法人成りで社会保険料はどう変わる?個人事業主が損しないタイミングを解説

東京都・令和8年度の料率で試算した法人成り前後の年間保険料

法人成りによる社会保険料と保障の変化を比較するイメージ
個人事業主が法人成りすると、加入する社会保険が国民健康保険・国民年金から健康保険・厚生年金に切り替わります。代表者1人の会社でも、加入は義務です。保険料は役員報酬をもとに決定し、報酬の設定次第で負担額が大きく変わるのが特徴です。

この記事では、法人成り前後の社会保険料を東京都の令和8年度の料率で試算します。また、保障の違いや手続き、法人成りのタイミングの見極め方まで解説します。

法人成りすると、社会保険の何が変わるのか

法人成り前後の国民健康保険・国民年金と健康保険・厚生年金の違い
法人成りとは、個人事業主が株式会社や合同会社などの法人を設立し、事業を法人に引き継ぐことです。法人成りすると、加入する公的保険の制度そのものが変わります。まずは、個人事業主時代と法人成り後の社会保険の違いを整理します。

個人事業主時代の社会保険(国民健康保険・国民年金)

個人事業主は、市区町村が運営する国民健康保険と、国民年金(第1号被保険者)に加入します。国民健康保険料は前年の所得をもとに計算されるため、所得が増えた翌年は保険料も上がります。また、世帯の加入者1人ごとに均等割がかかる仕組みで、配偶者や子どもの分も保険料が発生する点に注意が必要です。

国民年金保険料は所得に関係なく定額で、令和8年度は月額17,920円です。配偶者が専業主婦(主夫)の場合、配偶者の分も別途納める必要があります。将来受け取れる年金は老齢基礎年金のみで、令和8年度の満額は月額70,608円です。

出典:日本年金機構「国民年金保険料」日本年金機構「令和8年4月分からの年金額等について」

法人成り後の社会保険(健康保険・厚生年金)

法人成り後は、健康保険と厚生年金に加入します。保険料は役員報酬を区分した「標準報酬月額」に保険料率を掛けて計算され、前年の所得は関係ありません。

保険料は、会社と本人が半分ずつ負担する労使折半です。ただし一人社長の場合、会社負担分も実質的には自分の会社の資金から出ます。

大きな違いは扶養家族の扱いです。健康保険では収入要件を満たす家族を被扶養者にでき、被扶養者の保険料はかかりません。配偶者は国民年金の第3号被保険者となり、国民年金保険料の納付も不要になります。

項目 個人事業主(国保・国民年金) 法人成り後(健康保険・厚生年金)
保険料の計算基礎 前年の所得 役員報酬(標準報酬月額)
負担者 全額本人 会社と本人で折半
扶養家族の保険料 加入者ごとにかかる 被扶養者はかからない
将来の年金 老齢基礎年金のみ 老齢基礎年金+老齢厚生年金
傷病手当金・出産手当金 原則なし あり

出典:日本年金機構「従業員が家族を被扶養者にするとき、被扶養者に異動があったときの手続き」

代表者1人だけの会社でも社会保険への加入義務はある?

代表者1人だけの会社でも、健康保険・厚生年金への加入は義務です。日本年金機構は、厚生年金の適用事業所となる法人の事業所について「事業主のみの場合を含む」と明記しています。個人事業所は従業員5人未満などの場合は任意加入ですが、法人は従業員数に関係なく強制適用事業所です。

役員でも、法人から労務の対価として報酬を受けていれば被保険者になります。未加入のまま放置すると、年金事務所の調査を受け、過去にさかのぼって保険料を請求される場合もあります。法人設立と同時に、加入手続きを進めましょう。

出典:日本年金機構「適用事業所と被保険者」

法人成りすると社会保険料はいくら変わる?

