Carjany 渡邊 裕太|業界初の「新型車乗り比べ」サービスに学ぶ、既存業界と対立しない「三方よし」ビジネスの作り方

※このインタビュー内容は2026年09月に行われた取材時点のものです。

大企業の信用×スタートアップのスピード。「出向起業」で挑む自動車業界の体験革命

株式会社Carjany	代表取締役	渡邊裕太氏

新しい車を選ぶとき、複数のメーカーを比較したいと思っても、ディーラーを何軒も回るのは大きな負担になります。この「クルマ選びのストレス」を解消しようと、業界で初めて複数メーカーの試乗を一度に体験できるサービスを展開しているのが株式会社Carjanyです。同社は関東・関西エリアで40拠点を展開し、2025年には4億円の資金調達を実施しました。

創業者である渡邊裕太さんは、大手損害保険会社に在籍したまま「出向起業(※1)」という形で同社を立ち上げました。なぜ社内事業や独立ではなく出向起業だったのか。既存業界と対立せず、ユーザー、ディーラー、パートナー企業のニーズを同時に満たす「三方よし」のビジネスモデルが生まれた舞台裏に迫ります。

※1 出向起業:会社に籍を置いたまま、自ら設立した新会社へ出向するという形で経営に携わる起業スタイルのこと。

Carjany 渡邊 裕太氏
渡邊 裕太(わたなべ ゆうた)
株式会社Carjany 代表取締役

2007年に東京海上日動に入社。国内・国外(中国)で自動車メーカー・ディーラーなど自動車販売業界の業務に20年弱従事。業界に近い、第三者の立場として、自動車販売業界に一貫して関与してきた経験を持つ。2022年4月より新規事業開発の業務を本格的にスタートし、2024年2月に出向起業モデルを活用して、株式会社Carjanyを創業(東京海上日動では第1号案件)。「クルマ選びの新しいスタイルの創造」に向けた取り組みを進めている。

「メーカーの壁」を壊す。ショッピングモールを舞台にした体験型・比較試乗サービス

ショッピングモールでの展示の様子

ーCarjanyの事業内容について教えてください。

渡邊:私たちは新車購入を検討している人に向けたこれまでにないサービスを展開しています。従来の新車購入は、自動車ディーラーに足を運んで商談を進めるスタイルが一般的です。私たちは、この購買体験そのものをもっと自由で比較しやすいものに変えられないかと考え、自分たちの会社を「クルマ選びの新しいスタイルを創る会社」と位置づけて事業を展開しています。

その最初の一歩として現在提供しているのが、試乗に特化したサービスです。特に発売されたばかりの新しい車は、ディーラーの店舗でしか試乗できない場合が多く、乗れる時間も15分程度に限られるケースが目立ちます。

たとえば家電や家具であれば、1つの店舗で複数メーカーの商品を比較できますが、自動車のディーラーはメーカーごとに分かれているため、比較したいメーカーの数だけ店舗を回る必要があります。この違いが、クルマ選びならではの負担につながっているんです。

この不便を解決する方法として考えたのが、複数メーカーの車を1か所に集めることでした。私たちはイオンモールなどのショッピングモールを会場に、ブランド横断でじっくり試乗できる場を提供しています。

ー渡邊さんは大手損害保険会社に約20年在籍されていたそうですが、これまで自動車業界とどのように関わってこられたのでしょうか。

渡邊:2007年に入社し、国内と中国で自動車メーカーやディーラー向けに自動車保険を販売する業務に携わってきました。自動車保険は、保険会社が顧客に直接販売するのではなく、自動車ディーラーの店舗に来店したお客さまに対して、ディーラー自身が仲介役となって販売するケースが多い商材です。こうした構造の中で、私自身も自動車販売業界にかなり近い立場で長く仕事をしてきました。この経験が、後にCarjanyを立ち上げる原点になっています。

本業の課題解決を目指す中で見つけた「試乗」の領域

立体駐車場に止まっているCarjanyの車

ー試乗サービスのアイデアが生まれたきっかけについて教えてください。

渡邊:長年、自動車販売の現場に近い立場で仕事をしてきた中で、ずっと感じていた損害保険業界の課題がありました。先ほどお話ししたとおり、自動車保険はディーラー自身が仲介役となって販売するケースが多い商材です。そのため、保険会社である私たち自身が、実際にその車を使うお客さまと直接顔を合わせ、日々の困りごとや不安を肌で感じる機会は、あまり多くありませんでした。

さらに2022年から社内で新規事業開発にも取り組み始め、その中で「お客さまと直接つながり、リアルな声を蓄積できる接点を持つことこそが、これからの損害保険業界に必要なことなのではないか」と考えるようになったんです。社内新規事業としてスタートしたアイデアなので、「事業そのもの」だけが目的であったわけではなく、「本業の課題解決のための事業」という側面をかなり強く意識して事業開発を進めていきました。

