最低賃金改定前に中小企業がやるべきこと|人件費増への備え方を解説

最低賃金改定を乗り越える中小企業のための対応ガイド


最低賃金は毎年見直され、都道府県ごとに改定額と発効日が決まる仕組みです。例年では秋ごろに地域別最低賃金の適用が順次開始されます。
つまり、9月や10月になってから賃金改定しようとすれば、給与計算やシフト、人件費の見直しが間に合わないかもしれません。
特にパート・アルバイトを多く雇用している小売業や飲食業、そのほかにも介護・福祉、製造業、サービス業などでは、最低賃金の引き上げが直接的に人件費増につながります。

この記事では、最低賃金改定前に中小企業が確認しておきたいポイントと、人件費増に備えるための価格転嫁・補助金活用・業務改善の考え方を解説します。

最低賃金の改定はいつ行われる?


最低賃金の仕組みを正しく理解することが、改定前対応としての出発点です。
都道府県ごとに金額・発効日が異なるので、制度の全体像を把握した上で自社の条件を確認するようにしましょう。
最低賃金の改定について知っておきたい知識をまとめました。

最低賃金は毎年見直される

最低賃金はニュースなどでも頻繁に話題になります。
しかし、簡単に最低賃金といっても、最低賃金には都道府県ごとに定められた「地域別最低賃金」と特定の産業を対象とした「特定最低賃金」の2種類があります。

多くの事業者がまず確認すべきは「地域別最低賃金」です。
地域別最低賃金は都道府県ごとに金額が異なり、厚生労働省では全国一覧を公式サイトで公表しています。自社の所在地に対応する金額を必ず確認しておくようにしてください。

一方で、特定最低賃金は、特定の産業に設定されている最低賃金です。
地域別最低賃金がすべての労働者の最低限を保障するセーフティネットであるのに対して、特定最低賃金は、産業又は職業ごとに適用されます。

改定後の地域別最低賃金は夏ごろに地方最低賃金審議会で審議され、例年秋ごろに順次適用されます。
適用開始されてから慌てて対応するのではなく夏の時点から準備を始めることが、コスト管理の上でも重要です。

「9月に決まって10月から適用」とは限らない

最低賃金改定額の目安となる中央最低賃金審議会の答申は例年夏ごろに示され、地方審議会の答申もその後順次公表されます。
余裕を持って備えるのであれば情報収集は夏前から始めるようおすすめします。

実際の発効日は都道府県ごとに異なります。
10月上旬から順次適用されるケースが一般的ですが、地域によって異なるので、厚生労働省が公表する全国一覧で自社の所在地の発効日を個別に確認してください。
問題となるのは、本社所在地だけではありません。店舗や支店、工場など事業場が所在する都道府県ごとに適用される最低賃金が異なるので、拠点単位で確認しておきましょう。

最低賃金改定で中小企業に起こりやすい影響


最低賃金の引き上げといっても、時給を見直すだけだから大きな影響はないと考えている人もいるかもしれません。
しかし、実際には社内の賃金バランスや利益構造、労務管理まで幅広く影響を与えます。
最低賃金が改定されてから慌てないためにも、起こりやすい影響を事前に整理しておきましょう。

パート・アルバイトの時給見直しが必要になる

改定された後の最低賃金を下回る時給は法律上認められません。現在の時給が新しい水準を下回る従業員については、発効日までに速やかな引き上げが求められます。

また、最低賃金が影響するのはパートやアルバイトといった時給で働く従業員にとどまりません。
月給者や日給者についても所定労働時間で割り戻した時間単価が最低賃金を下回っていないか確認が必要です。

試用期間中や研修中、短時間勤務者であっても原則として最低賃金の適用対象になります。
雇用形態や勤務状況を問わずすべての従業員を対象にして改定後最低賃金を下回っていないか確認するように求められます。

既存社員との賃金バランスが崩れる

改定に伴って最低賃金付近の従業員だけを引き上げてしまうことも、従業員の摩擦やトラブルの原因になります。
賃金の引き上げによって勤続年数の長いベテランや正社員との賃金差が縮まり、社内の賃金体系が実態と乖離(かいり)してしまったり、不満が溜まったりするリスクがあるのです。

