金融IT協会 山口 省蔵|金融機関のDXを通じて日本企業の人材育成・ITスキルUPを支援
30年の金融業界での経験を活かして起業。金融を通じて社会を発展を実現させたい
金融機関へのDX支援を通じて、中小企業の人材育成やITスキルアップを目指しているのが金融IT協会の山口さんです。
ほぼすべての日本企業は金融機関とつながりを持っています。連携先の金融機関にDX支援を行えば、その先にいる企業にも影響を与えられる。日本銀行での金融マン経験があるからこその山口さんの考えです。
今回は、山口さんが30年勤めた日本銀行を辞めて起業した背景や、金融機関のITスキルアップ支援を行う思いについて、創業手帳の大久保が聞きました。
特定非営利活動法人金融IT協会 理事長
株式会社金融経営研究所 代表取締役 所長
1987年日本銀行入行後、金融機関の考査・モニタリング部署を中心に担当し、金融高度化センター副センタ―長を経て、2018年に株式会社金融経営研究所を設立。金融を通じた社会の発展を目的に「熱い金融マン協会」を運営。著書に『実践から学ぶ地方創生と地域金融』(共著、学芸出版社、2020年)、『金融機関のしなやかな変革――ピラミッド組織の崩壊、セルフマネジメント組織の誕生』(共著、金融財政事情研究会、2020年)などがある。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
日本銀行を経て「金融経営研究所」を創業
大久保:起業までの経緯を教えてください。
山口:独立前までの30年ほど日本銀行に勤めていました。
退社直前は、金融機関向けにセミナーを開催したりする部署である「金融高度化センター」の副センター長を勤めていました。
その後、2018年に「株式会社金融経営研究所」を設立しました。
大久保:長年勤めた日本銀行を辞めて、起業されたのはなぜでしょうか?
山口:金融機関向けのセミナーの仕事を自分でやりたかったからです。金融業界には非常に優秀な人材が多い反面、冷めた方が多いので、金融マンを熱くするセミナーを開催することで、日本の金融を盛り上げたいと考え、起業に至りました。
会員数120社を超える「金融IT協会」の理事長に就任した経緯
大久保:特定非営利活動法人金融IT協会の理事長も務められていると思いますが、その経緯も教えていただけますか?
山口:私が日本銀行の金融高度化センターで副センター長を務めている時に、様々なテーマでセミナーを行っていました。
ITを活用する内容のセミナーも3年ほど継続的に行っていて、その流れで今の「特定非営利活動法人金融IT協会」の前身となる「特定非営利活動法人金融ITたくみs」に理事としてお誘いいただきました。
日本IBM出身の技術者が集まって構成されていたのですが、リードしてきた理事長が昨年亡くなられてしまい、解散する話も出ていました。
ところがNPO法人は、一般社団法人や株式会社に財産を受け渡すことができません。同じ志を持つNPO法人を探すことになりましたが、なかなか見つかりませんでした。
このまま解散してしまうのはもったいないと思い、昨年の夏に、自分が理事長になった上で、金融機関に現役で勤めている方々を中心に協力者を募り、新体制を作りました。
その上で、2024年1月30日に対外活動を開始しました。
会員数は現段階で120社を超えています。
金融IT協会が注力する2つの委員会活動
大久保:金融IT協会の事業内容を教えてください。
山口:金融IT協会の目的は「金融×ITに関わる全ての人へ組織の枠を超えたコミュニティを提供する」ことです。金融機関の方々は金融IT協会に無料で入れます。
ミッションは「金融界におけるデジタル人材の育成とITの民主化」を掲げています。
金融IT協会の設立目的とミッションを実行するために、2つの委員会を立ち上げていまして、1つ目の委員会が「デジタル人材育成委員会」です。
デジタル人材育成委員会の中には2つのワーキングがあります。
ワーキングの1つは「金融IT検定」を作り金融業界に提供することで、デジタル人材の育成に取り組んでいます。
すでに2024年9月21日から申し込みがスタートしていまして、対外活動スタートから9ヶ月かけて準備しました。
大久保:金融IT検定はどのような方々に受験してほしいですか?
山口:ターゲットは金融機関に勤める人全員ですが、特に新卒で入社して3年目くらいまでの方に受けていただきたいです。
また、金融IT業界のシステム領域には中級、上級と専門的な検定があるのですが、金融をビジネスで使う方にとっての検定試験がまだないため、今後、さらに金融IT検定を広げていきたいと考えています。
大久保:金融IT検定に合格することで、受講者はどのようなメリットを得られますか?
山口:金融ITに関する知識が得られる上に検定合格者にコミュニティを提供しようと考えています。
金融IT人材の育成は、各企業が独自で行うだけでなく、同じような学習者と交流することで刺激を与え合い、より良い成長につながると考えています。
大久保:もう1つのワーキングはどのような内容でしょうか?