初期段階では、お客さまとの新しい接点をつくる方法として、自動車専門のメディアを立ち上げる案や保険会社自身がディーラー事業を手がける案なども含め、複数の事業アイデアを検討しました。ただ、たとえば自分たちでディーラー事業のような領域に踏み込んでしまうと、既存のディーラーとお客さまを奪い合う関係になりかねません。既存のビジネスと対立せず、ユーザーとディーラー双方にとって価値のある事業を創り、最終的に「顧客接点の確保」という業界の課題解決を実現できる領域を探す必要があり、相当の検討を重ねました。最終的にたどり着いたのが、試乗の領域でした。

ユーザーの中には、ディーラーの営業を受けながらでないと試乗できないことにストレスを感じている人がいます。一方のディーラーも、来店し試乗した人のうち契約に至るのは1割に満たない場合が多く、業務効率の面で悩みを抱えていました。加えて、採用難や自動運転・EVといった新技術への対応で説明の手間も増えており、負担は増す一方です。両者の課題がちょうど重なり合う場所として見えてきたのが、試乗という領域だったんです。

“独立せずに”起業する。私が「出向起業」を選んだ理由

Carjanyラウンジ

ーCarjanyは、大手損害保険会社に籍を置いたまま新会社に出向するという「出向起業」の形で立ち上げられました。しかも、同社における出向起業の第1号案件だったそうですね。この選択をした理由を教えてください。

渡邊:選択肢は大きく3つありました。1つは社内で新規事業として立ち上げる案、もう1つは退職して完全に独立する案、そして出向起業です。

まず社内での新規事業化は、「損害保険業界の課題解決」という目的の実現には最も相性が良いですが、事業を続ける限りずっとついて回る負担の大きさがネックになりました。金融業という業態柄、社内のガバナンスは非常に厳しく、広告を1つ出すにも入念なチェックが必要ですし、既存事業とは異なる領域に踏み出すにはさまざまな社内手続きも必要になります。加えて、新しい事業を社内で進める以上、関連部門への説明や合意形成を、事業を運営しながら都度重ねていく必要もありました。

一方で、退職して独立する道も検討しました。ただ、突き詰めて考えると、今と同じビジネスモデルは独立した状態では作れないという結論に至ったんです。私たちの事業は、車を保有せず、ディーラーから試乗車を借りてイオンモールなどのショッピングモールで提供するという仕組みが土台になっています。この仕組みを成立させるには、大企業としての信用や、長年かけて培ってきた業界内のネットワークが欠かせませんでした。

実績のないスタートアップ単独では、大手のショッピングモールとの提携交渉や、全国のディーラーとの取引関係をゼロから築くのは簡単ではありません。試乗車を貸し出す側が懸念する事故や盗難といったリスクへの備えについても、それまで培ってきた知見が信頼につながっていたと思います。これらを手放してしまうと、事業の成立そのものが難しくなり、最終的に目指している損害保険業界の変革という目的の実現にもつながらない。それが独立を選ばなかった理由です。

そこで行き着いたのが、当時、経済産業省が後押ししていた「出向起業」というモデルでした。社外の別法人として事業を切り出すことで、既存の枠組みに縛られず、柔軟かつスピーディーに意思決定できる体制をつくれます。それでいて、大企業ならではの信用やネットワークは、出向という形を取ることで引き続き活用でき、目指している業界変革も実現できる可能性がある。社内新規事業と独立、それぞれの課題を同時に解決できる方法として、出向起業がもっとも現実的な選択肢だったんです。

徹底した「起業前の検証」が“勝ち筋”を導き出す

Carjany 渡邊 裕太氏

ー合理的な選択だったとはいえ、実際に出向起業という前例のない仕組みを進めるうえでは、また別の苦労もあったのではないでしょうか。

渡邊:そうですね。出向起業には出向起業なりのハードルがありました。当時の社内にはこうした前例がなかったので、なぜこの事業を選ぶのか、他にどのような案を検討したのか、粘り強く説得を続けました。もし仮に試乗サービスがうまくいかなくても会社にとって大きなデメリットはないこと、逆にうまくいけば業界の課題解決につながること、新しい挑戦をした実績として採用やブランディングにもプラスになることを伝え続け、社内での合意を取り付けていきました。構想から出向起業による創業までには、結果として4年ほどかかっています。

決して平坦な道のりではなく、社内調整に頭を悩ませる日が続きました。ですが、粘り強く対話を重ねたからこそ見えてきたこともあります。社内で繰り返し受けたリスクへの指摘は、検証を行ううえでも生きることになりました。

たとえば、創業前に埼玉県川口市のショッピングモールで約1年半、実際にサービスを運営しながら検証も行っています。ユーザーがこのサービスを利用する理由、適正な価格帯、そしてディーラーが車を貸し出す動機。こうした点を1つひとつ検証したうえでの創業だったからこそ、多くの起業家が直面するような「そもそも事業として成り立つのか」という根本的な不確実性を、ある程度クリアできていました。社内での指摘が多く苦労した記憶も強いですが、今となっては、このような指摘を受けられること自体が、企業発の新規事業として事業開発を進める際のメリットだったとも感じています。

