激動の世の中で、成功する事業に必要な心構えとは 及川卓也インタビュー(後編)

創業手帳
※このインタビュー内容は2019年06月に行われた取材時点のものです。

創業手帳大久保が、楽しみながら仕事に打ち込む及川氏のマインドセットと、今後について話を聞きました

(2019/06/14更新)

グローバルIT企業の大規模な開発、スタートアップを経て起業し、大企業の顧問、スタートアップの技術面の支援などを行っている及川卓也氏。

前編・中編では、創業手帳代表の大久保が、及川氏のこれまでのキャリアと起業に至った経緯、及川氏が現在取り組んでいる「技術開発とエンジニアの組織づくり」の極意を聞きました。最後となる後編では、楽しみながら仕事に打ち込む及川氏のマインドセットと、今後のビジョンに迫ります。

グローバルIT企業のマネジメント職を経て、50代でフリーランスから起業 及川卓也インタビュー(前編)
「技術開発とエンジニアの組織づくり」の極意 及川卓也インタビュー(中編)

及川 卓也(おいかわ たくや)
Tably株式会社 代表取締役
早稲田大学理工学部を卒業後、外資系コンピューターメーカーに就職。営業サポート、ソフトウエア開発、研究開発に従事し、その後、別の外資系企業にてOSの開発に携わる。その後、3社目となる外資系企業にてプロダクトマネージャーとエンジニアリングマネージャーとして勤務後、スタートアップを経て、独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役

大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計100万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。

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大企業とスタートアップの、開発に対する姿勢の違い

大久保:大企業の技術顧問もされていますよね?スタートアップと大企業の開発の違いは何でしょう?

及川:大きな違いはありませんが、強いて言えば資産面の差が大きいです。どんなに勢いのあるスタートアップであっても、技術者を数百人以上抱えるほどの大企業には資産の面では太刀打ち出来ません。グローバルに拠点を展開している企業もあります。内部留保を多く抱えている企業もありますし、年間1,000億円を超えるほどの研究開発費を費やしている企業もあります。このようにスケールメリットを活かした開発、システム開発だけでなく、事業開発も含みますが、それができるのが大企業の特長でしょう。

しかしながら、大企業がこのメリットを活かせているかというとそんなことはありません。新規事業開発に苦労している大企業が多いことからも、それはわかります。なぜ、大企業の新規事業開発がうまくいかないのか。それには、いくつかの理由があります。

まず、失敗を許容しない文化。これだけ変化の激しい社会において、もし市場調査をして事業計画を立てられるような領域があるならば、とっくに他の企業が参入しています。不確定な状況の中で、自ら市場を開拓していくようなことが求められるのに、最初から3カ年事業計画を用意し、3年後の売上目標をコミットさせられてしまいます。もちろん事業計画は必要でしょうが、正直、そんなものは当たるも八卦、当たらぬも八卦です。リスクを取らなければ、新しい市場を創造するようなことは不可能です

次に、大企業には新規事業に不可欠な発見力を持つ人材が不足しています。「イノベーションのジレンマ」で有名なクリステンセン教授らが書かれた「イノベーションのDNA」という書籍でも、人材の能力を発見力と実行力に分類しており、イノベーティブな会社には発見力に長けたイノベーション人材が不可欠であると定義されています。しかも、イノベーションを起こす組織はイノベーションを起こすリーダーのもとに生まれるので、経営層に発見力を持つ人材が必要と書いています。日本の大企業にはこの発見力を持つリーダーが不足しています。

格言

発見力を持つ人材によるイノベーションを起こすには、発見力を持つリーダーが必要

そして、最後に、開発に対する考えの違いがあります。日本の大企業ではシステム開発を外部に委託することが多くあります。企画とせいぜい要件定義フェーズまでは自社で行いますが、それ以降の設計や実装は「餅は餅屋」とばかりにシステムインテグレーター (SIer) に委託します。そのSIerも、実装は2次請けや3次請けに発注します。これは、設計や実装に革新的な要素が無く、誰がやっても同じと思われた時代の名残だと思いますが、時代錯誤も甚だしい。

テクノロジーによって事業が成り立つ世の中において、そのコア部分である設計や実装を他社に丸投げすることなどあり得ません。GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)のようなITプラットフォーマーだけではなく、米国の事業会社の多くも内製化が基本です。日本では20年前くらいで時間が止まってしまったがごとく、いまだにシステム開発を外部に委託します。内製化を基本方針としたスタートアップとはそこが大きく異なります。

