マンガ家 タナカカツキ|サウナブームの火付け役「サ道」著者が目指す、理想のサウナとは
今は意識的に脳を休めることが必要。サウナでリラックスすれば脳が冴え、アイデアが生まれやすくなる
サウナブームの火付け役となった「サ道」の著者として知られる、マンガ家のタナカカツキさん。最近ではサウナ施設のプロデュースを手掛けるなど、さらに幅広いジャンルで活躍されています。
「サウナで脳を休めることで、新しいアイデアが生まれやすくなる」と語るタナカさん。人気のカプセルトイ「コップのフチ子」のアイデアも、実はサウナで思いついたそうです。
今回はタナカさんが歩んだキャリアやサウナへの想い、これからの夢について、創業手帳代表の大久保がお聞きしました。
マンガ家・アーティスト
1966年生まれ、大阪府出身。京都精華大学美術学部卒業。1985年、18歳でマンガ家デビュー。マンガ家と並行して、演劇役者やテレビ番組の構成作家としても活動。アーティストとしての作品も数多く、カプセルトイ「コップのフチ子」では企画・原案・デザインを担当。
2011年にはサウナを題材にしたマンガ&エッセイ「サ道」を刊行。サウナブームの火付け役となり、2013年には日本サウナ・スパ協会からサウナ大使に任命される。2022年には総合プロデューサーを務めたサウナ施設「渋谷SAUNAS(サウナス)」がオープン。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
マンガ家と並行して演劇や構成作家、CGなど多彩な仕事にチャレンジ
大久保:タナカさんはマンガ家としてだけではなく、さまざまなお仕事をされていますよね。これまでのキャリアをあらためて伺えますか?
タナカ:最初はマンガ家です。今もそうなんですが。その後のキャリアって、結構ごちゃごちゃしています。若い頃は漫画を描きながら小劇場でお芝居もやっていて、そこからテレビやラジオの構成作家の仕事もするようになりました。
それから1990年代に入って、マルチメディアという言葉が流行ってきた頃、テレビ局の講習会でCGを目にして衝撃を受けました。デジタルの社会が本当に来るんだなと思って、CGの仕事もするようになったんです。
大久保:新しいトレンドに興味があったわけですね。
タナカ:そうかもしれないですね。あまりピンと来ていただけないかもしれませんが、私の若い頃って、マンガやアニメは最新の表現だったんですよ。
私の中では、昭和マンガ家の先生たちって新しい表現にチャレンジしていく先駆者なんです。例えば、手塚治虫先生はアニメを自作、虫プロというアニメ会社を作りましたし、石森章太郎先生は仮面ライダーで特撮の世界を大きく広げましたよね。
今はマンガとアニメと分かれていますけど、昔はマンガ家がアニメを作っていたんです。マンガ家の先生たちが立ち上げた「スタジオゼロ」という会社で、藤子不二雄先生のアニメ「オバケのQ太郎」を作っていました。マンガ家はテクノロジーと一緒にものづくりをする、というイメージがありました。
大久保:「笑っていいとも!」の構成作家をされていたというのは意外です。
タナカ:あの番組も、すごくチャレンジングなことをしていたんですよ。当時のタモリさんは主に深夜番組に出るタレントさんでした。そのタモリさんをお昼の番組に据えるというのは、すごく勇気がいりますよね。テレビ業界全体が、そういう新しい表現に挑戦する気分がまだ残ってた時代だったんです。
当時テレビのバラエティ番組は台本があって、その通りにやるものがほとんどだったんです。そうした中で、タモリさんがフリートークで展開するのも新しかったと思います。そういう現場に参加して、すごく刺激を受けました。もう決められたことをやる時代じゃないんだなって感じましたね。
マンガ家としてもそうですが、小劇場のお芝居もテレビのお仕事も、新しいこと、自分自身が本当に面白いと思えることを一般の方にすぐに理解されなくてもやるぞっていう意気込みがありました。
大久保:マーケティングとは全く逆の発想ですね。
タナカ:そうかもしれませんね。当時は「過去によく似た事例がなくても、自分が心震えるような企画ならわかってもらえる」っていう、強い信念がありました。
「コップのフチ子」はSNSで広がるイメージがすでにあった
大久保:タナカさんの作品では、カプセルトイ「コップのフチ子」もすごく話題になりましたよね。この作品は、どんなきっかけで生まれたんですか?
