値上げ・価格改定で失敗しないために。お客さまを失わない伝え方と交渉の準備【後編】
値上げ・価格改定でお客さまを失わないために。小さな会社が「伝える」前に確認すべきこと

前編では、値上げを検討すべきサインの見極め方や改定額の考え方、値上げの土台となる「自社の価値」の言語化について伺いました。しかし、価格改定額が決まっても、それをどう伝えるかを誤ると、お客さまや取引先の信頼を損ねてしまうことがあります。
「値上げを伝えたらお客さまが離れてしまうのではないか」「取引先にどう切り出せばよいか分からない」——そうした不安を抱える経営者は少なくありません。実は、値上げが受け入れられるかどうかは、伝える順番や準備の有無によって大きく変わります。
BtoB・BtoCそれぞれでの伝え方の違いから、顧客離れにつながりやすいNGパターン、価格改定後に見るべき数字、そして価格改定に成功する事業者と失敗する事業者の違いまで——引き続き、唐澤経営コンサルティング事務所の唐澤智哉氏に伺いました。
経営コンサルタント。早稲田大学法学部卒業後、金融系シンクタンク、コンサルティングファームで、大手企業向けの業務改革・ITコンサルティングに従事。2012年に大手IT企業へ移り、中堅・中小企業向けコンサルティング事業の立ち上げから事業化までを担い、業務改革・ITを起点に、経営コンサルティングへと支援領域を広げる。2022年、会社員として勤務しながら唐澤経営コンサルティング事務所を開業し、2024年に独立。現在は、経営戦略・経営計画、組織・人材育成、業務改革、管理会計、DXを横断し、経営者・幹部・現場との対話を通じて、計画づくりから実行・定着まで支援している。これまでに50社を超える中堅・中小企業へのコンサルティング、300社を超える経営相談に対応。限られた経営資源を踏まえ、各社の現場で実行・継続できる「できること論」を重視している。中小企業診断士、ITストラテジスト。
この記事の目次
値上げ・価格改定の伝え方|BtoBとBtoCで異なる対応

唐澤:最初に、大きく2つに分けさせてください。
BtoC、つまり個人のお客様に対する価格改定は、一般的には「お知らせ」です。小売店や飲食店など、これから購入していただく商品やサービスについては、事業者が新しい価格を決め、改定前にお伝えします。
ただし、月額サービスなどの継続契約や、すでに予約・契約が成立している取引は、単に通知すれば変更できるとは限りません。契約書や利用規約に定められた価格変更の条件、通知方法などを確認する必要があります。
唐澤:個人のお客様へのお知らせでは、改定の理由、改定後も守るもの、新しい価格と実施日、問い合わせ先を明確に伝えます。BtoBのように協議を申し入れるのではなく、必要な内容を分かりやすくお知らせすることが大切です。
一方、BtoB、つまり会社同士の継続的な取引で契約価格を変更する場合は、基本的に「価格交渉の申し入れ」です。一方的に決めて通知するのではなく、費用が上がった根拠と希望する価格を示し、協議をお願いします。BtoCとBtoBでは、伝え方も準備するものも違います。
BtoBの価格交渉に必要な準備
唐澤:BtoBの価格交渉に持っていくものは、3つです。
1つ目は、費用が上がった根拠です。自社の実績を中心に、必要に応じて公表されている統計も補足として使います。材料費、人件費、光熱費など、何がどれだけ上がったのかを費目ごとに分けて示します。
2つ目は、その費用上昇が商品や取引1件当たりでいくらになるのかです。上昇率だけでなく、「1件当たり○円の負担増」と金額に直すと、相手も社内で検討しやすくなります。
3つ目は、希望する価格、改定時期と、その計算根拠です。希望だけでなく、「なぜその金額になるのか」まで説明できるようにします。
そして、伝える前に決めておくことも3つあります。
1つ目は、誰に、どの順番で伝えるかです。売上の大きい取引先や、お付き合いの長い取引先には、一斉の案内を出す前に直接お話しします。すべての取引先へ同じ方法でまとめて送ると、最も大切な取引先に、最も簡単な伝え方をすることになってしまいます。
2つ目は、いつ伝えるかです。価格改定全般について、一律の法定通知期間があるわけではありません。ただし、契約書や約款、業界ごとのルールは確認が必要です。基準にしたいのは、単なる日数ではなく、相手が社内で検討し、決裁できるタイミングに間に合うかどうかです。年度予算で動く会社なら予算を組む前、契約更新があるなら次回更新の交渉が始まる前に伝えます。
3つ目は、希望する価格が受け入れられなかった場合に、どうするかです。価格の下限、変更できる条件、受注を続けることが難しくなる条件まで、交渉前に決めておきます。その場の空気で安易に値引きすると、自分で価格の根拠を崩すことになります。
唐澤:伝える順番は、こうです。
