AironWorks 寺田 彼日|ビザ・人脈なしの片道切符から1,400社導入へ。海外起業で仕掛けた「世界一の戦い方」
「日本人初のイスラエル起業」という未踏の領域へ。世界屈指の天才エンジニア集団と仕掛ける、サイバーセキュリティの最前線

サイバー攻撃による企業の被害が相次ぐなか、その対策はいまや多くの企業にとって身近な経営課題になっています。近年はとくに、システムではなく、そこで働く「人」を狙った攻撃が増えているそうです。
AironWorks(アイロンワークス)株式会社は、AIを活用してこうした攻撃から企業を守るサービスを提供しています。研究開発の拠点をイスラエルに置き、現在は日本を代表する大企業を含めた1,400社・70万人以上に利用されています。
代表の寺田 彼日さんは、「日本を良くする事業をつくりたい」という想いを胸に、26歳で単身イスラエルへ渡りました。今回は、その決断の背景から事業を軌道に乗せるまでの試行錯誤、これから起業に挑戦する方へのメッセージを伺いました。
2014年、イスラエルでAniwoを創業。日本- イスラエルのオープンイノベーションに携わり、150社以上との協業を推進。両国事業連携の先駆者となり、2021年にAironWorksを創業。8200部隊出身CTOの知見とAgentic AIを融合し、訓練・教育・防御を一体化したサイバー防衛AIエージェントをグローバルに展開。JETROの「GSAP」やシリコンバレーのAlchemist Xをはじめ、国内外の有力プログラムで受賞・採択実績多数。京都大学MBA、大阪大学経済学部卒。
この記事の目次
阪神・淡路大震災で芽生えた想い「社会を豊かにする存在になりたい」
寺田:原点は、子どものころに経験した阪神・淡路大震災です。震災後の復興支援で地元の経営者や起業家の方々から多大なご支援をいただきました。その中で伝記漫画が配られていて、日清の安藤 百福さん、アシックスの鬼塚 喜八郎さんや本田技研工業の本田 宗一郎さん、ソニーの盛田 昭夫さん、井深 大さん、パナソニックの松下 幸之助さんといった方々を知りました。起業家が戦後の日本の復興を支えてきたのだと、子どもながらに胸が熱くなったことを覚えています。ビジネスで社会を豊かにする経営者の姿が、小学生の自分にはとてもかっこよく見えました。自分もこうした起業家のように、事業の力で世の中を良くする一人になりたい。そう思ったのが、 最初のきっかけでした。
寺田:起業を前提に、逆算してキャリアを設計してきました。大学・大学院のころは、人材サービスを手がける企業で、京都支社の立ち上げに携わらせてもらいました。数名規模の会社で拠点をつくり、自分で事業を動かす経験ができたのは、大きな財産になっています。
寺田:はい。幼児向け教材のデジタルマーケティングを担当し、アプリの企画やデジタル広告の運用など、お客さまとの接点をどうつくって売上につなげるかを幅広く手がけました。並行して、自分で起案した新規事業にも取り組みました。就職活動の情報格差をなくすサービスです。京都の学生だった私自身、東京の学生と比べて情報やインターンの機会が少ないと感じていたので、なんとかその差を埋めたいと考えていました。事業としては立ち上がりませんでしたが、たくさんの試行錯誤を重ねられた時期でした。
寺田:大学院のときに、半年ほどトルコに留学しました。当時のトルコは、OECD(※1)に加盟する先進国のなかで、GDPの成長率が最も高い国でした。現地で過ごすうちに、世界における日本の存在感が低くなっていることを肌で感じ、「これからはグローバルで戦わないといけない」と強く思うようになったんです。この気づきが、のちにイスラエルで起業する大きなきっかけになりました。
※1 OECD:経済協力開発機構。世界経済の発展などを目的に、主に先進国が加盟する国際機関。
あえてシリコンバレーを避ける。「日本人初」を狙って勝ちにいく独自の生存戦略
寺田:根本にあったのは、「大きな視点で見たときに最も勝ち目のある場所で勝負する」という考え方です。起業にあたっていろいろ調べるなかで、スタートアップへの投資額や件数、研究開発への投資、投資のリターンなどを総合した、エコシステムのランキングを見つけました。首位はアメリカのシリコンバレーで、その次にボストンやニューヨーク、ロンドンが続き、イスラエルのテルアビブも上位に入っていたんです。
寺田:シリコンバレーで起業する日本人はすでにいましたし、日系企業の駐在員も大勢いたので、そのなかに埋もれてしまいます。ところが当時、イスラエルの在留邦人は1,000人ほどと少なく、ビジネスに関わる駐在員なども100名足らず、起業している人は全くいなかったんです。
起業環境の良さが世界的に高く評価されていながら、イスラエルで会社を立ち上げる日本人はほぼいない。であれば、イスラエル起業で最初の一人になれば、それだけで日本一の存在になれます。ここが大きなポイントでした。
