yama 山本紗衣|スザンヌが地元・熊本で起業。30代での学び直しから老舗旅館を再生するまで
子どもに働く自分の背中を見せたいと感じたことが起業の原点

「旅館業をすることは全く考えていなかった。」そう語るのは、熊本を拠点に株式会社yamaを経営する山本紗衣(スザンヌ)さんです。
カフェ経営や30代での学び直しを経て2023年に起業。アパレル事業からスタートし、現在は老舗旅館「龍栄荘」の再生・運営にも取り組んでいます。
地域の人々が語る旅館への思いに心を動かされ、未経験の旅館経営に挑戦した山本さんに、想定外の苦労や経営者として大切にしていること、今後の展望などを伺いました。
1986年熊本県生まれ。タレントとしてテレビやCM、雑誌など幅広く活躍し、2008年には熊本県宣伝部長に就任。2015年に熊本へ移住後、30代で高校へ再入学し、その後大学へ進学するなど学び直しにも挑戦。
2023年に株式会社yamaを設立し、アパレルブランド「Style Reborn」を展開。2025年には熊本市河内町で、閉館した老舗旅館を再生した「KAWACHI BASE-龍栄荘-」の運営を開始。現在は芸能活動と並行し、経営者として地域に根ざした事業にも取り組んでいる。
この記事の目次
「地元でのびのび子育てをしたい」と移住を決意

山本:カフェ・温泉・宿泊施設を備えた「KAWACHI BASE-龍栄荘-」を経営しています。旅館の中にカフェやアパレルショップがあり、ゆったりとお茶をしたり、お買い物ができたりといった体験を提案しています。最近はパン屋さんもオープンしました。
山本:芸能活動をしていた6年ぐらいの間、東京に住んでいましたが、結婚と出産を経て、「地元の熊本で子どもを育てたい」という思いが強くなり、移住の決断をして熊本に帰ってきました。
山本:2016年に「CAFE BAR 8%(ハチパーセント)」というお店をお友達と共同経営という形で始めました。その時は本当に経営について何も分かっていなくて、飲食に携わるのも初めてだったので、お店を経営するって本当に難しいんだなと実感しました。その時は子どもが2~3歳だったので、お子さんも連れて来られるようなカフェにしたいと思って始めたのですが、子育て世帯の方たちが利用するならもう少し郊外がよかったという反省があり、自分のリサーチ不足も感じましたね。
その後、熊本地震の影響がかなり大きく、復興に時間を要することが予想されたので、閉めるという苦渋の決断をしましたが、地震の後などで気持ちが落ち込んでいる時にこそ、心のケアという意味でも飲食業の持つ役割は大きいのではないかなと考えています。そういった思いもあって、旅館の中にカフェを設けています。
熊本の高校と大学で学び直し、アパレル事業で起業
山本:当時、コロナ禍で子どもが小学一年生だったので、一緒に勉強をしていたんです。でもなかなか家で勉強をするって難しいなと思っていたところに、母校の先生が「再入学して卒業を目指しませんか?」と声をかけてくださって。私立の通信制の高校だったので当時の先生がまだいらっしゃって、17年ぶりに再会してまた頑張って勉強を始めました。
日曜日にスクーリングがあったので、家族や友人たちに助けてもらいながら勉強を続け、卒業することができました。
山本:高校に再入学して、朝早く起きて勉強するという習慣ができたので、その習慣をなくしたくないという思いがありました。また、カフェを経営した経験から、経営についてもっと知りたいと感じたこと、昔から抱いていたファッションの仕事をしてみたいという気持ちがあったことで、ファッションビジネス科で学びたいと思い、大学に入学しました。
山本:大学に入学したときは、既にビジネスには興味があったのですが、その時点ではまさか自分が会社を作るとは思っていませんでした。でも大学の中に起業ゼミのようなものがあり、そこで学生同士で起業について話したり、教授をはじめいろいろな方に起業についての質問や相談が気軽にできたりしたことが大きかったですね。また、子どもに自分が仕事をしている様子をもっと近くで見せられたらいいなという思いや、子どもに何か残せるものを作りたいという思いがあり、最終的に会社を作ろうと決断しました。
個人でできることと、会社でできることの大きさの違いや、会社としてやっていく方が自分にとってもプラスになると思えたことが会社という形を選んだ理由です。
山本:もともと古着が好きだったこともあって、古着をリメイクした一点ものの服のブランド「Style Reborn」を立ち上げました。とってもかわいい服ができるんですが、一点ものということもあり、商品全てのサイズを測り、着画を撮り、ECサイトで売ると、ひとつの商品に対する労力や手間が非常にかかるんですね。また、ネット販売ですとお手元に届いたときに「思っていたのと違う」というリスクもあるため、ポップアップなどで実際に見て、気に入って買ってもらう方がいいよね、というふうに実際にやってみて方針が変わってきました。
山本:大学で簿記なども学びましたが、やはり数字は苦手です。純利益とは?みたいなところからスタートしたので、分からないことがあったらとにかく人に聞いて教えてもらいながらここまで来ました。
数字に強い人を採用し、経営の経験がある方にアドバイスをいただきつつ、今はチーム全員で経営をしています。
自己資金で挑んだ老舗旅館の再生。想定外の出費と経営の苦労

