Golden Field 金野 利哉|クマ出没を”地図と通知”で可視化。元消防士が挑む、命を守るテクノロジー
地元岩手から世界へ。未経験から始めた、防災・救急DXという挑戦

岩手県八幡平市を拠点に、熊対策アプリ「Bears」、救急支援AIアプリ「Bedside Hero」、熱中症対策・労務管理プラットフォーム「SALAMAT」など、命と安全を守るプロダクトを次々と生み出しているGolden Field株式会社。
その創業者である金野さんは元消防士・救急救命士。東日本大震災やJICA海外協力隊での経験を原点に持ち「人の役に立つプロダクトを生み出したい」という想いで、未経験からプログラミングを勉強し、自ら開発にも携わられています。
今回はそんな金野さんに、創業の経緯から事業の現在地、そして地方から世界を目指す展望まで伺いました。
Golden Field株式会社 代表取締役
中学3年生で東日本大震災を経験し、消防士を志し、救急救命士の専門学校を経て消防士に。その後、JICA海外協力隊としてフィリピンに赴任するも、コロナ禍により3ヶ月で帰国。「日本にいながら世界中の役に立てるものを」とプログラミングを学び始め、八幡平市の地域おこし協力隊での活動を経て、2023年にGolden Field株式会社を創業。救急支援AIアプリ「Bedside Hero」、熊対策アプリ「Bears」、見守りサービス「Hachi」、熱中症対策プラットフォーム「SALAMAT」などを手がけ、防災・救急・医療分野のDXに取り組んでいる。
この記事の目次
消防士、救急救命士、JICA海外協力隊──原体験は「東日本大震災」

金野:生まれも育ちも岩手県で、中学3年生のときに東日本大震災を経験しました。私自身は内陸にいたので津波の直接的な被害を受けたわけではありませんが、世界中からさまざまな支援が届く光景を目の当たりにしました。その中でも特に印象に残ったのが、現場で懸命に活動する消防士の姿です。「自分も人の役に立てる仕事がしたい」それが消防士を志したきっかけでした。
高校卒業後は救急救命士の専門学校に進み、念願の消防士に。消防士は市町村単位の組織なので、基本的にはその市町村の方々を救う日々を送っていたのですが「もう少し多くの人の役に立てる方法はないだろうか」と考えるようになりました。
そんなとき、偶然JICA海外協力隊の活動を知り、これなら世界中の人の役に立てるのではないかと思い志願。消防署を退職し、フィリピンに赴任したのが2020年1月のことです。
金野:日本の救急車は1台あたり3,000万〜4,000万円もする高額な車両で、開けると天井にさまざまな資機材、壁にはモニターがあり、点滴セットや止血セットなど高度な医療機器が搭載されています。ところがフィリピンの救急車を開けてびっくり、ベッドしかないんです。できることは心臓マッサージくらいしかありません。

救急隊員の教育レベルも大きく異なります。AEDの訓練や心臓マッサージの講習を受けただけの方が「自分たちは救急隊だ」と言って救急車に乗っています。つまり、教育レベルも資機材のレベルも圧倒的に低いんですよね。「助けられるはずの命が助からない」という現実を前に、何とかしなければという強い課題感を抱きました。しかし、2年間の任期のはずが新型コロナウイルスの流行により、わずか3ヶ月で帰国しなければいけなくなってしまったんです。
金野:コロナ禍で思うように身動きが取れないなか、家にいながら世界中の人の役に立てる方法は何かと考えたとき「プログラミングを学んでアプリを開発できるようになれば、日本にいながら世界中にサービスを届けられるのではないか」と思ったんです。そこで一念発起してプログラミング学習を始めました。
実は、私は子どもの頃からゲームが大好きで、東日本大震災を経験する前はゲームを作る会社に就職したいと思っていたくらいでした。もちろんプログラミング自体は未経験でしたが、もともと好きな領域だったので無理なく続けることができましたね。
「防災無線が聞こえない」過疎地域ならではの課題をITで解決
金野:プログラミングを学んだ後、八幡平市の地域おこし協力隊に着任し、地域の課題をITで解決しながら、自分のビジネスの基盤を築いていきました。まず挙がったのが「防災無線が聞き取りにくい」という課題です。八幡平市はかなり過疎地域で、災害や緊急時に防災無線が重要な役割を果たすため、この問題解決は急務でした。そこで公式LINEを活用し、テキストベースで住民に情報を届ける仕組みを構築しました。今でこそ一般的になりましたが、当時としては先進的な取り組みだったんです。
特に私が注力したのは、火災や災害が発生した際に自動で配信するシステムの開発です。災害時は現場が非常に忙しいため、情報発信の自動化はかなり好評で、このシステムは今も八幡平市で使われています。「ITの力で人々を助ける」という長年の夢が初めて叶った瞬間でした。
金野:協力隊の卒業が近づいた2023年、過去数年と比較すると一気に熊の出没が増えました。市役所の職員さんとヒアリングを重ねる中で、大きな課題として浮かび上がったのが「情報格差」だったんです。
例えば小学校や中学校の近くに熊が出没した場合、学校やPTA間では「通学路に出たから迎えに来てほしい」といった情報が共有されますが、周辺に住んでいる一般の住民の方はその情報を知る術がありません。さらに、防災無線で「何々地内」と地名を言われても、多くの方は正確な場所が分からず、役所に問い合わせが集中。職員の方は電話対応に追われ、肝心の対策業務が後手後手に回ってしまっていました。
そこで、熊がどこに出没したのかを地図上にマッピングして可視化し、通報もアプリ上で完結できる仕組みを構築。地図上にピンを押すだけで出没情報が即座に共有されるため、速やかに場所を把握できるようになりました。
登録者数8,000人→5万人。岩手県全域に広がった熊対策アプリ「Bears」

