KEYCREW 中村慶彦|EC物流支援サービスで、誰もが好きなものを簡単に届けられる社会を目指す

創業手帳
※このインタビュー内容は2023年11月に行われた取材時点のものです。

起業後に大きく役立ったのは、会社員時代に積み重ねた「信用残高」

クラウドサービスの台頭もあり、最近は手軽にECへ参入できるようになってきました。一方で障壁となりやすいのが物流業務です。特に小規模事業者の場合、商品の在庫管理や配送など物流で悩むケースが増えています。

こうした課題解決につながるEC物流ソリューションを手掛け、注目を集めているスタートアップが株式会社KEYCREWです。同社の起業メンバーであり、現在代表取締役CEOを務める中村慶彦さんは「スタートアップや中小企業でも利用できる、フェアな物流サービスを作りたかった」と語ります。

物流業界特有の課題にも取り組みながら、新たなチャレンジを続ける中村さん。今回は起業の経緯や困難を乗り越えた方法、今後の展開について創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

中村慶彦(なかむら よしひこ)
株式会社KEYCREW 代表取締役CEO
慶應義塾大学を卒業後、2010年に三菱商事ロジスティクスへ入社。営業や企画のほか、物流センターの機械化プロジェクト、受注システムの開発プロジェクトなどを担当する。2019年に退社し、株式会社KEYCREWを起業。現在はKEYCREW社の代表取締役CEOとして活躍する傍ら、関連会社である株式会社STOCKCREW、株式会社ROBOCREWの代表取締役CEOも務める。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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起業直後はお金だけではなく、過去に積み上げた信用が大事


大久保:まずは大学卒業後のキャリアから伺えますか?

中村:大学卒業後は、三菱商事ロジスティクスという物流の会社に就職しました。僕が入社したのは2010年なんですが、ちょうど2000年くらいにAmazonさんが日本に参入して、ECが注目されてきた時代でした。EC物流の黎明期から関われたのは、運がよかったと思っています。

会社には9年いて、その間に物流センターの営業や企画、IT開発などを担当しました。プロマネもやらせてもらえましたし、EC物流においてハードウェアからソフトウェアまで、いろいろと経験させてもらいましたね。

大久保:そこから、どのように起業へつながったのでしょうか?

中村:20代って、自分のできることより会社から指示されることの方がスケールも大きくてワクワクできたんです。でも30代になると、 だんだん会社より自分の思考の速度の方が速くなったんです。当時はEC物流の分野でちょっと名前も知られてきて、今思えば調子に乗っていたかもしれません。

ただ起業のきっかけ自体は、わりと受け身でした。同じように感じている同世代の仲間たちと話しているうちに会社を立ち上げようと盛り上がったんです。それくらいの会話から今のKEYCREWがはじまりました。

大久保:そうでしたか。その後、起業を決意したきっかけはありましたか?

中村:決意が固まったのは、当時の上司と話した時ですね。退職する旨を伝えたとき、上司に「お前は何が不満なんだ?」って聞かれたんです。確かに会社は安定していたし、社内で一定の評価はいただいていましたから。

ただ僕はその時「不満がないことが満足なのかな?」と思ったんです。当時は「もっとこうなったら良くなる」「もっとこんなことをしたい」という想いを我慢していました。そういう我慢をしてまで、不満を埋めるのはもういいかなと思ったんです。それにここでの仕事はやり切ったという想いもあって、踏ん切りがつきました。

大久保:実際に起業した後は、順調でしたか?

中村:起業直後は正直決まった仕事もなく、暇でしたね。とはいえ事業をはじめた以上何かしなければという思いもあって、最初はコンサルティングをメインにお仕事の依頼をいただいていました。

これは前職からのつながりが大きな助けになって、大小いろいろな仕事の依頼をいただきました。

創業当初にこういう経験をしたので、個人的にはお金の残高も大事ですが、信用残高が大事だなとすごく感じます。起業直後って社長ではあるけれど、社会的与信はまだありません。僕の場合、起業直後にコンサルティングの仕事やいろいろなチャンスをいただけたのは、サラリーマン時代の人脈と、その方々から信用していただいたおかげです。これは創業後の苦しい時もそうですし、それ以降でも何度も感じました。

起業してから頑張るのでは、たぶん遅いんですよね。起業前にどれだけ自分の信用残高を積み上げられたかが大事。だからこそ、今も生き残れていると思います。

事業の根底にあるのは、誰もがフェアに物を届けられる仕組みを作りたいという想い


大久保:現在取り組んでいる事業について、伺えますか?