具体的には、「新人と給与がほとんど変わらない」という不満がベテラン社員や中堅層から出やすくなり、モチベーション低下や離職リスクにつながります。
最低賃金の引き上げをきっかけに、賃金テーブルや等級制度、各種手当の設計を改めて見直すことが、全体のバランスを保つために欠かすことができません。

人件費増が利益を圧迫する

時給が数十円上がるだけでも、雇用人数・月間稼働時間が多い企業では年間の追加人件費が数十万〜数百万円規模になります。
賃金を上げるためには、その影響の大きさを事前に試算しておくようにしてください。

原材料費や光熱費、物流費の上昇に加えて人件費増が重なれば複合的な要因として利益率が大幅に下がる可能性があります。
単独のコスト増としてではなく経営全体への影響として分析して対策につなげましょう。

毎年繰り返す人件費増に対応するには、安易な経費の削減などその場しのぎの吸収ではなく長期的な視点が求められます。
価格転嫁や業務改善、採用見直しを組み合わせた構造的な対策を講じてください。

最低賃金改定前にまず確認すべきこと


改定への対応は「自社の実態を正確に把握する」ことがスタートです。
事業場ごとの最低賃金の確認から従業員の時間単価を洗い出し、追加人件費の試算まで、順を追って確認します。どういった工程で確認するのか、以下でまとめました。

自社の事業場ごとの最低賃金を確認する

最低賃金は、本社の所在地だけでなく、店舗・支店・工場など事業場が所在する都道府県ごとに適用される地域別最低賃金を個別に確認します。
対応のスケジュールを組むためには、合わせて発効日も把握しておくようにしてください。

複数の都道府県に拠点を持つ企業は、各都道府県の最低賃金と発効日を一覧化して管理すると効率的です。一覧化によって見落としや対応漏れを組織的に防げます。

派遣社員や出向者については、就労実態や契約内容によって適用される最低賃金が異なる場合があります。
テレワーク勤務者についても、所属事業場や勤務実態に応じて適用関係を確認しておいてください。

全従業員の時間単価を洗い出す

最低賃金が改定された時には時給者だけでなく、月給者や日給者についても所定労働時間をもとに時間単価を算出し、改定後の最低賃金と比較する作業を全従業員対象に実施します。

ただし、賃金には固定残業代や通勤手当・家族手当など最低賃金の算定対象に含まれない賃金項目があります。
総支給額だけで賃金が条件を満たしているかどうか判断すると誤った結果になってしまうので注意してください。

最低賃金との比較に使用できる賃金の範囲は厚生労働省の資料で定められています。
月給制の場合には、基本給と一定の諸手当を足して比較します。基本給と算定方法を正しく理解した上で時間単価を洗い出すようにしましょう。

引き上げ対象者と追加人件費を試算する

引き上げが必要な場合には、改定後の最低賃金との差額・対象人数・月間労働時間を算出します。
この数字をもとにして月次の追加人件費を算出し、年間換算で経営に与える影響額を具体的な数字で把握しておいてください。

例えば、時給を50円引き上げる従業員が10人在籍していて、月間労働時間が各100時間の場合を考えます。
このケースでは、月5万円で年間では60万円の人件費増が見込まれます。自社の規模に当てはめて事前に試算することで、コストを把握しておくことが必要です。

試算結果をもとに引き上げ対象者を明確にしておくことは、経営戦略上大きな意味があります。
コスト増に対して価格転嫁・助成金活用・業務改善といった対策の優先順位を判断するための材料に活用可能です。

最低賃金ぎりぎりの採用条件になっていないか確認する

採用を継続している場合には、採用条件も確認します。
現在公開中の求人票に記載している時給が改定後の最低賃金を下回らないかを確認し、必要に応じて発効日前に求人情報を更新するようにしてください。
採用後すぐに雇用条件の変更が必要になると求職者・採用者双方に混乱が生じます。改定後の水準を前提とした採用条件を事前に設定するようにおすすめします。