デジタルトランスフォーメーション※という言葉が独り歩きしている感がありますが、私から言わせれば、デジタルトランスフォーメーションの本質は内製化です。いきなり内製化をすることが難しいとしても、他社に丸投げしない、ブラックボックス化を良しとしない、そこまで執念を持って、システム作りに取り組む姿勢、それが企業には求められているでしょう。

※IT技術の浸透が人間の生活をあらゆる面でより良く変化させる、という考え

スタートアップは資産が無いと言いましたが、資産が無いからこそ、第三者に丸投げなどしないのです。なけなしの資産をどのように使うかに命を賭けているのです。大企業の新規事業担当者にもその執念が必要です。

「仕事を楽しむこと」が企業活動の源泉となる

大久保:開発以外の部分での違いはどんなものが挙げられるでしょうか

及川:もう1つ、スタートアップと大企業の違いを挙げるとしたら、それは仕事を楽しんでいるかどうかです。スタートアップも辛いことや苦しいことはあります。しかし、ともすれば収入面などでは大企業にも劣るにも関わらず、スタートアップで働くのは、そこに夢があり、可能性があり、それを追求するのが楽しいからです。大企業で今の仕事が楽しいと言える人はいったいどれだけいるでしょう。楽しいと思うこと、これは人間の活動の源泉です

日本では、何故か楽しいということは罪悪だと考えられる風潮があります。恐らく、日本の教育の問題だと思うのですが、楽しく学ぶことや楽しく働くことが好ましいと思われないことが多くあります。

楽しく学んだり、仕事を行うためには、基礎教養と同時に未知のものへの興味を育む必要がありますが、日本の学校教育ではこの部分があまりうまく反映されていません。

最近、スポーツ健康学を専攻される先生と話す機会があったのですが、本来は日本の小学校教育では子どもの運動習慣を付けることをもっと重視しなければならないはずなのに、必ずしもそうなってはいないと指摘されていました。

思い出してみると、私も子どもの頃は体育が苦手でした。体が小さいだけでも不利な上に、運動神経も良くなかったので、同級生よりも足は遅いですし、球技なども上手くならない。教師からも厳しく指導されるので、ますます体育が嫌いになりますから、運動習慣など付くわけもない。この先生に言われて気づいたのですが、道徳教育が体育に含まれているんですね。

体育だけでなく、すべての教科がそうだったように思います。もちろん、小学校という時期には道徳教育も大事でしょう。しかし、本来はこの時期にいろいろなことへの興味を広げることのほうがより重要です。興味あるものに自ら取り組む姿勢さえあれば、多くのことを自分で学ぶ習慣が生まれるからです

この学校教育の延長なのか、日本では社会に出てからも、楽しむことが躊躇われる風潮が多くあるように感じます。ですが、本来、課題に取り組むことや新しいことに挑戦することは楽しいことです。楽しく仕事ができるかどうかを是非考えてほしいと思います

正しい形で楽しく仕事が出来ているかを簡単に確認するには、今の自分の仕事に誇りはあるかを聞いてみるのが良いでしょう。システムや事業の開発に関わっている人ならば、その製品やサービス、事業に愛を感じるか、自分の家族や友人にそれを勧められるかと問うてみましょう。あなたは自分のお子さんに「パパがこれを作ったんだよ」と言えますか?

楽しさにまさる人間の原動力はありません。楽しく仕事をすることを是非大企業の人も考えてほしいと思います。

格言

楽しさにまさる原動力はない

大久保:本当にそうですね。教育も仕事も自ら興味を持って動いてこそ伸びます。自分も明治大学のMBAで「教えない授業」をコンセプトに、人から言われて学ぶより、自ら考えて発見して動く力を育むカリキュラムを展開しているのですが、最初、静かに、場合によると眠そうに聞いていた生徒たちでも、途中から、目を輝かせて熱気を帯びて盛り上がっていきます。勉強も興味を持って自発的に行えば勝手に調べて伸びていくことを実感しています。仕事も同様の面がありますね。

ランニングとプロダクト開発・事業経営は似ている?

大久保:「起業の前後にやっておけば良かったと思うこと」を教えていただけますか

及川:私の場合は法人成りなので、あまり苦労することなく、法人化したのですが、逆に個人事業主のときにやっていたことをそのまま続ける形だったので、設立後に諸手続きを行う時間の確保に苦労しました。たとえば、法人としての銀行口座の開設やクレジットカードの申請などなど、意外に手間が取られます。個人事業主から法人成りする人は、法人化後の諸手続きの時間を確保しておくことをお勧めします。

大久保:意外に会社の設立の事務は時間がとられますよね。おっしゃるように、登記から謄本取得、銀行口座ができるまでのタイムラグは頭に入れておかないといけないですね。

仕事以外で、個人的な趣味やプライベートで普段していること、お気に入りの本などはありますか?

