役員報酬を低くしすぎると危険?税理士が教える創業期の失敗と注意点(後編)

生活費不足・役員貸付金・住民税・役員賞与――創業期に見落としやすいポイントを解説

専門家に聞いてみた。役員報酬を低くしすぎると危険?税理士が教える創業期の失敗と注意点。取材協力:佐々木俊氏
「社会保険料を抑えるために、自分の給料は低くしておこう」「利益が出たら、あとでボーナスを受け取ればよい」創業期にこう考えたことはありませんか。

役員報酬の決め方によっては生活費が足りなくなったり、想定していた税務上の扱いが認められなかったりすることがあります。

ささき税理士公認会計士事務所代表の佐々木俊先生に伺う後編では、報酬を高く・低く設定するリスクから、会社のお金と生活費の区別、住民税による手取りの変化、役員賞与の注意点までを紹介。具体的な相談事例を通して、創業経営者が陥りやすい失敗を考えます。

ささき税理士公認会計士事務所 代表 佐々木 俊氏
佐々木 俊(ささき しゅん)
ささき税理士公認会計士事務所 代表 | 税理士・公認会計士

公認会計士試験合格後、大手監査法人に勤務。都内の税理士法人を経て独立し、東京都江東区でささき税理士公認会計士事務所を開業。個人事業主と、ひとり社長をはじめとする小さな会社の税務を専門とし、法人化の見極めや役員報酬の決め方など「手取りを残す」ための相談を数多く手がける。相談から日々のやり取りまでオンラインで完結し、全国に対応。事務所サイトでは、月額ごとの社会保険料と税金をその場で計算できる役員報酬シミュレーションと、設立・就任で初めて決めるときにも使える役員報酬の議事録ひな形作成ツールを無料で公開している。

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役員報酬を低くしすぎると危険?税理士が教える創業期の失敗と注意点(後編)

役員報酬を高くしすぎる・低くしすぎるとどうなる?

役員報酬の高い低いを比較するイメージ

ー役員報酬を「高くしすぎた場合」「低くしすぎた場合」には、それぞれどのようなデメリットがありますか。税金だけでなく、会社の資金繰りや社会保険、経営者個人の生活なども含めて教えてください。

佐々木: どちらも代償はあるのですが、影響が出てくる場所が違います。高すぎると会社の資金繰りに、低すぎるとご自身の生活と将来に響きます。

高すぎる報酬は、会社の資金繰りを圧迫

まず、高くしすぎた場合から説明しますね。役員報酬は、売上があってもなくても毎月同じ額を払う固定費で、しかも原則として期の途中で下げられません。

売上が計画どおり伸びなかったとき、会社の預金が役員報酬で減っていきます。実際によくあるのが、「払えないので数か月分を未払いにしておく」というケースです。

払っていない月も社会保険料は決めた金額で計算されますし、未払いの役員報酬が積み上がった決算書は、融資の審査で説明に苦労します。『あとで払うつもりだった』では通らないんですね。

それから、会社と本人を合わせた負担です。私の試算では、月額を10万円上げても、手取りは7万円前後しか増えません。

一方で会社は、その手取り7万円のために、会社負担の社会保険料を含めて月10万〜12万円ほどを用意することになります。

ある水準を超えると、報酬を上げて個人で税金を払うより、会社に利益を残して法人税を払うほうが合計では軽くなる場面が出てきます。ここが役員報酬の分かれ目です。

税金の決まりとしても、仕事の内容や会社の規模に照らして明らかに高すぎる役員報酬は、「不相当に高額」として経費と認められないことがあります。創業期の小さな会社で問題になることは少ないですが、利益に見合わない極端な金額は避けてください。

低すぎる報酬は、生活・保障・借入にも影響

次に、低くしすぎた場合です。社会保険料を抑えるために役員報酬をぐっと低くする方法は有名ですが、代償はあとから現れます。まず生活費が足りず、会社のお金を引き出してしまう。これが「役員貸付金」として決算書に載り、金融機関がいちばん嫌う項目になります。

次に年金と万一の保障です。厚生年金の保険料のもとになる標準報酬月額は、将来の年金額の計算にもそのまま使われます。病気やけがで働けないときの傷病手当金や出産手当金、万一のときにご家族が受け取る遺族厚生年金も同じ土台です。保険料の安さと保障は裏表なんです。

もう1つは住宅ローンです。金融機関は役員報酬を「本人の返済能力」として見ます。たとえば、会社には利益が出ているのに、報酬を月10万円にしていたために年収120万円として審査された結果、希望の額に届かなかった、ということも起こり得ます。

経営者の方が住宅ローンの審査を受ける際には、決算書や収入の書類を3期分ほど求められるのが一般的ですから、家を買う予定があるなら、2〜3年前から報酬の水準を整えておくのが定石です。

役員報酬をゼロや最低額にするのは「あり」?

