「やりたいこと」を探すな——『起業5.0』著者が教えるAI時代の起業アイデアの見つけ方【後編】
【専門家に聞いてみた】一人でも勝てる、AI時代の小さな起業戦略

「起業したい。でも何をやればいいかわからない」
そんな悩みを抱える人は少なくありません。しかし川島氏は、「やりたいことを探す」という発想そのものが、起業を遠ざけている可能性があると言います。
BCG出身の連続起業家であり、『起業5.0』著者の川島匠氏に、自分だけの起業アイデアの見つけ方と、AI時代に模倣されない事業をつくる考え方を聞きました。
サイファー株式会社(CYPHER Inc.)代表取締役
大学卒業後、米国の戦略コンサルティングファームのA.T.カーニー、BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)にて、国内外企業の新規事業戦略、M&A戦略を手掛ける。
その後、日本初の香水サブスクリプション「SCENTPICK」など、三度の起業とバイアウトを経て、現在は起業デザイン事務所「CYPHER」を運営。
その他、CraftShipd株式会社 取締役CSO、FAKE Inc. 戦略部門パートナー、SHAPE PARTNERS株式会社 ディレクターなどを兼務。
横浜市出身。早稲田大学政治経済学部卒業
この記事の目次
市場ニーズより先に、自分の「違和感」を掘れ
川島:事業アイデアが見つからないという方に毎回伝えているのは、「やりたいことを探すな、やりたくないことと、やめられないことを思い出せ」ということです。
「やりたいこと」を考えると、脳が自動的に「社会に受け入れられそうか」「お金になりそうか」というフィルターをかけます。結果、紙に並ぶのは「承認されそうなことのリスト」になります。本書ではこれを「擬態欲求(ウソのwant to)」と呼んでいます。
代わりにやってみてほしいのが「やりたくないことリスト」。人間は「嫌い」に対してはフィルターをかけません。やりたくないことが明確になると、「ではどうあるべきか」という理想の輪郭が自然と見えてくる。そしてその理想から来る「この世界はこうあるべきなのに、なぜそうなっていないんだ」という違和感や怒り。これが事業の核になります。
市場ニーズとのバランスについては、「順番の問題だ」とお伝えしています。先に市場ニーズを探してそれに自分を合わせようとすると、必ず失敗します。逆に、先に自分の怒りや偏愛を起点にプロダクトを作ると、そのプロダクトは同じ怒りを持つ人たちに深く刺さります。市場ニーズは後から確認するもので、起点にするものではないんです。
強い使命感がなくても大丈夫です。「あなたが今後絶対にやりたくないこと」「やめろと言われてもやり続けてしまうこと」——そうした、極めてエゴイスティックな個性の中に、本当の没頭が眠っています。

「自分のため」が結果的に人のためになる
川島:この概念を一番誤解されるのは、「自分勝手に起業していいということですか?」という受け取り方です。そうではないんです。
従来の起業論は「顧客のニーズを調査して、それに合わせた商品を作れ」と言います。一見正しい。でもこれを突き詰めると、「誰も本気で欲しいと思っていないものを、マーケット調査の結果として作る」という、なんとも悲しい事態になります。作り手が自分では全然使わないものを売る。愛着がないから改善も鈍い。顧客の反応に一喜一憂するから、独自性がそぎ落とされていく。
「自己中心的利他」はその逆で、まず自分の問題を自分のために解く、ということです。自分が最初の顧客になる。自分が本当に欲しいと思えるものを、自分の怒りを解消するために作る。その結果として、それが他者の価値になる。

