スペクティ 村上 建治郎|“危機”をAIでリアルタイムに可視化し、防災の情報インフラを変える

※このインタビュー内容は2026年07月に行われた取材時点のものです。

被災地ボランティアが原点。報道・自治体・企業が頼る「AI防災」事業になるまでの軌跡

地震や豪雨など自然災害のニュースでは、近年、スマートフォンで撮影されたSNSの映像を目にすることが当たり前になってきました。

そんなSNSや道路や河川のカメラ映像、気象データなどさまざまな情報をAIで解析して災害状況を可視化するサービスを提供しているのが、株式会社Spectee(スペクティ)です。同社の技術は現在、民間企業や製造業のサプライチェーン(※1)のリスク管理、さらに海外へも急速に広がっています

今回は、東日本大震災での被災地支援をきっかけに起業した代表取締役CEOの村上建治郎さんに、創業の原点から資金調達の苦労、そして今後の展望を伺いました。

※1 サプライチェーン:原材料の調達から製造、物流、販売まで、製品が消費者に届くまでの一連の流れのこと。

村上 建治郎(むらかみ けんじろう)
株式会社Spectee(スペクティ)代表取締役 CEO
ソニー子会社にてデジタルコンテンツの事業開発を担当。2007年から米IT企業にてパートナー・ビジネスの推進などに従事したのち、2011年に発生した東日本大震災で災害ボランティアを続ける中、被災地からの情報共有の脆弱性(ぜいじゃくせい) を実感。被災地の情報をリアルタイムに伝える情報解析サービスの開発を目指し、株式会社Spectee(スペクティ) を創業。著書に「2040年の防災DX」(日刊現代・講談社)。

東日本大震災の被災地で見た「メディアと現場のギャップ」

ー村上さんのこれまでのキャリアについて教えてください。

村上:社会人としての最初のキャリアは、ソニーの子会社でのデジタルコンテンツの事業開発でした。その後、アメリカの創薬支援企業で日本企業向けのマーケティングに携わり、2007年には世界的な通信機器メーカーであるシスコシステムズへ入社しました。

会社員として順調にキャリアを重ねていたのですが、転機になったのが2011年の東日本大震災です。発生直後から被災地でボランティア活動を続ける中で、起業へと進んでいくことになりました。

ー被災地でのボランティア活動が起業の原点になったと伺いました。現地に入って、特に印象に残っている場面はありますか?

村上:最も強く感じたのは、東京でテレビを見ていても、現地のリアルな状況がまったく伝わってこないということです。テレビはどうしても、被害が特に大きかった場所を選んで中継します。でも実際に被災地へ行くと、報道されていない被害がたくさんありました。

たとえば宮城県石巻市は、被害も大きかったこともあり、多数のテレビ局の中継が入って注目を集めていました。そのため、テレビを見た人が全国から駆けつけ、多くのボランティアが集まっている状況でした。

ところが、隣接する東松島市に行くと、その当時ボランティアの姿がほとんど見当たらない。沿岸の野蒜(のびる)地区などは、津波で住宅の多くが流される甚大な被害を受けていたにもかかわらず、支援に入るボランティアはなかなか集まらなかったんです。さらに内陸寄りの南三陸町は、当時まだ立ち入り自体が難しい状態で、現地の被害がほとんど伝わっていませんでした。

大規模な災害では、マスメディアだけでは限界がある、被災地のすべての状況を伝えきれない、と強く感じましたね。

ー一方で、SNSには報道を補う情報源としての可能性を感じられたのですね。

村上:そうなんです。当時のTwitterを見ると、現地にいる人たちのつぶやきが数多く投稿されていました。

印象に残っているのが、南三陸の海沿いの高台にある民宿での出来事です。そこには二十数人が避難していたのですが、津波で周辺の道路がすべて寸断され、完全に孤立していました。民宿の方が「孤立して補給が届かず、飲み水も燃料も足りなくなり、困っています」とTwitterでつぶやいていたんです。

その投稿を見て、すぐ投稿者本人にDMで連絡を取り、ちょうど近くの石巻にいたので水とカセットコンロのガスを大量に買い込んで民宿まで届けに行きました。

こうした出来事を通じて確信したのは、マスコミが報じていない場所にも、本当に支援を必要としている人がいること。そして、その声はSNSには届いているということです。だからこそ、こうした現場の情報を支援に役立てる必要があると強く感じたんです。

外資系IT大手を退職。「事業アイデアはまだなかった」

ー課題を感じてから事業を立ち上げるまで、どのような経緯があったのでしょうか?