ただし、採用条件はコストだけの問題ではありません。
採用競争力の観点では最低賃金ぴったりの時給では応募が集まりにくい場合もあるので、近隣の競合他社の求人水準も合わせて確認してから条件を決定してください。

人件費増に備えて中小企業がやるべき対策


人件費増への対策は、コスト削減だけに目が向きがちです。しかし、価格や業務、人員、賃金制度といった点から総合的に見直すことが企業の長期的成長につながります。
特に価格転嫁は早期に準備を進めるべき重要な対策のひとつです。以下では、どういった対策があるのかまとめました。

価格転嫁を検討する

最低賃金の改定によって人件費の上昇した分をすべて企業努力で吸収し続けることは利益率の継続的な低下を招きます。
原材料費の上昇と同様に人件費増加の状況を取引先に説明し、価格交渉につなげましょう。

取引先への価格交渉に備えて、時給改定による年間コスト増の根拠を数字で整理し、見積書や価格表、契約更新のタイミングに合わせて早めの準備を進めておきます

中小企業庁は価格交渉・価格転嫁を促進するための「価格交渉促進月間」を実施しています。
価格交渉について学べる講習会を実施しているほかフォローアップ調査や発注者への指導・助言も行っているので、交渉に備えてうまく活用してください。

料金体系の見直しを考える

一律の値上げだけが選択肢ではありません。
セット価格の見直しや最低注文金額の設定、オプション料金の新設など、収益構造を改善するための価格体系の再設計として捉える戦略もあります。

送料・出張費・深夜料金など従来曖昧だった費用を明確に価格に組み込むことで、実態に即した収益を確保しながら取引先・顧客への説明もしやすくなります。
これは、採算の取れていない商品・サービスを整理するチャンスです。
限られた人員と時間を利益率の高い事業に集中させ、人件費増への耐性を高めるきっかけと考えて取り組んでください。

業務効率化で労働時間を減らす

人件費単価が上がる局面では同じ売上をより少ない時間で生み出すことが求められます。
そのためには、業務効率化や生産性の向上が必要です。予約管理・在庫管理・会計・勤怠・請求書発行などの業務デジタル化が有効な対策です。

手作業や二重入力、紙による管理といった非効率な業務フローを見直すことで、労働時間を実質的に削減し、人件費増を吸収できる体制を目指してください。
業務マニュアルの整備により教育時間を短縮し、新人やパートタイム従業員が早期に戦力化できる環境を整えておけば、採用・育成コストの抑制にもつながります。

採用・配置・シフトを見直す

売上の高い時間帯・曜日に人員を集中させ、売上の少ない時間帯の営業体制を見直すことで、同じ人件費でより高い生産性を実現できます。
短時間勤務者の役割を明確に定義し、属人化している業務を分解して複数人が対応できる体制にすることで、シフト調整の柔軟性が高まり無駄な残業も減らせるでしょう。

大切なのは、人員を削減する前に業務の中にあるムダ・ムラ・ムリを先に洗い出すことです。
見直しによって既存の人員構成のままでも生産性を改善できる余地が見つかるかもしれません。

賃金制度を見直す

最低賃金付近の層だけでなく全体の賃金バランスを見直します。
勤続年数やスキル、役割、責任に応じた賃金設計になっているかを改定のタイミングに合わせて見直すことは、従業員が働きやすい環境づくりのためにも重要です。

昇給基準を明確に定めておけば、従業員が成長の見通しを持ちやすくなり、賃金水準の引き上げと合わせて人材定着率の向上にもつなげることができます。
各種手当の目的と支給条件を整理することで制度の透明性が高まり、従業員の納得感を確保しながら賃金全体の見直しを進めやすくなります。

最低賃金引き上げ時に活用したい助成金


賃上げによって経営自体が苦しくなるケースも少なくありません。厚生労働省は労働市場全体の賃上げを支援するため、複数の助成金制度を設けています。
ここでは、人件費増への対策を進める上で活用できる代表的な3つを紹介します。
各制度の要件・金額・申請期限は年度ごとに変わるので、最新情報は厚生労働省の公式資料で確認するようにしてください。

