“宣伝なしで満席”の居酒屋『炙り屋』の経営者2人に聞く、共同経営のメリットと秘訣は?
飲食店「炙り屋」原氏・島崎氏インタビュー
(2015/12/25更新)
世田谷・用賀にある、海鮮と鳥の居酒屋『炙り屋』。住宅街にもかかわらず、オープンすぐに満員。その人気は衰えることがありません。経営者は、原氏と島崎氏の2人。飲食店経験のない27歳の原氏と、経営経験もあるこの道20年の島崎氏。年齢も経歴もまったく異なる2人がなぜパートナーになったのか? 2人で経営するメリットや秘訣は何か? その経営スタイルを伺いました。
1988年、徳島県生まれ。大学卒業後、東京消防庁に就職。レスキューを目指していたが、肩の脱臼により断念。次の夢として、自分のお店を持つために飲食業界に飛び込んだ。島崎氏の誘いを受け、共同で『炙り屋』を創業。
1979年、山口県生まれ。ハンバーガーチェーンなどの店長職を経て、30歳で歌舞伎町で居酒屋を経営。東日本大震災がきっかけで店を畳んだ後、新聞屋などを経て、『炙り屋』の創業に携わる。
飲食店経営経験ゼロなのに高額融資! その理由とは?
お二人は『炙り屋』創業前はどんなお仕事をされていたんですか?
原:僕は大学卒業後、消防士として3年2ヶ月働いていました。
レスキューを目指していましたが、肩を脱臼して現場に立つのが厳しい状況になり、追いかけていた夢が途絶えてしまって……。
でも、たった一回の人生だし悔いが残らないように、別の夢を目指そうと思いなおし、両親に相談しました。
初めは反対されました。
でも別の道へ進むと決め、自分自身が本気で取り組んでいるのを見て、父が「お前は消防士になりたいって言って、夢だった消防士の夢を叶えたんやけん。和生ならいける」と言ってくれた言葉が心に響き、今も背中を押してくれています。そして、自分のお店を持つことを目標に飲食業界に入りました。
島崎:僕は 20年ほど飲食業界にいたんです。
マクドナルドやモスバーガーの店長のほか、30歳の時に歌舞伎町で浜焼き系の居酒屋を経営していました。
気仙沼から仕入れていたんですが、地震で食材が入ってこなくなり、お店を閉めました。
その後、新聞屋に住み込みをしたりバーガーキングでの店長職を経て、35歳でピザ屋に入りました。
原:島崎さんは僕より後にピザ屋さんに入ってきたんですよね。2014年8月でした。
原:もうピザ屋を辞めると決まった後に、島崎さんが「一緒にお店をやろう」と誘ってくれたんです。
島崎:ものすごく暗い顔で働いてたんですよ。
だから「五人くらいで会社をつくるつもりなんだけど、原ちゃんもどう?」って話したら、キラキラして「やりたいです!」て(笑)
原:面白そうだなと思ったんです! いずれ開業するつもりでしたし。
島崎:もともと一緒にやる予定だった人たちは、家庭の事情とかで踏み出せず、最終的には2人になりました。
原ちゃんは「給料なくてもやります!」くらいの覚悟があったから、一緒に創業できるなと感じました。
原:300万近くの自己資金と、日本政策金融公庫に700万ほど借入しました。
資金集めは、消防士時代の貯金と、居酒屋や浅草人力車のバイトで用意しました。目標額と生活費を書き出して、切り詰めましたね。
島崎:節約のため今も一緒に住んでいます。
融資の申請は、一度自分達で申し込んだんですがうまくいきませんでした。
その後、不動産業者さんが飲食店専門の税理士さんを紹介してくれました。
税理士の先生は、僕の過去の飲食店経歴を強く押し出してくださったんです。
原:公庫融資の審査では経歴が重要で、飲食店の経営のない僕だと融資がおりづらいんです。
けれど島崎さんの飲食店経営経験のおかげで公庫さんからも信用を得られ、借入額も多かったのだと思います。
立地・コンセプトは戦略通り!? 今だから話せる「やっておけばよかったこと」
島崎:場所はどこでもよかったんですよ。
過去の経営経験から、どんな立地でもカウンターで接客して楽しんでいただければ、お客さんは来てくれると思ったんです。
原:いろんな地域の物件を見ましたよね。
島崎:カウンターのある30席くらいの居抜き物件という条件で、家賃と坪数で決めましたね。
飲食店の売上は、まずリピーターの方、プラス新規のお客様です。何度も通っていただくお店になるには料理が美味しいのは当然ですが、それだけだと弱い。
スタッフのファンになっていただいた方が、絶対に長く続けられるんです。
島崎:たしかに労力と原価は大変(笑) でも海鮮だけだと夏に弱いんです。
逆に、鳥は通年フラットな売上があるので安定します。それに海鮮のコースを集団で予約された場合に「一人海鮮苦手なんです」と言われても対応できますしね。
でも最初は鳥は売れなかったね〜。
原:そうでしたね。メニューは最初の頃からガラリと変えましたね。
島崎:事前のリサーチも多少はしたんですが、もっと突っ込んで市場調査すれば良かったな。
もし次にお店を出すなら、地域のお店に行って従業員さんに「なぜこのメニューなんですか?」とか、お客さんに「なぜこの地域は焼き鳥屋さんが多いんですか?」とか聞きますよ!