最初に、これまでのお礼と、今後も取引を続けたいという意思を伝える。次に、なぜ価格改定が必要なのかを、取引を続けるための条件として説明する。そのあとに、対象となる商品やサービス、改定額、実施時期を伝える。そして、改定後も変わらず守る品質や納期、選べる代替案、相談窓口を示します。
最初に金額を伝えると、金額だけの話になりやすくなります。だから、金額は3番目です。
「費用が上がりまして」だけでは、相手に「そちらの事情ですね」と受け取られることがあります。費用が上がった事実を数字で示したうえで、「現在の品質と納期を維持し、今後も安定してお取引を続けるために必要な改定です」と伝えます。主語を自社の苦しさではなく、取引の継続に置き換えるのです。
言い方の例を、1つ挙げます。
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「今後も、現在の品質と納期を守り、安定してお取引を続けていきたいと考えています。ただ、この○年間で材料費が○円から○円へ上昇し、人件費も○パーセントほど増加しました。現在の価格のままでは、これまでと同じ品質と納期を維持することが難しくなっています。つきましては、○月のご発注分から○円への価格改定について、ご検討をお願いできないでしょうか。費目ごとの内訳と計算根拠は、別紙にまとめています」
順番は、品質と取引継続の話、費用上昇の根拠、希望する価格、最後に協議のお願いです。
顧客離れ・不信感につながるNGな伝え方
唐澤:以下のように、避けたい伝え方があります。
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- 「諸般の事情により」と曖昧に済ませる
- 必要以上の謝罪から始め、改定の必要性を自ら弱める
- 理由をいくつも並べ、何が主な原因なのか分からなくする
- 実施直前に伝える
- 長年の取引先にも一斉メールだけで済ませる
- 質問や相談の窓口を設けない
- 反対された瞬間に、その場で値引きする
理由は、主なものに絞って伝え、詳しい内訳は別紙で示します。謝罪が必要な場面はありますが、「申し訳ございません」だけで終わらせず、なぜ改定が必要なのかを明確に説明してください。
どこまで相談の余地があり、どこからは変更できないのかも、はっきりさせます。価格の下限を決めたうえで、難しいというお話があれば、数量、納期、業務範囲、仕様、支払条件などで調整できる選択肢を用意します。金額だけを下げるのではなく、条件を組み替えて双方が納得できる着地点を探します。
価格改定後に確認すべきこと|顧客離れだけでなく限界利益も見る
唐澤:交渉やお知らせの後に備えて、改定理由、よく聞かれる質問、代替プラン、変更できる条件とできない条件を1枚にまとめておくと、社内の説明も統一できます。BtoBの価格交渉では、話し合った内容と合意事項を記録し、双方で認識を確認しておくことも大切です。労務費の転嫁について、内閣官房と公正取引委員会が示す指針でも、交渉記録を作成し、発注者と受注者の双方で保管することが、双方の採るべき行動として挙げられています。
改定後1か月から3か月は、やめたお客様の数だけを見るのではなく、問い合わせの内容、購入・利用される商品やプランの変化、販売数量、クレーム、限界利益も確認してください。価格改定は、お知らせを送ったり、交渉がまとまったりしたら終わりではありません。改定後に何が変わったのかを見て、次の価格やサービス設計につなげます。
最近、現場で感じていることがあります。物価上昇が続き、価格改定そのものは以前ほど特別なことではなくなりました。取引先も、価格が上がる可能性を考えています。ただし、言いやすくなったことと、希望する価格が実際に通ることは別です。
経済産業省が公表した2026年3月「価格交渉促進月間」フォローアップ調査では、上昇したコストのうち価格へ転嫁できた割合は、全体で54.2パーセントでした。費目別では、原材料費が55.7パーセント、労務費が50.0パーセント、エネルギーコストが48.9パーセントです。原材料費に比べ、労務費やエネルギーコストの転嫁は、まだ十分に進んでいません。
だからこそ、「全体で○パーセント上がった」とまとめるのではなく、費目ごとに分け、1件当たりの金額に直して示す意味があります。根拠を用意すれば必ず希望が通るわけではありません。しかし、相手が社内で検討し、具体的な協議に入るための出発点になります。
価格改定は、お願いの上手さだけで決まるものではありません。数字と条件を整理し、相手が判断できる材料をそろえておく。値上げに必要なのは、勇気より準備です。
価格改定に成功・失敗する事業者の違いとは

