ママたちの叫びを聞いた私の使命「頼り頼られる仕組み創り」AsMama甲田恵子氏

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「起業は子育てと同じ」AsMama代表甲田恵子氏インタビュー

(2016/03/07更新)

「子育て」と「仕事」の二者択一を迫られることの多い現在の社会の中で、ワンコインで子供の送迎や託児を顔見知り同士で頼り頼られる仕組みを提供する子育て支援・親支援コミュニティAsMama。代表取締役CEO甲田恵子氏に、起業の経緯や、「社会のため」の事業に対する熱い思いを伺いました。

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甲田 恵子 (こうだ けいこ)
株式会社AsMama 代表取締役CEO
1975年大阪府生まれ。フロリダアトランティック大学留学を経て、関西外語大学英米語学科卒業。環境事業団(現 独立行政法人環境再生保全機構)で役員秘書、国際協力関連業務に従事。2000年、ニフティ株式会社に転職し、マーケティング・渉外・IRなどを担当。2007年、ベンチャーインキュベーション会社ngi group株式会社に入社し、広報・IR室長を務めたのち、2009年11月子育て支援・親支援コミュニティ株式会社AsMamaを設立、代表取締役社長(現任)。2016年1月、一般社団法人シェアリングエコノミー協会理事に着任。
著書に「ワンコインの子育てシェアが社会を変える!」「子育ては頼っていいんです〜共育て共育ち白書」がある。

助けたい人も助けられたい人も、幸せになれる仕組みを創る

ーAsMamaを起業した経緯をお話ししていただけますか。

甲田:20〜30代の頃は、キャリア志向が強くて、会社の中でいかに偉くなるか、いかに給料を上げるかとかにすごく興味があり、やみくもに会社のために働きました。

ところがある日突然、会社が9割の人間を解雇することになり、広報やIRの統括部長だった私は、社内外にそのことを説明しながら「何のためにここまで働いてきたんだろう」って思ったんです。

私自身も退職することになり、すぐ転職するつもりでいたんですが、またアクセル全開で会社のために働くことがいいのだろうかと、気持ちに折り合いがつかず、職業訓練校に行ったんです。

そこでは子どもを産むと働ける環境がなくて辞めてしまう女性がたくさんいることが分かりました。

子ども産んだ途端、周りに助けてくれる人がいないから働けるという環境がなくなっちゃうとか、古い慣習で働ける企業風土がないとか。これって大きな社会の損失だと思ったんです。

一方で、専業主婦の方やお仕事が一段落された方で、地域の子育て世帯を支援したい、次世代の役に立つようなことをしたいと思われている方がいっぱいいて。

この人たち同士が仲よくなれる機会とか、頼り頼られてどちらも幸せになれる仕組みがあればと思ったんです。

頼る一方でもいいじゃないか、頼られる一方でもいいじゃないか。だって、お互いそれを望んでいるんだから。

お互い気兼ねしないような仕組みを考えれば、両方の自己実現ができるんじゃないかと思ったのがそもそものきっかけですね。

”本当に助けたい人に、手が届かない”ビジネスモデルの矛盾

ー頼り頼られる仕組みをビジネスで収益化していくのは大変だと思いますが。

甲田:AsMamaを起業するときに一番悩んだのは収益モデルが見つからないということでした。

日本はプライベートなことを頼る頼られる文化が浸透していないにもかかわらず、ようやく頼りあえる相手を見つけて頼る頼られるようになったにもかかわらずサービスの利用に手数料がかかるなら誰もわざわざサービスを使わなくなると思いました。

一方で、高額の手数料を払ってでも確実にサービスを受けたいとなれば、ベビーシッターみたいなサービスになってくると思うんですけど、1%の人間も使えないようなサービスを提供しても面白くないと思いました。

それよりもガス、電気、水道、郵便局や消防車のような、本当に人々の生活をよくする生活インフラのサービスを作りたいという想いがすごく強かったんです。

だから困った人と助けたい人をつなぐリアルな機会と仕組みが必要だと思っていました。

仕組みはネットを使いますが、自分の子どもを見てもらうのに、顔も知らない人に頼るって気持ちが悪いですよね。

そこで近所の人たちと会う機会が必要だと、交流会をやり始めました。

ところが、交流会は参加者に負担していただく参加料で賄っていたんですが、回を重ねていくうちに、生活者の暮らしをよくしたいというミッションと、参加者からお金を取るという矛盾に気づいてきたんですね。

一方で、企業スポンサーをつければ参加者からお金を取らなくていいと思ったんですが、人数を集めなきゃいけない。人数を集めたらその中で友だちを作るとか、頼り合うということが全然起きないんですよ。