業務改善助成金

業務改善助成金は、中小企業・小規模事業者が生産性向上に資する設備投資等を行って、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた時に、設備投資等の費用の一部が助成される制度です。

設備投資や機械導入、経営コンサルティング費用などが助成対象になり得ますが、交付決定前の発注・購入は原則として対象外です。
最低賃金の引き上げ対応と生産性向上の設備投資を同時に進めている中小企業・小規模事業者に適しているので最新の交付要綱・要領で助成要件を確認しておいてください。

キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)

キャリアアップ助成金は、有期雇用労働者・短時間労働者・派遣労働者といったいわゆる非正規雇用労働者の正社員転換や処遇改善の取組を実施した事業主に対して助成される制度です。

正社員化支援と処遇改善支援に分けられ、賃金規定等改定コースは非正規雇用労働者の賃金規定を改定して賃金を引き上げた場合に助成される仕組みです。
最低賃金改定を機に処遇改善を進める際に活用できる可能性があります。

働き方改革推進支援助成金

働き方改革推進支援助成金は、生産性向上に向けた設備投資等の取組に係る費用を助成することで、労働時間の削減等に向けた環境整備に取り組む中小企業事業主を支援する制度です。

この助成金は労働時間短縮や年休促進支援コースや勤務間インターバル導入コースなど複数のコースがある点が大きな特徴です。
生産性向上のための設備投資を通じて労働時間を削減し、人件費増への耐性を高める手段として活用が期待できます。

最低賃金改定への対応でやってはいけないこと


最低賃金改定への対策を急ぐあまり、法令違反や労務トラブルにつながる対応は避けなければいけません。
リスクを回避するために改定前後に陥りやすい誤った対応を事前に確認しておいてください。

最低賃金を下回ったまま働かせる

改定後の最低賃金を下回る賃金で労働させることは最低賃金法に違反します。発効日までに必ず時給・時間単価を引き上げる対応を講じなければいけません。

「本人が同意している」「試用期間中だから」「短時間勤務だから」といった理由は原則として最低賃金適用の免除にはなりません。
例外の対応だから問題ないといった思い込みを捨てるようにしてください。

休憩時間や残業時間の管理を曖昧にする

最低賃金対策として労働時間を実態より短く記録することは未払い賃金・未払い残業代の問題に直結します。勤怠記録を意図的に操作することは絶対に避けてください。

勤怠管理が曖昧なまま時給を引き上げると実際の労働時間に基づく賃金計算が正確に行われず、後日の労務トラブルや訴訟リスクを高める可能性もあります。
休憩時間や労働時間に関するルールは必ず就業規則などで明文化しておきましょう。

補助金や助成金を前提に資金計画を組む

補助金・助成金は、すぐに受け取れるとは限りません。
申請して採択されてから交付、入金まで数か月単位の時間がかかることが多くあり、その間の資金繰りは自社で対応する必要があります。
そのため、補助金や助成金が出るからと受給を前提とした支払計画を立てるのはおすすめできません。

審査の結果によっては不採択になる可能性もあります。
補助金・助成金が得られなくても、事業継続や投資実行、賃金引き上げが可能な資金計画 を基本として資金計画を策定してください。

まとめ|人件費増を吸収できる経営体制を今から整えよう

最低賃金の改定は毎年秋ごろに順次発効されます。
夏ごろから自社の事業場ごとの最低賃金・全従業員の時間単価・追加人件費の試算を行い、発効日前に対応を完了させるようにしてください。
パートやアルバイトを多く雇用する企業では時給見直しにとどまらず、給与計算や就業規則、賃金バランス、採用活動をしていれば求人条件まで含めた総合的な対応が求められます。
長期的に体制を構築するのであれば、業務効率化や価格転嫁まで視野を広げるようにおすすめします。
発効後に慌てて対策するのではなく事前に備えておくことが重要です。
最低賃金改定をきっかけに助成金などの活用も検討しながら、利益を守りつつ従業員が働き続けやすい経営体制を整えれば企業成長の後押しになるでしょう。

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(編集:創業手帳編集部)