ー創業前に事業検証を行えたことで、事業の解像度を上げることができたのですね。ほかにも事業検証で見えたことはありましたか。

渡邊:はい。出店エリアの見極めもその1つです。具体的には、都心のショッピングモール、都心から10km~50km圏のいわゆる郊外エリア、地方のエリアという3種類の場所でサービスを試しました。

結果は、都心と地方のどちらも狙い通りの成果にはつながらず、成果が出たのは郊外エリアだけでした。都心で運営を始めてみると、車を所有していない利用者が想定より多く、私たちのサービスをレンタカーのような感覚で利用する人が目立つことが見えてきました。これでは自動車ディーラーから借りた試乗車の趣旨に反してしまい、私たちのビジネスモデル自体が成り立ちません。一方、地方は1人1台車を持つ地域が多く、近所のディーラーとの結びつきも強いため、わざわざお金を払ってまで試乗する必要性を感じてもらえませんでした。

この検証から見えてきたのは、私たちのサービスに合うユーザー像です。1つは、車を所有していること。もう1つは、地元のディーラーとの結びつきが弱いこと。この2つの条件に当てはまるのが、都心から離れて家を構えた30代〜40代の家族層でした。さらに夫婦で希望する車種が分かれるケースなど、複数メーカーをじっくり比較したいニーズを持つ人たちに、私たちのサービスが強く刺さると分かりました。この条件に当てはまるエリアを軸に出店を進めた結果、自然とイオンモールの立地と重なる部分が多くなり、現在の40拠点につながっています。

本業シナジーを生む「事業会社パートナーシップ」と4億円調達の裏側

Startup JAPAN 2026受賞式

ー資金調達では、どのようなことを意識されましたか。

渡邊:資金調達にあたっては、投資リターンだけでなく、私たちの事業と自社の事業とのシナジーも重視してくださる企業を中心にお付き合いを広げてきました。2025年の4億円の調達も、そうした方針のもとで実現したものです。

この判断軸を持つようになったのは、私自身が長く事業会社の側で新規事業に携わってきたからです。Carjanyの事業は「事業そのもの」も目的ではありますが、「事業を通じた本業の課題解決」も重要な目的としています。事業会社が出資を判断するときは、株価の上昇によるリターンだけでなく、このような自社の本業へのインパクトを必ず見ています。この感覚が分かるからこそ、単にリターンを求める投資家よりも、本業とのシナジーを重視する事業会社の方が、私たちとは目線が合いやすいはずだと実感していたんです。

たとえばイオンモールの場合、出資に加えて店舗展開でも協力いただいていますが、その背景には2つのメリットがあります。1つは、立体駐車場のうち、埋まりにくい区画を有料で貸し出すことで収益化できる点。もう1つは、試乗を目的に来店するお客さまを新たに呼び込める点です。実際に、検証段階でも普段イオンモールを利用していない人が、私たちのサービスを目当てに来店してくれるケースが半数以上ありました。こうした「自社事業にもプラスになる」という実感を持っていただけるかどうかを、パートナー選びの判断軸にしています。

こうして、ユーザー、ディーラー、そしてパートナー企業のそれぞれにメリットが生まれる、いわゆる「三方よし」の関係を大切にしていることが私たちの資金調達の特徴だと思っています。

高い壁を前にしても、決して「熱意」を絶やさないこと

ショッピングモールに展示されている試乗車

ー今後の展望を教えてください。

渡邊:自動車販売の現場には、まだ古い商習慣が残っています。訪れた日や対応した営業担当者によって値引き額が変わるといったことも、珍しくありません。一方で、オンラインで新車を購入できるサービスも、一部のメーカーで登場し始めています。

ただ、高額な買い物であればあるほど、実際に試してみたいというニーズはなくならないと考えています。オンラインでの購入が広がるほど、逆に「試す場」の価値は高まるはずです。ショッピングモールで気軽に試乗し、気に入ったらオンラインで購入する。こうした新しいクルマ選びの形を作っていきたいと考えています。

また、試乗サービスにとどまらず、利用者の声を蓄積したデータベースを構築し、ディーラーの提案力向上にも役立てていきたいと考えています。ブランドをまたいだ比較情報を持つプレイヤーは、まだ他にほとんど存在しません。この領域でも価値を発揮していきたいですね。

ー最後に、これから起業を目指す方へメッセージをお願いします。

渡邊:出向起業に至るまでのプロセスも、会社を立ち上げてからの日々も、毎日何かしらの問題にぶつかります。大切なのは、その問題に対して諦めずに手を打ち続けることです。

事業がうまくいかなくなるとすれば、理由は3つに集約されると思っています。時間がなくなるか、お金がなくなるか、熱意がなくなるか。この3つです。

時間やお金は準備次第である程度コントロールできますが、最後まで残るのは熱意を保ち続けられるかどうか。どんな状況でも、自分たちなら乗り越えられると信じて動き続けること。それが、事業を前に進めるために最も大切なポイントだと思います。

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