

星 知也(ほし ともや)株式会社うるる 代表取締役社長
1976年生まれ。北海道札幌市出身。高校卒業後、美装業、訪問販売業を経て1998年に渡豪。帰国後、ブライダル業と教材販売業を手掛ける会社に入社し、2003年に「うるる」を社内創業。2006年MBOにて独立し、2017年東証マザーズ新規上場。労働力不足問題に取り組み、生産性の向上と新しい労働力の活用を事業の軸とし、BPO事業とクラウドソーシングプラットフォームを立ち上げ、クラウドワーカーを活用して生成されたCGS(Crowd Generated Service)事業で複数のSaaSを創出。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

ユーザーに新たな価値提供をしようと考え創業

大久保:創業のきっかけについてお聞かせください。

:もともと私が勤めていた会社の一事業部として「BPOデータ入力サービス」を社内創業しました。その2年後くらいに勤めていた会社の業績が悪化し、すべての新規事業を撤退しなければならなくなって、その一つにそのサービスも含まれていたんです。そこで「事業ごと買い取らせてください」とお願いしてMBOという形で独立しました。

教材販売の会社だったのですが、パソコンの教材を購入したユーザーに対して、何か価値を提供できないかなと考え、「在宅で仕事をするなら何がしたいか」とユーザーにアンケートを取りました。すると「データ入力をやりたい」という声が一番多かったので、「それであれば、データ入力の仕事を受注してユーザーに再委託し、彼女たちを活用できるサービスを作ろう」と思い、「BPOデータ入力サービス」ができました。

大久保:市場側のニーズを汲み取って起業しているわけではない点が面白いですね。

:サービス開始当初は、「2007年問題」が騒がれていました。2007年から団塊の世代が退職し始めるので、日本の労働人口が激減して社会問題になる、と言われていたんです。

しかし一方で、働きたくても働けない、自宅にいなければならない主婦のような人も多かった。子供が小さくて外に出られなかったり、親の介護をしなければいけなかったりするためですね。そうした主婦たちであっても、パソコンを使って隙間時間でできる仕事があれば、日本の労働力不足を解決できる一助になれるのではないか、また、そういった主婦たちにも収入を得る機会を提供できるのではないか、と考えました。

大久保:クラウドソーシングの走りのようなものですね。

:そうですね。まだ「クラウドソーシング」「在宅ワーク」などという言葉も働き方もなかった時代で、「『在宅ワーク』なんて怪しい」と言われることも当時は多かったです。

在宅ワーカーの活用という視点で事業をやっている会社は少なく、ブルーオーシャンでした。その後に類似サービスなども出てきて、コロナ禍でクラウドソーシング事業はさらに盛り上がってきましたが、そんな予兆もなかった時代です。

大久保:やはり創業時はニッチに絞った事業を展開した方が良いのでしょうか。

:確かに「マーケットが大きいから」「利益率が大きいから」とレッドオーシャンに飛び込まれる方も多いですが、その後が大変だと私達は考えます。一方、市場規模が大してなかったり、大手がいなかったりするブルーオーシャンでは、規模は小さいですが事業が立ち上がりやすいと思います。

「在宅ワーカーのディレクションノウハウ」というコアコンピタンスから次々と事業創造

大久保:当時はどのような業務で働く在宅ワーカーが多かったのでしょうか。

:業種としてはホームページ作成やデザインなどのハイスキル人材が多かった時代です。まだ単純作業を在宅でやる人は少なかったと思います。

大久保:「BPOデータ入力サービス」リリース後も、次々とサービスをリリースされていますね。

:最初はデータ入力専門店として創業しました。しばらくすると、データ入力のチェック作業は弊社の従業員が担当していたんですが、その作業が大変で事業拡大のボトルネックになっていることに気づきました。そこで在宅ワーカーと企業を直接繋いでしまおうと思い、主婦向けクラウドソーシングサービスの「シュフティ」を立ち上げました。

大久保:合理的に考えて導き出された事業だったのですね。

:しかし「シュフティ」が弊社の主力事業になるためには時間も投資も膨大に必要になるので、「シュフティ」をやりつつも、より短期的に売上の柱になる事業が作れないかと考えたどり着いたのが、CGS(Crowd Generated Service)というビジネスモデルです。