宣伝なしで満席! リピーター獲得の秘訣とは?
原:店先の白い提灯が目立っていて、「オープンしたんだ」と訪れてくれる近所の人が多いです。
島崎:こんなに来てくださると思ってなかったですよ!
提灯にしても「提灯を看板にしたら安いじゃん」という理由で選んだんです。それがたまたま店の前の通りは夜暗くなるので目立った。
原:それから口コミで広がりましたね。
島崎:宣伝もしていないし、ターゲットも決めてなかったなあ。
今の客層は20〜40代が多いですけど、小さなお子さんから95歳のおばあちゃんも通ってくれていますね。
島崎:客引きをしないことかな。
客引きをするとお店の立場が下になってしまう。お客様とは友達くらいの同じ目線で、できれば一緒に飲みに行くくらい仲良くなりたいです。
とくにカウンターに座るのは話をしたい方も多いので、こちらから勇気を持って話しかけますよ。
どんな話題でも話せるように普段からネットニュースや2ちゃんねるを見たり、いろんな知識を入れるようにしています。
共通の話題を楽しむことで、ファンになっていただければと思っています。
原:僕はそんな島崎さんを盗み見て、実践しています(笑)
島崎:原ちゃんの接客はすごく変わったよね。
原:どこの魚が美味しいとか、料理のマメ知識とか、島崎さんが隣で話していることを聞いて「使えるな」と思ったら、さらに自分で調べた知識を付け加えてお客さんに話します。
刺激になりますし、1人でやるより面白いと思いますよ。
スタッフは4名!その意外な獲得方法とは?
原:僕たち2人とスタッフ4人の、計6名です。
島崎:1人はお店のお客さんだったんです。
たまたまある日、目の前のカウンターに座っていた女の子に「名前なんていうの?運ぶの手伝って」と声をかけたんです。
すると笑顔で「おまたせしました!」と運んでくれて「いい子を見つけた!」と思いましたね。その場でスカウトしました(笑)
原:オープンして1ヶ月目くらいの時でしたね。
あとの2人は知り合いで、残り1人はタウンワークで求人を出しました。
島崎:日報ですね。
出勤度の多い4人が、メールで数値と営業内容と反省点と申し送り事項を共有します。
あとは……褒める! いいなと思うことがあったら、すごく褒めます。
でもみんな優秀で自発的に動いてくれるので、無理やり褒めたりしないですよ。
たとえば、お客さんに渡すお勘定の紙に「ありがとうございました」と勝手に書いて出したりする。
僕もびっくりして、褒めるというか、感心しちゃいますね。
島崎:ありがたいことに開店当初から売上は高くて、平均230万ほどあったんです。
また、僕らが最初に立てたコンセプトは「高原価・低売価」でした。飲食業は食材の原価と人件費のバランスで成り立っています。
原価を下げることで人件費を上げるのではなく、人件費のかからないオペレーションを組むことで原価の高いものを安く売ろう、と考えています。
だからランチも夜も2人体制が基本です。そのぶん出勤を減らして、別の仕事をしているんですよ。
原:お互い、お店が軌道に乗った3〜4ヶ月目から別の仕事を始めました。僕は麻布十番でパーソナルトレーナーとして、ストレッチによる姿勢や体質の改善を促進をしています。
生きていくうえで食事と体を動かすことは絶対に欠かせないので、その両面から人の体を健康にすることをやりたいと思って始めました。
島崎:僕はバーガーキングの前職で、入った人を育てるトレーニングをお手伝いしています。
原:お店もとても大事ですけど、今だけじゃなく先を見ていたいんです。
島崎:そう。今お店で利益を出そうと思えば、スタッフを雇わず2人だけでやっていた方が儲かるんですよ。
ただ、経営はなにが起こるかわからないので、ひとつの仕事しかしないのはリスクが高い。
だから原ちゃんは経営者として一歩引いた目でお店を見ながら、将来会社のためになることをやる。
僕はお店に立って、次の店舗を出す時のために人材を育てる。それに、2人とも別の仕事で生活費を稼いでおくとなにかあった時に対応ができる。