村上:実は、明確なアイデアがあって会社を辞めたわけではなく、実際はボランティア活動を続けながら、被災地の課題を解決するためにいろいろな取り組みをしていました。

たとえば2011年の秋には、東京から東北の被災地へボランティアを案内する「ボランティアツアー」を企画しました。観光客が来なくなって空いている旅館に協力してもらい、温泉に入って食事をしながらボランティアをする、というものです。2週間に1回ほどのペースで、翌年6月末まで続けていました。

会社勤めをしていると、こうした活動に充てる時間が足りなくなり、会社の有給休暇も使い切ってしまって、会社にいること自体が活動の足かせに感じられるようになりました。休み休みでやっていると会社にも迷惑をかけてしまうので、「それなら会社を辞めよう」と決めたんです。それほど、被災地支援に力を注ぎたいという思いが強くなっていました。とはいえどんな事業を立ち上げるかは明確になっておらず、それを具体的に考えたのは退職後のことでした。

ー周囲の反応はいかがでしたか?

村上:家族は「やりたいと思ったことに挑戦してほしい」と背中を押してくれました。会社の同僚には、安定した職を手放すことを心配して「辞めないほうがいい」と引き止める人もいました。それでも最終的には、「うまくいかなかったら戻っておいで」と背中を押してくれる人が多かったですね。

ー最初に手がけたサービスは、どのようなものだったのですか?

村上:最初に考えたのは、被災者同士が情報交換できるコミュニティサービスでした。TwitterのようなSNSと、当時人気のあったmixiの中間のようなイメージです。エンジニアを社員として迎え、テスト版まで作りました。

ただ、ここで大きな壁にぶつかりました。コミュニティ型のサービスは、ユーザーが少ないとログインしても誰もいない状態になってしまう。発信しても誰も見ていなければ面白くないので、人がなかなか集まらないんです。

そこで発想を転換し、「すでに災害の現場情報が集まっているSNS上の投稿を取り込んで表示すればいい」と考えました。これがSpectee(スペクティ)の原型になりました。

ーすでにある投稿を活かす発想に切り替えたのですね。とはいえ、形になるまでには資金面でのご苦労もあったのではないでしょうか?

村上:ありましたね。今でこそベンチャーキャピタル(※2)や国によるスタートアップ支援が充実していますが、2012年頃は「スタートアップ」という言葉自体がまだ一般的ではありませんでした。当時の金融機関の融資は、飲食店や小売店など、事業の形がわかりやすく将来の見通しを立てやすい業種が主な対象でした。「スマートフォン向けの情報共有を作ります」という説明では事業の中身がイメージされにくく、なかなか資金を出してもらえなかったんです。

最初に活用したのは、日本政策金融公庫の創業者向けの融資制度でした。事業計画を細かく作り込んで申請しましたが、それでも借りられたのは500万円。今振り返っても、IT分野の起業に対する評価が定まっていなかった時代ならではの厳しさだったと思います。

※2 ベンチャーキャピタル:成長が期待できる未上場企業に出資し、将来の成長による利益を狙う投資会社のこと。

報道機関への導入が転機に。個人から法人向けサービスへ

ルクセンブルクにて「Spectee」を初披露(2014年)
ーSpectee(スペクティ)は、どのように事業として形になっていったのでしょうか?

村上:2014年にSpectee(スペクティ)のアプリをリリースしたのですが、膨大なSNSの投稿の中から、火災や事故といった災害・事件の情報だけを自動で選び出し、整理して届けるサービスは当時ほかになく、その新しさが話題になりました。

ただ、最初は個人向け(toC)だったため、継続的に収益を得る形を描きにくいという課題がありました。一方、災害情報を業務で必要とする企業や組織なら、対価を払ってでも使う価値を見出してくれるはずです。そう考えて法人向け(toB)への転換を進めたところ、最初に強い関心を示してくれたのが報道機関でした。

参加していたインキュベーションプログラム(※3)の発表会に、ある放送局の方が来ていたんです。その局はちょうど、SNSから報道のきっかけを探す先進的な取り組みを始めたところで、私たちのツールがそのニーズに合致しました。

ー報道機関にとって、それまでにない便利さがあったということでしょうか?

