アクサ生命 安渕聖司|リーダーの本質は影響力! 人生をフルに生きメッセージは行動で示す
「誰も今までやっていなかったことをやってみよう」という発想が大事
国内外でのさまざまなキャリアを経て、名だたる外資系グローバル企業のCEOを務めてきた安渕氏。創業手帳では以前も日本のキャッシュレス化や成功の秘訣などに関してインタビューに答えていただきました。
今回はスタートアップへの支援を長年続けてきた経験や、組織のリーダーに必要な要素、仕事だけではなく人生全体を経営する意識などについて、創業手帳代表の大久保がお聞きしました。
アクサ生命保険株式会社 代表取締役社長兼CEO
三菱商事を振り出しに、外資系投資銀行などを経て2009年から2016年までGEキャピタル・ジャパン社長兼CEO、2017年ビザ・ワールドワイド・ジャパン社長、2019年から現職。経済同友会幹事。学校法人至善館理事、ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ理事、ヒューマンライツウォッチ東京委員会委員、学校法人UWC-ISAK ファウンダーなども務める。早稲田大学政経学部卒、ハーバード大学経営大学院卒(MBA)
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
※この記事を書いている「創業手帳」ではさらに充実した情報を分厚い「創業手帳・印刷版」でも解説しています。無料でもらえるので取り寄せしてみてください
この記事の目次
変化が激しい時代はひとつの業界だけでなく他の業界も見る必要がある
大久保:安渕さんには2019年1月にもインタビューさせていただきましたが、当時はVISAでトップを務められていたのですよね。
安渕:はい。2019年の4月からアクサ生命保険でCEOを務めています。
当初はVISAから転職する予定はなかったんですが、お話をいただいて仕事の内容に魅力を感じ、また自分が役に立てる場所だと思ったので転職を決断しました。
VISAはどの国でもあまり事業内容に差はないんですが、生命保険は国や市場で規制がかなり違うので、それに合わせる必要があります。またさまざまなサービスを提供していますので、日本的なものとグローバルなものを合わせてどうやって日本で一番の商品を提供していくか、2つのカルチャーをしっかりとブリッジしながらいいところを作り上げるためにどうしたらいいかといったことをこの4年半やってきました。
株主となる本社に日本という国を理解してもらうこと、いわゆる相互理解も重要です。例えば日本のほうがいい取り組みをしていたら、それを世界に広めるということをやっていきたいと思っています。
大久保:アクサのようなグローバル企業が日本で成功するために意識しておいたほうがいいことはありますか。
安渕:アクサは1817年にフランスで生まれた企業なのですが、フランスと日本は相互理解がある程度進んでいて、相性がいいと感じていますね。
例えば日本に来たスーパーなどでうまくいかない事例は、日本は小さい島国ですが地域により差があるということに想像が及ばないということですね。
1つのサービスや商品を提供して全国で受け入れられるというのは幻想であって、地域によって味つけなどを微妙に変えていかないと駄目ということもあります。その国をよく理解して合っているものを作っていくことが必要です。
大久保:金融と保険は似ているようでいてまったく違う業界だと思いますが、業界を超えた転職に不安はありませんでしたか。
安渕:変化が少なく、ビジネスモデルがそのまま伸びていける時代はひとつの業界の習慣や慣習、文化に詳しくなるだけでもいいのですが、ここ10〜15年ぐらいは変化が激しくビジネスモデルにも連続性がなくなってきています。
そういった時は、自分の業界だけではなく違う業界も見て、何が起こっているのかを考えることが重要だと考えています。
やはりデジタル化は大きな要素です。iPhoneが登場して以来、世の中の変化が加速度的に大きくなってきています。Chat GPTが広がる速度は驚異的です。
こういう時代は世の中を大局的に見てほかの業界にヒントを見つけたり、自分たちはこういう時代の中でどこにいてどこにいこうとしているのか、今までと同じやり方でそこにいけるのかを自問する必要があります。
例えば「誰も今までやっていなかったことをやってみよう」というスタートアップの人たちが日頃考えているような発想が、あらゆる業界で今必要とされているのではと感じますね。
自分は人生をフルに生きているか?