タナカ:当時、趣味で水草水槽をやっていまして、これは生き物や水草、植物をしつらえて水槽内で小さな生態系を作るものなんです。世界コンテストもあるんですよ。
まだどうやって作っていったら良いのか試行錯誤してる時代に、いろんな仲間と出会いました。のち「コップのフチ子」を一緒に作るカプセルトイメーカーの人たちともそんな時期に出会って、水草水槽も一緒に作っていたんです。カプセルトイのアイデアもいくつか作ったので、企画書を彼らに見てもらいました。そうしたら気に入ってもらえて、商品化という流れになりました。
大久保:コップに飾るというのは、すごく斬新ですよね。アイデアが浮かんだ背景を教えていただけますか?
タナカ:2011年頃かな、ちょうどSNSやネットショッピングが広まってきた時期でした。そんなネットが普及する時代に、まず欲しいものが出てこないっていうガチャガチャの仕組みが面白いなと思って。そこでSNSとガチャガチャを同期できないかなと思ったんです。
その頃、OLさんがランチとかラテアートの写真をFacebookに投稿するのが目立っていて。「ばえる」(映える)って言葉はまだなかったと思うんですけど、そこに小さいOLさんのフィギュアが添えられていたら面白いなって思ったんです。
あとは「フチ子のガチャガチャマシーン、ここにあったよ」とか「このシークレットが手に入ったよ」というハッシュタグがあれば、SNSで広がっていくかなと思いまして。すでにそういうイメージはありましたね。
サウナに入り始めたら、新しいアイデアが生まれやすくなった
大久保:いよいよサウナのお話を伺いたいのですが、サウナにはまったきっかけを教えていただけますか?
タナカ:マンガを描くのもCGを作るのもデスクワークですし、水草水槽をやるのも、ほどんど部屋の中。ですから、全く歩いてないな、汗をかいていないな、というのが年齢とともに気になり始めました。
そんな時ちょうど近所にジムができて、ジムのサウナで気持ちよくなったのが最初ですね。2007年からサウナに行き始めました。
デスクで仕事を続けていると、集中力も落ちてきて、疲れてきます。特に私の仕事は目もしんどくなるし、首もこりすぎて回らないくらいになっていました。
でもサウナで温まって血流が良くなると、身体もほぐれるし気分も良くなる。あと当時通っていたジムのサウナはわりと空いていて、リラックスできたんです。
サウナで元気になって、家に帰ってからもう1発働けるぞっていう感じでした。さらにリラックスしていますから、アイデアも出てくるようになりました。実は「コップのフチ子」も、サウナ室で出てきたアイデアのひとつなんですよ。
大久保:サウナにはスマホを持ち込めませんし、情報が遮断されるから新しいアイデアが浮かびそうですよね。
タナカ:おっしゃる通り、サウナに入る時はスマホをロッカーにおいて、裸になります。ですから皮膚の感覚とか嗅覚とか、そういう感覚が満たされて気分がリラックスします。だからすごく脳が冴えるんです。
起業家の方も、日々新しいアイデアを思いつかなきゃいけなかったり、頭の中で物事を整理したり、決断したり、そういうことの連続ですよね。私の仕事もそうです。何か常に新しいアイデアを出していかなきゃいけない、そういう時にサウナはすごくいいと思います。
日本と海外のサウナには、決定的な違いがあった
大久保:公益社団法人日本サウナ・スパ協会公認のサウナ大使も務めていらっしゃいますね。これはどんなきっかけがあったのでしょうか?