大久保:自社で新しい言葉を作る視点は面白いです。

弊社が在宅ワーカーを活用してプロダクトを作り、企業に提供する。これがCGSです。今はこのCGSで生まれた事業が売上の柱になっています。

大久保:すべて在宅ワーカー活用が柱になっているんですね。

在宅ワーカーのディレクションノウハウが、弊社の最大のコアコンピタンスです。そこを軸に事業を作っています。

どういった業務なら在宅ワーカーでもできるか、どれくらいの単価で人材を募集すれば人材が集まるのかなどといった活用ノウハウですね。

データ入力などの単純作業を自社で完結させるとすれば、アルバイトやパートを雇用しなければなりません。すると場所代や交通費や電気代、社会保険料などコストが膨大にかかります。一方、在宅ワーカーであればそのコストがかからないため、在宅ワーカーにも高い報酬が支払えます。在宅ワーカーをうまく活用することができれば、低コストで高品質のものができあがることもわかってきました。

在宅ワーカーだけでは完結できない場合や、高い精度を求められたり極端に納期が短い業務はBPO事業で対応するなど、ハイブリットに受け皿を用意しております。

在宅ワーカー活用の社会的価値は大きい

大久保:在宅ワークであれば、日本のどこにいても働けますよね。

地方にいても東京レベルの収入を得る機会があります。好きな時間に好きなだけ働ける案件もあります。出社も必要ありませんから身支度や移動に時間や出費をかける必要もありません。弊社が依頼している主婦の方の中には、パートナーよりも稼がれているという方もおります。

後から気づきましたが、これは地方創生にもなっているのではないか、と思います。パソコンとインターネットという技術革新があってはじめて、こうした地方創生が可能になったのでしょうね。

通勤もしなくて良いので、渋滞緩和やCO2削減などにもつながるのではないでしょうか。

大久保:在宅ワークができる人材も多そうです。

:日本は国際的に見ても専業主婦率が高い国なんです。例えば北欧や中国に専業主婦はほぼおらず、みんな共働きが普通です。

女性の社会進出という面でも、在宅の主婦ワーカーを活用するのは社会貢献的な意義があると思っています。

大久保:以前と違って、「シュフティ」などのサービスがあると、在宅ワーカーも仕事を取りやすくなりましたね。

昔はスキルがあっても自分で営業できない人には在宅でできる仕事は回ってきませんでした。しかし今はこうしたプラットフォームが多くなってきているので、在宅ワークもしやすいですよね。

例えば「fondesk」という電話受付代行サービスで委託している仕事は取次をするだけなので簡単なお仕事です。簡単なお仕事であっても、「シュフティ」などを通せば仕事が受注できる時代になりました。

人手不足時代を見据えて自社のコア業務に集中すべき

大久保:うるるの中で正社員やアルバイト、業務委託などに序列などはあるのでしょうか。

:ありません。たまたまその人がご自身の都合でそれらの雇用形態を選んでいるケースが多く、できる人ができることをやるだけです。そもそも、これからは人手不足がより深刻になっていきます。いろいろな人を活用できるように企業が変わらなければ、採用したい人は採れません。現に、4〜5年前から派遣スタッフの採用市場は非常に厳しくなってきたと感じています。将来的には新卒採用も、限られた企業でしかできなくなるのではないでしょうか。

大久保:人手不足で、いろいろな人を活用しなければならなくなるわけですね。

:人が足りなくてビジネスを成長させられない企業なども増えてきていますよね。飲食店などは特にそうです。昔のように、大量採用して大量に辞めていく、みたいなことをしている会社は無くなっていくのではないでしょうか。

大久保:だからこそ、うるるのサービスなどを上手く活用した方が良いわけですね。

:はい。どんな分野でも、専門会社にお願いした方がコストも安いですし、品質も良いものが仕上がります。

自治体や大手企業などの中には、「うるるに頼んだらコスト削減も品質向上もできるけど、社内の人にやらせる仕事がなくなってしまう」と言って発注に至らないケースがあります。でもそれでは人材の無駄遣いです。