唐澤:価格改定に踏み切れない事業者は、「お客様が離れるかもしれない」という不安だけを見ています。一方、価格改定に踏み切れる事業者は、改定しないことで利益や品質を守れなくなるリスクも見ています。そのうえで、不安を数字と準備に置き換え、「誰に、何を、いくらで、どこまで提供するか」を決めています。
その不安の根には、売上を基準にものを見る癖があります。売上が落ちることは、数字に表れるので怖く感じます。一方、1件当たりに残る金額が減っていることは、意識して計算しなければ見えません。そのため、目に見える売上の減少だけを避け、少しずつ進んでいる採算の悪化を放置してしまうことがあります。
価格改定に踏み切れない事業者には、いくつかの共通点があります。
1つは、創業時に決めた価格を、その後ほとんど見直していないことです。材料費や人件費、提供するサービスの内容は変わっているのに、価格だけが創業時のままになっています。
「うちは他社より高い」と思い込み、実際には比べたことがないケースもあります。商品やサービスの範囲、品質、対応内容までそろえて比べてみると、相場の真ん中だったり、むしろ安かったりすることも珍しくありません。ただし、他社より安いから上げるのではありません。自社が提供する価値と、事業を続けるために必要な利益に見合っているかで判断します。
古くからのお客様ほど、価格が据え置かれたままになっていることもあります。お付き合いが長いほど言い出しにくく、その結果、手間に対して採算が合わない取引になっていることがあります。関係の長さや感情だけで判断せず、取引量、かかっている時間、限界利益などを確認したうえで、必要なら見直しの対象にします。
安いことを誠実さだと考え、品質を維持するために必要な利益まで削っているケースもあります。限界まで我慢し、資金繰りが苦しくなってから、一度に大きく上げようとする。その方が、お客様にとっても受け入れにくい改定になります。
そして、最も大きいのが、価格改定を一方的な「お願い」だと考えていることです。お願いだと思うと、断られたら引き下がるしかなくなります。
会社同士の価格改定は、取引を継続するための条件を見直す協議です。個人のお客様への価格改定は、今後も商品やサービスを提供し続けるための条件変更を、理由とともに説明することです。どちらも、自社の事情だけを押し通すものではありませんが、必要な価格を根拠なく引き下げるものでもありません。
唐澤:反対に、価格改定に踏み切れた事業者は、決める前と伝える前に準備をしています。
費用が上がる前と現在を比べ、限界利益がどれだけ減ったのかを数字にする。守りたいお客様と商品を決める。改定幅を複数の案で試算し、販売数量が減った場合も確認する。提供する範囲を見直し、価格を抑えたプランや、追加料金で対応する選択肢を用意する。主要なお客様には早めに説明し、社内の説明内容を統一する。そして、改定後の販売数量や限界利益を追いかける。
つまり、価格改定を、経営者の感覚だけで決める特別な出来事ではなく、数字と手順に基づく経営判断にしています。
価格改定を成功につなげた受託型事業の事例
唐澤:複数の支援事例に共通する流れを、1つの事例として再構成してお話しします。
ある受託型の事業では、売上は増えているのに、急ぎの依頼や追加修正が増え、経営者も社員も疲れきっていました。調べてみると、当初決めていた仕事の範囲を超える作業まで、基本料金に含まれたままになっていました。受注が増えても作業時間ばかりが増え、時間当たりの限界利益が下がる構造になっていたのです。
そこで、基本料金に含まれるサービスの範囲を明確にしました。そのうえで、追加修正と特急対応をオプション料金にし、必要最低限のサービスに絞った簡易プラン、よく依頼される内容を含めた標準プラン、急ぎの対応まで含む優先プランの3つを用意しました。
主要なお客様には、改定の約2か月前から個別に説明しました。結果として、価格を重視する一部のお客様は簡易プランへ移りました。一方、多くのお客様は、自社に必要なサービスを選び直したうえで、取引を継続してくださいました。
ここで行ったのは、単に値段を高くすることではありません。それまで曖昧だった「どこまで提供するのか」という約束と、「そのサービスにいくら支払っていただくのか」という対価の関係を整理したのです。
唐澤:価格改定がうまくいったかどうかは、離れたお客様の数だけでは判断できません。
見るべきものは、長く関係を続けたいお客様との取引、限界利益、経営者や社員の働き方、提供する品質の4つです。お客様が多少減ったとしても、限界利益が改善し、過剰な業務が減り、品質を安定して維持できるようになったのであれば、経営全体では良い改定だったと考えられます。
そして、価格改定に踏み切れる事業者と、踏み切れない事業者の大きな違いは、価格の見直しを「1回の出来事」にしたか、「定期的な仕組み」にしたかです。