及川:趣味はランニングです。暇を見つけては走るようにしています。そもそも、あまり運動習慣が無い人間だったのですが、40歳を超えた辺りで健康に気を使うようになりました。最初、「できるビジネスマンは筋トレをする」みたいな本に感化され、近所のジムで筋トレをしていたのですが、やってもやってもあまり効果を体感できない。

徐々にモチベーションが下がってきたので、今度は自宅近辺を軽く走るようにしてみたのです。始めた頃は5km走るのがやっとだし、まったく楽しくない。ただただ辛いだけでした。しかし、我慢して続けてみたところ、次第に5kmくらいだったら楽に走れるようになってきて、そのうち、じゃあ6km走ってみようか、7km走ってみようかと距離を延ばすようになったり、逆にタイムをあげるように少し速く走ってみたり。40歳を超えてから、記憶力も衰えたり、視力も怪しくなったりで、基本、身体能力が伸びるっていうことあんまりないんですが、ランニングは違いました。

やればやっただけ結果が良くなる。それからすっかり病みつきになりましたね。ランニングっていうのは、プロダクト開発や事業開発に似ています。KPIツリーで、どのKPIの改善を狙うかで施策が異なるように、ランニングも闇雲に走っているだけではダメ。ペースをあげられるようにしたいのか、持久力をつけたいのか。それにより、練習メニューが異なります。いろんな練習を組み合わせて、総合的にランニング力を高めていきます。

また、大会での走りも、事業経営と似ているところがあります。事業計画があるように、普段の練習の成果を基にした計画を作ります。狙いたいタイムから、最初の5kmを何分で入るのか、その後の10kmは、さらに20kmは、とペース配分を考えておきます。エイドステーションで補給する栄養食も考え、基本はそれを忠実にトレースするように走ります。しかし、実際には当日のコンディションや天候などにより、そのとおり走れることはまずありません。そこで、リアルタイムに計画を変更しつつ、それでも最善の結果を残せるように走るのです。

4時間切りを狙っていたものが、それが難しいとなったら、4時間10分を目指すようにするとか、最後は完走を狙うようにするとか、様々なプロセスで、事業経営に通じる点が多くあります。ランニングを趣味とする経営者が多いのは、こんなところにも理由があるのではないでしょうか。なので、お気に入りの本は村上春樹氏の「走ることについて語るときに僕の語ること」です。この本を好きなランナーは多いと思いますが、私も大好きです。

大久保:ランニングもまさに執念と改善ですね。一定の成功をしている起業家やビジネスパーソンは、ランニングやジムで鍛えたり、ダイエットなど健康管理に気を使っている人の割合が普通の人より多い気がします。

成功するには「変わり続けること」が大事

大久保:今後は、どういうサービス・会社を育てていきたいですか?

及川:独立したときに、支援したい企業の条件を考えました。まず若い会社、そして技術を活用している会社、最後にグローバルへの挑戦を考えている会社です。

今は大企業も手伝うようになっているので、必ずしも、この条件だけが大事なわけではありませんが、それでも、若い人が活躍できるような文化や仕組みを取り入れようとしていることや、きちんと技術の価値を理解し、そこに投資する会社を増やしていきたいと思っています。技術への理解は、すでに話したように、内製化を基本方針とすることです。

グローバルへの挑戦については、グローバリズムが進む中、世界に出ていかないとグローバル企業に負けてしまうという危機感から、多くの企業にはグローバル視点を持ち、挑戦して欲しいと今でも思っています。

しかし、たとえ、グローバルに展開しなかったとしても、日本は「課題先進国」という不名誉な言い方をされてしまうほど、課題だらけの国です。他国の企業がその課題を解決してくれるとも限りません。したがって、日本の課題を解決するような企業は是非増えて欲しいと思います。国連のSDGs※ にチャレンジするような企業は応援したいです。

※加盟193か国が2016年から2030年までの15年間で達成するために掲げた17の目標

大久保:読者の起業家、提携したい大企業や投資家、ジョインしたい人に向けてメッセージをお願いします!

及川:この変わり続ける社会において、自らも変わり続けることを是非考えていただきたいと思います。人間には持続性バイアスがあり、変化を不快に思う心理が働きます。ですが、変わらずに変わり続けることは実は楽しいことでもあります。楽しみながら、この激動の世の中で価値有るプロダクトや事業を是非作り続けていきましょう。

格言

変わり続ける。それは楽しいこと。

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(取材協力:Tably株式会社/及川卓也(おいかわ たくや)
(編集:創業手帳編集部)



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