はこぶん 森木田 剛|言えずに終わる本音を、お店に届く「価値ある声」へ。サイレントカスタマーの可視化に挑む

※このインタビュー内容は2026年06月に行われた取材時点のものです。

「無言の離脱」に隠れたインサイトを可視化。サイレントカスタマーが、店舗経営を変える


顧客満足度やCX(顧客体験)の重要性が高まるなか、多くの企業がユーザーの「本音」を求めています。しかし、従来型のアンケートでは形式的な回答に留まりやすく、コールセンターには一部の強い不満が集まりやすいなど、顧客のリアルな感情や意思決定の背景を十分に捉えきれていないという課題があります。そんな「言いたいのに言えない本音」に着目し、企業と顧客をつなぐ新しいコミュニケーションインフラを目指しているのが、株式会社はこぶん代表の森木田さんです。
今回は、森木田さんに、事業立ち上げの背景やサービス設計へのこだわり、そしてAI時代における「人間の感情」の価値について伺いました。

森木田 剛(もりきだ つよし)
株式会社はこぶん 代表取締役CEO
住友商事に入社後、経理として中国駐在を経て、デジタル事業本部にて新規事業開発やスタートアップとの事業開発を担当。社内起業制度をきっかけに「ホンネPOST」の前身となるサービスを立ち上げ、2022年に「株式会社はこぶん」を設立。「ホンネPOST」を通して、VOC分析をもとにしたコンサルティングサービスをさまざまな企業・自治体に提供している。

「答えさせる」から「伝えたくなる」へ。顧客の声の集め方を変える

ーまず、株式会社はこぶんの事業内容と「ホンネPOST」がどのようなサービスなのか教えてください。

森木田:「ホンネPOST」は、サイレントカスタマーの隠れた本音を捉えるデジタルレター型の声収集・分析サービスです。サイレントカスタマーとは、商品やサービスに対して言いたいことがあっても、企業に直接は伝えず、黙って利用を続けたり、あるいは静かに離れていったりする顧客のことを指します。サービス利用者の意見をヒアリングする手法として、アンケートやインタビューなどがありますが、それらは事業者が「知りたいこと」を聞く設計になっています。しかし、利用者が本当に「言いたいこと」は別のところにあることが多いんです。例えば「エアコンの風が直接当たる席で辛い」「空いているのに端っこの狭い席に案内された」など、聞かれなければ伝えないようなことに、実は重要なインサイトが詰まっています。

「ホンネPOST」は、従来の答えさせる形式ではなく、人間心理を応用した伝えたくなる仕組みを通して、顧客からの能動的なフィードバックを実現。これにより、事業者は利用者の直感的な感情や、購買やサービス選択の「決め手」を知ることができ、それらを根拠に、再現性のある売上の型を作ることができるんです。

ー「サイレントカスタマー」という概念がとてもユニークですが、なぜこの層をターゲットにされたのですか?

森木田:現代では、生活者の6割があえて自分の気持ちを伝えない時代と言われています。これは無関心なのではなく「無言の関心」なんです。これを店舗やサービス等のビジネスシーンに置き換えると、この層には2つのタイプがいて、不満を抱えてそっと去っていく「サイレントロス」と、満足はしているけれど声を上げない「サイレントファン」に分かれます。
特に注目しているのがサイレントファンです。コアファンほど熱量は高くないけれど、無関心でもない。SNSや口コミはやらず、アプリ会員にもなっていないけれど、実は何度も足を運んでくれている「隠れた固定客層」です。この層は顧客全体の中でも多数を占めていて、安定収益の基盤にもなっている。だからこそ、この声を一番大切にすべきだと考えています。
また、年々サービスのクオリティが上がり、競合他社との差別化が難しくなってきた今こそ、数値化されづらい利用者の「選択の理由」や「離脱する理由」が求められています。「ホンネPOST」は、これまで顕在化されていなかった声を形に、そして数値化することを目的としています。