村上:そうですね。そもそもSNSから必要な情報を探し出す作業はとても手間がかかるものですが、それを担うツールが当時はどこにもありませんでした。その負担をまるごと肩代わりできた点が大きかったのだと思います。

ー報道機関への導入は順調に進みましたか?

村上:いえ、当初はまったく広がりませんでした。先進的に取り組んでいた一部の報道機関は別として、多くの民放各局に紹介すると、「SNSを報道に使うなんてありえない」と言われました。「情報は足で稼ぐもの」という考えが大半だったんです。

風向きが変わったのは、2016年に発生した熊本地震です。現地の状況を伝えるうえで、SNSの情報が何よりも早かった。同時に「動物園からライオンが逃げた」という事実無根の投稿も拡散し、SNSの速さと危うさの両面が大きな注目を集めました。これを境に「SNSはもう無視できない」という認識が広がり、1年ほどで東京の主要な民放テレビ局はすべて導入してくれました

※3 インキュベーションプログラム:有望なスタートアップを選抜し、事業発表の機会や専門家の助言、出資などを通じて成長を後押しする支援活動のこと。

自治体の切実なニーズを叶えた「Spectee Pro」の技術

Spectee PRO
ーそこから、Spectee(スペクティ)のサービスはどのように進化していったのでしょうか?

村上:次の転機が、2018年の西日本豪雨です。土砂崩れで自治体の職員も現場に近づけない中、被害状況を早く把握する手段としてSNSが重視され、利用したいという自治体の声が一気に増えました。

ただ、自治体が知りたいのはSNSの投稿そのものではなく、「今、現場がどのような状況なのか」です。そこで、集めた情報を画面上の地図と連動させ、被害発生地点をひと目で確認できるようにしました。さらに河川や道路のカメラ映像、雨雲レーダーなどの気象データも同じ地図上に重ねていくことに。

こうして機能を加え続けるうちにシステムが複雑になってきたため、一から作り直し、2020年に「Spectee Pro」として新たにリリースしました

ー自治体に評価された一番のポイントは何だったのでしょうか?

村上:位置情報の精度の高さです。ここが他社との大きな差でした。

重要なのは、「投稿者の位置」ではなく「被災現場の位置」を地図上に示すことです。投稿する人は、必ずしも被害が起きている現場にいるわけではありません。少し離れた場所から写真を撮って投稿しているかもしれない。でも災害対応にあたる職員の方が知りたいのは、今まさに被害が起きている場所です。「何丁目何番地で起きている」とわかれば、すぐに対応の判断ができます。

ーどのように位置情報の精度を高めたのですか?

村上:高い精度の中核を担っているのは、写真に映り込んでいる建物や景色から場所を特定する技術です。特許も取得しています。

ただ、AIだけで確実に場所を特定できるわけではありません。弊社には情報を精査する専門チームがあり、AIでは対応しきれない部分を人が補うことで、正確な場所を割り出しています。この体制が、多くの自治体に採用いただいた大きな要因だと思います。

調達額は累計38億円。それでも「防災の資金調達は難しい」と語る理由とは

ー2026年6月に資金調達額が累計38億円に達していますが、創業初期の調達では投資家にどのように受け止められていましたか?

村上:正直なところ、創業初期の反応は芳しくありませんでした。「ニーズがよくわからない」「これは誰が使うのか」と、なかなか価値を理解してもらえなかったんです。

理由は、防災や危機管理という領域が、投資家自身の実感の外にあるからだと思います。「なぜ報道機関がSNSを使うのか」と聞かれて、それを説明しても、投資家は報道の現場がわからず実感が湧かなかった。結果として、50社ほどから断られましたね。

ー最初の出資先との出会いは、どのようなものだったのでしょうか?