山本:大学在学中も起業した当初も、旅館業をすることは全く考えていなかったんです。前回はクローズしてしまいましたが、自分のカフェを開きたい気持ちは持ち続けていたので、古民家風のカフェ兼自分のブランドの服を実際に見てもらって、購入できるような場所を作りたいという気持ちがありました。それで熊本市内で古民家や古いビルを探していたんですが、なかなか繁華街に近い場所は見つからなかったんです。じゃあちょっと範囲を広げてみようかと、海を越えて河内町というところまで範囲を広げてみたら、「古民家というか旅館なんですけど、どうですか」と不動産屋さんからご紹介いただいたのが龍栄荘でした。
最初は「見るだけ見てみるか」と軽い気持ちで見に行きました。そしたらジブリの世界のような旅館で、周囲の風景も美しくて、帰りに見た夕日が涙が出るぐらい綺麗だったんです。ほぼ一目惚れで、ここを購入して「民泊のような感じで自分たちも使えたらいいかな」なんて考えつつ、もう一度見に行ってみたら、いろんな方から「スザンヌちゃんがここを買うんでしょ?」って声をかけられて(笑)。皆さん、この龍栄荘という旅館がどれだけ素晴らしかったか、どれだけ愛されていたかを話してくださって、お隣のみかん農家さんが「前のオーナーの親戚です」と挨拶をしてくださいました。
本当は息子さんが継ぐはずが、ご病気で亡くなられてしまってやむを得ず4年前に旅館を閉めることになったそうで。そんなお話を聞いているうちに、「皆さんに愛されたこの龍栄荘をもう一度復活させたい」という思いが湧いてきてしまって、「旅館業なんてやったことないけどやってみるか!」と思ったんです。起業するときの定款に旅館経営は入っていなかったので、書き換えました。
山本:もともとビンテージの家具や食器が好きで、自然と昔からあるものに惹かれるんです。母もそういった家具が好きで集めていたので、子どもの頃からビンテージの家具を見ながら育っていて、その影響はあると思いますね。
龍栄荘に関しては、昔からのファンのお客様に「変わってないね」と言っていただけるように、外観はほとんど変えていません。70年経ってもとても立派な建物で、中は新しく変えたので、ビンテージ感や懐かしい雰囲気は残しつつも、心地よく過ごしていただける空間になっていると思います。
山本:今はお金についていろいろと勉強させてもらったので、自己資金だけでなく借りておけばよかったなと思うこともあるんですが、当初は「誰かにお金を借りることは借金」という思いがあったので、とにかく自分のお金でできる範囲でやろうと決めていました。
山本:購入した温泉のボイラーが壊れてしまって買い替えになったり、旅館を経営する上で必要な消火器を複数買わなければいけなかったりと、人生で今まで買ったことがない単価が高いものをいくつも買う必要があり、初期投資として想定していなかったお金がどんどん出ていくような状況でした。もう最後は「とにかく完成してくれたらいい!」といった心境でしたね(笑)。
山本:お客様に「この旅館に泊まってよかった」と思っていただけるように、ラグジュアリーな空間作りにはこだわりました。お部屋に置くような館内着や家具、家電に対しては予算を割きましたね。自分がこうだったら泊まりに行きたいなと思えるような部屋を作るように意識しました。
コスト削減に関しては、カフェのメニューを、なるべく簡単な工程で特別な材料を使わないようなレシピで料理研究家の方に考えてもらいました。それをみんなでレッスンして、アルバイトの方でも作れるようになったことは、結果としてコスト削減につながったと思います。
口で伝えるより、行動で見せる。「トイレ掃除は率先してやっています」

