Zoho Corporation Vijay Sundaram|日本のモノづくり精神を取り入れ、世界で1億人が使うSaaSプラットフォームへ
Zohoの中枢にある、起業家が再認識すべき「日本の強み」
世界1億人以上のユーザーを抱える企業向けソフトウェアのグローバルリーダー「Zoho」。55を超える製品を展開し、日本、アメリカ、オランダ、シンガポールなど世界各地に拠点を持つ同社は、シリコンバレー発でありながら、日本のモノづくりの精神を深く取り入れたユニークな企業文化で知られています。
今回は同社の最高戦略責任者(CSO)であるVijay Sundaram氏に、独自の経営哲学や日本企業からの学び、そして今後の展望について、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。
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Zoho Corporation 最高戦略責任者(CSO)
2014年より現職。米州の全事業責任者としてマーケティング、営業、カスタマーサポートを統括。また、グローバルパートナーシッププログラムの責任者も務める。IITマドラス校工学部卒業後、ニューヨーク大学でコンピューターサイエンス修士号、ウォートン・スクール・オブ・ビジネスでMBAを取得。GT Nexus(現Infor Nexus)の共同創業者として、サプライチェーン管理システムのグローバル展開を成功に導いた実績を持つ。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
この記事の目次
シリコンバレーとは異なる道を選択:Zohoの独自路線
大久保:まず、Zohoの独自の経営方針について伺いたいと思います。シリコンバレー発の企業でありながら、なぜ外部資金に頼らない道を選択されたのでしょうか?
Sundaram:当社には外部資金は一切入っていません。借入金もベンチャーキャピタルからの出資も1ドルたりともありません。これは意図的な選択です。
多くの企業がIPOを目指す理由は、成長のための資金調達や、初期投資家のイグジット需要を満たすためです。しかし、私たちは創業以来、収益を上げながら成長してきました。
外部投資家がいないことで、ウォール街のアナリストに私たちの将来を決められることもありません。
大久保:その選択は、具体的にどのような優位性をもたらしているのでしょうか?
Sundaram:最大の利点は、長期的な視点での意思決定ができることです。
例えば、当社は様々な実験的な取り組みができています。ロボティクスの新会社を立ち上げたり、電気自動車関連の事業を始めたりしています。
上場企業であれば、「なぜソフトウェアに集中しないのか」という市場からの圧力を受けるでしょう。
日本の精神がZohoに影響を与えた
大久保:Zohoは日本の企業文化から多くを学んでいるとお聞きしました。具体的にはどのような点でしょうか?
Sundaram:当社のCEOが最も影響を受けたのは日本とシンガポールの企業文化です。特に日本から学んだ重要な要素が3つあります。
1つ目は長期的な視点です。日本企業は、短期的な成果よりも長期的な価値創造を重視します。1960年代の日本は多くの産業で後発でしたが、20年かけて世界のリーダーとなりました。今でも、スマートフォンのカメラレンズなど、日本でしか作れない製品が数多くあります。
2つ目は「仕事を芸術として捉える」という考え方です。ソフトウェア開発も芸術のように、長期的な修練と集中力が必要なのです。
3つ目は品質へのこだわりです。今日は誰でもないかもしれませんが、品質にこだわり抜くことで10年後には第一人者になれる。その考え方は日本から始まり、その後、韓国や中国も取り入れて成功を収めています。
独自の組織運営と意思決定の仕組み
大久保:日本の影響を受けながらも、組織運営は従来の日本企業とは異なるように見えます。
Sundaram:おっしゃる通りです。私たちは日本の長期的視点と品質重視の文化を取り入れながら、シリコンバレーのイノベーション文化も融合させています。
例えば、意思決定は極めて分散化されています。決定は上層部ではなく、実務レベルで行われます。製品チーム、国別のリーダー、さらにその下のチームが、多くの意思決定を行っています。
私自身、マーケティングミーティングに参加しますが、決定を下すためではなく、経験に基づくアドバイスを提供するためです。
また、採用においても独自の方針を持っています。学歴や過去の経験よりも、個人の潜在能力と学ぶ意欲を重視します。
大学卒業資格がなくても、優秀な人材は多くいます。そういった人材に機会を与え、育成していくことで、10年後、20年後の専門家を育てています。
従業員第一主義で実現する持続的成長
大久保:御社は「従業員第一主義」を掲げているそうですが、具体的にはどのように実践されているのでしょうか?