ー社会保険料を抑えるために、役員報酬をゼロや最低額にする方法を聞きます。創業期にこの選択をしてもよいのでしょうか。

佐々木: 「あり」なのは、別の収入で生活できる方だけです。

『ネットで月4.5万円が節税になると見たんですが』というご相談は本当によく受けるのですが、その記事の前提は、個人事業の収入が別にあって、法人からは最低額だけ受け取る「二刀流」なんです。

まず報酬ゼロの場合から説明します。報酬のない役員は、会社の健康保険・厚生年金に入れないのが原則的な取り扱いです。国民健康保険と国民年金をご自身で納めることになり、厚生年金の記録もその間は積み上がりません。

向くのは、ご家族の扶養に入れる方や、立ち上げ期で当面は会社にお金を残したい方、そして勤め先で社会保険に入ったまま副業で会社を作った方くらいです。とくに会社員のまま副業の法人を作った方が、勤め先の社会保険をそのままにして報酬ゼロで始めるのは、合理的な使い方ですね。

ー役員報酬を月4.5万円などの最低額にした場合はどうでしょうか。

佐々木:月4.5万円なら、健康保険と厚生年金の保険料は会社と本人を合わせて月2.2万円ほどで、会社の利益が増えてもこの保険料はほぼ変わりません。保険料だけ見れば確かに軽い。ただし手取りは月3.4万円ほどですから、これで暮らせる方はいません。

会社からの報酬だけで暮らす方がこの方法をとると、生活費のために会社のお金を引き出すことになり、役員貸付金として決算書に残ります。年金や傷病手当金の土台も低いままで、住宅ローンの審査でも年収54万円として見られます。

保険料の節約額は計算しやすいのですが、その代償は「そのときになって」現れます。役員報酬の正解は保険料の最小化ではなく、ご自身の目的(手取り・年金と保障・借入・会社の資金)に合った水準です。

役員報酬が足りないとき、会社のお金を使ってはいけない?

会社のお金をイメージするコインと鍵の画像

ー役員報酬だけでは生活費が足りないとき、会社の口座から引き出して補ってはいけないのでしょうか。

佐々木: いけません、と申し上げています。これは私の事務所で、役員報酬にまつわる失敗のなかでいちばん多いものです。

会社を作ると、会社のお金と自分のお金は法律上はっきり分かれます。個人事業のときは事業のお金も生活費も同じ財布でしたから、『会社のお金も自分のお金でしょう?』という感覚のまま、口座から生活費を引き出してしまう方が本当に多いんです。

会社では、社長が会社からお金を受け取る道は、役員報酬、立て替えた経費の精算、事前に届け出た賞与くらいしかありません。

役員貸付金が残ると、どのような問題が起こる?

引き出したお金は、帳簿の上では「会社が社長に貸したお金」、つまり役員貸付金になります。

会社は利益を出すために存在しているので、税金の決まりでは社長からも利息を取ることになっています。無利息のままだと利息分が社長への給与とみなされることがあります。

株式会社では、取締役が会社からお金を借りるのは「利益相反取引」といって、株主総会の承認が要るほど重い取引です。一人会社なら自分で承認する形になりますが、それだけ本来は例外的な取引だということです。

役員貸付金が決算書に載ると、以下のように困ることが3つあります。

  • 1つ目は融資。金融機関から見ると「会社の資金が社長個人に流れている」状態で、創業融資の追加や借り換えの審査で真っ先に指摘されます。
  • 2つ目は税金。返す当てがないまま残っていると、税務調査で「貸したのではなく渡したもの」、つまり給与だったと見られ、会社の経費にならないうえに社長個人の税金も増えます。
  • 3つ目は一度始めると止まらないこと。毎月数万円のつもりが、気づくと数百万円になっています。

よくあるのはこんな例です。社会保険料を抑えようと役員報酬を月10万円にしていて、足りない生活費を毎月会社の口座から引き出していた。

決算書には役員貸付金が数百万円載っていて、創業融資の追加を相談した銀行から『まずこれを解消してください』と言われた。結局、翌期から役員報酬を生活費に合う水準どころか、会社への返済額まで織り込んだ金額に上げて、利息も払いながら数年かけて返していく。