山本:計算や数字のことはスタッフの皆さんに任せています。アパレルや飲食などの企画や、最終的な意思決定や確認事項は自分でするようにしていますね。
山本:起業してから、経営者の方とお話をさせてもらう機会が増えて、経営や社長としての心構えを教えていただくことが増えました。いいなと感じるお話を聞いたときは、スタッフに共有するようにしています。
山本:龍栄荘には、「スザンヌちゃんがやっている旅館だから」ということで来てくださるお客様も多いので、今はタレントと旅館のオーナー、両方の仕事が助け合ってくれているように感じます。最近は、経営者として取材を受けることも増えて、ますます双方の仕事の相乗効果を感じますね。
タレントとして、多くの方とお仕事で接してきた経験があるので、スタッフにお客様に対する接し方で意識して欲しいことなどのアドバイスはしています。ミーティングの際に、こうしてほしいということや、自分の龍栄荘に対する気持ちなどをスタッフに伝えて、その気持ちを少しでも共有してもらえるといいなと思っています。
山本:今まで、ほとんど芸能の仕事しかしたことがなかったので、名刺交換の方法や会食の時の座る位置といった、経営者というよりも社会人としてのマナーのようなところから身につける必要がありました。「他の人が名刺交換をしてる時はこういう感じで待つんだな」とか、本当にそこからでしたね(笑)。
また、経営者としては「自分の背中を見せる」ことを大切にしています。飲食店にせよ、旅館やホテルにせよ、トイレが綺麗であることは非常に大切だと思っているので、トイレ掃除は積極的にやるようにしていますね。また行きたいなと思う飲食店って、たいていトイレが綺麗で気持ちがいいところが多いと思っているんです。トイレを綺麗にすることが、お店への愛情でもあると思うので、全員にそういう気持ちを持ってほしいけれど、それを口で言うだけではなかなか伝わらないので、自分がすることが一番早いかなと思っています。
そしたらスタッフのみんなもトイレ掃除に力を入れてくれて、今とってもトイレが綺麗です。
やりたいことにトライしよう! 足踏みするよりも一歩前へ

山本:これからは私のタレント時代のことを知らない世代の方たちも増えてくると思いますし、5年後には私ではなく龍栄荘や河内町自体の魅力がきっかけで来てくださるお客さまをほとんどにしたい、というのが今の目標です。
龍栄荘がある河内町は、熊本が初めてという方はなかなか足を運ばない場所なのですが、本当に魅力的な場所なので、1回目で熊本の良さを知って、2回目、3回目にまた熊本を訪れた際に選んでもらえるような旅館になったらいいなという気持ちで日々頑張っています。
山本:私自身、地元は熊本ですが、育った地域はそこまで地域のつながりが強い地区ではありませんでした。今の環境は、班での集まりがあったり、BBQなどのイベントなどを一緒に楽しんだりと、親戚が増えたような感覚です。子どもと遊んでもらったり、スタッフの家探しを手伝っていただいたり、何から何までお世話になっています。
今後はそんな地域の方々と一緒に、「熊本通の人が何度も来たくなるような町」をテーマに、河内町の知名度を上げていけたらと思っています。食事やカフェのメニューには熊本産や河内町の食材を取り入れていますし、今後はギフトショップも展開予定です。
山本:私でもできたんだから、皆さんも絶対大丈夫です! 35歳ぐらいまでは、何かの資格を取りたいなと思っても、資料請求をするだけで満足していたんです。でも、子どもが大きくなってきて、自然と「自分も次のステージに行かなくては」と感じました。
自分の人生を改めて考えてみたら、今やりたいことをやらないとたぶん後悔すると感じ、一歩を踏み出せました。一歩を踏み出してしまったら、もう後は止まれなくてここまで来ましたが、きっと皆さんもそうなると思うので、足踏みしているのではなく、ぜひ最初の一歩を前に向かって踏み出していただきたいですね。
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