Sundaram:多くの企業が「顧客第一」を掲げていますが、私たちは「従業員第一」を明確に打ち出しています。もちろん、顧客も同じように重要ですが、従業員を大切にすることで、結果として顧客により良いサービスを提供できると考えています。
具体的な例を挙げますと、経済的な不況時でも従業員の解雇は行いません。これはNVIDIAのCEOであるJensen Huang氏も同様の考えを持っていますが、優秀な人材は別の部署や役割で必ず活躍できると考えているからです。
また、失敗に対する寛容な文化も特徴です。人は誰でも間違いを犯します。リーダーシップチームの私たちも過去に多くの失敗をしてきました。そうであれば、従業員にも失敗する権利があるはずです。
時には2回、3回の失敗を経て、正しい答えにたどり着くこともあります。最初の失敗を許容しなければ、正解にたどり着くこともできないでしょう。
Zohoが目指す製品開発の未来像
大久保:55を超える製品を展開されていますが、製品開発についてはどのような方針をお持ちでしょうか?
Sundaram:1つ目は、小規模企業向けのトータルソリューションです。「企業活動のすべてをZohoで実現できる」というビジョンのもと、CRM、人事、財務などあらゆる機能を、小規模の企業でも手が届く価格帯で提供しています。起業したばかりの企業でも、数日で必要な業務基盤を整えられます。
2つ目は、大企業向けのカスタマイズ可能なプラットフォームです。例えば、不動産会社向けに当社のCRMを最適化する場合、見た目は完全な不動産管理システムになりますが、バックグラウンドではZohoの様々な製品が連携して動いています。
上記2つに共通するのは、製品開発の権限を現場チームに委ねていることです。各製品チームがミニCEOのように振る舞い、意思決定を行います。
時にはその決定が製品にとって最適でない場合もありますが、その自由があるからこそ、多様な製品を開発・展開できているのです。
AIへの取り組みと今後の展望
大久保:最近話題のAIについては、どのような取り組みをされているのでしょうか?
Sundaram:当社のAI戦略は複数のアプローチを組み合わせています。まず、独自の基盤モデルを開発しています。GPT-4のような巨大モデルではありませんが、ビジネスニーズに特化した中規模モデルを構築しています。
同時に、オープンソースの活用や、サードパーティのAIツール統合も進めています。例えば、当社のワードプロセッサーであるZoho Writerでは、OpenAIやClaude 3.5を利用した文章作成や要約機能を提供しています。
しかし、最も重要なのは、企業データと組み合わせたAIの活用です。
例えば、過去20年分の請求書データを分析することで、どの顧客が支払いの遅延リスクが高いかを予測できます。また、カスタマーサポートの履歴を分析し、新規の問い合わせに対して最適な回答を提案することもできます。
これは一般的な大規模言語モデルにはできない、企業固有のデータを活用した価値提供です。
大久保:AIは無理に大規模言語にこだわるより、必要な価値提供のあるモデルを使ったほうが実用的ですね。
Sundaram:その通り!
大久保:最後に、日本の起業家へのメッセージをお願いできますでしょうか?
Sundaram:日本の皆さんには、自国の強みを再認識してほしいと思います。私は幼い頃から日本企業に憧れを持っていました。継続的な改善、品質へのこだわり、長期的な視点。これらは日本が世界に示した価値観であり、今でも多くの企業が学ぼうとしているものです。
同時に、新しいテクノロジーやツールは積極的に活用してください。すべてを自前で開発する必要はありません。既存のプラットフォームを活用することで、本質的な価値創造に集中できます。
例えば不動産業を営むなら、不動産業務に特化したシステムの開発に時間を使うのではなく、既存のプラットフォームをカスタマイズして、本業での価値創造に注力する。それが現代のビジネスのあり方だと考えています。
大久保の感想
(取材協力:
Zoho Corporation 最高戦略責任者(CSO)Vijay Sundaram)
(編集: 創業手帳編集部)