クラシックコンサートやります、夏祭りイベントやりますとなると、お友だち作りなんかできず、単なるスポンサーをつけたイベントになってしまう。

創業して翌年の8月に、0歳からのクラシックコンサートっていうのをやって、舞台袖から会場を見た瞬間に、参加している人の中で誰一人頼り合える社会を作りたいっていうことに興味がある人なんていない、スポンサー企業に興味がある人がいないってことがわかっちゃった。

みんなをだましてお金をもらって来てもらっているみたいな感じになっていて、単なるイベント屋をやりたかったわけじゃないから辞めるって言ったら、社員の13人中11人が辞めました。

これは堪えましたね。5年間、その時期と同じ8月になると体中に帯状疱疹が出てました。季節性帯状疱疹という疾患だそうで、それほどのショックでしたね。

お金も減り、人も減り、罵声を浴びて…どん底からの背水の陣

ーそれでも続けられた、踏ん張れたのはなぜですか?

甲田:そのときはもう無理なのかなと思っていました。

ちょうど1年目って一番しんどくて。1円のお金にもならないのに前職で働いていたときの給料の税金を丸々払うんですよ。

経済的にも精神的にもカツカツで、なおかつ辞めて1年目ぐらいって「うちの会社にこのぐらいの金額で来ませんか」っていう悪魔の声みたいな引き抜きがいっぱいくるのに、1円のお金にもならない起業をして、一緒にやり始めた仲間からは罵声を浴びさせられて。

どうしようって思ったときに、NPO法人のETIC.(エティック)っていうところがやっている社会起業塾に採択されました。

その中の課題の一つが課題対象者のニーズを知るってことなんです。対象者の声を聞く、対象者のニーズを聞くっていう街頭アンケートをやるのが嫌で嫌でしょうがなくて。かっこ悪くないですか?そもそもが。

1000人に街頭アンケートしますっていうことを最初に言っちゃったんですけど、「地域の頼り合い子育てに取り組んでいるAsMamaといいます。アンケートよろしくお願いします」って言うとみんな逃げるんですよ。

100枚持ってアンケートをお願いしても2枚しか集まらないんです。声をかければかけるほど逃げられるっていう経験をして。

そのときのメンターだった人に、「そもそも1000枚アンケートとか無理だと思います。子育てを頼り合える社会とか、頼り合い社会とか言い出すとみんな逃げます。

100枚取るのも大変です。」みたいな話をしたら、「よくそんな想いで起業したね。バリキャリ目指してたって聞いてたけど、意外と根性ないね。」みたいなことを言われたのがすごい悔しくて。

やろうと思った気持ちがどれぐらい本当だったかっていうことだけは思い出されたし、ここで辞めたら自分が生きてきたすべてを全否定するような気持ちにもなったし。とにかく1000人分の声を聞いて、それでなにもないなら諦めようと思ったんですよね。

「生の声を聞く」ママ1000人のニーズ調査から見えたもの

甲田:怪しまれながら、保育園行ったり、幼稚園行ったり、街頭で拡声器つけて演説まがいのことやってみたりして、当初10日で終わると思った街頭アンケートを4カ月も5カ月もかかってやったんです。

でもやっているうちに、大体どういうところに困っているお母さんが出没するかみたいなことがわかってくるんですよ。保育園の閉園の間際に駆け込んでくる人は週に2回、3回は同じ人だったりするんですね。

そういう人に「いつも同じ曜日に遅れて来られるんですけど、同じ時間にお迎えにくる他のお母さんにお願いしたりしないんですか」って声をかけると、「ほっといてください、あなたいったい誰なんですか」みたいな感じでキレられるみたいな経験をしました。

ですが、懲りずに同じ保育園で自分の子どもを連れて待ってると、「よくそんなことをずっとやっていますね」みたいなことを言われて。

「私も今でこそ子どもを連れて起業したんですけど、サラリーマンのときはいつも保育園のお迎えは遅刻組で。電気が一つだけついた場所に、子どもが一人先生といるのを見た瞬間、子どもにも先生にもごめんって思いますよね。

しかも、10分遅れても延長料金がかかるから、とにかく早く園外に出さなきゃとも思ったり。しかも、自分が助けてあげられることがないから、ほかのお母さんにお願いしにくいみたいな気持ちもわかるんですよ。」みたいな話をしました。

そうしたら「本当にそうなんです。実は、最近離婚して、子どもを預けるのもいろいろと周りから言われるし、離婚したから遅れて来るんだって保育園に思われるのも嫌だし、どうしていいのかわからないんです」って目の前でわぁって泣き出した方がいて。

かと思えば、公園に行くと、ほかの子どもにもチラチラと目を配っているお母さんがいて、「保育士さんですか」って声かけたら、「そうなんです。私、もともと幼稚園の先生なんです」って嬉しそうに話し始めて。

「辞めちゃったんですか」って聞いたら、「自分の子どもが一番と思って辞めたけど、自分の子どもだけだと息が詰まるから、こうやって周りのいろんな子どもさんを見ていたり、お母さんたちの支援をしていると、ちょっと気が楽なんです」みたいな話をされるんです。