このような形になるくらいならば、最初から生活費に見合う報酬にしていれば済んだ話なんです。

会社の口座に手を付けずに暮らせる金額を考える

ー会社の口座に手を付けずに暮らすためには、どのような点に気を付ければいいでしょうか。

佐々木:防ぎ方はシンプルです。

  • 生活費は役員報酬で受け取る。
  • 足りないと分かったら、期の途中で引き出すのではなく、翌期の初めに役員報酬を見直す。
  • 立て替えた経費は、領収書をもとに精算の形で受け取る。
  • どうしても一時的にお金が必要なら、会社と社長の間で契約書を作り、利息と返済の予定を決めて短い期間で返す。

この4つで役員貸付金はほぼ防げます。

役員報酬を決めるときは、「この金額で、会社の口座に手を付けずに1年暮らせるか」を最後に自分に聞いてみてください。

会社を作った1年目と2年目で、住民税と手取りはどう変わる?

ー1年目と2年目で、役員報酬から引かれるものはどう変わるのでしょうか。

佐々木: 変わるのは住民税です。社会保険料と所得税は1年目から同じように引かれますが、住民税だけは1年目は役員報酬から引かれません。

『役員報酬を決めたのに、給与明細に住民税が載っていないんですが』という問い合わせを、会社を作って初めて役員報酬を受け取る方からよくいただきます。載っていないのが正しいんです。

前年の所得と住民税の支払いに注意

住民税は、ある年の所得に対して、その翌年の6月から翌々年の5月にかけて払う税金です。会社を作った1年目は、前の勤め先や個人事業の所得にかかる住民税を、ご自身に届く納付書で払うことが多く、役員報酬からは引かれません。

ですから1年目の手取りは多く見えるんですね。「思ったより残るな」と感じる方が多いのですが、それは住民税がまだ来ていないだけです。

2年目の6月から、役員報酬にかかる住民税の天引きが始まって、手取りが減ります。月30万円の役員報酬なら、翌年度の住民税は年15万円ほど、月にすると約1.3万円。2年目の7月ごろに『手取りが減ったんですけど、何かの間違いですか』と聞かれるのが毎年の恒例です。

1年目のうちにこの分を織り込んで、生活費の計算は「2年目の手取り」で立てておいてください。

もう1つ、前の勤め先の分の納付書も忘れがちです。会社員時代の所得が大きかった方ほど、会社を作った年の6月に届く納付書の金額は重くなります。

個人事業からの法人化なら、会社の社会保険に入る前の月までの分の国民健康保険料も前年の所得で決まっていますから、同じ時期に重なります。1年目は、この「前年分の支払い」と「新しい会社の役員報酬」の両方で家計が回るかを見ておくと安心です。

役員にボーナスを出すとき、何に注意すべき?

ボーナスをイメージするカレンダー、電卓、賞与袋の写真

ー従業員と同じように、利益が出たら役員にもボーナスを出したいと考える経営者もいます。創業期に注意する点を教えてください。

佐々木: ボーナスを出すことはできます。ただ、従業員のボーナスと違って、役員へのボーナスは原則として会社の経費(損金)になりません。

決算の2か月前くらいに『今期は利益が出そうなので、自分に賞与を出したい』というご相談をよくいただくのですが、その時点ではもう手遅れなんです。

経費にできるのは、支給日と金額をあらかじめ税務署へ届け出て、そのとおりに払った「事前確定届出給与」だけだからです。

役員賞与は届出期限と支給額に注意

届出の期限は、原則として株主総会などで決めた日から1か月以内(会計期間の初めから4か月以内のほうが早ければそちら)で、設立したばかりの会社は設立から2か月以内です。

期限を過ぎた年は、この方法は使えません。届出をせずに100万円の賞与を払うと、法人の所得が500万円の会社では法人税等が年約23万円増える計算になります。

一方で、同じ年収を「毎月の報酬」と「年1回の賞与」に分けて払うと、賞与にかかる社会保険料には上限があるため、年間の社会保険料の合計が変わります。

創業期にまず考える話ではありませんが、2期目以降に利益が安定してきたら、届出の期限と合わせて税理士に相談してみてください。届け出た金額どおりに払えなかった場合はその賞与の全額が経費にならないので、確実に払える金額で届け出るのが鉄則です。


役員報酬は、社会保険料の負担だけで決めず、生活費や会社の資金繰り、将来の保障も合わせて考えることが大切です。

会社のお金と自分のお金を分け、住民税の支払いを含めて家計を見通すこと。賞与を検討する際は、届出期限と確実に支払える金額を確認すること。佐々木先生の回答を参考に、自社とご自身に合った報酬の水準を考えてみてください。

(編集:創業手帳編集部)