社内起業制度で気づいた「0→1」のビジネスづくりの面白さ

ー森木田さんのこれまでのキャリアについて教えてください。

森木田:大学卒業後、総合商社に入社し、最初の7年間は経理をやっていました。入社当時から営業を志望していたのですがなかなか叶わず、海外駐在から帰国したタイミングで社内起業制度が始まり、チャレンジしてみることにしたんです。
担当業務と並行しながら「0→1」のビジネスづくりを進めていたのですが、不思議と疲れを感じなかったんです。普通の残業なら終電までやればどっと疲れるのに、0→1の時は帰りの電車でもずっと考え続けている自分がいて。自分で考えたビジネスを事業にしていく、起業の面白さに気づいた瞬間でした。残念ながら審査には落ち続けましたが、そのなかで生まれたアイデアの一つが「ホンネPOST」の前身にあたる「目的地のリアル混雑共有アプリ」でした。このアプリは、人気店などの混雑情報を現地にいる人がリアルタイムで発信し、これから行く人に共有するサービスです。プログラミング経験も全くなかったため、エンジニア養成スクールで学びながら自分でアプリを作りました。

ーなぜ、事業化には至らなかったのですか?

森木田:実証実験を通して、混雑情報のみのサービスではマネタイズが難しいということが分かったためです。ですが、新たな気づきもありました。
そのアプリには、お店の混雑を共有するメイン機能のほかに、お店からメッセージを送れるサブ機能をつけていました。実証実験後に実施したヒアリングでは、混雑情報機能よりもメッセージ機能が好評だったんです。「中はガラガラなのに、外はテイクアウトとイートインの列が混ざって混雑しているように見える」や「いつもと味が違う」など、お店側が気付けない「お客様の声」が必要とされていることが分かりました。β版のトライアル導入でもマネタイズができたこともあり、サービスを完全にピボットすることになりました。

消費者側と事業者側、両方の原体験を経て気づいた「ホンネ」の重要性

ー「ホンネPOST」の発想はどこから生まれたのでしょうか?サービスの原点となったご自身の経験や課題意識について教えてください。

森木田:一つは消費者としての実感です。常連だったお店の大好きなスープカレーが、ある時から少し味が変わって自分の好みではなくなったのですが、直接は言いづらくて、結局そのまま足が遠のいてしまったんです。「この一言さえ伝えられれば、お互いモヤモヤせずに済んだのに」——そう感じる場面が、私自身にも何度もありました。
もう一つは事業者側の課題です。前職のDXセンターで勤務していた当時、お客様の声が現場からの報告を経て上層部に届く頃には、どんどん臨場感がなくなっていく場面を多く目にしてきました。「生の声」がいくつもの伝達を経るうちに「間接情報」になり、さまざまなバイアスや要約が重なって、本当に大事なニュアンスが削ぎ落とされていくんです。しかも、その伝達には多くの人手と時間がかかります。手間をかけているのに肝心の顧客情報は薄まっていく——この非効率な状況こそ、ビジネスの現場における大きな機会損失だと感じていました。そして根底にあるのが、人間心理への興味です。私は父親が転勤族だったこともあり、36年間のうちに13回もの引っ越しを経験してきました。新しい場所に行くたびに「どうやったら馴染めるんだろう」「相手は今どんなことを考えているんだろう」と、人の心理を自然と観察するようになり、その力に助けられる場面も多くあったんです。そのため新規事業のアイデアを考える際、人と人とのコミュニケーションを通じて課題解決する事業を作りたいと思っていました。
私自身が感じてきた課題、そしてやりたかったことが掛け合わさったのが「ホンネPOST」だったんです。

ー新しい概念のサービスだからこそ、市場に理解してもらう難しさもあったのではないですか?

森木田:最初は「アンケートと何が違うんですか?」という声がほとんどでした。今でこそ明確に答えられますが、当時は自分たちの中でも、その違いを言葉にしきれていなかったんです。ですが、ベータ版での検証で集まった声を分析すると、「既存のアンケートでは届かない、顧客の『言いたい』が詰まった生のフィードバック」が大半を占めていました。手応えが、データとしてはっきり見えてきたんです。その中で「ホンネPOST」の立ち位置も明確になりました。事業者が「知りたいこと」を問うアンケート、深く掘り下げるが対象が限られるインタビュー。その中間に、利用者が「言いたいこと」を気軽に・能動的に届ける新しい領域がある。自分たちはそこに位置しているのだと、確信できるようになっていったんです。

ー導入拡大の転換点となった出来事はありますか?

