どうなるの?残業代ゼロ【経営者がすべき、3つのこと】
経営者には有利?不利?ホワイトカラーエグゼンプション(高度プロフェッショナル制度)
(2015/07/24更新)
最近、「ゆう活」という言葉が話題になりました。これは、仕事の始めと終わりの時間を早めることで、夕方の時間を有効に活用して生活を豊かにしようという取組みで、その狙いは、長時間労働の抑止等なのだそうです。
長時間労働というのも今年よく話題になる言葉ですね。そういえば、「ホワイトカラーエグゼンプション」「高度プロフェッショナル制度」「時間でなく成果に応じた賃金を」といったフレーズも耳にします。
ニュースでは、年収1075万円以上稼いでいる人を対象に、残業代をなくす話だとか言われています。会社員の方などは、「そんなにいっぱい稼いでいないから、自分には関係ないな」と思うかもしれません。
しかし、他方で「1075万円なんて基準は、すぐに引き下げられるよ」と警告する専門家もいます。それを聞いたら、会社を経営している方などは、「残業代を払わなくてよいなんて、素晴らしい!基準が下がるのが待ち遠しい」と思うかもしれません。しかし、そんなに単純な話なのでしょうか。
この記事は、今会社で働いている人にも、会社を経営して人を雇っている人にも知っておいてほしい、最近話題の残業代ゼロに関して解説します。
この記事の目次
そもそも、残業代ゼロとは?ホワイトカラーエグゼンプションとは?
平成27年4月3日、政府がいわゆる「ホワイトカラー・エグゼンプション(高度プロフェッショナル制度)」の導入を柱とする労働基準法改正案を閣議決定したと、新聞・テレビ等が一斉に報じました。
多くの記事によれば、これは、働いた時間ではなく成果に応じて賃金を支払う新しい労働時間制度なのだそうです。
ただ、この「成果に応じて賃金を支払う」という表現については、労働者側に立って労働問題を扱う弁護士を中心に、強い疑義が出されています。
ホワイトカラーエグゼンプションについて記載しているのは、新設されようとしている労働基準法第41条の2という条文です。
この条文は、一定の要件を満たした人に対しては「労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定は、対象労働者については適用しない」と定めるものです。
すなわち、「一定の人には残業代を払わないでよい」と言っているだけで、「より多くの成果を上げた人にはより高い賃金を支払わなければならない」とは定めていません。
確かに、この制度の導入によって、「牛歩戦術でダラダラと仕事をするとどんどん残業代が増えていく」ということはできないようなシステムになりそうです。
しかし、それだけの話であって、牛歩戦術をしていた従業員に対して支払わなくて済むようになったお金が他の従業員の手元に行くようになるかと言ったら、そのような保障は一切ないのです。
したがって、「成果に応じて賃金を支払う」という表現については、疑いを持つのがよいと思います。
この制度について新橋駅前などで街頭インタビューをされた際に、「成果に応じて高い給料がもらえるのだから、早く導入してほしいですね(`・ω・´)キリッ」というコメントをするのは、あまりオススメしないところです。
ホワイトカラーエグゼンプションが導入されると、残業は減るの?
先ほど述べたように、ホワイトカラーエグゼンプションの導入によって、ダラダラと仕事をした方が残業代が増えるということはできないシステムとなりますので、そのようなダラダラ残業は減っていくかもしれません。
ただ、それ以外についての実際はどうでしょうか。短時間で仕事が終わって手が空いている人に対しては、次の仕事が降ってくるのではないでしょうか。
さらに言えば、仕事を短時間で終わらせるのも一つの大事な能力ですから、そのようなことができる有能な人のところには、次々と仕事が舞い込んでくるのではないでしょうか。
東京都や民間のアンケートによっても、残業をする理由のトップは「仕事量が多いから」となっており、残業代をゼロにしたからといって残業がなくなるかと言われると首を傾げざるを得ません。
個人的には、そもそもダラダラ残業は、残業代ゼロなどという法制度ではなく、人事評価で対応する問題ではないかと思います。
自分は年収1075万円未満だから関係ない?