2025年竣工の「アクサ札幌中島公園プロジェクト」記者発表会(2023年5月)*札幌本社は竣工時に新ビルに移転します
大久保:コロナ禍は事業にどのような影響がありましたか。
安渕:もともと東日本大震災があってから、東京への集中体制はリスクが高いということで、札幌と東京の2本社体制に移行しました。問い合わせや保険金請求に対応するのも半分は札幌で行っていたので、コミュニケーションを円滑に取るためにクラウドにデータを移行したり、Teamsを導入してテレビ会議を行うなどということを2019年ぐらいから進めていました。
そんな中でのコロナ禍だったので、緊急事態宣言中は出社せず、Teamsを中心にお客様とも電話とオンラインツールでコミュニケーションを取るという方法で業務を進めていきました。
ネットでの新規加入やアフターフォローの手続きを可能にするなど、お客様の選択肢を増やしたこともよかったですね。
当時参考にしたのはIT企業でした。知り合いのIT企業の社長が「もう会社に行かない」と言うのです。社長が会社に来ると役員が来てしまい、役員が来ると社員も来てしまうというのがその理由でした。
なるほどと思い、私も「どうしても必要なときしか来ない」と宣言し、役員会なども完全にリモートにしました。
こういった状況の時にチャンスととらえて大きく舵を切れるか、「なんとか集まれないか」と今までのやり方に固執するかは、小さいようで大きな差を生むと感じています。
「他社はどう対応しているんだろう」と周囲を見るためにも経営者同士でのつながりは大事で、それも同業他社しか見ていないとあまり意味がないですね。
大久保:リーダーが最初に動くことは大事ですね。
安渕:リーダーの本質は影響力です。自分がどうやって影響力を持ち、どうやって自分の考えを伝えていくのか。そのためには自分自身の行動で示していくことが大事です。
やっていることと言っていることが違うと、伝えたいメッセージが薄れてしまうので、言行を一致させるということが極めて重要になってきます。
また、仕事だけではなくやっていることを楽しんでいるか、人生をフルに生きているかということも大切です。組織の人数が少なくなるほどそういったところが伝わりやすくなります。苦しそうに仕事をしていたり、早く辞めたいという気持ちが透けて見えるようなリーダーには誰もついていきたくないでしょう。
自分が夢を追いかけているか、全身でそれを体現できているかを今一度自問してみてほしいのです。大企業であっても小さい組織であっても、自分が思っているよりも人は自分のことを知ってると思っていたほうがいいです。
言葉では言っていなくても、伝わっていることというのは意外とあるものです。周囲の人間が、自分よりも賢いかもしれないということを前提に行動し、自分がどんな人間か、どう見られているのかを自覚することをおすすめしたいですね。
大久保:人生をフルで生きるという言葉、なるほどと思いました。起業家は自分で事業がやりたくて起業しているわけですが、常に順風満帆というわけではないので苦しくなるときもあります。
安渕:リーダーだったら、自分のやりたいことを進めようとするときに困難にぶつかる時もありますよね。それを乗り越えて行く楽しさもあるけど、苦しそうにやっていると周囲も辛くなってしまう。
周囲にいる成功した人たちを見ていると、暗い人ってほぼいないんです。仕事は人生の一部であって全てではないので、いろんなことにポジティブに取り組む姿勢を見せられるかが成功の秘訣だと思っています。
ゼロイチ(まだ世の中にない、新しいモノやサービスを生み出すこと)が好きな人はイチジュウやジュウヒャク(小規模のビジネスを伸ばしていくこと)は楽しくないかもしれない。ゼロイチもイチジュウも楽しいと思える人はそれをすればいいと思いますし、ゼロイチが好きで、会社が大きくなったら誰かに譲って自分はまたゼロイチをするという人もいます。
自分はどのプロセスを楽しいと思うんだろうということを知る、やはりここでも「自覚する」ということが大切ですね。
縁あってリーダーを任せてもらった企業では、その会社や関わる人たちのために何ができるかということを考えます。問題が起きたときに、マネジメントチームと一緒に乗り越えていくことが苦しいけど楽しいと感じますし、もし自分の中でソリューションがひとつも見つからなかったり、情熱が途切れたと感じるなら辞めたほうがいいと思っています。