個人事業主と役員報酬月20万円・30万円・50万円の場合の年間社会保険料比較
法人成り後の社会保険料は、役員報酬をいくらに設定するかで決まります。ここでは、次の前提で個人事業主時代と法人成り後の年間保険料を比較します。

  • 個人事業主時代の所得(収入から経費と青色申告特別控除を差し引いた額):600万円
  • 本人は40歳未満(介護保険料なし)、東京都23区在住
  • 国民健康保険料は令和8年度の特別区の料率で計算し、軽減・減免や端数処理は考慮しない
  • 法人成り後は協会けんぽ東京支部の令和8年度料率(健康保険9.85%、子ども・子育て支援金0.23%、厚生年金18.3%)で計算

個人事業主時代の年間負担は、国民健康保険料が約65万6,000円、国民年金保険料が21万5,040円で、合計約87万1,000円です。この数字を基準に、役員報酬の設定パターン別に見ていきます。

出典:練馬区「国民健康保険料の計算方法(令和8年度)」協会けんぽ「令和8年3月分からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表(東京支部)」

役員報酬を低めに設定した場合

役員報酬を月20万円(年240万円)に設定すると、標準報酬月額は20万円です。健康保険料19,700円、子ども・子育て支援金460円、厚生年金保険料36,600円で、月額合計は56,760円になります。年間では68万1,120円で、個人事業主時代の約87万1,000円より約19万円軽くなります。

ただし、役員報酬を抑えた分の利益は会社に残り、法人税の対象になります。個人の手取りも減るため、生活費とのバランスを見ながら決める必要があります。

役員報酬を個人事業主時代の所得と同水準にした場合

役員報酬を月50万円(年600万円)にすると、標準報酬月額は50万円です。健康保険料49,250円、子ども・子育て支援金1,150円、厚生年金保険料91,500円で、月額合計は141,900円になります。年間では170万2,800円となり、個人事業主時代より約83万円の負担増です。

パターン 年間保険料 個人事業主時代との差
本人負担 会社負担 合計
個人事業主(所得600万円) 約871,000円 約871,000円
法人成り・役員報酬月20万円 340,560円 340,560円 681,120円 約19万円減
法人成り・役員報酬月30万円 510,840円 510,840円 1,021,680円 約15万円増
法人成り・役員報酬月50万円 851,400円 851,400円 1,702,800円 約83万円増

ただし、このうち本人負担分は年85万1,400円で、個人事業主時代の約87万1,000円とほぼ変わりません。つまり、増えるのは会社負担分の約85万円です。会社負担分は法人の損金になり、その分だけ厚生年金の給付も増える点は押さえておきましょう。

なお、40歳以上64歳以下の方は介護保険料(協会けんぽは1.62%)が加わるため、いずれのパターンも負担は上記より増えます。

出典:協会けんぽ「令和8年度の協会けんぽの保険料率」

扶養家族がいる場合

扶養家族がいると、法人成りの効果はより出やすくなります。国民健康保険は加入者1人ごとに均等割がかかり、配偶者の国民年金保険料も別途必要だからです。

先ほどの前提に、収入のない配偶者と小学生の子ども1人を加えたケースで試算します。国民健康保険料は約78万9,000円、国民年金保険料は2人分で43万80円となり、合計約121万9,000円まで増えます。なお、18歳未満の子どもは子ども・子育て支援金分の均等割が全額減額される前提です。

一方、健康保険では被扶養者が何人いても保険料は変わりません。配偶者は国民年金の第3号被保険者になるため、国民年金保険料もかかりません。役員報酬月30万円なら年間102万1,680円で、家族3人の国民健康保険・国民年金より約20万円軽くなります。

項目 個人事業主(家族3人・国保+国民年金) 法人成り後(役員報酬月30万円・健康保険+厚生年金)※本人+会社負担
医療保険料 国民健康保険 約78万9,000円(3人分) 健康保険 36万2,880円(本人分のみ。被扶養者2人は0円)
年金保険料 国民年金 43万80円(夫婦2人分) 厚生年金 65万8,800円(本人分のみ。配偶者は第3号被保険者で0円)
年間合計(本人+会社) 約121万9,000円 102万1,680円

被扶養者になれるのは、原則として年間収入130万円未満で、同居の場合は被保険者の収入の半分未満の家族です。19歳以上23歳未満の家族は150万円未満、60歳以上や障害のある方は180万円未満が基準になります。

出典:日本年金機構「19歳以上23歳未満の方の被扶養者認定における年間収入要件が変わります」

社会保険料以外に見ておきたい保障の違い

社会保険料は負担面だけでなく、受けられる保障の違いもあわせて見るべきです。健康保険・厚生年金は国民健康保険・国民年金より保障が手厚い一方、社長は労働保険の対象外という弱点もあります。