長い目で見た結果、今の働き方になっています。
共同経営のバランスは、2人の視点が違う事
島崎:オーナーである原ちゃんが決裁権を持って、経営についてはすべて彼が決めています。
とくに僕がなにか言うことはないです。
原:もちろんできるだけ自分でやろうとはしますが、ちょっと躓いた時には島崎さんに相談していますよ。
島崎:一般的に共同経営がうまくいかないのはプライドのぶつかり合いのせいだと思うんです。
でも、自分のプライドや、元経営者だという経験なんて関係ない僕が大事にしているのは、「お店を良くしたい」「お客さんに喜んでもらいたい」ということだけです。
原:僕からすると、島崎さんが一歩後ろから見守ってくれているのですごく安心しますよ。
島崎:それは原ちゃんを信用しているからだよ。
原ちゃんは経営者に必要な要素を持ってると思う。
たとえば僕が「あのお店は良かった。俺たち負けてるわ〜」と話したら、知らない間に行ってるし! 時間がないなかで自分の目で見に行くのはすごい。
その行動力と、仕事に手抜きをしないところをすごく信用しています。
原:島崎さんが良いって言うなら本当に良いんだろうと思うんですよ!
好奇心のアンテナに引っかかったら、すぐに見に行く。
島崎:その行動力があるから、思ったようにやってみて失敗してもいいんですよ。
原ちゃんは自分でやってみて納得することですごく伸びる人だとわかっているので、僕は何も言わないです。
原:ああ、それはありますね。
島崎:たしかに、同世代や同じくらいの経験値だと注目する点が同じになってしまうかもしれない。
でも僕と原ちゃんだと見る場所が違いすぎるので良いんでしょうね。
原:マメにではないけど、話しますね。
島崎:その時はテンションあがりますね!
2週間に1〜2回くらい、その間にあったことややりたいことを話して「じゃあそれやろう!」と盛り上がりますよ。
島崎:2人ともお店を運営することがゴールじゃない。
原ちゃんは健康に関する事業をしたいし、僕もいろんなことに挑戦したい。たとえば、知り合いが「映画を撮りたい」と言えば「僕もやる!」と言えるように、飲食店という枠にはまりたくない。
スタッフの誰もが自由であれればいいな。肩書きだって、バイトでも社員でも外部役員でもいいんですよ。
原:やりたいことは何でもできる状態でありたいですね。
だから僕も、次回の「SASUKE(サスケ/TBSのスポーツエンタテイメント番組)」に出るつもりでトレーニングしていますし(笑) 僕たち2人が経験した挫折や挑戦などのいろんなストーリーを会社のコンセプトにしたいです。
島崎:今やりたいと思ったことをやった方がいいんですよ。
僕たちがそういう姿を見せることで、他にも挑戦者がでてくると思うんです。
ですから……これは今閃いたことですが、飲食店をやりたい人が自分でスタッフと食材をそろえたら、半日『炙り屋』でお店を営業するなんてことをしてもいいですね。
僕たちは家賃だけ払ってもらえればいい。
そしたら経験も積めるし、1,000万円近くの投資をせずに飲食店経営の疑似体験ができる。そんな思いつきを実現できる人でありたいです。
原:自己資金は多ければ多いほどいいです。
僕の場合は、計画的にしっかりお金を貯めたことが大きかったです。
島崎:協力者がいることも大事ですね。
なぜなら、僕たちは融資がおりる前に前家賃を支払っているんです。
でももし融資がおりなかったらそのお金は捨てなきゃいけない。そんな不安を乗り切るためには、理解してくれている家族や専門家の存在は大きいです。
原:公庫の返答が遅れて、融資の結果が出るまでに1 ヶ月くらいかかりましたもんね。
すごく不安でした。
島崎:もやもやするから、ジムに通ってめちゃくちゃ運動しましたよね。
原:家族や専門家の方をはじめ、島崎さんのように一緒に頑張れるパートナーに出会う事はとても大事だと思いますよ。
(取材協力:ITA大野税理士事務所 大野晃 飲食店開業融資専門税理士)
(編集:創業手帳編集部)