AI時代、なぜ起業の成功確率は下がったのか?『起業5.0』著者が語る「AI起業の勝ち方」【前編】
【専門家に聞いてみた】「AIで起業できる」は本当。でも「成功できる」は嘘

AIによって市場調査も開発も劇的に簡単になりました。
しかしその一方で、同じアイデアやプロダクトがあふれ、起業の成功確率はむしろ下がっていると川島氏は語ります。
BCG出身の連続起業家であり、『起業5.0』著者の川島匠氏に、AI起業に潜む4つの罠と、AI時代に求められる新しい勝ち方を聞きました。
サイファー株式会社(CYPHER Inc.)代表取締役
大学卒業後、米国の戦略コンサルティングファームのA.T.カーニー、BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)にて、国内外企業の新規事業戦略、M&A戦略を手掛ける。
その後、日本初の香水サブスクリプション「SCENTPICK」など、三度の起業とバイアウトを経て、現在は起業デザイン事務所「CYPHER」を運営。
その他、CraftShipd株式会社 取締役CSO、FAKE Inc. 戦略部門パートナー、SHAPE PARTNERS株式会社 ディレクターなどを兼務。
横浜市出身。早稲田大学政治経済学部卒業
この記事の目次
「起業の常識」が起業家を不幸にしている
川島:現代の「起業の常識」への、怒りです。
今の世の中で「起業」と言えば、上場を目指す、規模の成長一択です。VCから資金調達して、組織を作って、広告でスケールさせて、上場する。資金調達の額が大きいほど成功に近づいているように見え、投資家の期待に応えるために数値目標を設定し、KPIを管理し、成長し続けることが美徳とされる。
ここで立ち止まって考えてほしいのです。その「起業の常識」で、実際に幸せになっている起業家がどれほどいるのか。
規模拡大を前提にした成長主義は、必然的に資金力の勝負になります。広告費を積める方が勝ち、採用コストをかけられる方が勝ち、調達額が大きい方が有利になる。この時点で最もカネを持つ一社しか勝てないゲームであることがわかります。
そこで恩恵を受けるのは投資家であり、広告代理店であり、人材会社です。起業家自身は、投資家からのプレッシャーの中で、本来やりたかったことから遠ざかっていく。それが、私が数多く見てきた「不幸な起業家」の現実です。

そして今、AIの登場で「第5次起業ブーム」が到来し、この風潮はさらに加速しています。これまで「持たざる者」の腕の見せ所だった情報調査やプロダクト開発の難易度も、AIが破壊しました。その結果、「資金力がある方が勝つ」という構造の回転が、ますます速くなっています。
本書『起業5.0』を書いたのは、そのモデルだけが起業ではない、と伝えたかったからです。本来、起業とは自分が幸せになるためのものであるはずです。AIが唯一踏み込めない「あなた自身の生き様」を事業に変えて、顧客の人生を変えることで自らも充足する。そういう起業の形こそが、第5次起業ブームの定石になってほしい。その思いと方法論を体系化したのが『起業5.0』です。
なぜAI時代の起業は成功しにくくなったのか
川島:「誰でも起業できる」は本当です。でも「誰でも成功できる」は嘘です。
むしろ、成功確率は史上最悪の時代になっています。
ハードルが下がった面は明確で、技術・資金・人材の壁が消滅しました。コードが書けなくてもAIがプロダクトを作ってくれる。市場調査もAIに聞けば一瞬で出る。数人・数万円で始められる事業が無数にある。これは本物の変化です。
一方、難しくなった面も同じく深刻です。フィナンシャル・タイムズが今年報じたデータが象徴的でした。AIエージェントの登場でiOSアプリのリリース数は2024年比で約2倍に急増した一方で、実際に使われるアプリ数もレビュー数も、横ばいのまま。つまり、誰にも使われない「クソアプリ」が世界中で量産されているということです。
これはアプリに限りません。「AIで起業できる」と思って作った事業の大半が、競合も同じタイミングで同じ発想をしていて、誰にも必要とされずに終わっています。市場調査で見つかるニーズは全員が同時に見つける。AIで作れるプロダクトは全員がAIで作れる。外部情報を起点にした起業は、スタートの時点で既に差別化が終わっているんです。
だから本書で言いたいのは、「ハードルが下がったことを喜ぶ前に、勝ち方が根本から変わったことを直視してほしい」ということです。
AIに起業アイデアを聞いてはいけない——「AI起業の4つの罠」