サラリーマンでも起業家でも、会社や組織で働いている人は自分のキャリアをどう作っていくのか、どういった人生を送りたいのかということを考えながら人生形成をしっかりやっていくことが大事です。「自分の人生をしっかり経営していこうよ」と言いたいですね。
限られたリソース、時間を投入して仕事をし、仲間やつながりがあって人生をフルに楽しんでいることが健康の大事な要素だと感じています。
「大きいものがえらい」という感覚をなくしていきたい
大久保:スタートアップの支援をされていますが、その理由は。
安渕:大企業は既にあるものを強化するという考え方になりがちですが、スタートアップの人たちは世の中にないものを見つけてそれをビジネスにしています。
スタートアップの支援をしているのは、自分にない視点を持っている人と会えるということが大きいですね。
話を聞いていると、自分の刺激にもなるしビジネスのヒントにもなります。普通の企業だったらなかなか通らない企画やアイディアがスタートアップでは商品化されていて、世の中の潮流を作っているわけです。
日本ってどうしても「大きいものがえらい」っていう感覚があると思うんですが、それは間違いで「小さくて賢いほうがえらい」んです。誰も気づいていないことをやっているわけだからそこから学ぶべきですよね。
大小という感覚が染み付いていることが思考停止につながっているんです。そういった考え方をなくせば社会が変わると思うので、そこを変えていきたいとずっと思っています。
G1サミット@ルスツ「ボード越境イニシアティブ」でNPO代表や社会起業家と(2023年3月)
大久保:スタートアップに新しい発見があるとおっしゃいましたが、共通点はありますか。
安渕:外資系のグローバル企業のCEOをやっていると、強いマネージメント部門を作るとか企業の目的にあわせてどういう布陣にするのかなど、人に関する仕事が非常に多いんです。
スタートアップも人が大事ですよね。悩みとして聞くことが多いと感じています。
ひとりの人がすべてに強いということは残念ながらあまりなくて、ひとりで事業を始めても、いつかは自分のチームという概念になっていくと思います。チームを作るときは、同質のチーム作りではなくて違った専門性をもったチーム作りを意識することが必要です。
自分は最高のフォワードなんだけど最高のゴールキーパーになれるかと言われたらなれないですよね。スポーツでは明らかです。
「自分が相対的に弱いところに自分よりも強い人を入れる」ということを意識してください。スタートアップの中にはできているところも多いですが、何かあると自分が全部解決するという状態から一歩抜けることが大切です。
大久保:以前のインタビューで歌舞伎に詳しいことがビジネスで役に立ったとおっしゃっていましたが、グローバルで仕事をする際に日本に詳しいことはやはり大事ですか。
安渕:そうですね。若い人たちには特に視野を広げてほしいと思っています。グローバルに出ていくときには必ず「あなたは誰?」という状況になりますが、日本人なのに日本について何も知らないのは不思議に思われます。
文化や伝統、歴史など、自分のアイデンティティである日本についてしっかり知っておいたほうがグローバルではより信用されるということです。
私は相撲も大好きなんですけど、ずっとガヤガヤしていてテンポが早く、雑多な感じがとても面白いと感じますし、あんなに目の前で露骨に金のやりとりをする(勝ち力士が土俵の上で行司から懸賞金を受け取ること)スポーツもないなと思います。
歌舞伎と相撲っていうのは江戸時代の二大興行だったんですよね。
大久保:相撲といえばモンゴル人力士はもうすっかり定着した感がありますが、最近ではエンジニアでもモンゴル人の採用が増えているそうです。
安渕:モンゴルの中高生が鳥取の高校に来たりという話は聞いたことがあります。先輩から続いているからだと思いますが、きっと粘り強く地道に努力を重ねる国民性なんでしょうね。相撲では横綱も大関にもモンゴル人力士がいます。
大久保:最後に、読者へのメッセージをいただけますか。
安渕:長年個人的な支援を通してスタートアップの方々を見てきましたが、変化の激しい世の中で、まさに今起業家の時代が来ていると感じています。
いろいろな選択肢がある中で起業を選び、一歩を踏み出したことだけでもすごいことです。自分の決断に自信を持ってください。
創業手帳冊子版は毎月アップデートしており、起業家や経営者の方に今知っておいてほしい最新の情報をお届けしています。無料でお取り寄せ可能となっています。
(取材協力:
アクサ生命保険株式会社 代表取締役社長兼CEO 安渕聖司)
(編集: 創業手帳編集部)