富山県知事 新田 八朗|富山県民の「ウェルビーイング向上」と県外からの「移住・起業」を支援する新たな戦略
「民間企業で社長」を勤めていた富山県知事が構想する都市づくりとは
2015年3月に北陸新幹線が開業したことで、盛り上がりを見せる富山県ですが、近年は新しい成長戦略として「ウェルビーイングの向上」や「スタートアップの支援」に注力している県としても知られています。この富山県の知事に就任する前は、民間企業で社長を勤めていたという異色の経歴を持つのが新田さんです。
富山県が取り組む「ウェルビーイング向上」の取り組みや「起業や移住の支援策」について、創業手帳の大久保が聞きました。
富山県知事
公益社団法人日本青年会議所第47代会頭(平成10年)
富山経済同友会特別顧問
昭和33年8月27日 富山市生まれ。昭和56年3月一橋大学経済学部卒業後、株式会社第一勧業銀行に入社。その後、日本海ガス株式会社、日本海ガス絆ホールディングス株式会社で代表取締役に就任。令和2年に両社を退社し、富山県知事に就任。趣味:旅行、映画鑑賞。好きな言葉:『One for all, all for one』
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
富山県民の「ウェルビーイングの向上」を目指した新しい成長戦略
大久保:富山県と言えば、モノづくりの県というイメージを持たれていると思いますが、スタートアップへの支援にも力を入れ始めた背景を伺ってもよろしいでしょうか?
新田:モノづくりをしっかりやってきた県、これはこれで富山県の誇りですし、先人たちが築いてきた土壌の上で我々が今生活をしているわけです。
ただし、新型コロナウイルス感染症拡大による景気後退、気候変動による自然災害の増加、デジタル化の加速など、ものすごいスピードで世の中が変わりつつあるため、従来の良さをベースにしながら付加価値を上げていく必要があります。
富山県内にある民間企業の中には、付加価値を上げていけるような取り組みを考えていらっしゃる方々も多いので、行政としてもサポートしていく体制を作る必要があると考えております。
これまで行政では、一つの物差しとして「GDP」を大切にしてきましたが、今成熟した日本や富山県では、GDPだけでは測れない時代ではないかと思い、これからの時代の行政にとっての新しい物差しも必要だと思いました。
そんな中で知事に就任したので、これをしっかり考えようということで、就任して3ヶ月目の2021年2月に「富山県成長戦略会議」を立ち上げまして、そこで1年間議論してきたところでございます。
大久保:富山県成長戦略会議ではどのような方針が決められたのでしょうか?
新田:富山県成長戦略会議では、今後は収入や健康といった外形的な価値だけでなく、キャリアなど社会的な立場、周囲の人間関係や地域社会とのつながりなども含めて、自分らしくいきいきと生きられること、主観的な幸福度を重視した「真の幸せ」(ウェルビーイング)の向上を目指すことが経済成長の目的であり、手段でもある時代となり、新しい産業政策、新しい人材政策が必要だと結論づけました。
これを受けて、富山県では、今年2月に「富山県成長戦略」を策定し、富山の強みを最大限に活用するとともに、弱みを克服することにより、富山のウェルビーイングの向上を図り、次世代の価値を産む人材が富山に育ち、また、県外から引き寄せられて富山に集積することを戦略の核に据えました。
大久保:具体的な戦略はどのようなものでしょうか。
新田:ビジネスやまちづくりにおける世界の潮流がハードからソフトへ、モノからヒトへと変わりつつある中で、デザイン思考やクリエイティブなアイデアを活用し、人の主観を重要視するウェルビーイングをより意識した取組みを生み出し、新たな製品・サービス、企業、市場の創出や新しい価値を生み出す地域づくりを進めます。
こうした取組みには、前例のない新しいビジネスモデルを創造し、それにより世の中に新しい価値を生み出すとともに、私たちの暮らしを変えるようなイノベーションを起こすスタートアップの創出が欠かせません。
このため、富山県では、成長戦略を担う柱の一つとして、「スタートアップ支援戦略」を位置付け、地域をあげて成長ポテンシャルを秘める企業や人材の発掘、集中支援を行い、それらの成長を起爆剤として、より一層スタートアップ起業の創出能力を高めることとしています。
北陸新幹線が開通したことで富山県のイメージが一新した
大久保:Iターン、Uターン、企業などの誘致策があれば教えていただけますでしょうか?
新田:企業立地のための助成金の活用方法を変えていこうと考えています。
例えば、雇用人数や設備投資の額を基準にした助成制度は今でもありますが、時代に合わせて拡充したり、金額のハードルを下げたりしています。
また、今までは「ものづくりの企業誘致」を意識した補助金制度が主だったのですが、今年から新しく始めたのが、IT企業を中心とした設備投資が大きくない業種の企業に向けた助成金の拡充です。
2015年3月に北陸新幹線が開業したことで、移動が早くなっただけでなく、北陸は「雪国・遠い・暗い」というイメージを一気に解消してくれたと感じています。これはとてもありがたい変化だと思います。
大久保:富山駅の北口に世界で一番美しいと言われるスターバックスコーヒーがありますね。新幹線駅にあの美しい環境があるというのは、素晴らしいことだなと思っておりまして、利便性と環境の良さが上手く両立してて、そこがすごく魅力的だなと思います。
新田:立山連峰という富山県の観光名所があるのですが、「立山黒部アルペンルート」は最初からマイカーの乗り入れはできないという方針なのです。
やはり自然環境の不可逆性というものを先人たちは早くから気づいていて、このような政策を取られたのです。
今では地球環境の問題が毎日のように報じられますし、カーボンニュートラルやSDGsという新しい考え方も出てきていますが、地球環境を保全していくという「エココンシャス」という思想は昔からあったということなのですね。
このような背景もあり、世界で一番美しいと言われるスターバックスコーヒーが立地している「富岩運河環水公園」も生まれたのです。
富山県が新たに取り組む「T-Startup」の3つの視点
大久保:今年度新たに実施する「T-Startup」の事業背景と富山県内のエコシステムの目指す姿を教えていただけますか?