中村:現在KEYCREWという会社があって、その中で「STOCKCREW」という中小企業やスタートアップ向けにEC物流サービスを提供する倉庫事業を行っています。この事業は、前職の頃からやりたいと思っていました。

今は本当に物の流れが合理的な時代ですよね。地元の商店街にあるものしか買えなかった時代から考えると、全然違います。ECによって自分が欲しいものが効率的に買えることは、素晴らしい進歩だと思っています。

一方で、個人的にこれでいいのかなと疑問に感じることもあります。例えばネットショップで商品を買うと「あなたにはこれがおすすめ」という関連商品が表示されると思います。

ネットショップが欲しいものを提案してくれることは何の問題もありませんが、この提案に違和感を持つ人もいると思うんです。パーソナライズによって圧倒的に便利になるけれど、物も情報も見ることができる範囲が制限されて狭くなっているようにも感じます。でも私たちは本来、雑多な世界も知りたいじゃないですか。

実は20代から勝手にこういう問題意識を持っていて、これが事業の根っこにあります。当社は「世界を面白いモノで埋め尽くす」というビジョンを掲げています。

大手ECと同じレベルの物流プラットフォームを、個人から法人まで物量に左右されず、多くのユーザーさんが利用できるサービスに変える。これを目指しています。

大久保:確かに小さなお店には他にはないよさがあるけれど、一方で大手モールに入ると埋もれてしまう。そういうところをパッケージで支援するわけですね。

中村:そうですね。事業化には至りませんでしたが、最初の頃のお客様で、「ペン回し用のペンを売りたい」という学生さんがいました。

彼は世界大会に出場した経験があって、「ペン回し用のペンなら日本で一番いいものを作れる」と考えて相談してくれました。

個人的にこういう「考えた人の想いのある商品」が、すごく好きなんです。笑う人もいるかもしれないけど、こういうところから、良くなるものとか面白くなるものって必ずあると思うんです。

こういったニッチな商品は大手ECモールだと売れづらいので、自分たちでマーケティングして売る必要があります。一方で実際売れたあとの物流インフラを持っていないと、届けることはできません。こういう方たちに向けたプラットフォームを作りたかったんです。

大久保:配送業務はECの中でも大変な部分ですよね。御社のサービスによって、新しいことにチャレンジする人が増えていくのではないでしょうか。ちなみに、御社のサービスの特徴はどんなところですか?

中村オペレーションも倉庫もIT開発も、全部内製というところですね。ベンチャーにしては、かなりアセットヘビー(編集部注:多くの資産が必要という意味)です。

内製にこだわっているのは、物流業界に対する問題意識が背景にあります。メディアでも取り上げられていますが、物流業界は「下請け」「孫請け」「ひ孫請け」というのが当たり前なんです。この構造では末端ほど、提供価格が安くなってしまいます。物流サービスをフェアな料金体系で提供するためには、自分たちでメインとなる倉庫運営・システム開発をやるしかなかったんです。

それに内製化することは、サービスレベルの向上にもつながります。お客様からの要望にはサービス改善のヒントが必ずありますが、従来の物流業界の構造では、クレームなどの情報がちゃんと届きません。現場改善につなげるためにも、内製化しないと本当の意味でいいサービスを作れないと思いました。

創業して1年半後には、中国のベンチャーと合弁会社を設立


大久保:現在は新たな事業も展開されていますよね。これは当初からの戦略なのか、お客様のニーズにあわせて生まれたのか、どんな感じですか?

中村:実は戦略的です。物流では「あの辺にあるものは誰々さんのものだよね」ということが結構普通にあります。ただ人の記憶や意思に依存するオペレーションには、限界があります。これは自社でオペレーションをやっているからこそ、痛感する限界です。

だから人間だけではなく、作業を補助して生産性を向上させるロボットが必要だと考えました。そこで僕らは中国のベンチャー企業と合弁会社を作って、2021年にロボット事業「ROBOCREW」を始めました。

大久保:創業間もない中、海外と合弁会社を作るというのはユニークですね。中国のベンチャー企業とは、どんな経緯でつながったのですか?