山口:「デジタル人材育成ワーキング」です。
金融機関の中でもデジタル人材育成をミッションとする部署の方々の悩みや事例の共有をしています。
「デジタル人材育成委員会」と「IT民主化委員会」の役割の違い
山口:金融IT協会の2つ目の委員会として「IT民主化委員会」があります。
これまでITを活用するのはシステム部署が中心で、現場は端末を使う程度でした。
しかし、現在において、ITの知識は全ての職種に必須です。システム部署だけでなく、現場でもITを使える・作れることが求められるようになっています。これこそが「ITの民主化」です。
この委員会にも2つのワーキングが立ち上がっています。
1つは「ITスキルワーキング」で、現場でITスキルを活用している事例を共有しています。
今月9月で3回目の開催となり、現場作業を自動化するツールの解説やコンピューター言語を使わなくても作れる自動化ツールなど、金融機関の方々に向けて解説させていただきました。
これまで、現場でアプリケーションを作ることはなかったため、まさにITの民主化、文化を変えていく第一歩だと考えています。
もう1つは「企業DX支援ワーキング」で、金融機関だけのデジタル化ではなく、取引先の中小企業のDXを支援するコンサルティングサービスの事例共有を行っています。
熱い金融マンが今後の日本を元気にする
大久保:日本銀行側から見て、日本の金融機関はどう見えていましたか?
山口:日本銀行では考査(金融機関に対する実地調査)の仕事もしていました。
考査の中で、金融機関の足らない点を指摘し、是正を求めると、金融機関側からは「はい、わかりました。直します。」と返答をもらっていました。しかし、振り返ると腹落ちはしていなかったと思います。「はい。わかりました。直します。」と言っていたのは、逆らうと面倒だからでした。
金融高度化センターでは、金融機関の実務家が困難を超えて、ソリューションを提供し、顧客に喜んでもらったという事例をセミナーで話してもらっていました。その時に匿名でアンケートを取ると、「自分もやってみたい」「帰ったら上に働きかけます」と前向きなコメントが書かれていました。
この時、「金融機関の足らない点を指摘するのではなく、熱い金融マンの物語を伝える方が金融機関を動かせる」と気づきました。
熱い思いが新しい金融を作ると信じていますので、日本銀行を辞めた今でも思いを伝えるセミナーを続けています。
大久保:熱い思いを持った金融マンの方々は、どのような考えで働かれているのでしょうか?
山口:地域を元気にしたい、中小企業に寄り添いたい、お客さんに喜んでもらいたい、という金融マンはかなり多いです。
ただし、ノルマや決まりごとがある中で、自分らしい価値をお客様に提供できず、フラストレーションを感じている人は多くいると思います。
競合の壁を越えた金融機関の連携、その先に日本企業全体のDXがある
大久保:競合同士という会社の壁を超えて、自社の事例や情報、スキルを共有することに、どの金融機関もハードルを感じていませんか?
山口:金融機関の経営理念を見ても「競合に勝つ」という内容を書いている先は少ないです。
社会のため、地域・職員を元気にするためなどの理念が多いです。同じ理念を掲げているのですから、ある意味、同志です。日本にある数百もの金融機関が、別々に同じようなことを検討しても無駄だと考えています。
それぞれの金融機関が他の金融機関で上手くできている仕組みを取り入れて、高みを目指す方が効率的です。
そのために金融IT協会では、組織の枠を超えて情報交換をして、それを土台に全員でレベルアップできるコミュニティを提供したいと考えています。
大久保:金融機関に限らず、DXが進まないところは多いですよね。その理由や解決策についてどうお考えですか?
山口:DXが進まない理由は、シンプルに今まではデジタル技術を活用せずとも商売が成り立ったからだと思います。
スマホ時代の今でもガラケーを使い続ける人と一緒ですよね。古いツールに慣れてきた人は、新しいツールを使いこなすことが面倒なのだと思います。
金融機関がDXを実現した上で、その知見を取引先の中小企業に展開していくことには大きな意味があります。
金融機関に口座がない企業はほとんどないので、金融機関を通じれば日本の企業のほとんど全てとつながれます。
この流れでIT活用を拡大できれば、日本全体を底上げできます。
金融機関の変化は、金融業界に止まらない影響があると考えています。
どこかの企業が大きなプロジェクトを進める場合、お金を借りざるを得ません。
お金を借りられるかどうかで、プロジェクトを進められるかが決まります。金融は社会の未来を決める仕事なんです。
私たち金融IT協会は、最終的に日本全体の事業の効率化、成長に貢献できると考えています。
日本の発展のために「金融機関が元気になる」必要がある
大久保:山口さんの夢をお聞かせください。
山口:金融経営研究所を立ち上げた頃から言っていますが、金融を通じて社会の発展を実現させたいです。
「幸せは伝染する」と言われています。幸福度の高い人のそばにいる人は幸福度が上がるということです。他の産業への影響力が大きい金融機関で働いている人たちに、まず幸せになってほしいですね。
大久保:起業した人へのメッセージをお願いします。
山口:1年前、金融IT協会が今のような形になるとは思っていませんでした。その時は解散しようとしていたくらいですから。
ちょっとしたチャレンジや出会いで、事業は大きく変わっていくことがあり得ます。
本来、事業というものは、計画を立ててそれに沿って進めるのですが、金融IT協会では事前に計画していなかったことが多々起こって、成長が生まれています。
「エフェクチュエーション理論」がはやってきています。これは、事前の計画よりも、その場その場の偶然の積み重ねを大切にした方が成長につながるという理論です。それを感じた1年でした。
そのため、起業1年くらいの方は特に、偶然のチャンスを大切にすることを意識して頑張ってほしいです。
大久保:元々金融の方がおっしゃっていただけるのは、とても心強いです。
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(取材協力:
特定非営利活動法人金融IT協会 理事長 山口 省蔵)
(編集: 創業手帳編集部)