新田:富山県では、古くは先用後利の越中売薬や急流河川の電源開発への活用等、先駆的なビジネスモデルを創造し、現在はアルミなどの非鉄金属産業や医薬品を中心とした化学工業などに強みを持っています。
一方で、少子高齢化に伴う経済規模の縮小やDX、カーボンニュートラルへの対応等の課題に直面しています。
県ではこうした環境の変化に対応する一つの方策として、事業の高い革新性・イノベーションの追求を得意とするスタートアップを継続的に生みだす「スタートアップエコシステム」の形成を目指しています。
「T-Startup」は、成長企業の発掘・支援を通じた、スタートアップエコシステムの形成を図るプロジェクトであり、自立を促す視点、支援・連携を促進する視点、つながりを構築する視点の3つの視点から様々な活動に取り組んでいきます。
このT-Startupサポーターには、それぞれ自社の提供可能なリソースをT-Startupに対し提示いただくことで、スタートアップとの連携のきっかけにしていただくほか、県としても交流の場をご用意することで、スタートアップと県内既存企業との接点を増やし、スタートアップにとっては成長のエンジンに、既存企業にとってはイノベーションの促進につながるような、そんなwin-winとなるネットワークを構築したいと考えています。
この「T-Startup」プロジェクトの目指す姿は、T-Startup Leadersが、スケールアップするなかで得た知見や人脈を次につづくスタートアップに還元するような、人・情報・資金の循環の形成と、T-Startupサポーターの取組の拡大による創業機運の醸成を通して、県内のスタートアップエコシステムが形成され、自走化していくことです。
今後、県内の各ステークホルダーとの連携を進めながら、このT-Startupを中心に、スタートアップ支援の取組を進めてまいります。
富山県内での移住と起業を支援する新たな施設「SCOP TOYAMA」
大久保:富山は県内の強さを生かしつつ、県外の人も積極的に受け入れて、富山県を盛り上げようとする姿勢を感じるのですが、その点はどのようにお考えでしょうか?
新田:富山県の食料や木材などの資源を大切にしようとは話しておりますが、人材は閉じ込めておくべきでもないですし、人の出入りは活発な方が地域活性化につながると考えております。
そのため、富山県内の人も創業したい県外の人も、富山県にチャンスがあって、富山県で夢を叶えられるようなエコシステムを作りたいと考えております。
これに関してはハードも整備中で、秋に「SCOP TOYAMA」という施設が出来上がります。
大久保:「SCOP TOYAMA」とはどのような施設でしょうか?
新田:「SCOP TOYAMA」の「SCOP」は、「スタートアップ」、「コネクト」、「プロジェクト」の頭文字を取っています。
起業や移住に挑戦し、新しい何かを「はじめる」、そのような方々が出会い、「つながり」、新しく、そして魅力的なコミュニティを生み出す、そんな理念を愛称にしました。
また、ロゴマークは、いわゆるスコップをモチーフにしており、新たな自分や、新しい出会いを「ここから掘り起こそう」という想いも込められています。
この施設の特徴は、創業支援施設と創業・移住促進住宅からなる「全国でも先駆的な職住一体の施設」であり、「起業家や移住者を呼び込む、「ヒト・モノ・コト」が交流する拠点」を目指しており、職住融合の、ここにしかない、独自のコミュニティが醸成できるものと期待しています。
施設の運営は、民間のノウハウを活用するため、指定管理者制度を導入しています。3社のコンソーシアムで、それぞれの得意とする知見を持ち寄り、サービスを提供します。
本年10月のオープン後は、創業相談や創業支援プログラムなどのソフト面での仕掛けも充実させて、起業家や移住者が集まりネットワークが形成されるハブ施設となるよう、取り組んでまいります。
富山県のために働くのに知事も新任職員も関係ない
大久保:経営者として企業を動かしてきた経験が富山県という大きな組織を動かす際にも役立っていますか?
新田:47都道府県の中で、社長を経験している知事は2人しかいないんです。そういう意味では、珍しいバックグラウンドだと思います。
やはり民間企業で社長を勤めた経験は今でも役立っていると思います。
特に「組織を動かすこと」や「持続可能な形で自立的に発展させること」は企業の経営者としてもずっとやってきました。
私が経営してきた会社と富山県とでは、はるかにスケールアップしましたが、相通ずるものはありますね。
大久保:富山県という組織に変化を起こすために具体的に行ったことを教えていただけますか?
新田:まず最初にお願いしたことは「私を知事と呼ばないでください」ということでした。
クリエイティブな組織を作っていく上で、形も大切だと思います。
「富山県を良くする」「富山県民を幸せにする」そして「ウェルビーイングを向上させる」このためには、知事も新任職員もないんだと思っています。
今は肩書きで仕事をする時代じゃないということの象徴として、「知事と呼ばないでください」とお願いをしました。
大久保:最後に読者へのメッセージをお願いします。
新田:富山県にはチャンスがあります。私も一緒に走っていきますので、富山県で夢を叶えましょう。
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(取材協力:
富山県知事 新田 八朗)
(編集: 創業手帳編集部)