寺田:最も大きいのは、「日本人でイスラエル起業といえばこの人」という立ち位置を早い段階で築けることです。誰も手をつけていない領域だからこそ、資金や人材、情報が自然と自分のところに集まってきます。実際、イスラエルで日本人が起業するのは珍しいので、投資家や現地の技術者に会ったときも、まず名前と顔を覚えてもらえるんです。
後発の競合と価格や機能を競い合うのではなく、「この分野の第一人者」として信頼していただけるので、商談や採用の入り口が大きく変わります。まだ何の実績もない創業初期に、この違いはとても効いてきました。
「ビザ・人脈なし」から「イスラエル屈指の技術者と創業」するまで
寺田:今振り返ると、あまり人にはお勧めできないことをやってきたなと思います(笑)。ビザもないまま飛び込んだわけですから、客観的に見ればかなり無謀な行動ですよね。それでも、「行けばなんとかなる」という根拠のない自信もありました。この楽観的な性格があったからこそ、先の見えない状況でも前に進めたのだと思います。
寺田:理由は大きく2つあります。1つは、会社員として働くなかで、セキュリティの問題が企業に与える影響の大きさを身近に実感していたことです。ひとたびトラブルが起きれば、企業の信頼や事業そのものが大きく揺らいでしまう。その深刻さを肌で知り、「これは一部の専門家だけの話ではなく、社会全体の課題だ」と感じていました。
もう1つは、この分野でイスラエルが世界でも屈指の技術力を持っていたことです。イスラエルにはサイバーセキュリティに特化した優れた企業が数多くあり、世界中の投資家がこぞって資金を投じていました。多くの投資家がお金を出すのは、それだけこの技術に対する需要が大きく、成長が見込めると考えているからです。
加えて当時は、コロナ禍でリモートワークが広がり、在宅で働く人がサイバー攻撃に狙われやすくなっていました。さらに、AIが進歩すれば攻撃する側もAIを使うようになると予想され、市場はさらに拡大していくと考えました。課題の切実さと市場の成長性、そしてイスラエルならではの技術力。これらが揃っていたことが、決め手になりました。
寺田:私はエンジニア出身ではないので、まずは世界トップクラスのエンジニアチームをつくろうと考えました。そこで毎日のように、現地のスタートアップや技術者が集まる交流イベントへ足を運び、友人を増やしていったんです。「Unit 8200出身の知り合いはいませんか」と声をかけて回り、紹介をたどるなかで彼と出会いました。私は料理をつくるのが好きなので、家に招いて日本食をふるまったりするうちに、すっかり意気投合して。出会いから5年ほど経って、二人で会社を立ち上げることになりました。
寺田:そうですね。就労ビザの取得には、本当に苦労しました。日本からイスラエルで起業する人はいなかったので、書類を持って窓口に行っても、担当者に「そんな手続きは聞いたことがない」と何度も突き返されてしまったんです。物価が高くインフレも続いていたので、住まい探しには苦労しましたし、給与水準が高いので採用も一筋縄ではいきません。それでも、世界最高水準の技術者とともに事業をつくれる環境ですから、この地を選んで正解だったと感じています。
※2 Unit 8200:イスラエル国防軍の情報部隊。サイバー分野で世界的に高い技術力を持ち、出身者がスタートアップを数多く立ち上げていることで知られる。日本語では「8200部隊」とも。
訓練・教育・防御をシームレスに。1,400社が選んだサービスの強みとは

寺田:いま、サイバー攻撃を仕掛ける側が主な標的にしているのは「人」です。システムの弱点を突くのではなく、従業員を騙してIDやパスワードなどの認証情報を奪い、社内に侵入して身代金を要求してきます。
たとえば、社長になりすましたメールで送金を指示する「ビジネスメール詐欺」がその典型です。社長の名前は、会社のホームページや登記情報などから簡単に調べられますし、なりすましメールを送るためのツールも、インターネットの闇市場で出回っています。実際、ある会社では従業員がだまされ、数千万円から数十億円と多額の資金を振り込んでしまう事件も多発しています。
寺田:従業員のメールアドレスをシステムに登録いただくと、AIが攻撃者の視点で情報を集めて分析し、本物そっくりの攻撃メールを自動でつくって訓練を行います。実際の攻撃さながらの体験を通じて、だまされやすい従業員を見つけ出し、一人ひとりに合った教育コンテンツを届けるんです。動画や漫画、スライドなど、無理なく学べる形式を用意しました。あわせて、外部から届いた不審なメールをAIが分析してブロックし、危険なものは全従業員のメールボックスから隔離します。訓練から教育、防御までを1つの流れで提供できる点が、私たちの強みです。
寺田:大きな違いは、訓練の「本物らしさ」です。多くのサービスは、あらかじめ用意された定型的な文面で訓練を行いますが、私たちのAIは、実際の攻撃者と同じ視点を想定して標的を決め、その相手に合わせた攻撃を自動でつくり出します。これを支えているのが、共同創業者をはじめとするUnit 8200出身者の知見です。