川島:AI起業の「4つの罠」のうち、多くの人が陥っているのは「罠④:ChatGPTに起業アイデアを聞く」です。
「私のスキルを活かせる、今伸びている市場のビジネスアイデアを10個出してください」
これをやっている人が本当に多い。でも考えてみてください。AIが出すアイデアとは、インターネット上に存在する過去の成功事例を組み合わせた「平均的な答え」です。そしてその「平均的な領域」こそ、AIが最も得意に代替できる領域と完全に一致しています。
前述の「誰にも使われないアプリの大量生産」は、まさにこの罠の産物です。ChatGPTに「儲かりそうな健康アプリのアイデアを出して」と聞いて、Lovableでプロダクトを作り、App Storeにデプロイする。この流れが一人でできるようになった結果、同じようなプロダクトが世界中で同時多発的に生まれ、誰にも使われないまま消えています。
もう一つよく見かけるのが「罠①:AIのアウトプットをそのままサービスにする」パターンです。「AIが答えを出してくれるから、それを整形して売る」という発想のサービス。AIカウンセリング、AI診断、AI分析レポート……。これらは顧客が直接AIに聞けば不要になる瞬間が必ず来ます。実際に多くがそうなりました。
本書で伝えているのは、AIを「アイデアの出し元」にするのではなく、「自分にしかない生き様を起点とした事業アイデアを、あらゆる角度から補強する外部脳」として使おう、ということです。
「準備万端」だったのに失敗した——戦う土俵を間違えた
川島:「世の中的」に準備万端で起業したのに、失敗しました。
さかのぼること10年、世界のトップファームであるBCGを卒業した前途有望な私は、大手広告会社出身のマーケティングのプロ、上場企業のスマホアプリを一人で開発したフルスタックエンジニアという、そうそうたるメンバーで起業しました。
それぞれがこれまでに培ってきたスキルを全部使いました。事業戦略、マーケティング計画、プロダクト開発。資料や製品の完成度だけ見れば、申し分ない内容でした。でも致命的な前提を見誤っていた。
それは、資金力のある大手企業と同じ土俵で戦うことを最初から前提にしていたということです。
広告費をかけて認知を取り、採用コストをかけて組織を作り、スケールさせていく——そのモデルで戦うと決めた時点で、先に資金が尽きた方が負けるゲームになります。そして個人には、その勝負で勝てる体力がない。当然のように先に資金が底をついた。
さらに困ったのは、そこから先の動きです。資金が苦しくなると、投資家や市場の声に敏感にならざるを得なくなる。「このピボットならVCにウケそうだ」「今はこの領域が熱い」という外部の評価軸に引っ張られ始める。気がつけば、最初に自分がやりたかったプロダクトとは全く別のものを作っていました。事業の中に自分がいなくなっていたんです。
そこから得た最大の学びは、「戦う土俵を自分で選ばなければならない」ということです。同じルールで戦えば資本力が勝敗を決める。だから、資本力が意味をなさない土俵を最初から設計する。
自分たちの偏愛や怒りから始めて、比較されない領域に旗を立てる。それが、その後の起業と、現在の起業デザインで意識的に実践したことであり、「起業5.0」の設計思想の根幹になっています。
AI時代に価値が高まる「没頭力」と「AI協働力」
川島:一言で言うと、「外部情報を処理する力」の価値がゼロに向かい、「内部情報(偏愛・怒り)を持つ力」の価値が無限大に広がります。
外部情報とは、市場データ、競合分析、過去の成功事例など、Web上に存在する情報です。これらの処理速度と精度では、もう人間はAIに勝てません。つまり、従来優れた起業家の能力とされてきた「情報収集力」「分析力」「ロジカルシンキング」などは、今後なんら意味をなさない。
一方で、「内部情報」とは、あなたの生き様から来る固有の文脈と熱量です。何年もその領域に没頭してきた体験、業界の常識や慣習への怒り、体に染み込んだ感覚。これらはWeb上には存在しません。AIには学習させられない。だから代替できない。

これから起業家に求められる力を具体的に言うと、2つです。
1つ目は「没頭力」です。そもそも何かに偏愛を持ち、気づけば何時間でも没頭できるという状態です。これは才能ではありません。ただ、意識的に育てなければ確実に失われていく力でもあります。今、SNSのショート動画をただぼんやり消費し続けている人の多くは、思考が浅く速い刺激に慣れ、一つのことを深く掘り続ける体力を失っています。没頭力とは、言い換えれば「深く潜り続ける力」であり、それはAIが絶対に持てない人間の固有資産です。
2つ目は「AI協働力」。AIに答えを聞くのではなく、自分の内部情報をAIに完全に同期させた上で、AIを「外部脳」として使いこなす力です。AIにアイデアをもらうのではなく、自分のアイデアをAIに補強させる。この順番が命です。
自分がやりたいこと自体をAIに教えてもらっているのだとしたら、それは人間としての最後の尊厳をAIに受け渡した、ということになります。

『起業5.0: AI時代の新・起業戦略』 川島 匠 Kindle版
BCG・A.T.カーニー出身の戦略コンサルタントであり、日本初の香水サブスク「SCENTPICK」をはじめ三度の起業とバイアウトを経験した著者が、AI時代に唯一機能する起業の「勝ちパターン」を体系化した一冊。
「市場調査→ペルソナ設定→MVP作成」というまじめな努力が、なぜAIに一撃で食われるのか。
その答えと突破口が、自身の偏愛や怒りを起点にした「内部情報」にあることを、具体的な方法論とともに解説しています。「好きなことで起業したい」「AIに負けない事業をつくりたい」という方にこそ読んでほしい一冊です。
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