カケハシ 中尾豊|「日本の医療体験をしなやかに。」薬局のDX化を通じて、持続可能性のある社会インフラを目指す

創業手帳
※このインタビュー内容は2024年07月に行われた取材時点のものです。

薬局DXにより、薬剤師と患者さん、両者の医療体験をアップデートする


近年のテクノロジーの普及により、医療や製薬業界においてもDX化が進められており、DXサービスが注目されています。

株式会社カケハシは、コンビニエンスストアより多い約6万店が存在する薬局に対してDXサービスなどを展開しています。薬局の業務効率化を図るとともに、患者さんへ新しい医療体験の提供を目指している企業です。

今回は、株式会社カケハシの代表である中尾さんに、起業された原点やサービスの強み、今後のビジョンについて、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

中尾 豊(なかお ゆたか)
株式会社カケハシ 代表取締役社長
医療従事者の家系で生まれ育ち、武田薬品工業株式会社に入社。MRとして活動した後、2016年3月に株式会社カケハシを創業。
経済産業省主催のジャパン・ヘルスケアビジネスコンテストやB Dash Ventures主催のB Dash Campなどで優勝。内閣府主催の未来投資会議 産官協議会「次世代ヘルスケア」に有識者として招聘。東京薬科大学 薬学部 客員准教授(2022年〜)。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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医療サービスはもっと身近にあるべきという思いが原点


大久保:最初に、中尾さんの原点についてお聞きしたいと思います。中尾さんは医療従事者の家系で生まれ育ったということでしたが、この原体験が与えた影響について教えてください。

中尾:私の祖父は医師で母は薬剤師、また、家の隣には祖父がやっているクリニックがあり、医療がとても身近な環境で育ちました。
そのため、私が体調を崩したり熱を出したりしても、すぐに適切な薬や治療が受けられ、食生活や普段の生活まで医療の知識が行き届いていたのです。この経験を、医療従事者が家族にいたから受けられる体験ではなく、多くの国民が得られるべき体験にしたいと思ったのが、私の原点です。

大久保:なるほど。大学卒業後はMRとして医療現場に医薬品の情報提供をする立場で働かれていた時期もありますが、MRとしての経験で得られた発見はありましたか。

中尾:担当させていただいた病院は誠実で患者さん想いのところばかりで、MRとして幸せだったと感じます。一方で、そのような環境でも、大学病院のような大きな病院を伺うと、患者さんがすぐに医師に相談できない状況を強く感じました。外来だけで3時間も待ち時間が発生したり、その後で薬局に行ってさらに待たされたりすることで、患者さんもイライラしてしまって…。
本来は自身の病気のことや薬のことなど、患者さんはたくさん聞きたいことがあると思うのです。けれども、医師や薬剤師との距離が遠く、誰にも相談できずに困っている人がいることを改めて実感しました。この状況に対してデジタルでソリューションを生み出すことができれば、より良い医療体験につながるだろうという確信にもつながりましたね。

自分が生み出したモノが社会の為になることを目指し起業を決意

大久保:では、MRを経てどうして起業に至ったのか、その経緯について教えていただけますでしょうか。

中尾:起業を決心した理由は、自分の将来を思い描いたときに、自分が作ったモノが誰かの助けになっていることを目指したからです。自分にとっての幸せが、企業に所属して出世していくことなのか、薬局を経営することなのかと考えたときに、自分が生み出したモノが社会に残り、誰かに利用されていることに、大きな意味があると感じたのです。

大久保:特に医療サービスとして考えたときに、社会のためになることって重要になってきますよね。

中尾:おっしゃる通りで、患者さんの為になるような仕事をしたいと、常々私も思っていて、そのためには医療従事者が働きやすい持続可能な社会インフラを作っていく必要があると考えています。
また、この起業した理由や想いをぶれさせずに、どこを目指しているのかを意識することは、事業を続けていく上ですごく大事なポイントだと思っています。実際、システムの形や機能はある程度変わってもいいし、アジャストしていけばいいと思っていて、何のために起業したのかという想いを忘れずに続けていくことを大事にしていますね。

事業モデルは共同経営者の中川氏を巻き込むことで作り上げられた

大久保:共同経営をされている中川さんとの出会いについて、伺ってもよろしいでしょうか。


※中川貴史:株式会社カケハシ 代表取締役CEO。東京大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて製造・ハイテク産業分野の調達・製造・開発の最適化、企業買収・買収後統合マネジメントを専門として全社変革プロジェクトに携わる。イギリス・インド・米国でのプロジェクトに携わった後、株式会社カケハシを創業。

中尾彼と初めて会ったのは、経営関連の勉強会ですね。当時、私はまだ経営の大学院に行き始めたばかりで、中川が事業支援やコンサルティングをしているのを知っていたので、私から声をかけたのです。