傷病手当金・出産手当金を利用できる

健康保険には、病気やケガで働けない期間の収入を補う傷病手当金があります。支給額は1日あたり「標準報酬月額の平均額の30分の1の3分の2」で、支給開始日から通算1年6か月まで受け取れる制度です。出産のために休んだ期間には、同じ計算で出産手当金が支給されます。

ただし、休業中も役員報酬が支払われていると傷病手当金は支給されないか差額のみになるため、休業中の役員報酬の扱いは事前に決めておきましょう。

なお、国民健康保険では、傷病手当金と出産手当金は市区町村の任意給付とされており、原則として制度がありません。個人事業主は、働けなくなると収入が途絶えるリスクを自分で抱えている状態です。

出典:協会けんぽ「傷病手当金」協会けんぽ「出産手当金」e-Gov法令検索「国民健康保険法」第58条

厚生年金が上乗せされる

厚生年金に加入すると、老齢基礎年金に加えて老齢厚生年金を受け取れます。平成15年4月以降の加入期間分は「平均標準報酬額×5.481÷1000×加入月数」で計算され、役員報酬が高く、加入期間が長いほど年金額が増える仕組みです。

たとえば標準報酬月額50万円で20年間加入すると、年間の老齢厚生年金は約65万8,000円です。国民年金だけの個人事業主と比べると、老後の収入に大きな差が出ます。障害厚生年金や遺族厚生年金も対象になるため、万一のときの保障も厚くなります。

出典:日本年金機構「報酬比例部分」

社長は原則として雇用保険・労災保険の対象外

法人の代表者や取締役は、会社と雇用契約ではなく委任契約の関係にあるため、原則として雇用保険の被保険者にはなれません。会社を畳んでも、失業手当は受けられません。労災保険も労働者を対象とする制度なので、社長が業務中にケガをしても補償されません。

対策として、労災保険には中小事業主向けの特別加入制度があります。労働保険事務組合に事務を委託することが要件のため、従業員を雇う段階で検討するとよいでしょう。従業員がいない一人社長は、民間の所得補償保険などで備える方法もあります。

出典:東京労働局「法人の取締役・監査役・理事等の雇用保険の適用について」厚生労働省「労災保険への特別加入」

法人成りのタイミングをどう見極めるか

所得水準・消費税・実務と資金繰りから法人成りのタイミングを判断する図
法人成りのタイミングは、社会保険料だけでなく税金や実務面もあわせて判断します。目安となる視点は次の3つです。

  • 所得水準:所得税は5〜45%の累進税率ですが、中小法人の法人税率は所得800万円以下が15%、800万円超が23.2%です。所得が800万〜1,000万円前後になると税負担の差が広がり、社会保険料の増加分を吸収しやすくなります。
  • 消費税:基準期間の課税売上高が1,000万円を超えると課税事業者になります。ただし、インボイス登録事業者は法人成りしても免税にはならないため、消費税だけを理由に法人成りする効果は以前より小さくなっています。
  • 実務面:法人成りの時期は、個人事業の決算と法人の第1期が重なります。繁忙期を避け、役員報酬は事業年度開始から3か月以内に決めるルールも踏まえて、資金繰りに余裕がある時期を選びましょう。

法人の場合、赤字でも法人住民税の均等割が最低年7万円かかります。社会保険料と均等割という固定費に耐えられる利益があるかどうかが、判断の分かれ目です。

出典:国税庁「No.5759 法人税の税率」国税庁「No.2260 所得税の税率」国税庁「No.6501 納税義務の免除」総務省「法人住民税」

法人成り後に必要な社会保険の手続き

法人成り後の社会保険の手続きは、会社の登記完了後に年金事務所へ届け出ます。いずれも期限は事実発生から5日以内と短いため、設立前から書類を準備しておきましょう。

新規適用届を提出する

まず、会社が健康保険・厚生年金の適用事業所になったことを届け出る「健康保険・厚生年金保険 新規適用届」を提出します。提出先は会社の所在地を管轄する年金事務所または事務センターで、期限は事実発生から5日以内です。