村上:最初に出資を決めてくださったのは、ある大手テレビ局でした。ちょうど報道機関への導入が広がり始めた時期で、報道という自社の事業に近い分野だからこそ、私たちのサービスの価値をいち早く見抜き、可能性に賭けてくださったのだと思います。本当にありがたい出会いでした。

もちろん、すべてが順調だったわけではありません。社会性の高い事業は、どうしても収益化が難しいという見方をされがちです。出資する側からすれば、投じた資金に見合うリターンが見えにくく、判断に慎重になるのは当然のことだと思います。実際、今でもお話を聞いてくださった投資家のうち、次の段階に進むのは1〜2割ほどです。

それでも状況が好転してきたのは、やはり顧客が増え、実績が積み上がってきてからでした。実績が見えてくると、その成長の背景を真剣に理解しようと、深く耳を傾けてくださる投資家が確実に増えていったんです。言葉で可能性を語るより、まず1つずつ実績を示していく。社会課題に取り組む事業ほど、この積み重ねが何よりの力になると感じています。

日本の防災技術を世界へ。サプライチェーンを守る新たな挑戦

Spectee SCR
ー災害情報の可視化から始まったSpectee(スペクティ)ですが、近年は対象とする領域も広がっているそうですね。現在、特に注力している領域を教えてください。

村上:1つは、製造業のサプライチェーンのリスク管理です。私たちはこれまで、災害現場において「どこで何が起きているか」をいち早く捉える技術の強化に注力してきました。その強みは、災害の現場に限らず、企業の供給網を守る場面でも生きてきます。

日本はものづくりの企業が多く、ほかにはない独自の部品や製品を手がける工場も少なくありません。そうした工場が火災や災害に見舞われると、調達網全体が止まってしまう恐れもあります。有事の際に事業を止めないよう、サプライチェーン全体のリスクを可視化し、備える。そうした役割を担い始めています。

もう1つが海外展開です。日本は地震や台風、豪雨といった自然災害が多い分、防災の技術や知見が世界的に見ても高い水準にあります。これは日本が世界に貢献できる分野の1つです。

その第一歩として取り組んでいるのが、フィリピンでの事業展開です。フィリピンでは、日本で提供しているSpectee(スペクティ)の仕組みをほぼそのまま導入していただいています。地震や台風が起きた際に、現地の自治体や政府の担当者が被害状況をいち早く把握し、迅速な対応につなげられるよう役立てていただいています。

ーSpectee(スペクティ)がこれから実現したいことを教えてください。

村上:私たちは「“危機”を可視化する」というミッションを掲げています。何が起きているかをすぐに見える化できれば、次にどう動くべきか、より正確な判断ができるようになります。避難の判断を誤れば、被害は大きくなってしまう。だからこそ、できるだけ早く的確に動けるよう、その裏側の意思決定を情報で支えたいんです。

自然災害そのものを止めることはできません。でも、被害を少なくすることはできると思っています。ITやAIの技術を活用して被害を最小限に抑え、その先で被害をできる限りゼロに近づけていく。それが私たちの目指す姿です。

行動を起こして初めて見えてくるものがある

ー最後に、これから起業を考えている方へメッセージをお願いします。

村上:私の経験から1つだけお伝えするなら、「考えすぎる前に、まず動いてみる」ということでしょうか。

よく「起業したいと思っているんです」とご相談をいただきます。その気持ちはとても大切ですし、悩むのは真剣に向き合っている証拠だと思います。ただ、思いを温めているだけでは、なかなか前には進みません。時間が経てば状況が整うかというと、必ずしもそうではない。完璧なタイミングやチャンスを待っていても、都合よく訪れてはくれないものです。

私自身、最初から綿密な計画があったわけではありません。「やりたいことに集中するには、会社にいるのは難しい」と考えて退職し、事業の形はその後で固めていきました。この経験から強く感じるのは、思い立ったら、まず小さくても一歩を踏み出してみてほしいということです。動き出して初めて見えてくるものが、必ずあります。皆さんの挑戦を、心から応援しています。

『2040年の防災DX』村上 建治郎 発行:日刊現代 発売:講談社

激甚化する自然災害に対し、AIやIoTなどの最新テクノロジーはどう立ち向かうのか?本書は、レジリエンス・テック・スタートアップ「Spectee(スペクティ)」の村上建治郎CEOが、2040年における「防災の近未来像」を徹底解説した一冊です。
未来のテクノロジー予測だけでなく、日本の自治体が抱えるリアルな課題、企業が取るべき防災DX戦略、さらには世界の最新ケーススタディまでを網羅。これからの時代の危機管理やBCPを考える上で、すべてのビジネスパーソン必読の内容となっています。

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