熊対策アプリ「Bears」 アプリイメージ
金野:今年の4月から岩手県と新たに契約し、八幡平市だけでなく県全域を網羅できるようになりました。毎年アップデートを重ねており、現在は地図上に出没情報が登録されるとLINEで通知が届く機能を実装しています。
ただ、岩手県は33市町村あり、1日平均で20〜30件もの出没情報が登録されることがあります。通知が多すぎるとブロックされてしまうので、市町村ごとに通知のオン・オフを切り替えられるようにしました。さらに、地図上でエリアをメッシュ分けし、自分の住んでいるエリア、子どもの学校のエリア、職場のエリアなど、本当に必要な場所だけの通知を受け取れるようになっています。
定量的な成果として、2026年5月は100万PVを達成。岩手県公式LINEへの搭載により、公式LINEの登録者数は約8,000人から約5万人へと大幅に増加しました。実際に市民の方からも「防災無線で地名を言われてもどこか分からなかったので助かっている」「出かける前にBearsを見る習慣がついた」などのお声も多数いただいています。行政側でも、通報のほとんどがアプリ経由になり、電話対応の時間を別の業務に充てられるようになったと聞いています。
金野:現在、熊の出没ポイントに近づいたら自動で警告が表示されるシステムを開発中です。市町村が公開しているデータを自動で収集し、ユーザーが危険エリアに接近した際に「◯月◯日にここで目撃情報が出ています」とリアルタイムで通知することで、よりタイムリーに危険を知らせることはもちろん「こんな近くにいるんだ」という注意喚起にもつながると考えています。
金野:「0→1」を生み出すのが好きなので、どちらかと言われたら起業家だと思いますね。自分で手を動かしてプロダクトを形にできるのがエンジニアの強みですが、収益が立ってきたものに関しては社員に任せるようにしています。収益化さえ始まれば、自分じゃなくてもできますから。
とはいえ、人命に関わるサービスなので、エラーが出たらすぐに対応しなければなりません。冗談抜きで365日24時間働いていますね(笑)。好きだからこそ続けられていると思います。
防災・救急・医療のインフラを、テクノロジーで守り続ける

金野:昨今はどの業界も人手不足ですが、防災や医療の現場はかなり深刻な状態です。人手が減れば必然的に能力も下がってしまい、その結果日本の優秀なインフラが維持できなくなる恐れがあります。だからこそ、テクノロジーの力を使いながら質を担保し、人手が少なくてもサービスを保持し続けるような環境を作ることが必要不可欠です。
金野:防災・救急分野のビジネスで世界展開を目指していきたいです。日本の技術力で作ったものを世界に届け、外貨を稼いで納税する、それが日本への恩返しだと思っています。フィリピンで目の当たりにした「助けられたはずの命が助からない」という課題は、世界中に存在します。テクノロジーの力で、国境を越えてその課題に挑み続けたいですね。
金野:私のように地方から起業したい方こそIT分野での起業をおすすめしたいです。当社は岩手県八幡平市という冬は雪深い過疎地ですが、オンラインで世界中と繋がれて仕事ができています。特に過疎地域であればあるほど賃料が安いため、初期コストを抑えられるというメリットもあります。
IT分野で起業したい方にぜひお伝えしたいのは、自分自身で技術的な知識を持つことの重要性です。知識がないまま開発を外注すると、エンジニア業界からしたら1日もかからないような作業に膨大な金額を見積もられることも珍しくありません。自分で手を動かせないと、資金や予算の関係上作りたいものが作れないという状況にぶち当たってしまいます。会社が大きくなればCTOを迎え入れることもできますが、初期フェーズでは創業者自身の理解度が事業の運命を左右すると言っても過言ではないんです。自分の原体験から生まれた課題意識を信じて、まずは自分自身でプロダクトを作ることから踏み出してみてほしいです。
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