手続きの際には、法人の登記簿謄本(発行から90日以内の原本)を添付します。

被保険者資格取得届を提出する

次に、代表者や従業員一人ひとりについて「被保険者資格取得届」を提出します。期限は資格取得日から5日以内で、新規適用届と同時に出すのが一般的です。届出には役員報酬の額を記載し、この額をもとに標準報酬月額が決まります。

扶養家族がいる場合は被扶養者の届出も行う

配偶者や子どもを被扶養者にする場合は、「健康保険被扶養者(異動)届」を資格取得届とあわせて提出します。期限は事実発生から5日以内です。配偶者を国民年金の第3号被保険者にする届出も同じ様式で行えます。続柄や収入を確認する書類が必要になる場合があるため、事前に確認しておきましょう。

手続きが済んだら、市区町村の窓口で国民健康保険の脱退手続きも忘れずに行ってください。国民年金は会社の資格取得届によって第2号被保険者に切り替わるため、本人が別途届け出る必要はありません。

出典:日本年金機構「新規適用の手続き」日本年金機構「就職したとき(健康保険・厚生年金保険の資格取得)の手続き」

法人成りと社会保険についてよくある質問

法人成りと社会保険について、相談の多い質問に回答します。

赤字でも社会保険料を払う必要がある?

社会保険料は会社の利益ではなく役員報酬をもとに計算されるため、会社が赤字でも役員報酬を支払っている限り保険料は発生します。

国民健康保険は前年の所得が下がれば翌年の保険料も下がりますが、健康保険・厚生年金にはその仕組みがありません。役員報酬は無理のない額に設定し、保険料分の資金を確保しておくことが大切です。

役員報酬を0円にすれば社会保険に入らなくてよい?

報酬がまったく支払われない役員は、労務の対価としての報酬を受けていないため、被保険者にはなりません。この場合、代表者は国民健康保険・国民年金に加入し続けることになります。

ただし、報酬0円では生活費を会社から受け取れず、後から報酬を支給すればその時点で加入義務が生じます。年金事務所の疑義照会回答でも、報酬が業務内容に見合わないほど低い場合は実態を調査するとされています。保険料逃れを目的とした設定は、現実的ではありません。

出典:日本年金機構「疑義照会回答(厚生年金保険 適用)」

社会保険料を抑えるために役員報酬を低くしてもよい?

役員報酬をいくらにするかは会社の裁量なので、低く設定すること自体は問題ありません。ただし、役員報酬は定期同額給与として事業年度開始から3か月以内に決め、期中の変更は原則できません。

また、報酬を抑えた分は会社に利益として残り、法人税の対象になります。標準報酬月額が下がると、傷病手当金や将来の厚生年金も減る点にも注意が必要です。目先の保険料だけでなく、税金と保障を含めて総額で判断しましょう。

出典:国税庁「No.5211 役員に対する給与(平成29年4月1日以後支給決議分)」

家族を役員にした場合の扱いは?

配偶者などの家族を役員にして役員報酬を支払う場合、その家族も原則として健康保険・厚生年金の被保険者になります。役員は労働時間の基準ではなく、報酬が労務の対価かどうかで判断されるためです。

家族の分の保険料は増えますが、家族自身も厚生年金に加入でき、傷病手当金をはじめとした保障も受けられます。非常勤で報酬が少ない場合は被扶養者のままとなるケースもあるため、判断に迷うときは年金事務所に確認しましょう。

まとめ|社会保険料だけでなく税金や保障も含めて法人成りを判断しよう

法人成りすると、社会保険は国民健康保険・国民年金から健康保険・厚生年金に変わり、代表者1人の会社でも加入が義務になります。保険料は役員報酬で決まるため、個人事業主時代と同水準の報酬にすると負担は大きく増えますが、扶養家族がいる場合や報酬を抑える場合は負担が軽くなるケースもあります。

一方で、傷病手当金や厚生年金の上乗せなど保障は手厚くなり、会社負担分は損金にできます。法人成りは社会保険料の増減だけで決めず、法人税・消費税との兼ね合いや保障の価値、赤字でもかかる固定費への耐性まで含めて総合的に判断しましょう。

(編集:創業手帳編集部)