タナカ:2008年に「サ道」というタイトルでWebのエッセイを書きまして、これが後に書籍化されました。その本をたまたま協会の方が読んでくださって、ご連絡いただきました。それまでサウナの本ってほとんどなかったですから、珍しかったんじゃないでしょうか。
その頃サウナ施設の皆さんも、「サウナは良いものだけど、どうやって広げて、みんなにサウナを楽しんでもらうか」ということが、具体的に展開できていなかったみたいなんです。サウナを表現すること自体が、あまりなかったですから。協会からすれば、私を大使にして何か表現してもらおうと考えたのかなと思います。
私としてはそういう協会があることも知りませんでしたので、サウナ大使のお話をいただいた時はびっくりしました。ただお話を聞いてみると、私が好きで行っているサウナ施設のオーナーさんも加盟されていて、名店が結集している団体だったんです。
大使になれば、大手を振っていろいろなサウナの人に直接お話を聞けますし、無料でサウナに入れる特典もあってありがたいなと思いまして。お受けしてから、一緒に活動するようになりました。「国際サウナ会議」というものが4年に1回あるんですけど、そこに参加したこともあります。
大久保:国際会議に参加するというのはすごいですね。ちなみに日本のサウナは、海外から見ると独特ですか?
タナカ:かなり特殊だと思います。日本のサウナは宴会場がついているところもありますし、日本ではエンタメやレジャーとサウナがくっついていますよね。一方で海外ではそういうサウナって、一般的ではありません。
海外のサウナは「休息」する場であって、思考を遮断して、五感を満たす、自然体験なんですよね。特にバルト三国のサウナでは植物を束ねた「ウィスク」というものをサウナ室に持ち込んで、植物と共に温冷交代浴をするんですよ。スチームマスターと言われる施術師さんがいて、いろんな植物を使ってスクラブやマッマサージをしてくれます。
要は海外でのサウナって、森の自然の恵みを使って、温冷交代浴をして、人間の治癒力や回復力を元の状態にするものなんです。
サウナで植物や自然のエネルギーを人間の中に入れるという考えなんです。植物の有効成分を出すために、室内はある程度温度は高い方がいいし、蒸気があった方がいい。サウナ室の設定温度って、実は植物ありきなんですよ。
大久保:もともとサウナは、自然と一体になるための施設だったんですね。
タナカ:そうなんです。ですから、海外ではサウナ室の中では静かに過ごし、暗がりの中で日常の些末なことや小さな悩みごとで散らかった思考から、いったん離れてみるイメージです。瞑想に近いですかね。
ひたすらデスクワークをするのって、人間の歴史からすれば初めての事態で、体はとんでもない違和感を感じていると思うんです。これを一旦元に戻すものがサウナで、人間の体の生理機能が喜ぶ状態に戻すものじゃないかな、と思います。
理想のサウナを目指して「渋谷SAUNAS(サウナス)」をプロデュース
大久保:サウナ室に入り水冷浴をして、外気浴をするサイクルが「ととのう」として話題になっていますよね。その他におすすめの入り方やコツがあれば、教えていただけますか?