大久保:その勉強会には元々、人のつながりや情報を求めて参加していた部分もあったんでしょうか。

中尾:事前に自分のビジョンや事業を実現するために、巻き込まむべき人をリストアップしており、そういう人が集まる場所に足を運んでいました。実際に事業を一緒に作ってほしい人と出会った時にどんな声をかけようかなども考えていたのです。中川と出会った時も次の日にはランチに行って、当時の事業構想を簡単に説明してダメ出しをもらいながら、どうしたらこの社会課題を解決できるのかを一緒に考えようと巻き込んでいったのがスタートでした。

大久保:実際にはどんな風に事業モデルを育てていったんでしょうか。

中尾:互いの家にホワイトボードを置きながら、候補となるようなビジネスモデルを40個くらい出して、どれが一番理想を叶えられるか、色々な可能性を考えましたね。

患者さんのためになることは当然として、補助金に頼らない社会インフラを目指すとなると、事業規模1兆円以上の企業になる必要があると考え、その辺りも含めながら試行錯誤して、今の事業モデルに行きつきました。

大久保:ビジネスモデルとしての仮説検証をしたり、フレームワークを考えたり、様々な議論を深めたということですよね。

中尾:そうですね。最初にどんなビジネスモデルがあるのかを多く書き出した後に、事業モデルとして成立する見込みや、スケール化する見込みを考えた段階で、かなり絞りました。また、中川が経営や事業に関してはスペシャリストだったため、彼の脳内ワークフレームに対して、私が質問に答えていく感じが多かったです。

大久保:そういった仮説的思考を深めていくのってかなり大事ですよね。例えばある事象が発生した時の先の未来を考えたときに、同じ目線で議論できる人がいることって、感覚的に重要だと思います。

中尾:はい。私も起業当時は、業界・市場の大きな単位でしか考えられませんでしたが、今は個別の会社や行政機関、そこに所属する個人まで意識して事業を推進しています。市場レベルから会社がどう動くのかまで解像度を上げるだけでもだいぶ変わってきますし、会社を動かしているのも結局個人なので、例えばその代表者を知ると、さらに解像度は高くなると思います。
将来の市場や会社の動きが予想できれば、事業としても動きやすくなるし、判断の根拠も確かなものになりますよね。そういう意味では、情報を持っている人は強いと思いますね。

達成感はまだない、目指す所はもっと先


大久保:事業を進めていく中で、一番大変に感じたことは何でしょうか。

中尾:色々な経営者の方とお話ししていても共通しているのですが、人の問題でしょうか。組織作り、経営陣作りというのは難しいところだと思います。人さえ良ければ良いプロダクトもできるし、良いサポートや良い営業にもつながると思っていて、逆に土台の人が崩れてしまうと全部うまくいかないですよね。
細かい所でも、人事評価のすり合わせだったり、新しいメンバーのカルチャーフィットだったり、難しいなと感じることも多いです。

大久保:逆に、事業を進めていく中で、一番達成感を得られたことは何でしょうか。

中尾:実は達成感を得られたようなことはまだないんですよね。まだまだここからだなと感じる部分の方が多いです。というのも、現在は薬局に対するソリューションを展開しているような段階で、初期に掲げている社会インフラとしてはまだまだだと思っています。
今はまだ、薬で困ったときに患者さんの力になれるようなサービスを薬局に提供している段階のため、これがインフラとして整った時、患者さんが多く救われているなと感じた時には、やりきったなと感じられるのではないかと思います。

「Musubi」は薬剤師にも患者さんにも価値を提供できるサービス


大久保:御社が扱っているサービスについて、教えていただけますでしょうか。

中尾:私たちのメイン事業は「Musubi」というサービスで、電子薬歴システムとして、シェア1位を獲得しています。特徴は、いままで薬局の医療従事者が入力していた薬歴(カルテのようなもの)を、サジェスト型の情報によって自動入力できる点です。患者さんのプロフィールや処方されている薬ごとに、患者さんにお伝えすべき情報をMusubiがサジェストしてくれるので、提案される情報にもとづいて患者さんに服薬指導を行え、同時に薬歴として自動記録できます。
また、薬剤師から患者さんへの説明資材の役割も果たしているため、患者さんの理解にもつながりますし、オンライン服薬指導にも有効活用されています。薬剤師は、患者さんへ服薬指導を行う際に、実際の薬を見せながら「1日1回何錠飲んでください」と説明していると思いますが、その後に説明内容を薬歴として記録しているのです。その2工程がMusubiの導入で自動化され、大きく省略されるため、薬剤師さんの業務効率化にかなり役立ててもらえると思います。