1回きりで終わらせると、数年後には同じ問題が起こります。材料費、人件費、提供するサービスの内容は、毎年変わるからです。私は、少なくとも年に1回は、価格と採算を確認することをおすすめしています。予算を作る時期や契約を更新する時期に合わせて、あらかじめ見直す月を決めておきます。
「毎年この時期に確認する」と決めれば、次からはその都度悩むのではなく、数字と取引条件に基づいて判断できます。価格の見直しを、日常の経営管理の一部にしていくことが大切です。
値上げに必要なのは「勇気」より「準備」

唐澤:価格改定によって、お客様の負担が増えることは事実です。しかし、価格改定は、単にその負担を一方的に押しつける行為ではありません。良い商品やサービスを、これからも責任を持って届け続けるための経営判断です。
必要な利益を確保できなければ、品質を維持できず、社員の働く環境も守れず、事業そのものを続けられなくなります。必要な利益を取らないことは、長い目で見れば、お客様にも社員にも誠実とは言えません。
とはいえ、「正しいことなのだから、そのとおりにやればよい」と言うだけでは、人が動かないことも、私はよく知っています。
私自身、大手企業向けのコンサルティングで行っていたやり方を、そのまま中堅・中小企業向けの新規事業に持ち込み、最初の10か月間、売上がまったく立たなかった経験があります。
理屈は合っていました。提案している内容にも必要性があると考えていました。それでも、1件も決まりませんでした。
そこで学んだのは、正しい理屈を示すだけでは、人は動かないということです。相手が置かれている状況や、いま抱えている不安を理解し、現実にできることから一緒に考えなければ、どれだけ正しい提案でも受け入れてはもらえません。
価格改定も同じです。計算が合っていることと、お客様が納得してくださることは別の話です。お客様の事情を理解し、なぜ改定が必要なのか、改定後も何を守るのか、ほかにどのような選択肢があるのかを伝える。その順番で進める必要があります。
最初から、すべての商品と、すべてのお客様を完璧に見直す必要はありません。まずは主力商品を1つだけ選び、次の3つを書き出してみてください。
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- ①本当にかかっている変動費と、1件売れたときに残る限界利益
- ②費用が上がる前と比べて、1件当たりの限界利益や限界利益率がどれだけ下がったのか
- ③価格を改定した後も、お客様に対して守り続ける品質、納期、サービスの範囲
そのうえで、BtoBであれば、主要な取引先1社に、通知ではなく相談として話してみてください。いきなり結論を押しつけるのではなく、費用が上がった事実と、今後も守りたいことを伝え、相手の事情も伺います。
BtoCであれば、主力商品1つについて、改定する価格、実施日、改定理由、改定後も守ることを書いたお知らせを作ってみてください。まず1商品、1つの売り場や販売方法から始める。これが現実的な第一歩です。
私は、値上げは「勇気」より「準備」だと考えています。数字と、価値と、伝える言葉がそろえば、必要以上に恐れることはありません。
価格は、会社の都合だけを表す数字ではありません。お客様に約束する価値と、その価値をこれからも提供し続けるための条件を表す数字です。
すべてのお客様に、同じ答えを求めなくて大丈夫です。価格改定によって一部のお客様が離れたとしても、それだけで失敗とは言えません。誰に、どのような価値を届けるのかが明確になった結果として、選ばれるお客様が変わることもあります。
すべてのお客様に、同じ価格と同じ条件で選ばれ続けようとすると、価格を下げる方向に引っ張られやすくなります。価格だけの勝負では、資金力や規模のある会社が有利です。小さい会社が立つべき場所は、価格の安さだけで比べられる場所ではありません。自社の価値を必要とし、それを理解してくださるお客様に選ばれる場所です。
最後に、これがいちばんお伝えしたいことです。
一度、根拠を持ってご自分で価格を決められた方は、次の価格も決められるようになります。専門家に相談することは悪いことではありません。私たちのような専門家は、数字を整理し、選択肢を示し、一緒に考えることができます。しかし、経営者に代わって、最後の答えを決めることはできません。
私が支援で目指しているのも、価格の答えをお渡しすることではありません。経営者ご自身が、数字とお客様の反応を見ながら、納得して価格を決められる状態をつくることです。
数字の見方、価値の捉え方、伝え方を一度身につければ、次の価格改定でも使えます。その力は、今回の値上げが終わった後も、会社の中に残り続けます。
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