私が創業した、日本初の香水サブスク「SCENTPICK」がそうでした。私が「毎月少量ずついろんな香水を試したいのに、世の中には数万円の200ml瓶しか売っていない」という怒りを、「自分のために」解いた。市場調査はしていません。それどころか、アイデアを話した友人全員に「私は使わない」と言われました。しかし実際には、同じ怒りを持つ人が世界中にいた。このサービスは初年度で2万人の会員を獲得しました。広告は1円も使わずに、です。
「自分が欲しいものを作る」というのは、最強のニーズ検証でもあるんです。あなたが本気で欲しいなら、地球上のどこかに同じ欲求を持つ人が必ずいます。80億人いますから。
「ニッチ」ではなく「エッジ」へ——資本なき個人が構造的に勝てる3つの型
川島:かつて私がBCG(ボストン・コンサルティング・グループ)で教えていた持続的競争優位の型は6つあるんですが、AI時代に「持たざる個人」が使える型は大きく3つに絞られます。
ブランディング(先端での第一人者化)、習熟効果、埋め込みモデルです。
まず「ブランディング」について、従来の意味(広告で広く認知を獲得する)とは異なります。個人起業家に必要なのは、市場への認知ではなく、特定の尖った先端領域において「これといえばこの人だ」という第一人者のポジションを獲ることです。市場は狭くてもいい。ただ、先端であることが大事です。「ニッチ」ではなく「エッジ」であること。「地方の老舗食品メーカーのブランドリニューアル専門のデザイナー」のように、セグメントを極限まで絞ることで、その領域では比較対象が存在しません。これが起業5.0で言う「エッジトップ」の発想です。
次に「習熟効果」。予約3年待ちの鮨屋、特定領域での10年の没頭が生む暗黙知。誰も到達できない熟達度で選ばれる状態です。「やめられないこと」を何年も続けた蓄積が、そのまま参入障壁になります。
そして「埋め込みモデル」。顧客との関係を深く積み上げるほど、その人の5年・10年分の文脈を持つのがあなただけになる。その顧客が別のサービスに乗り換えるコストは、年々上がっていきます。
なお、ユーザーが増えるほど価値が増す「ネットワーク外部性」も、ビジネスモデル次第では相変わらず強力な優位性になります。ただ、一定の規模に達するまでには相応のマーケティングコストがかかる構造であり、資本力のある事業者が圧倒的に有利なモデルでもあります。
したがって、持たざる個人が取るべき戦略は明確です。先端領域での第一人者ポジションの確立、没頭による習熟の蓄積、顧客との文脈構築。この3つに集中すること。そこに根を張ってから、自然と広がるのを待つ。それが、資本なき個人が構造的に勝てる唯一の道です。

一人起業こそ最強——AI時代の「副業スタート」と「厚利少売」
川島:一人・少人数起業こそが、AI時代に最も有利な起業です。
大企業やベンチャーが資本と人員で勝負する世界に、個人がAIを使えばほぼ同等のオペレーション品質で参入できます。開発、マーケティング、顧客対応、経理、全部AIが代替できる。3人・数百万円で始めた事業が、100人の組織と同じアウトプットを出せる時代です。
ただ、事業づくりの過程で意識すべきポイントが2つあります。
1つ目は「副業から始めていい、むしろそうすべき」ということ。統計によると、本業を持ちながら起業した人は、退路を断って専念した人より失敗確率が33%低かった。退路を断つと「食べていかなければならない」という焦りで全てが雑になる。内部情報の純度が下がります。焦らずじっくり深める方が、結果として速くなります。
2つ目は「厚利少売」という収益設計です。1,000人に1,000円のモノを売りさばくのではなく、10万円の商品で10人の人生にコミットする。少人数起業の強みは一人ひとりに深く向き合えることで、それが高単価と長期関係を生みます。薄利多売を目指した瞬間、AIスケールで動く大資本との消耗戦に入ってしまう。自分の文脈と熱量で「比較されない状態」を作り、少ない顧客から大きな収益を得る設計が正解です。
AIに食われない唯一の武器は、あなたの生き様だ
川島:「起業したい、でも何をすべきかわからない」と感じているなら、それはむしろ正直な状態です。
やるべきことが明確に見えているように思えるのに実際は違う、それが外部情報起点の罠で、最初から「わからない」と感じている人の方が、内部情報を素直に掘れる可能性があります。
最後に一つだけ繰り返すなら——「市場調査」から始めないでください。
まず「やりたくないことリスト」を書いてみてください。嫌なこと、許せないこと、「なぜこの世界にこれがないんだ」と感じたこと。そこに眠っている怒りの中に、あなたにしかできない事業の種があります。

AI時代は確かに「誰でも起業できる時代」になりました。でも同時に「内部情報のない起業は、より速く、より確実に失敗する時代」にもなりました。使われないアプリが世界中で量産されているのがその証拠です。
本書の思想を一言でまとめると、「AIに食われない唯一の武器は、あなたの生き様だ」ということです。その生き様を事業に変えることを、私はCYPHERで多くの起業家と一緒にやっています。
本書『起業5.0』が、そのための最初の一歩になれたら嬉しいです。

『起業5.0: AI時代の新・起業戦略』 川島 匠 Kindle版
BCG・A.T.カーニー出身の戦略コンサルタントであり、日本初の香水サブスク「SCENTPICK」をはじめ三度の起業とバイアウトを経験した著者が、AI時代に唯一機能する起業の「勝ちパターン」を体系化した一冊。
「市場調査→ペルソナ設定→MVP作成」というまじめな努力が、なぜAIに一撃で食われるのか。
その答えと突破口が、自身の偏愛や怒りを起点にした「内部情報」にあることを、具体的な方法論とともに解説しています。「好きなことで起業したい」「AIに負けない事業をつくりたい」という方にこそ読んでほしい一冊です。
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