最近ではチャットツールや経費精算ツールなどどこの企業も使っていますよね。そうした便利なSaaSや専門会社をどんどん活用していく方が合理的ですし、自社の人材にはもっと自社の人材にしかできない業務をやってもらい、人材の有効活用に取り組んでいかなければ労働力不足時代に対応できなくなります。

実現しなかった事業アイデアは数百以上

大久保:新規事業は星さんが発案されているんですか。

:そうですね。創業以来、ほとんどの事業を私が発案してきました。ただ、今後は僕以外からも事業が生まれる組織にしたいと思い、新規事業が生まれる仕組みづくりをここ5年ほどやってきました。結果として、「fondesk」などは弊社従業員の発案から生まれました。

大久保:どのような方針で事業を作られているのでしょうか。

:在宅ワーカーの活用を強みとしつつも、いかに労働力を創出するのか、という視点から事業を作ります。例えば、流行っているからとか、儲けそうだからこの事業をやろうとはなりません。人力でないとできない労働力不足を解決できるニッチ事業は何だろう、といつも考えています。そのためにニーズ探しもしています。

大久保:ニーズ探しはどのように実施されているのでしょうか。

:例えば少し前の話ですが、裁判の傍聴に行ってきました。裁判には傍聴マニアがいて、そうした人たちがきてブログに記録を残しているんです。先日、そんな人たちと話しながら、ネタを探していました。

すると実は、裁判は年間何百万件も行われているのに、すべての裁判の記録がデータ化されて閲覧できているわけではないことがわかりました。「じゃあそれをデータ化したらビジネスになるかな」などと考えるわけです。

他にも弁護士の勝率や犯罪者の名前などもわかったりする。最終的にわかったのは、犯罪者のリストのデータは付加価値が高そうだということ。雇用するときにそうしたデータを見てチェックする需要はあるんです。でもそもそもそういったサービスを作っても良いのかリーガルチェックをしたら「人には忘れられる権利があります」と言われ、事業化するのはやめました。

大久保:裁判の傍聴からも新事業のアイデアにつながるんですね。他にもこのような事例がありますか。

:ある時、数年後には3件に1件が空き家になるというニュースを見て、「そういえば空き家のデータベースってないな」と思ったんです。それで「僕らのリソースを使えば空き家データを集められそうだ」と思い、調べてみると、売れる空き家情報は東京の一等地の情報だけであることがわかりました。しかしそうしたデータは常に不動産会社が収集しているので、「プロの収集には敵わそうだ」と事業化を諦めた経緯があります。

このようにいつもアンテナを張っていて、事業化できなかったアイデアは数百とあります。

大久保:新規事業創造のアイデアが浮かばない方に非常に参考になるお話でした。最後に起業家にメッセージをお願いします。

:二宮尊徳の「道徳なき経済は罪悪であり 経済なき道徳は寝言である」という言葉が好きなのですが、彼が言うように、社会的に意義があるサービスをやろうと思っても、儲けがなければどうにもなりません。若い人には社会的貢献ということを考えている方も多いですが、社会貢献と儲けのバランスを考えてみると良いと思います。

大久保の視点

大久保写真
一般的には商品は顧客のニーズを汲み取るが、うるるが面白かったのは「働き手」からヒアリングして商品開発しているところだ。定石では提供者側がやりたいことをやっていくと外す可能性が高く避けたほうが良いやり方だが、うるるはそれで成功している。クラウドでの労働力のように一定の市場価値がある場合、働き手から発想して商品を作っていくというのは斬新なやり方だ。今後労働力不足が進む中で、こうした新しい商品の作り方も出てくるだろう。今後、こうしたビジネスが進むことで地方や制限のある働き手の活躍の機会が増えていくことだろう。
また手元に柔軟に動かせる人員、まさにクラウドのようにプールして持っていることは新事業を作っていく際には強力な競争力になる。今後の同社および同社を活用した事業の展開が注目される。
個人的には「裁判所にアイディアを探しに傍聴に行く起業家」を初めてみました。リソースとニーズの掛け合わせを探す姿は他の起業家に参考にもなりそうですね!
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(取材協力: 株式会社うるる 代表取締役社長 星知也
(編集: 創業手帳編集部)



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