ホワイトカラーエグゼンプションによって残業代がゼロとなるにはいくつかの要件があるのですが、そのうちの一つに「年収が1075万円以上であること」が定められています。これはなかなか高い金額です。これを聞くと、多くの会社員の方にとっては無縁の話と思われるかもしれません。
しかし、この基準は、ホワイトカラーエグゼンプションが一度導入されればどんどん下がっていくことが予想されます。「小さく生んで大きく育てる」というのがこのような制度のお決まりのパターンなのです。
30年ほど前に、似たようなケースがありました。労働者派遣法です。昭和60年に労働者派遣法が制定された当初は、「派遣をしてもよい」業務は一部に限られていました。
しかしその後、対象業務は拡大していき、いつの間にか「派遣をしてはいけない業務」を少しだけ定めて、それ以外は派遣OKという形になりました。
このように、「他人事と思っていた制度が、いつの間にか他人事ではなくなる」というのが世の常なのです。
残業代ゼロだからといって調子に乗ると・・・
将来的に残業代ゼロの対象が拡大されていき、労働時間に関する規制がなくなったからといって、会社は手放しに喜んでよいのでしょうか。ここで問題となるのが過労死です。
労働契約法という法律で定められているのですが、会社は従業員に対して「安全配慮義務」という義務を負っています。この中には健康管理義務も含まれていますので、たとえ労働時間の規制がなくなったとしても、会社は過重な業務により従業員の健康を害することのないよう配慮しなければいけません。
もし会社が長時間労働を強いたことが原因で従業員が死亡した場合、従業員の遺族から損害賠償請求される可能性があります。
過労死の裁判例で有名なのは、平成12年に最高裁判所が判決を出した電通事件です(労働法の分野では、事件の通称として、問題となった企業の名前がそのまま使われるという習慣があります。通常、本屋に並んでいる労働法の教科書の最後には裁判例の索引がありますが、これを見ると有名な企業の名前がズラッと出てきます)。
この事件の第一審では、会社は遺族に対して約1億2588万円の支払を命じられました。過労死の事案では、亡くなった方の年収や年齢等にもよりますが、5000万から1億くらいの話は簡単に出てきます。
これらの賠償については、労災保険ではカバーできない部分もあります。そのような損害賠償債務を負うこととなったら、小さな会社であれば一発でつぶれるかもしれません。また、社会的にも、ブラック企業のイメージが付いてしまって、企業のブランド価値が落ちることは避けられないでしょう。
このように、会社側としても残業代ゼロだからといって調子に乗ってはいけないのです。
経営者がすべきこと、3つ
「成果に応じた賃金制度を作りたい」という会社の希望はよく分かります。これを実現する賃金制度とはどのようなものでしょうか。私自身は、以下の3つのスタンスを基本に考えております。
- 固定給(基本給等の割増賃金の基礎となる部分)はむやみに高くしない。
- 労働時間管理をきちんと行う。
- ボーナス等、企業の業績や各従業員の実績に応じて支払うところで還元する。
固定給は残業代を算定する基礎ですから、これが高いと、残業代の単価も高くなっていきます。しかも、一度高額にした場合、これを下げるのは結構大変です。
従業員が喜ぶと思っても、見切り発車で無理をするのはやめましょう。
午後10時になるとパソコンの電源が切られる企業もあるそうですが、とにかく従業員の労働時間をきちんと管理して、残業代の発生自体を抑えることを心がけましょう。
そして、それでも発生してしまった残業代はきちんと払いましょう(実は、残業代の不払は労働基準法違反であり、刑事罰まで定められている犯罪です)。
ボーナスについては、算定基準や方法があらかじめ細かく決まっている場合はそれに従う必要がありますが、そうでない場合は柔軟な対応が可能です。
よくある例として、半期ごとのボーナス支給につき、従業員ごとに期初の目標設定と期末の達成度評価を行って、それぞれの支給額に大きな差をつける方式があります(インセンティブ賞与などと呼ばれています)。
従業員の成果は、このようにボーナスの支払に反映させるのがよいのではないかと思います。
終わりに・・・経営者に必要な労務に対する考え方
ホワイトカラーエグゼンプションには強い反対もあり、導入時期がいつになるのかはまだ分かりません。また、対象がどのようにして広がっていくのかも、今後注視していくべき課題です。
このように、制度が変わっていくかもしれない時期に起業をされた方々にとっては、変化に対応していくのも大変かと思います。賃金制度というのは極めて複雑なシステムですから、法律を理解した上で適切な制度を構築するのは一苦労です。
会社を経営している方にとっては、日々の売上げをどのように伸ばすか考えることに手一杯で、賃金のことまでは頭が回らないかもしれません。
しかし、会社という組織を運営していくのであれば、従業員のパフォーマンスを最大限にすることも、極めて大事な課題だと思います。そして、賃金や労働時間というのは、従業員の労働意欲等に直結する問題ですから、これを蔑ろにするわけにはいきません。
分からないことがあれば(分からないことだらけだと思いますが)、弁護士や社会保険労務士といった専門家の力を借りて適切な賃金制度を構築し、従業員の皆さんとともに事業を成功させていっていただきたいと思います。
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(監修:新八重洲法律事務所 鈴木俊行弁護士)
(編集:創業手帳編集部)