中村:ユーザーとして訪問したのがきっかけですね。先方もちょうど日本の会社を作ったばかりで、僕が最初の客だったそうです。

そこで今のような話をしたら、先方も共感してくれまして。とりあえず会社を作ろうよみたいな話になりました。その後の動きは早かったですね。10月に出会って1か月後には会社を作ることが決まり、翌年2月には登記していました。

サービスメニューを広げすぎて窮地に。その時とった解決策とは

大久保:事業を大きくしていく中で大変だったこと、またそれをどう乗り越えたのか、教えていただけますか?

中村:お金のこともありましたし、大変だったことは数えきれません。ただ一番大変だったのは、サービスメニューを広げすぎた時ですかね。

弊社のような物流事業は、いろいろなことをやれてしまうんですよね。「サービスメニューにない」と断ればいいところ、何とかお客様のためにやろうと思い、安請け合いしてしまったこともありました。最初はとにかくお客様を増やすため、サービスを広げすぎてしまったんです。

そのせいでトラブルが増え、メンバーたちは体も心も疲弊していきました。この時は本当にしんどかったです。

大久保:その状況を、どのように変えていったのでしょうか?

中村当然と言われるかもしれませんが、ルールを決めました。システムを自社開発したのも、これが理由です。当初は外注したシステムを使っていましたが、なかなか融通が利かず、独自ルールを作って対応してしまうことがありました。そこでオペレーションを統一するため、受発注システムを全部内製で開発しました。

あとは思い切ってサービスメニューを絞り、その代わりに残したサービスの価格競争力と品質にこだわる方向へ振りました。

大久保:スタートアップにとって、1つに絞ることはすごく重要ですね。

中村:最初はメニューを増やすと、心の安全につながるんですよね。他社がやっているからうちもやるみたいな。でも結局メニューを広げすぎた結果、事業はズタズタになって品質も下がってしまいました。

その後サービスメニューを減らした時は、売り上げが下がるとか信用を失うとか、そういう恐怖はありました。実際に解約に至ったケースも出てしまいました。ただ今になって思うと、サービスメニューを絞ったことが大きな分岐点になったと思います。

起業は甘くない。だからこそ、ほぼ失敗する前提を受け入れられるかが大切


大久保:今後の展望を伺えますか?

中村:STOCKCREWは、より縦伸びさせていきたいですね。お客様とあわせて業界からも評価をいただいておりまして、今後は大手の配送会社さんや不動産会社さんとの業務提携の話も進んでいます。この事業で得た収益を、新たな事業へ回していくつもりです。

来期は物流事業会社とロボット事業会社に加え、新規事業のITプラットフォーム会社という3つの顔を持つことになります。そういう意味では、創業時にやりたかったことのパーツが組み上がってきて、1つの車になってきたようなイメージです。

大久保:思い描いたかたちになりつつあるわけですね。最後に、起業したいと考えている方に向けて、メッセージをお願いします。

中村僕は起業したい方から相談を受けると、基本的に「やめたほうがいい」って言うんですよ。成功率は本当に低いですから。僕と同じ時期に起業した人の中には、すでにやめてしまった方もたくさんいます。

ただこれには「人に反対されてやめるくらいならうまくいかない」という意味もあります。反対されても自分は絶対にうまくいくって思う人は、こちらの世界に飛び込んで欲しいですね。入ってみると意外と温かいですよ。

僕の場合、本当に運が良かっただけだと思っています。起業って事業アイデアがいいからうまくいくとは限りません。ほぼ失敗するという前提を、受け入れられるかどうかだと思うんです。

大久保:そこまでの熱意があれば、やってしまおうという感じですかね。

中村:起業で1番いいのは、始めてしまうことですよね。始めたらやめられませんから、大正解です。

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(取材協力: 株式会社KEYCREW 代表取締役CEO 中村慶彦
(編集: 創業手帳編集部)



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