そういう人たちの生の声を何百と聞いているうちに、「これを何とかするのが、私が産まれてきた理由そのものだ。私の使命感そのものだ。」って思ったんです。

たくさんの人たちが胸に秘めている「何とかしてほしい」「何とかしてあげたい」というニーズをマッチングすることができれば、ものすごく大きな事業になる、ものすごく大きな社会価値になる、ものすごく大きな社会を動かす力になるって、そのとき確信を持ったんですよね。

私が死んでも、100年後でも、社会の役に立つ事業にする

甲田:ママがやる子育て支援系の活動って意外ですけど3年続かないとこが多いんですよ。

運営者が、自分の子どもがちっちゃいうちは、子育て支援に興味があっても、大きくなってくると教育とか、ほかのことに興味が移ってしまうから。それって事業じゃなくてライフワークですよね。

事業って自分のためにするんじゃなくて、誰かの役に立ちたいと思うところから会社になると思うんですよ。

ライフワークがだめだって言っているわけじゃなくて、ライフワークなのか、事業なのか、ちゃんと意識しておいたほうがいいなと思っていて。

事業は自分の関心事ではなくて社会の関心事なので、自分が死んだあとも5年後、10年後、100年後、この会社は役に立っているだろうか、事業収益が出ているだろうか、従業員にちゃんと給料が払えるだろうか、そういうことをちゃんと考えないといけない。

ずっとボランティアってわけにはいかないと思うんですよ。

だから女性の起業に多い、できる限り頑張ります、もうからなくても大丈夫です、みたいな感じではなくて、事業収益を生んでいくにはどうしたらいいだろうって考えなきゃいけないと思うんですね。

本当に、このフィールド、この分野を何とかしなくちゃいけないっていうふうに思っているのなら、自分のプライベートな考えは横に置いておいてでも、遠い昔の原体験があったとしても、今の課題を見続けるっていうことってすごく必要だと思うんです。

ー今後のビジョンや、もっとこういうふうに社会を変えていきたいという展望についてお聞かせいただけますか。

甲田:今のAsMamaは子育ての分野に特化した共助システムを作っているっていう感じだと思うんですけど、支援する側にもっと多くのミドル、シニアの方を巻き込むことでその方々の生きがい支援や、子どもたちがおじいちゃんおばあちゃんを含む地域の人から多様性や社会性を学ぶ教育機会として地域共助を広めていきたいです。

そして、高齢者の人たちが困ったときの生活支援や介護を今の現役の子育て世帯や子どもたちが助ける、というようにいろんな分野の共助を広げていきたいです。

さらに日本だけが少子高齢化なのではなく、近隣諸国でも少子高齢化で、自分たちで自分たちの生活を豊かにしなくちゃいけないのは変わらないので、他国にも展開していきたいと思っています。

世界中で救急車って言ったら、みんなが同じようなインフラを想像するように、「知人間共助」といえば、それがAsMama。日本だけじゃなく、どこの国に行っても郵便局と同じように「これってあるよね」って、そういうインフラにしたい。今は本当にそう思っています。

起業は子育てと同じ。楽しみながらチャレンジを

ーでは、最後に女性起業家に向けたメッセージをお願いします。

甲田:起業は本当に子育てと同じです。

子育てにおいて、0歳児ってかわいいんですけど、何していいのか分からない。

1歳、2歳なんかは、私がいないと死んでしまう状態なんです。会社も同じです。1年目、2年目のときなんて、金銭面的にも、メンテナンス的にも、ホームページ1つでも、私がいないと死んでしまう状態です。

今AsMamaは今7年目なんですけど、やっと手が離れてきました。

7年というと、子どもはちょうど小学校1年生くらいですね。

私がいなくても学校へ行って、友達と遊んで、勉強して、テレビを見て、という社交性が身について、生きていくということには困らなくなっていると思うんです。

周りの方々にもたくさん手をかけてももらえます。でも、お母さんがいなくなったら、半年後にはどうなっているのかわかりません、というのが、今の会社の状態なんですよね。

子育ては、0歳特有のイヤイヤ期だから、もう反抗期だから、と言って、辞めますかっていうと、やっぱり辞められないんです。

会社も同じです。自分が産み育てているわけですから。自分が死んだあとも生き続ける、次世代に残すものとして周りに愛され、頼られるような存在として、生かし続けなきゃいけないっていう想いはすごくありますね。

子育ても経営も、しんどいことばかりじゃないし、楽しいことばかりじゃない。

会社を経営していく上で、不安なこともたくさんあるだろうけれど、周りを頼りながら、自分ができることの最大化を楽しんでチャレンジしてほしいなと思っています。失うものは何もないですから。

(取材協力:株式会社AsMama 代表取締役CEO 甲田 恵子 (こうだ けいこ) )
(編集:創業手帳編集部)

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