森木田VC探しの段階からピッチイベントやオープンイノベーション拠点にはかなり積極的に参加していたのですが、特に大きかったのは京王電鉄さんのアクセラレーションプログラムに採択されたことです。POC(実証実験)として試験導入させてもらったところ、半信半疑だった企業様にも納得いただき、この実績をもとに横展開が進みました。
自治体の案件も同様です。「Urban Innovation KOBE」というプログラム経由で最初の自治体案件をいただいて、うまくいったことで神戸から名古屋、岡山と広がっていきました。

「ふと言いたくなる」体験を、現場目線で徹底的に作り上げた

ーサービス設計で特に意識していることはありますか?

森木田:前提として、利用者全員の声を取りに行こうとは思っていません。「利用したお店やサービスに思うこと・言いたいことがある顧客」にこそインサイトが詰まっているので、その人たちが「サクッと言える環境」を目の前に用意する、これが仕組みづくりの核です。
だからこそ私たちは、どうすれば自然に「伝えたくなる状態」をつくれるのかを、日々試行錯誤しています。どのタイミングなら声を届けたくなるのか、どんなタッチポイントなら行動につながるのか。現場を観察しながら、人間心理を紐解くように設計を重ねています。

ー導入企業からどのような成果が生まれていますか?印象的だった事例を教えてください。

森木田:「道の駅とよはし」さんでは「ホンネPOST」で集まった声から主要顧客のペルソナを整理し、そこから刺さる要素を分析し、ご当地商品であるブラックサンダー関連のセットなど新商品を開発。前月比で4倍以上の売上を記録するなど、大きな成果につながりました。
プロスポーツチームの事例も面白いです。無料招待で初来場した方に「ホンネPOST」で声を届けてもらい「何が刺さったのか」「また来たいと思った要素は何か」を把握。そこで熱量の高い方に優待チケットを案内して、2回目、3回目の来場につなげていく仕組みを作りました。

ー声を集めるだけでなく、経営の意思決定までつなげるのがポイントなのですね。

森木田:声は目的ではなく手段です。私たちが目指しているのは、顧客の声を「集めること」ではなく「成果につなげること」。分析から活用まで伴走しながら、現場の改善や経営の意思決定を後押ししています。

その中で大切にしているのが「現場から経営まで」という視点です。顧客の声が組織全体にまっすぐ届き、現場と経営をつなぐ仕組みの構築を通して、顧客起点の経営を浸透させていきたいと考えています。

AI時代でも変わらない、「人の声」の価値。声を集め、売上に変えるインフラへ

ーAI時代が進む中で、顧客の本音や感情データの価値は今後どう変化していくとお考えですか。

森木田:お客様の声への注目度は、ここ2、3年で確実に上がっています。CX関連のソフトウェア市場も高い成長率で伸びていて、経営を動かす資産として再注目されてきているんです。
それに伴い類似サービスも増えてきていますが、多くは「分析してレポートして終わり」。集めた声を売上に変えるところまで伴走できるかどうかが、私たちの強みであり、差別化のポイントになると思います。

ー今後の展望についても教えてください。

森木田:今はスマートフォンでの手紙型テキストデータを採用していますが、今後は音声など入力のレパートリーを増やしていきたいと考えています。また、寄せられた一つひとつの声に対して、事業者が手軽に個別の返信やアプローチを行える機能も実装し、ファンづくりにつなげていける——そんな仕組みづくりへ進化させていきます。昨今、飲食店では猫型ロボットの配膳も見かけることも増え、自動化・効率化がどんどん進んでいます。ですが、商売の原点はやっぱりコミュニケーション。「また来たくなる」要素は、人肌感のあるやり取りの中にあると感じます。AI時代だからこそ、高まる人間の感情や本音の価値を大切にしていきたいです。

ー最後に、これから起業や新規事業に挑戦したい読者に向けてメッセージをお願いします。

森木田:起業を考える際に陥りがちなのが、HOW(どうやるか)にフォーカスしてしまうことです。私自身も最初は「混雑の可視化」というHOWから入りました。でも、HOWだけでは、情熱を持って事業に向き合い続けることはできないと気づいたんです。

本当に大切なのはWHAT(何をするのか)を突き詰めること、そしてトレンドを追うのではなく、原体験や心からやりたいと思える軸を持つことです。私の場合、軸にあるのは「人間心理」、ヒューマニティを原動力にしたビジネスを作るということでした。そこに対してビジネスを構築すれば、どれだけ困難なことがあっても熱を燃やし続けられると思います。今後起業を考えている方には、ぜひその「何か」を見つけていただきたいですね。

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