大久保:患者さんへの説明資材としての利点と、薬歴入力の簡略化の2つの価値を発揮しているということですね。今後、患者さんのデータが集積されることによって、医療機関へのメリットが大きくなることも考えられるのでしょうか。

中尾:データ連携は法律に準拠して対応していますが、同法人内のドラッグストアなどでメリットは大きいと思っています。例えば、患者さんに対して、同じ質問を各ドラッグストアでしなくてよくなるとか、オペレーションの簡略化や最適化などは、わかりやすいメリットの1つです。
また中長期的な目線で考えると、ドラッグストアで購入するのは薬だけではないので、ドラッグストアにおける購買体験にも影響を与えられると考えています。例えば私、中尾豊という人間がある病気でこういう薬を飲んでいるとすると、ドラッグストアで薬との相性を考慮したドリンクがおすすめできるとか、どんなものを購入すべきかを提案できるような、全く新しい購買体験が提供できるんじゃないかと思っています。

服薬期間中のフォローアップに大きな役割

※写真はイメージです

大久保:Musubiから派生したサービスについても教えていただけますでしょうか。

中尾:もう1つお伝えしたいのは、「Pocket Musubi」という患者さんと薬局を繋ぐコミュニケーションサービスです。
医療の大きな課題の1つに服薬期間中のフォローアップがあります。実は、患者さんは医療機関でサービスを受けていない期間、つまり通院から通院までの間の期間に様々な問題を抱えています。例えば薬の飲む時間を間違えたり、1日分飲み忘れてしまったりすることを多くの方が経験しているかと思います。病気が重くなればなるほど薬の量が増えてくるため、正しい方法で薬を服用することのハードルが上がるんですよね。この医療の空白期間に起きる問題について、医療従事者は気づきづらいため、服薬期間中のフォローアップ体制の構築が薬局業界で叫ばれているのです。
Pocket MusubiはLINEを利用したサービスで、システム内で患者さんと処方された薬が全て紐づいています。その中で、誤った服用方法におけるリスクの高い薬に対して、具体的な質問が患者さんに届きます。例えば「ふらつきを感じていませんか?」「注射した時に腫れませんか?」などですね。質問に回答する過程で、副作用が出ている患者さんや適切な服用をされていない患者さんがいた場合、スクリーニングで検知されて薬剤師にアラートが飛ぶようになっています。そのため、医療機関に来られていないタイミングでも患者さんの問題に気づくことができ、かつ具体的なフォローアップまでできるようになるんです。

大久保:なるほど。患者さんは簡単な質問に答えるだけなので、手間にならないですね。

中尾:おっしゃる通りです。70代のアクティブユーザー率が一番高いという結果も出ていて、若い方から高齢の方まで、幅広くご利用いただけると思っています。また今までの、患者さんが自分で問題に気づいて、長い待ち時間を経て医療従事者に相談するという医療体験から、薬剤師が患者さんの問題を発見して、患者さんが気づく前に助けてもらえるという新しい医療体験に変わるため、薬剤師の在り方にも影響を与えていけると感じています。

カケハシが提供する新しい医療体験を社会的に証明していく


大久保:今後の展望について教えていただけますでしょうか。

中尾:私が考えている未来としては2つあります。
1つは、どこまで行っても患者さんにより良い影響を与えられる会社でありたいということです。今後も、私たちのソリューションによって、患者さんが飲むべき薬をきちんと服用できたとか、逆に不要な薬を減らすことにつながったなど、何かしらの好影響を与えられるサービスを提供していくことが大事であり、カケハシの力によって患者さんの医療体験を変えられることを社会的に証明していきたいと考えています。そのための事業展開をしていくのが、カケハシの次のフェーズだと思っています。

2つ目は薬におけるサプライチェーンについて、挑戦をしていきたいと考えています。実は今、製薬業界では薬が枯渇していて、ジェネリック薬も生産が追いついていない状況です。私たちは薬のAI在庫管理システムもサービスとして提供しているのですが、このサービスを強化して、需要の予測や適切な発注量の算出などを提示できるようになれば、サプライチェーンの最適化にも影響を与えられると考えています。

大久保:最後に本記事を読まれている起業家の方へメッセージをお願いいたします。

中尾:そうですね。どんな志でもいいので、ご自身が納得のいく志をしっかり整理しておくことが大切だと思います。起業するにあたって、色々な方に、色々なことを言われることがあると思いますが、ご自身で腹落ちしたものにしか行動を起こしきることはできないはずです。自分で腹落ちできるゴールや志をしっかり設定することが重要なステップであって、むしろそれこそが一番力を入れるべきところなのかなと。
志がしっかり固まっているかどうかで、起業してからの数年に大きく影響を与えると思いますので、ぜひ考えてみてください。

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(取材協力: 株式会社カケハシ 代表取締役社長 中尾 豊
(編集: 創業手帳編集部)



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