攻撃する側の手法を知り尽くしたメンバーがAIを設計しているからこそ、机上の想定ではない、現実さながらの訓練が実現できるんです。こうしたサービスを、現在は日本を代表する企業をはじめ、1,400社・70万人以上にご利用いただいています。
創業2週間で1億円を調達。初期フェーズから投資家を惹きつけた理由
寺田:最初のプロダクトをつくるタイミングでVCを回り始め、声をかけ始めてから2週間ほどで、1億円ほどが集まりました。その後も1年から1年半に1回のペースで調達を重ね、これまでに20億円ほどの出資をいただいています。加えて銀行からの融資や、ベンチャーデットと呼ばれる借入による調達も組み合わせ、複数の方法を使い分けてきました。
寺田:会社を経営して10年以上になりますが、1社目に創業した会社ではVCから多くを調達せず、自社で売上を立て、自己資金で新規事業を回すということをずっとやってきました。その経験から感じるのは、外部資金は「万能薬ではない」ということです。
VCから出資を受ければ、まとまった資金は手に入りますが、その分だけ自社の株式を渡すことになり、経営の自由度は少しずつ下がっていきます。調達のたびに「次はもっと成長してみせなければ」というプレッシャーもかかります。
だからこそ、出資はあくまで、すでに強いチームと良いプロダクトがある事業をさらに加速させるための手段だと考えることが重要です。裏を返せば、中身がないままお金だけ集めても、当然ながら事業は伸びません。自分たちの売上で成長できるなら、それが最も健全な形です。そのうえで、足りない部分を補うために、融資や出資といった手段を状況に合わせて選んでいく。この順番を間違えないことが、何より大切だと思っています。
寺田:もともと企業向け(BtoB)の事業をやってきたので、最初は既存のお客さまや、信頼関係のある方からのご紹介で広げていきました。一件ずつ実績を積み上げ、その事例をもとに次のお客さまを開拓していく流れです。今ではウェビナーの開催や、代理店経由でのご紹介なども活用しています。
営業は、結局のところ信頼を築く活動だと思っています。イスラエルにいながら、出張で来日された決裁権を持つ方々と関係をつくり、まずは自分自身を信頼していただくところから始めました。
「日本発のグローバルカンパニー」として次世代の希望になりたい
寺田:圧倒的に、セキュリティ人材が足りていないことです。従業員が数千名、売上が数百億円という規模の会社でも、経営レベルのセキュリティ責任者であるCISO(※3)を置いているケースはまだまだ少ないです。トップとなる人がいなければ、その下のマネジメント層やプレイヤー層も育ちにくくなります。日本はセキュリティ製品の自給率も低く、国産の比率は10%以下といわれています。こうした課題を解決できれば、日本人がつくった会社でも世界で勝てると証明できるはずです。
※3 CISO:「Chief Information Security Officer」の略。企業の情報セキュリティを統括する経営層の責任者。
寺田:サイバー攻撃によって事業の継続が危ぶまれたり、大きな損害によって経営が立ち行かなくなったりする企業も出てきています。加えて、紛争によるサプライチェーンの混乱や、感染症の流行など、企業はさまざまなリスクと隣り合わせです。私たちが目指すのは、そうした困難から立ち直る力、いわゆる「レジリエンス」を高める存在になることです。
単なるサイバーセキュリティにとどまらず、企業や社会が安心してビジネスを続けられる仕組みをつくり、その分野でナンバーワンを目指していきます。
かつて私が憧れた経営者たちが戦後の日本を立て直したように、これからは「日本発のグローバルカンパニー」が次の世代の希望になると思っています。私たちがその一社になれれば、後に続く起業家が「自分にもできる」と思えるはずです。「世の中を良くする事業をつくりたい」という子どものころに抱いた想いは、今も変わっていません。
寺田:海外での挑戦というと身構えてしまうかもしれませんが、特別な才能が必要なわけではありません。私が実践したのは、投資額や成長性などのデータを比べ、勝ち目のある場所を地道に見極めただけです。日本にいると海外は遠く感じますが、調べれば「意外と誰も手をつけていない領域」は今もたくさんあるものです。
完璧な準備が整う日を待っていても、その日はなかなか訪れません。やりたいことがあるなら、小さくてもまず一歩を踏み出してみてください。海外に挑む日本人が一人また一人と増えていけば、その分だけ世界での存在感も大きくなります。同じ志を持つ仲間として、一緒に挑んでいける方との出会いを楽しみにしています。先に経験した者としてお伝えできることがあれば、遠慮なく頼ってください。
創業手帳
創業手帳0
補助金ガイド
飲食開業手帳