タナカ:サウナで脳疲労を取ることに意識を向けることですかね。今って、ほぼ思考の世界の中にいるじゃないですか。朝起きてから仕事が終わるまで、ずっと考えている。家に帰ってからもサブスクとかがあるし、ずっとエンタメが流れている。常に情報の世界にいる感じだと思うんですね。
脳がずっと情報をインしている状態なので、一旦そういうところから離れる行為が必要だと思うんです。体が疲れているだけではなくて、脳が疲れている。今は「脳を休息させるぞ」って時間を意識的に取るというフェーズに来たのかなと思うんです。
ただサウナに行っても、脳疲労が取れないことも多いんです。例えば、混んでいるサウナに行くとか。あとサウナにあるテレビで戦争などのニュースを見てしまうと、脳は休まりませんよね。
だから脳をしっかり休めるには、サウナ施設選びがとても大事なんですよ。じわじわ「渋谷SAUNAS(サウナス)」の話になっていますけど。
大久保:サウナ施設「渋谷SAUNAS」のプロデュースもされたんですよね。先日私も初めて「渋谷SAUNAS」へ伺いました。余計なものがそぎ落とされた感じで、まさにサウナが好きな方が施設を作ったらこうなるんだなと思いました。
タナカ:「渋谷SAUNAS」は、昔からのサウナ仲間と一緒に作ったんです。みんなサウナ愛好家なんですよ。彼らとは以前からサウナの理想や課題を話していて、自分たちの理想のサウナを作ろうというのがスタートでした。
先ほどお話したように、情報から切り離してくれて、脳の休息に特化したサウナ施設を作ろうという話になったんです。
渋谷という都会に作ることになったので、森の中に来たような心地良さがある感じにしたくて。だから注意喚起のポスターとか、文字要素はなるべく目に入らないようにしました。植物もイミテーションではなく、本物の植物がちゃんとそこで育っているような施設にしたいと思いました。
大久保:マーケティングではなく、本当に作りたいものを強い信念で作ったという想いが伝わります。
タナカ:自分たちが入りたいサウナをただ作る、というシンプルな考えです。その想いがあれば、共感していただけるんじゃないかと思っています。やっぱり作った人の体温がちゃんと伝わる企画書の方が胸に刺さりますよね。
夢は、健やかでご機嫌な人たちを増やすこと
大久保:今後やりたいことについて、お聞かせいただけますか?
タナカ:もっと「SAUNAS」を作っていきたいと思っています。サウナって、混んでいるじゃないですか。「渋谷SAUNAS」も、かなりの待ち時間が発生することもあります。圧倒的にサウナ施設が足らないと思うんですよ。
サウナは一過性のブームではないと思っています。メディアに「サウナブーム」と最初に出たのが2014年。それから10年近く経つわけですから、ブームではなく定番になっていると言えます。
デスクワークの方やリモートワークの方が増えていく時代ですから、血を巡らせることを1日のどこかで積極的にやっていけば、病気のリスクも回避できるかもしれないですし、日常のいい気晴らしになると思うんですよね。
ただサウナって、歩かないんです。そんなに都合よく体はできていないと思うので、歩くことも大事だと思うんですよね。ですから、山歩きとサウナを合体させたようなことを考えています。
大久保:楽しみですね。サウナ以外の活動ではいかがですか?
タナカ:サウナに入っていない時間の生活をととのえる、ということにも取り組んでいます。気持ち良く、機嫌良く、働いて遊ぶために必要なことを発信していけたらいいなと思っていて。昨年出した「今日はそんな日」という本も、いかに快適な一日を過ごせるか、ということがテーマなんですよ。
夢は、本当にみんなが気分良くなることなんです。健やかでご機嫌な人たちがもっと増えるといいですね。
大久保:最後に、創業手帳の主な読者である起業直後の方に向けて、一言いただけますか?
タナカ:皆さんそれぞれのやり方を見つけていく方々だと思うので、私が何か言えることはないです。でも私も含めて、個人が楽しいと思うことをちゃんとやっていくことが大切だと思うんです。
もう嫌なことは、ロボットとかコンピュータとかAIがやるんですよね、きっと。何か我慢して何かやるとか、そういった時代ではないのかなと思います。だから楽しんで、熱中する。私もこれを心がけようと思っています。
「今日はそんな日」(タナカカツキ著・BCCKS Distribution)
大久保の感想
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(取材協力:
マンガ家 タナカカツキ)
(編集: 創業手帳編集部)
サ道、サウナが社会現象になったが「笑っていいとも」「コップのフチ子さん」と違うジャンルで、大ヒットに関わってきた。既に権威となったものではなく、新しい表現やジャンルに挑戦、あるいは面白さに引き寄せられ、大きな流れを作りだした。ニーズが有るところをマーケティングで攻めるのも良いが、iphoneもそうだが本当のヒットは、究極のワガママ・自分が作りたいものをつけ抜けて追求した先にあるのかもしれない。そんなことを取材で感じました。